~ 今日! ~


 タクシーに揺られている途中、ケータイが鳴った。
 わたしは発信者を確認して、電話にでる。
律「おっムギ!詳しいことは決まったのか?」

紬『ふふふ、りっちゃんわたし、今ね飛行機の中なの~』

律「えっ、もうでたのか?」

 ムギはときどき、こういった突拍子のない行動をする。わたしはムギのそういうとこを気に入ってたりもするのだけど。

紬『そうなの!日本には7時くらいにはつくかしら』

律「そっかーじゃあ、来たら日本流のもてなしをしてやるよっ。寿司とか……寿司とか」

紬『ふふっ、寿司しかないじゃない。それと知ってた?わたし日本人なの』

律「でも、懐かしいんじゃないか?」

紬『向こうにも日本食はあるのよ~、りっちゃん』

律「そうなのか?」

紬『でも、みんなと会うのは懐かしいわ~』

律「わたしも楽しみだぜっ」

紬『あっそうだ澪ちゃんに伝えてくれたかしら?』

律「聞いて驚くなよーなんとっ今、澪のところに向かってるんだ!」

紬『ほんとっ?』

 ムギはとても嬉しそうだ。

紬『よかったわ~』

紬『…でも、澪ちゃん仕事じゃないかしら?』

律「何言ってるんだよ、今日は天下の土曜日だぜっ!……さあ、どうするかな?」

 もうタクシーは桜ヶ丘についている。わたしは、少し考えて、澪の仕事場の近くに行くことにした。

律「澪を待ち伏せするせするであります。ムギ軍曹!」

紬 「気をつけるのだぞ…りっちゃん//」

 ムギはけっこうノリがいい。――なりきれてないぞぉ。そこもまたムギらしい。

紬「だ、だってりっちゃんが隊長じゃない?」

律「そうでしたっ!」

 そんなことをしてると、いつの間にかタクシーは澪の仕事場の近くにきていた。わたしはそこで降ろしてもらう。
 作戦会議が必要だな。そうムギに言ったら、心の準備よね、と笑われた。

律「ふぅ、こっからどーするかな」

紬『どっかで時間を潰せば、いいんじゃないかしら?』

 近くに時間を潰せる店がないか探して歩く。澪の仕事場であるビルが目に入った。

 そこで、わたしは澪を見つけた。ビルのすぐ近くの公園にいる。少し距離があったがわたしにはわかる。あれは澪だ。

律「ムギ軍曹、澪しゃんを発見しましたっ!」

 ムギはホントと驚いたあと、言う。

紬『ミッションを遂行せよ。律二等兵』

 今度はばっちりだ。わたし、二等兵だったけど。

 わたしは澪の予想だにしない登場によって、どんなことを言おうとか、どんなノリでいこうとかけっこうしっかり考えてきたのにそれらが全部とんでしまう。

律「やばい、わたしすごい緊張してるみたいなんだ。ムギ、どうする?」

 ムギは少し考えたあとでこう言った。

紬『りっちゃん!あたってくだけろ、よ!』

律「くだけちゃダメだろー!」

 わたしはムギがくれた小さな勇気がどこかへいってしまわないように、そっとケータイをとじる。そして、公園に向かって歩き出す。




~ 今日! ~


 梓も行ってしまい、私は特に公園に残る理由もなくなってしまったので、会社にもどることにした。
 すると、向こうから歩いてくる人物が目に入った。それは絶対に忘れたことのない人物――律だった。
 私は何か言おうとするが声が出ない。そのまま、私たちは長い間、見つめあっていた。
 時間が過ぎて、先に口を開いたのは律の方だった。


律「よっ!澪ひさしぶりじゃぁん」

 多分、律はわざと軽い感じを装おうとしたのだろう。だけど、それは失敗に終わっていた。

澪「ぷ…ぷぷ、声、裏返ってるぞー」

律「う、うるせーーし//」

澪「………やっとの再会がこれかー」

律「わ、わたしだってなあ、気のきいた言葉とか考えてきたんだよっ!でも、澪がこんなとこにいるからっ!」

 そこで律はキョトンとした顔して、聞く。
律「なあ?仕事じゃないのか?」

澪「さあ、どうだろうな」

律「サボリはいけないだろっ!澪ー」

澪「お前には言われたくないっ」

律「いやいや、わたしは真面目だって」

澪「ふーん、そうかなー例えば…」

律「…澪っ!過去を掘り返すのはずるいぞっ!」

律「………なあ澪?」

 律がいつになく真剣な顔して、私に尋ねた。

律「それで、どうだったんだ?…答えはでたのか?」

澪「実はよくわからないんだ」

 私は正直に答える。

澪「でもさ……今、律に会えてすごくすごくすごーく嬉しいんだよ…それじゃ答えにならないかな?」

律「なあ、またわたしに聞くのかよー?」
 律は今度は嬉しそうに言った。

律「あっそうだわたし思ったことがあったんだ」

澪「なんだ?」

律「澪さー手つないでるとき、手をはなしたいと思っちゃうって言ってたけど……手、はなしたことはなかったよな」

律「わたし、澪のそういうとこ好きだよ」
澪「…!!律」

律「それに、資格がなんとかとかも言ってたけどさ、それならわたしが資格なんて、つくってやるよっ!」

律「…『田井中律の恋人許可書』ってな!」

澪「偉そうだなっ!」

 私はこぼれた涙を見られないように律を叩く。
 久しぶりだなーこれっ、律がそう言ったので私たちは笑った。

律「あっそうだ!やっと、これが返せるな」

 律はそう言って、ケータイについてる2つのストラップから、ウサギの方をとって私に渡す。

律「もう、わたしが持ってる必要もないだろ?わたしたちはこれがなくたって、会えなくなったりしない。そうだろ?」

 そうだ。私たちは約束がなくたって、きっとこれからは二人で歩いていける。根拠はなかったけど、自信ならあった。

 今、言わないと言う機会を失ってしまう、そう思って、私は勢いに任せて言った。
澪「律……キスしないか?」

律「えっ、キ、キスゥ?」

 また、声が裏返ってる。

澪「いいよな?」

律「い、い、い、いいけどさぁ?周りに人もいるし///」

澪「照れてるのかあー?」

律「て、照れてねーし/// 
 わかったよ、いつでもきてみろっ!」

 私たちはお互いに向かい合った。律の顔は真っ赤だ。多分、わたしの顔も同じように真っ赤だろう。
 律が小さく、わたしと会わない間に澪に何があったんだよ、と呟くのが聞こえた。何かあったとしたら、確実に律のせいだなと思う。

 それから、私たちはゆっくり顔近づけて、唇を交わす。

澪律「………//////」

 律の唇は柔らくて、少し甘い。

 どれくらい、そうしていただろう。それは一瞬にも永遠にも思えた。だけど、気がつくと、私たちはベンチに座っていた。初恋のカップルのように、微妙な距離感で座っている。
 何人かがこっちをみていたが、人の目はそれほど気にならなかった。

 少ししてから、律が口を開く。

律「そうだ、大ニュースがあるんだ」

 今の私たちにとって大ニュースになりえるのは一つくらいしかないと私は思う。

澪「放課後ティータイムのこと?」

律「おっ!あったりぃ~。ムギが今日、日本に帰ってくるんだぜっ!」

澪「ほんとうかっ?」

 私は驚きと喜びを隠しきれない。

律「ホントだぜっ!実を言うと今日もムギが応援してくれたんだ」

澪「そうか、ムギが……」

私たちがこうしてまた一緒になれたのもムギのおかげかもしれないなと、私は思う。

律「そろそろ、仕事に行ったほうがいいんじゃないか?」

澪「ああ、そうだな」

律「じゃあ、またなー」

 律はムギを迎えるための集合時間を告げて、言った。

律「遅刻すんなよー?」

澪「遅刻するのは、お前か唯だろっ!」

律「今の澪しゃんが言っても説得力がないぞー」

澪「う、うるさいっ//」ポカッ

 わたしは会社に向かって歩き出す。


――――

 わたしは買い物から帰り、玄関にあがる。家のことを自分でするようになってから、憂の大変さを知った。今度会ったら、ありがとうを言わないとね。

 買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込み、一通り片付けてしまうと、わたしは床にゴロンと転がった。昔からこのフローリングのヒンヤリとした感じが好きだった。
 どこかで振動音がするので、あたりを見回すと、ケータイが震えている。着信、ムギちゃんからだ。


紬「あっ唯ちゃん?」」

唯「やっほーこちら唯でーす」

紬「あのね、昨日話した日本に行く話なんだけど」

唯「あー!予定が決まったんだね?」

紬「そうよ、もうすぐ飛行機に乗ることになったの~」

唯「もうすぐなんだあ?はやいね~」

紬「みんなにはやく会いたかったから」

唯「わたしも嬉しいよっ!!でも、きをつけてー」

紬「何かあったの?」

唯「日本には怪物が来てるんだよっ!」

紬「か、怪物?」

唯「うんっ!猛暑って言うんだけど…」

紬「ああ!そういうことね」

紬「でも、日本にはガリガリ君があるじゃないっ!」

唯「えっ!ムギちゃんのとこにはアイスがないのっ?」

紬「ううん、アイス自体はあるんだけど、みんなと食べたようアイスはないの」

唯「もうっ!ムギちゃんのせいでアイスが食べたくなっちゃったよぉ!」

 わたしがそう言うと、ムギちゃんは笑った。わたしはのそのそと立ち上がり、冷蔵庫にアイスを取りに行く。

唯「そういえば、ムギちゃんはちゃんとキーボードやってる?」

紬「ちゃんと、やってるわ。むしろ、毎日の楽しみなの」

 毎日ってことは部活の頃より多いわ~、とムギちゃんがおどけてみせるので、わたしは笑った。

紬「唯ちゃんはギターの練習はしっかりしてる?」

唯「うんっ!ちゃんとやんないとあずにゃんにおこられちゃうからねっ!」

紬「ふふっ、やっぱり梓ちゃんなのね~」
 ムギちゃんはとっても嬉しそうに言う。
唯「あっ、えっ、そういう意味じゃなくて、わたしだって…」アセアセ

紬「照れなくてもいいのよ、唯ちゃん、今だって全然遅くないわよっ!」

唯「そっ、そーかなあ」

 ムギちゃんにはどうやらわたしの考えなんてお見通しらしい。

紬「唯ちゃんがんばってね!」

唯「は、はいっ!」

紬「そうだ、梓ちゃんにわたしが日本に行くことを伝えてくれないかしら?」

 わたしはムギちゃんの考えを理解した。ムギちゃんはわたしにあずにゃんと関わるチャンスをつくってくれたんだ。

唯「わかった。まかせてよっ!!」フンス

 わたしはムギちゃんとの電話を切ると、床に寝転んで考える。長い間そうしていた。そして思う、今でも、わたしはあずにゃんのことが好きだ。
 多分、あのときこうしてればなんて意味がない。ムギちゃんの言う通りだ。今だって、十分遅くない。わたしは自分の中の不安によって、この決意が揺らがないようにと、勢いよく立ち上がる。

 そうだ、今日、次あった人が女の人だったら、あずにゃんに告白しよう。と、思ったところでちょうどよくチャイムがなる。
 わたしはゆっくり玄関に近づいていく。やっぱり、女の人と男の人両方にしよう。玄関を開ける直前で決めなおす。

 わたしはゆっくりと玄関のドアを開けた。そして、賭けは、はずれる。

唯「また猫だよーーっ」

 わたしは叫んでいた。だって、そこにいたのはあずにゃんだったから。


――――

 わたしは唯先輩が住んでいるはずの部屋の前に立っていた。長い時間が過ぎたあと、意を決してチャイムを鳴らす。
 ピンポーンとチャイムはわたしの緊張を嘲笑うかのように、間抜けな音をだした。
 少しした後、鍵の外れる音がして、玄関がゆっくりと開く。そのときのわたしの緊張は9回裏0-2二死満塁で打席に立つバッターの何倍もあったはずだ。

唯「また猫だよーーっ」

 唯先輩が顔を出すなり、変なことを言うのでわたしは拍子抜けしてしまった。だから、普段のわたしならそんなこと絶対しないのだけど、唯先輩に抱きついていた。

梓「唯先輩、会いたかったです」ギュッ

唯「あわわーー、あ、あずにゃんってば//」
 あれっ唯先輩照れてる?そこでわたしは自分のしたことのおかしさにやっと気づく。

梓「あっ、す、す、すいませんっ//」バッ
唯「もっと抱きついていいんだよ?さっきはちょっと驚いちゃったけどね」

梓「あ、あれはなんというか…//」

唯「ま、あがってあがってー小さい部屋で恐縮ですが」

梓「ぷっ、唯先輩がそんなこと言うなんて変ですよ」

唯「あずにゃんはそうやってわたしをバカにする!わたしだってもう大人だよっ!」
梓「そうですよね」

 唯先輩の部屋は意外にもきれいにしてあって、これじゃわたしの部屋の方が汚いかもと思ったけど、口にはださない。

唯「テキトーなとこに座っちゃってー」

 と、唯先輩が言ったのでわたしは近くのソファーに腰を下ろす。隣には猫のクッションがある。
 部屋を見渡すと、心なしか猫をモチーフにしたものが多いのに気づいた。――唯先輩猫好きだっけ?
 あーずにゃん、と唯先輩がわたしの横に飛び込んできた。

唯「あずにゃんは相変わらずで安心したよっ!」

梓「そうですか。唯先輩は少し大人っぽくなりました?」

唯「大人の色気ってやつかなー?」

梓「いえ、そうじゃないです」

唯「むーあずにゃんのいじわるー。って、あずにゃんどこ見てるのかなあー?」

 悔しいけど、唯先輩の胸は高校のときに唯律梓のトリオ組んでたころよりは大きくなっている。当然かもしれないけど。

唯「あずにゃんはあれだね……うん、わたしはあずにゃんの好きだよ?」

梓「う、うるさいですっ!」

唯「ほれほれ~」

梓「にゃっ!!どこ触ってるんですかっ///」

唯「ほっぺた触っただけなのにぃー。というか、あずにゃん……」

 わたしは顔が赤くなる。確かにこの歳のにゃっはない。……反射的に言っちゃただけだけどね。

唯「ほんとに猫だったの?」

梓「えっ?そんなわけないじゃないですか」

唯「良かったあー」

 唯先輩は嬉しそうな顔をする。わたしは話の方向を見失ってしまい、このままでは当初の目的さえ見失ってしまいそうだったので言った。

梓「唯先輩今日はわたし、言いたいことがあってきたんですよ」

唯「ほんとっ?偶然だねあずにゃん!わたしも伝えたいことがあったんだ!」

唯「ここは先輩としてわたしから言わしてもらうよっ!」

 唯先輩はなんだかそわそわしている。

梓「優しい先輩は後輩に先に言わせてくれるんじゃないですか?」

 わたしは少し時間ができたことをありがたく思いつつも、唯先輩を茶化してみた。 わたしはこの期に及んでまだためらっていたのだ。

唯「わたしは優しいの先輩なのかなあ?」
梓「…優しいですよ」

唯「いや~照れますなぁーでも、あずにゃん前に言ったこと覚えてる?」

梓「前に言ったこと?」

唯「そう!あずにゃんから抱きついてきたら、わたしの言うこと聞いてくれるんだよね?」

梓「あー確かにそんなこと言いましたねー」
唯「じゃあ、わたしに先に言わせて?」

梓「いいですよ、約束ですし」

 だけど、唯先輩は何かを言い出すわけでもなく、わたしたちの間に沈黙が流れる。それは、心地よい沈黙だった。永遠にというわけじゃないけど、3時間も余裕に過ごせるだろうなと思った。そして、唯先輩は言った。

唯「………あずにゃん大好きだよ」

梓「そ、それって?」


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最終更新:2011年05月30日 23:34