さわ子「平沢さん」

唯「は、はい……(ううっ、なんかすごい怒ってる?)」

さわ子「さっきの話、どこで聞いたの?」

唯「え……え?」

さわ子「とぼけないで。さっき言ってたでしょ、地下って」

唯「先生、知ってるの!?」

さわ子「質問してるのは私よ。どこで聞いたの?」

唯(いつもの先生と違う……)

さわ子「平沢さん」

唯「……えっと、この電話番号です」

さわ子「……やっぱり」

唯「え? やっぱりって知ってるの?」

さわ子「……」

唯「お願い先生、教えて! 私、知りたいんだよ!」

さわ子「……このお店はね」

さわ子「クラブよ。音楽を流して、踊ってお酒を飲む……そういうお店よ」

唯「なあんだ、未成年の私には関係ないお店だっ……」

さわ子「表向きは、ね」

唯「えっ……」

さわ子「裏では覚醒剤や大麻が蔓延る……危険が集まるお店なの」

さわ子「あなたがお店の事を話してたのが聞こえて……もしかしたらって

思ったの」

さわ子「でも何もないみたいでよかったわ」

唯「そんなお店だったんだ……」

唯「……どうして先生がその事を?」

さわ子「昔ね、よくそこに通っていたの。あ、もちろん薬には手を出して

ないわよ?」

さわ子「あの頃は私も迷走しててね……ついフラッとあの地下へ吸い寄せ

られちゃうの」

唯「そうだったんだ……」

さわ子「でも、どうしてお店の番号を知っていたの?」

唯「いつの間にか、名刺を持っていたみたいで……全然わかんないんです」

唯「変な人に、私には危機が迫ってるとか言われて、事故で私そっくりな

人が死んだり……」

唯「私、なんだか怖くて……」

さわ子「……」

唯「何か些細な事でも安心が欲しくて……」

さわ子「そう。理由はわかったわ」

さわ子「でもね、このお店は危険過ぎるの。だからね、もうこの話は忘れて、ね?」

唯「でも……」

さわ子「代わりに、私がそのお店をしらべてきてあげるから」

唯「えっ、先生が?」

さわ子「ええ、唯ちゃんは未成年だし……何かあったら危ないでしょ?」

さわ子「大人の私なら、大丈夫よ」

唯「でも……」

さわ子「心配しないで。何度も通ったお店だから大丈夫よ」

唯「……はい」

さわ子「ふふっ、わかればよろしい。何かわかったらちゃんと教えるからね」

さわ子「あ、一応その通り魔っぽい人の顔とか教えておいて……あとはね……」


この数日の出来事と、しらべて欲しい事を全て伝えた。

さわ子「うんっ。じゃあ早速今夜行ってみるわね」

さわ子「安心して、待ってなさい」



唯(そういった、先生の顔は笑顔でした)

唯(私はその笑顔を見送って……学校を後にしました)

唯(先生が地下に潜った事を知っているのは、私だけ)

唯(もっとその笑顔を記憶に焼きつけておけばよかったな)

唯(なぜか?)

唯(……だって、今夜は満月だから)

唯(月の光に魅せられて)

唯(人の心は狂気に満ちる)

唯(ムーンライトシンドロームだからです)

……。


――――

さわ子「……」

立ち番「……チケット」

さわ子「『買いに来た』だけなの。チケットは無いわ」

立ち番「あ? もしかしてサツ?」

さわ子「サツがボンテージなんて着て潜っかよ」ボソッ

立ち番「……それもそっか」

ピッ

立ち番『客。ああ、大丈夫。頼むよ』

……ガタン(エレベーター)

立ち番「あんた、初めてじゃないよね? にじみ出てるよ」

さわ子「ファック」

立ち番「ヒュー」

……ガタン

さわ子(この格好も久しぶりね……)

さわ子(地下から響くこの重低音……懐かしいわぁ)ゾクゾク

さわ子(……と。いけない、唯ちゃんに関係する情報を探すのよね)

……チン

さわ子「さて……」

受付の男「……入場二千円。再入場とドリンクは別だ」

さわ子(変わってないわ、ね)

スッ

受付の男「……どーぞ」

さわ子「サンキュー」

隣の男「……」ドロッ

さわ子(ああ、やってる目してる)


さわ子(……)ツカツカ

隣の男「……俺さぁ」

隣の男「こんな汚ねえコンクリートに囲まれたままで一生終えるのかなあ」ドロッ

受付の男「おい、またその話かよ……」

隣の男「だってよぉ……いくらここに逃げて来たってよ。俺の借金は消えないんだぜ」

受付の男「お前……また借りたのかよ。もうキッパリ止めたって言ったじゃねえか!」

隣の男「ダメだよなぁ。ダメなんだよなぁ……ああ」ドロッ

受付の男「……」

隣の男「そ、そうだ。そ、お、お前が金を貸してくれないから、俺は仕方なく借金してるんだぞ……」ブルブル

受付の男「おいおい。お前切れる時間早くねえか? もしかして、量を増やして……」

隣の男「う、ううっ」ゴクゴク

受付の男「やめろよ! お前、ソレを買うためにまた借金してるんだろ…

…いい加減やめろって……」

隣の男「い、いいんだよ。俺なんて、俺なんて」

隣の男「ああっ。落ち着くなあ、やっぱりコレは最高だ」ゴクゴク

隣の男「……」

さわ子(変わってないわ……ね)ツカツカ

寝ている男「天使が見える……」グタァ

寝ている男「ああっ、最高だ……」

寝ている男「俺を踏んでくれよ、ボンテージの女神様」

寝ている男「……いや、天使だっけ」

寝ている男「ああっ、ヤバい。いいな、あんた」

寝ている男「でも人と話す時には寝そべってちゃいけねえよ。失礼ってもんだ」

寝ている男「いや、俺は女神と話してるんだったよな……」

寝ている男「……」

話しても反応が無い。

どうやら気を失ったようだ。

さわ子「……」

さわ子(ダンスフロアにでも行ってみるかな)


フロア移動

さわ子「……」

地味な女性「ねえ、一人?」

地味な女性「お姉さん。私に夜遊び教えてよ……」

地味な女性「今なら誰でもいい気分なんだ。男でも女でも……小学生でも」

地味な女性「ねえ、好きにしていいから……お願い、寂しいの」

さわ子(依存されても困るのよ)

地味な女性「お願い……」

さわ子「……」ツカツカ

若い男「ねえお姉さん。俺らと一緒に遊ぼうよ」

若い女「三人で~、楽しんじゃう、みたいな~あはっ」

さわ子「ケツの青い餓鬼は腰振って踊ってな」ジロッ

若い女「ええ~、マジデ~、おこっちゃった~みたいな~きゃはっ」

若い男「フッ、心配すんな俺は最初からお前一筋だぜ」

若い女「きゃはっ」

さわ子「……」ツカツカ

さわ子(やっぱり、なかなか普通に話は聞けないみたいね)

……。


さわ子「ふぅ……ちょっと休憩」スッ

「……ねえあなた」

さわ子「?」

「何か探し物かしら?」

さわ子「……別に」

「くすっ、嘘が下手なんだ。必死に探してるくせに」

さわ子「あぁ?」

「怖くないよ。それも嘘の顔だもの。その辺の餓鬼は騙せても、私は違うわ」

さわ子「……」

「そんなに怖い顔しないで。私、あなたとお友達になりたくて声をかけたの」

「ふふっ、まずは自己紹介ね。私、ヤヨイ。逸島ヤヨイ」

ヤヨイ「あなたは?」

さわ子「……山中さわ子

ヤヨイ「へえ、地味な名前。そんな格好からは想像出来ないわね」クスッ

さわ子「あんた一体、何者?」

ヤヨイ「別に、普通の人間。ふふっ、こういう場所にはよく来るの?」

さわ子「誤魔化さないでちょうだい。私の質問に答えて」

ヤヨイ「はぁ……ちょっと思い通りにならないと、すぐに怒る。人間て勝手よね」

ヤヨイ「……ここじゃあ話にくいわね。上で話しましょう」

ヤヨイ「バーで待ってる。またね、さわ子」スタスタ

さわ子「あ、ちょっと……!」

さわ子「……なんなのよ、もう」

さわ子(バー……ね)

さわ子「……」スタスタ

さわ子(あ、携帯、電波ないんだ)

さわ子(地下だから当然か……)

さわ子(とにかく、バーへ行かなきゃ。あのヤヨイって言う子……なんか危

ない匂いがするのよね)

さわ子(用心しないと……)


バー

さわ子「……」スタスタ

痩せ細った女「ねえねえ聞いた? 例の事故の噂」

太った女「ああ~、あの首がちょん切れちゃった事故ね。ちょ~怖い~」

クスクス

痩せ細った女「しかも頭が見つかってないんだってね」

太った女「ニュースで写真見たけど、可愛い顔してたのにねえ。私たちには負けるけど~」クスクス

痩せ細った女「大方、誰かが持って帰ったんじゃないの? ほら、口は使

えるわけだから……」ニヤニヤ

太った女「ぎゃはははっ、それありえる~」

痩せ細った女「でしょ~。あ、口と言えばこの前ね……彼がマッサージ店に行った時~……」

……。

さわ子「……なによ、あの子いないじゃない」キョロキョロ

さわ子「そう言えば、もう一つフロアがあったわよね……そこかしら」

バタン

……バタン

さわ子「……あ」

ヤヨイ「遅かったのね。あんまり遅いんで逃げたのかと思ってた」

さわ子「あら、指定した場所と違うんじゃないの?」

ヤヨイ「遅いんだもん。さわ子はどんくさいわね、よく言われるでしょ?」

さわ子「……ええ、そりゃあもう」

ヤヨイ「ふふっ、やっぱりね」クスッ

さわ子(本当に何よ、この子)

ヤヨイ「それで。見つかった?」

さわ子「……何がよ?」

ヤヨイ「決まってるじゃない。平沢唯に頼まれた事よ」

さわ子「えっ!」

さわ子(今、平沢唯って言った……どうして?)

ヤヨイ「何を驚いているの? 変なさわ子」クスッ

さわ子「どうしてあなたが、唯ちゃんの事を知っているのかしら……?」

さわ子「まさか、あなたが犯人?」

ヤヨイ「くすっ。そそっかしいんだね、さわ子は」

ヤヨイ「犯人て、なんの?」

さわ子「それは……」

さわ子(つい勢いで言っちゃったけど……)

ヤヨイ「ふふっ、いいんだよ。私は気にしないから、さわ子とはもう友達だもん」

さわ子「……ねえ。あなたは何を知っているの?」

ヤヨイ「ふふっ、私は全てを知ってるよ。うん、知ってる」

さわ子「……?」

ヤヨイ「でも、私が平沢唯に直接手を下してるわけじゃないのよ。これは全て決まっている事」

ヤヨイ「だから、私たちは何もする必要ないの。ただ黙って運命を受け入

れるしかないのよ」

ヤヨイ「私の言ってる事、わかるよね?」

さわ子「一体何を言って……」

ヤヨイ「いいのよ、わからなくても。無理もない、当たり前の事よ」

さわ子「……もうお喋りも疲れたから単刀直入に聞くわね。唯ちゃんに何をしたのか、これだけ答えなさい!」

ヤヨイ「だから、頭が悪いんだねさわ子は。私は何もしていないってば」

さわ子「減らず口ばっかり……!」

ヤヨイ「怖い顔。いいじゃない、さわ子だって全てを知る人間なんだから」

さわ子「……何ですって?」

ヤヨイ「さわ子だって知っているでしょ。今回の事故の事、平沢唯に今起こっている事の正体が」

さわ子「何を言って……」

ヤヨイ「例えばほら、これ」ガサッ

さわ子「何よそれ……紙袋?」

ヤヨイ「ふふっ、これさわ子にあげる。きっと気に入ると思うよ」ガサッ

さわ子「重い……それに、なんだか手触りが気持ち悪い……」ベチャッ

さわ子「一体これは……?」カサッ

ヤヨイ「ふふっ、わかるでしょ?」

さわ子(暗くて、よくわからないわね)

ヤヨイ「ほら、今持っているのが耳の辺り。綺麗な髪の毛してるでしょ?」クスッ

さわ子(まさか……)

人の頭?

さわ子「ひ、ひいいいっ!」バッ


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最終更新:2011年06月05日 22:38