~ 昨日! ~
唯「ありがとーお母さん、お父さん!」
わたしはそう言って車を降りる。
二人はこれから、ドライブデートにいくらしい。まったく相変わらずだ、と思う。 わたしもドライブデートにいけたらいいんだけどな。誰と?―あずにゃんと。
そんなことを考えながら、感傷に浸っていると、前方に懐かしい姿をみとめる。
唯「和ちゃんっ!」
和「唯じゃない!ひさしぶりね」
唯「和ちゃん元気だったー?」
和「うん。唯は?」
唯「もちろんっ!今日はどうしてここに?…はっ!わたしに会いに来たんだねっ!」
和「違うわよ。小説のネタ探しに散歩」
唯「あっ和ちゃん、そこは嘘でも会いに来たっていうところだよっ」
それから、わたしたちは久しぶりに会った友達とのお決まりの会話、つまり近況報告と昔の思い出話に花を咲かす。
和「そういえば、今度、あなたたち桜高軽音部をモデルに小説を書こうと思ってるんだけど、どうかしら?」
唯「ホントっ!いよいよわたしたちも小説デビューだねっ!」
和「まあ、まだわかんないんだけどね」
唯「和ちゃん自分ばっかり、活躍させないでよー?」
和「えっ?私?私は小説に出さないつもりなんだけど…」
唯「なんでさっ?」
和「だって、軽音部がメインの話だし…」
唯「和ちゃんは軽音部にかかせない存在だったよ?軽音部のためにたくさん頑張ってくれたしっ!」
唯「それにわたしはどうなるのさっ!わたし和ちゃんがいなかったら、軽音部にも入ってなかったし、今頃ニートだよっ!」
和「…確かに大変だったわねー。律はいつもいつも部長会議にで忘れるし、あなたたちもティーセットなんて持ち込んで、ずっとお茶してるし…。」
唯「えへへ~面目ないです~」
和「まっ私もそれを楽しんでたから、よかったんだけどね」
唯「の、和ちゃーん」パァアア
和「ふふっ、実はね私少し、小説の方で悩んでたの」
唯「悩むことないよー和ちゃんの本は素敵だよっ!」
和「…唯。あなた、私の本読んだことあるの?」
唯「ないですっ!」
和「ふう、だと思ったわ」
和「まあでも、そんな悩み唯の笑顔みてたらどうでもよくなっちゃったわ」
唯「えっへん!笑顔はわたしの唯一のとりえだからねー」
和「あははっ、唯一って自分で言っちゃうのね」
じゃあ、私はここで、そう言って和ちゃんは道を曲がろうとする。わたしはその背中に声を掛ける。
唯「あっ待って、言い忘れたことがあるんだー」
和「何かしら?」
和ちゃんが振り向く。
唯「幼なじみっていうのは、常緑樹に似てる。決して、きれいな紅葉はないけれど、その葉が落ちることもない」
和ちゃんは一瞬驚いて、すぐに笑う。
和「それ、どっかの小説のパクリじゃない」
~ 三年前 夏! ~
紬「どうやって探そうかしら?」
律「やっぱ一つ一つ見ていくしかないんじゃないか?猫がいそうな場所を」
唯「猫がいそうな場所ってどこかなあー」
律「さあーさっぱりだなー」
紬「大丈夫かしら」
律「大丈夫、大丈夫。当たってくだけろだっ!」
紬「ふふっ、くだけちゃダメじゃない」
唯「もう、りっちゃんはバカだねー」
律「唯、お前には言われたくないっ!」
紬「ふぅ、なかなか見つからないわね」
唯「あ、あづいー」
律「確かに今日がもっと涼しかったらなぁ」
唯「あ、アイス食べたい…」
律「ちょっと、休憩にするかー」
紬「そうね、すこしくらいなら」
唯「やっぱ、暑い夏にはガリガリ君だよねー」ペロペロ
律「そうだなー生き返るぜー」
紬「ガリガリ君っていうのこれ?」
唯「そーだよ!このシャリシャリがおいしいんだよっ!」
紬「確かにおいしいわ」
紬「確かにおいしいわ」
律「しかも、60円と財布にもやさしいからなっ」
紬「こ、これで60円なの?」
律「そうだよ」
紬「す、すごいっ!」
律(わたしとしては知らなかったムギのほうがすごいよ…)
唯「あっ!」
律「どーした?」
唯「あ、アイスが当たった…」
律「なんだよっ!てっきり、猫を見つけたのかと思ったじゃねーか」
唯「ごめーんー。でも、これで猫ちゃんも見つかるよっ!」
紬「どうして?」
唯「ふふふ、アイスが当たった日はすべてがうまくいくのです」フンス
紬「そうなの!?ガリガリ君ってすごいのねー」
律「ムギ信じちゃダメだ」
唯「りっちゃん信じてないねー?今すぐに猫ちゃんはわたしたちの目の前に現れるよっ!」
律「まったくそんなこと…」
にゃーあ
唯律「なんと…」
律「って、唯も信じてなかったのかよっ」
ガシッ
紬「捕まえたわよ~」ミャアミャア
律「おっムギでかした!」
唯「じゃあ、さっそくあずにゃんに電話するよ~」ピッ
紬「きっと、梓ちゃん不安がってるからでしょうから、はやく安心させてあけまないとね」
唯「もしもしーあずにゃん?実はね…アイスが当たったんだよっ!」
律「おいっ!…そっちじゃないだろっ!」
~ 昨日! ~
わたしは予約したビジネスホテルに向かう間、 ずっと憂と純に言われたことと唯先輩のことを考えていた。
そのせいで注意力が散漫になっていたのかもしれない。だから、自分の背後に男がいるのに気づかなかった。
男の存在に気づいたのは、お尻のあたりに触られてからだった。
痴漢だ。そう思って振り向くと、男は来た道に向かって走り出している。触られたあたりに手をふれてみて、男の目的にはじめて気づく。――財布を盗られた。
わたしは男を追って駆け出していた。男は広い道にでると、路肩にとめてある白のセダンに乗りこむ。
わたしはせめてナンバーを覚えようと車の方に目をやるが、そこでタクシーが通ったので、タクシーをとめる。
梓「すいません。前の車を追ってください」
運転手「あの白の?」
梓「そうです。それですっ!」
わかりましたと言って、運転手はアクセルに足をかける。
梓「すいません。変なことお願いしちゃって…」
運転手「いいんですよ。私、一度はこういうことしてみたかったんですよ」
梓「ああ、なんだかドラマみたいですよね」
運転手「そうですね。それで何で前の車を?」
梓「財布をすられたんですよ」
運転手「財布?そんな大金が?」
梓「いえ、お金はいいんですが、財布の方が問題なんです」
運転手「はあ、よくわかりませんが、大変ですね」
正直いって、これからどうするのかまったく考えていなかった。ただ財布はなんとしてでも取り返さなければいけない。
わたしがあれこれ策を考えているうちに前の車がとまる。
と、そこであることにわたしは気づく。運転手も同じことに気づいたのか、苦笑いを向けてくる。
運転手「代金払えませんよね?」
梓「そ、そうですよね。ここで待っててくれませんか?取り返したら…」
運転手「いいですよ」
梓「えっ?」
運転手「代金はいいです」
梓「で、でも…」
運転手「それより、はやく追ったほうがいいですよ。大切な財布なんでしょ?それに…困っている人を助けるのは当然ですから」
わたしは運転手に礼を告げ、タクシーを降りる。
タクシーを降りるとき、受け売りなんですけどね、と運転手が言うのが聞こえた。
男は歩いていたので、そう遠くにはいっていなかった。
わたしは男との距離をつめる。そこで、男が振り向き私を見た。すぐに自分が盗んだ相手と気づいたのか、走って逃げ出す。 わたしも走って追いかける。しかし、さすがに距離は離れていく。
すると、男が角を曲がろうとしたとき何かにぶつかるのが見えた。男と男がぶつかった相手はその場に倒れた。すぐに男は慌てて立ち上がり、その場を後にする。
今度はわたしは男を追わなかった。ぶつかった拍子に財布が落ちたのが見えたからだ。わたしが財布に近づき、拾おうとすると声を掛けられた。
梓「和先輩?」
和「その財布は?」
和先輩はわたしが手に持った財布に指を向ける。わたしは誤解されないようにいままでのいきさつを話す。
和「そんなことが…それは大変だったわね」
梓「和先輩はどうしてここに?」
和「さっき唯にあってね。唯と話してたの」
梓「唯先輩ってこの辺に住んでるんですか?」
和「そうよ。知らなかったの?あのマンションの2○5室」
それを聞いて、わたしは唯先輩がどこへ移り住んだのかさえ知らなかったのだと思う。
和「よかったら送っていこうかしら?いろいろ不安だと思うし」
梓「お願いします」
わたしは和先輩の申し出を素直に受け、歩き出した。
取り返した財布についた犬のストラップを見て、心のなかで呟いてみる。
「あなたがここに連れてきてくれたの?」
もちろん、犬はワンともスンとも言わない。
~ 三年前 夏!~
梓「すいません。せっかくの休日をこんなことに使わせて…」
澪「気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、私たちだって暇だったわけだし」
梓「…ありがとうございます」
澪「あの猫は鈴木さんから預かってるんだよな?」
梓「そうです。純もすごく大切にしてて…なのにわたし…」ウッ
澪「梓…」
梓「もし、見つからなかったら…」グスン
澪「な、泣くな梓。大丈夫だって、きっと見つかるよ。ほらっ猫ってさ自分の家に戻るっていうだろ。だから、今頃は鈴木さんの家に帰ってるんじゃないか?」
梓「…はい」
澪「そうだっ!梓なら猫の行きたい場所がわかるんじゃないか?」
梓「何でですか?」
澪「え、えーと…あずにゃんだから?」
梓「…ふふっ、まさか澪先輩にあずにゃんと言われると思いませんでした。なんか新鮮ですね」
澪「よしっ、大丈夫見つかるさ、あず…にゃん//」
梓「もうっ!でも、不思議ですね。澪先輩が大丈夫って言うと、ホントに大丈夫に思えてきます」
澪「そうか…でも、あずにゃんって言うのけっこう恥ずかしいな。唯はよく言える」
梓「唯先輩ですから」
澪「だな」
梓「なかなか見つからないですね」
澪「やっぱり、鈴木さんの家に帰ってるとか」
梓「…そうだといいんですが」
ピロロン♪ピロロン♪
梓「あっ電話です」
澪「誰からだ?」
梓「唯先輩みたいです」
澪「もしかしたら、見つかったんじゃないか?」
唯『もしもしーあずにゃん?実はね…アイスが当たったんだよっ!』
梓「はぁ」
唯『あとねー猫ちゃん見つかったよ!』
梓「ほ、ホントですかっ?」
唯『うんっ!アイスの神様に感謝だよっ!』
梓「アイスの神様?」
唯『うんっ!じゃあ、最初の場所で待ってるよー。バイバーイ』
梓「澪先輩見つかったみたいです!」
澪「そうか、それはよかったよ」
梓「ありがとうございますっ!」ペコリ
澪「礼なんていいよ。それよりさ聞きたいことがあるんだ…」
梓「何ですか?」
澪「あの服ってそんなセンスなかったかな?」
梓「まだ、気にしてたっ!!」
~ 今日! ~
りりりりっ
隣で目覚まし時計がけたたましいうなり声を上げている。わたしは手を伸ばして、それをとめようとする。しかし、その手は届かずに虚空をさらった。
わたしは二度寝を防ぐために目覚まし時計を手が届かない位置に置いているのだ。 枕を投げて、時計をぶっ壊してやろうか、とも思うがあきらめて、起きる。
昨日飲みすぎたせいかまだ体がだるい。さいわいなことに、二日酔い、なんてことにはなっていなかった。―さわちゃんのやつわたしが下戸なの知ってて、あんなにのませてくるんだから。
わたしはクローゼットの前に立って、今日着ていく服を考える。どんな服を着ていこうか?そこでわたしは自分が澪と会うだけなのに、緊張しているということに気づく。
さんざん悩んだあげく、りっちゃんはオシャレを気にするキャラじゃないと、いつもの服を選んだ。
外に出ると、夏の熱気がまとわりついてきて、うっすらと汗がにじむ。
わたしは途中でコンビニによって、アイスを買う。買ったアイスをなめながら、わたさはタクシーを探す。アイスの冷たさは、すこしだけ体のだるさをやわらげてくれる。
少しして、わたしの前をタクシーが通ったので、それをとめて言う。
律「桜ヶ丘までお願いします」
運転手「いやー偶然ですね。私、さっき桜ヶ丘からきたんですよ」
律「えっじゃあムリですか?」
運転手「いやいや、平気ですよ」
タクシーに乗りこむときにポケットに入っていた当たり棒が落ちたので拾う。
車が動き出すと突然わたしは不安につつまれた。澪と会うのがこんなに緊張するなんてな。不安を隠すように呟いてみるが効果はなかった。
ふと、手に持ったアイスの棒が目に入り思い出す。
―本当にうまくいくんだろうな?唯
最終更新:2011年05月30日 23:31