梓「また、飛び降り自殺ですってね」

律「んっ、何がだ梓?」

梓「知らないんですか! ニュースでも話題になってるのに……」

唯「あの街外れにある団地の事だよね?」

澪「お、珍しいな。唯がこういう話題についてこれるなんて」

唯(最近不思議な事が起こりっぱなしだから、ついそういうニュースは耳に入っちゃうんだよね)

紬「それで、飛び降り自殺って?」

梓「あ、えっとですね……」

律「……へえ、中学生が飛び降り自殺ねえ」

澪「……」ガタガタ

梓「しかも数が尋常じゃないんです。今月だけで、もう三件目ですよ」

紬「怖いわね……」

梓「実はあそこの団地って、ちょっと問題になってるんですよね。あくまで噂なんですけど」

澪「う、噂って?」ガタガタ

梓「よくない話ばっかですよ。小さい事から言えば、近所付き合いが悪いとか、挨拶をしてくれないとか」

律「団地全体の話か?」

唯「それも変な話だよね~」

梓「まあ、あんまりいい噂がある団地じゃないんですよ」

律「ふ~ん。梓は噂に詳しいんだな?」

梓「ご近所さんですからね、やっぱり耳に入ってくるんですよ」

澪「……なんだか井戸端会議のおばちゃんみたいだな」クスッ

梓「な、な、何言ってるんですかっ! 全く……」

律「ふ~ん、そんな団地があるのか~」


紬「ん、唯ちゃん。どうしたの?」

唯「私、その団地に行ってみたいな」

澪「ええっ、何言ってるんだよ唯!」

律「団地に行ってみたいって、お前……」

唯「ね、あずにゃん。お願い連れていってよ?」

梓「……どうしたんですか、いきなり」

唯「うん。なんだか気になって……」

律「唯お前……」

紬「……最近、唯ちゃん何だか疲れ気味よね」

澪「そうだな、それは何となく気になっていたけど」

梓「大丈夫ですか、唯先輩?」

唯「うん、大丈夫。大丈夫だから……」

律「……何かあったらすぐに言えよな。私たち友達なんだからさ」

唯(友達……)

澪「そうだぞ唯。無茶はするなよな」

唯「澪ちゃん……」

紬「ふふっ、はい紅茶」コトッ

紬「私も唯ちゃんの事心配だから」

唯「ムギちゃん……」

梓「……じゃあ唯先輩。今から行きましょうか」

唯「いいの、あずにゃん?」

梓「はい。私も一緒に行きますよ……」

唯「案内してくれるだけで大丈夫だよ。これは私一人で調るから」

律「こら唯。さっき言ったばかりだろーが」

唯「?」

律「私たちも一緒に行くぞ。唯一人をそんな……変な噂が多い場所に黙っ

てやれるわけないだろ?」

澪「私たちも、ってまさか……」

律「もっちろん、けいおん部みんなで行くに決まってるだろ!」

澪「ええええぇぇっ!」

紬「あらあら」ワクワク

澪「だ、だってそんな場所……」

律「まさか澪。唯一人で行かせるつもりかよ?」

唯「澪ちゃん、私なら大丈夫だよ。無理しないでも……」

澪「……いや。行く、行くぞ唯」

梓「澪先輩……!」

澪「心配だからな、やっぱり」

唯「澪ちゃん……」

律「よ~し、じゃあ今から支度して。梓の家に集合だ!」

梓「そこからの案内は私に任せて下さいね」

紬「ふふっ、なんだかワクワクするわね~」

澪「遅刻するなよ、律」

律「えへへ~、それは澪にそのまま返すよん」

梓「澪先輩も律先輩も、遅刻しないで下さいね」

……

律の家

律「たっだいま~」

聡「あ、お帰り姉ちゃん」

律「いってきま~す」バタバタ

聡「っと……何そんなに慌ててんだよ!」

律「あ、聡いたんだ」

聡「さっきからずっといたよっ!」

律「姉ちゃん、ちょっと出掛けてくるからさ。ご飯先に食べてて~」

聡「なんだよ。さっき帰ってきたのにまた外行くのかよ」

律「ちょっとね~。冒険冒険」

聡「はぁ……?」

律「あ、親がうるさいからさ。何かあったら電話してな」

聡「え~、やだよ~。姉ちゃんの責任だろ、めんどくせぇな」

律「頼むよ~。携帯からメールでもいいしさ~」

聡「やだよ、俺携帯持ってねえし」

律「ああ……そう言えばそうだったな」

律「でもさ、携帯無いって不便じゃないのか?」

聡「知らねえよ。俺、携帯持った事なんてねえし」

律「ふ~ん、絶対不便だと思うけどなぁ~」

聡「俺たちの年代は、姉ちゃんたちみたいにガツガツ食い付かない世代なんだよ」

律「何それ。草食系ってやつぅ~?」

聡「そうじゃなくてさ……そういう風に流行語とか簡単に使っちゃうよう

な、軽い頭してないって事だよ」

律「軽いとはなんだ、軽いとはぁ!」

聡「なんでもかんでも、食い散らかさないんだよ。俺たちはさ」

律「……何だよそれ。カッコつけたいお年頃ってか?」

聡「何でもいいって。ほら、いってらっしゃい姉ちゃん」

律「……」

律「いってきます」

バタン

律「……ったく、なんだよ聡のやつ」ブツブツ

律「な~にが、ガツガツ食い付かない世代なんだよ、だっ……!」

律「はぁ……」ツカツカ

律「ん、あれ?」


団地前

律「着いちゃった。あれ……団地ってこんな近くにあったっけ?」

律「……ま、いっか。梓たちを待つ手間が省けるってもんだ」

律「待ってる時間はかかるけど、な」

律「っと、みんなに連絡しておかないとな」

ピッ ピッ

律「へへ~、やっぱり携帯が無いと。これが無いなんて考えられないよな~」

プルルルル ガチャ

梓『もしもし、律先輩?』

律『ああ、梓。もうみんないる?』

梓『いえまだ誰も来てませんよ。どうかしましたか?』

律『いやあ、ちょっとさ、先に団地に着いちゃってさ』

梓『えっ、今一人ですか!?』

律『うん一人。それでさ、私はこっちで待ってるから、みんな集まったら来てくれよ、な?』

ザッ ザッ ザッ

梓『律先輩、私も……私も今から行きますよ』

律『えっ? 梓が来ちゃったらみんなが……』

梓『近くに目印になるコンビニがあるんで、そこを先輩たちに知らせておきますよ』

梓『何より、律先輩一人っていうのが心配で……』

律『……ああ、心配してくれてありがとうな。梓』

梓『じゃあまたそっちで落ち合いましょう。では』

ピッ

律「……」

ザッ ザッ ザッ

「なにやってんの、こいつ」

律「!」

男の声1「なにこの女?」

女の声「興味本意でこんなとこ、来てさ。バカな女」

男の声2「おとなしく、ゲーセンでおっさん捕まえて援交でもしてろってんだよ」

男の声1「どうする……やっちまうか?」

女の声「それもいいかも、ね。ふふっ」

律(な、なんだよこいつら)

律「あ、あのさ~君たち。もしかしてさっきから、私の事言ってる~?」

女「あなたさあ……バカ? ここ他に誰かいる?」

男2「いいなこいつ。やっちまおうぜ」

男1「ええっ、ヒロシ。お前こんなのが好みなのかよ。俺はいいよ、遠慮しておく」

律「な、好き勝手いいやがって……ガキんちょが!」

女「まだ時間早いよ。それに、リルにバレたら何されるか……」

律(……リル?)

男2「ちっ、またリルかよ。みんなそうだ。リルの顔色ばっかりうかがいやがってよ!」

律(そんなに怖い、存在なのか?)

女「……ヒロシ。あんたちょっと最近ヤバいよ」

女「『向こう側』の人間になりかけてるよ……」

ヒロシ「……」

男「おいよせよ。他の人間だって聞いてるんだぞ」

律「……」

女「……ねえ。メスガキは消えて。私たちのコミュに入って来ないでよ」

律(んな事言われたって……)

男「ここにはルールがある。他者にはわからないルールが……。だから出

ていってくれ」

男「……お姉さん、解った?」

律「……」

解った
解らない

※解った


律(こいつは、まだ話が通じそうだな……)

男「な?」

律「……わかったよ。意味はわからないけど、なんとなく……な」

女「やっぱりバカね~」

男「……そういう事だ。もう二度と近寄らないでくれ」

ザッ ザッ ザッ

律「……なんだよ。あいつら。ガキのくせして、生意気」

律「でも、このまま引き下がれるかって。けいおん部部長を甘くみんなよ!」

ザッ

律「なあなあ」

女「なに、まだいたの。さっきの話、聞いてなかったの?」

律「それはそうだけどさ……もうちょっと話を聞きたくて」

女「はぁ。迷惑なのよそういうの、周りにすごい負担かけてるの。自分で

もわからないかな?」

女「本当に、バカだよね」

律「……私が、なにかお前たちに迷惑かけたかよ?」

女「何にもわかってない……わかってないよ!」

律「!」

律「だ、だっておかしいだろ~。こんな団地で立て続けに自殺なんてさ~……」

女「……それが、なによ。それであんたに迷惑かけたって言うの?」

律「それは……」

女「……バカみたい。もう、ついてこないで」ザッザッ

律「あ、ちょっと!」

ピタッ

律「お?」

女「……じゃあ一つだけいい事教えてあげる」

女「あなたがさっき立っていた場所ね、昨日死体がグチャッて置かれていた場所だよ」

律「……!」

女「よくやるよ。バーカ」

ザッ ザッザッ

律「……」

律「やっぱり、この団地には何かあるんだ……!」

律(みんな、来て大丈夫かな)

律「梓……」

……

梓「律先輩、律先輩は……と」キョロキョロ

梓「……こっちの棟の辺りにはいないみたいですね」

梓「あれから30分、心配だ……急ごっと」スタスタ

「……っ、ぐっ、ぐすっ」

梓「……あれ?」

梓「君。どうしたの? 泣いてる、の?」

梓「団地の子かな……ねえ、一体どうしたの?」

「う、うっ……ひっ……」

梓「感動して……なわけないか。あははっ」

「ぐすっ、ぐすっ……」

梓「し、喋ってくれないとわからないでしょ。ほら、お話しましょう……

ね?」

「……あ……」

梓「はいはい、何でも私に話すがいいです」フンス

「ぐすっ……死んだの」

梓「死ん、だ?」

梓「えっと、誰がかな?」

「……昨日。タクミが死んだの」

梓「昨日……例の自殺? それが悲しくて泣いてるのかな?」

梓「そのタクミって子、好きだったとか?」

「違う、タクミは嫌いだった。ナナの身体、触ってきたから……」

梓「……じゃあどうして? どうして泣いてるの?」

ナナ「次は、ナナの番だから」

梓「ナナちゃんの……番?」

ナナ「次は、ナナがダイブするの。今日がその日なの」

梓「えっ!」

梓「そんな……飛び降りる順番が決まってるの?」

ナナ「うん……決まってるの。今日はナナの番」

梓「……」

梓「えっと、ナナちゃん?」

ナナ「はい……」

梓「ナナちゃんのお部屋はどこですか?」

ナナ「C棟の803号室……まさか、助けてくれるの……?」

梓「ナナちゃん、部屋で待っていなさい。ダイブなんてさせないです」

ナナ「えっ……」

梓「あとで私が助けてあげるです!」

ナナ「……早く助けに来てね。でないと、リルが迎えに来ちゃうから」

梓「ん~、お家の人はいないの?」

ナナ「……パパもママも、音楽家なの。今ツアーを回ってる途中だから、誰もいない」

梓「へぇ、私のお家とおんなじだね。私の親もそうなんだよ」

ナナ「お姉ちゃんのお家も……?」

梓「うん。だからナナちゃんとは仲間、。お友達、ね?」ニッコリ

ナナ「ぐすっ……うん。ありがとう」ニコッ

梓「ナナちゃん」

ナナ「ねえ……お姉ちゃん、中学生?」

梓「な! わ、私はこれでも高校生だよっ! ちっちゃいからって、バカ

にするのはダメです!」プンスカ

ナナ「……」

梓「あ、あれ。ナナ、ちゃん?」

ナナ「そっか、高校生だったんだ……ぐすっ」

梓「ど、どうしたのかな~。お姉ちゃん何か悪い事言ったかな?」

ナナ「ううん、ナナは気にしない。気にしないから……」

梓「そ、そう? ま、まあとにかく!」

梓「部屋に入ったら、鍵を絶対に開けなければ大丈夫。黙って隠れてれば……ね?」

ナナ「うん……わかった。本当に来てね?」

梓「大丈夫、私はいい加減な先輩たちと違って嘘はつきませんから」フンス

ナナ「うん……」スタスタスタ

梓「……」

梓「なんだか、大変な事になってきちゃった。先輩、早く探さないと」


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最終更新:2011年06月05日 22:52