……コイツは、本当に唯なのか? また憂ちゃんの変装じゃないのか? いや、どちらにしろここまで酷い事を正面切って言えるものか?
ムギは唯を好いて、唯と一緒にいることを願い、澪達から離れたというのに。それなのに「手伝わないのなら私に関わるな」というのは、あまりにもムギの想いを見ていない。
もちろん、復讐という後ろ暗いことをすると打ち明けたのだ、邪魔を許したくないのは当然すぎる言い分だ。
でも、それにしたって、もっと言い方があるんじゃないか。
なんでわざわざ、何よりもムギが傷つく言い方をしなくちゃいけないんだ。
これじゃ結果的に脅迫と一緒じゃないか、唯ッ…!
紬「わ、私……唯ちゃん達の、仲間に、なります……」
唯「…うん」
紬「だ、だから……一人にしないで…!」ポロポロ
唯「…うん、わかったよ」
ムギが涙を流し、懇願する、その姿を見て。
――唯は、確かに、嗤ったんだ。
律「……ダメだ。私が認めない」
唯「…りっちゃん?」
律「こんなのただの脅しだ。こんなやり方で仲間に引き入れて、泣かせて、それで満足なのか、唯は…!」
少なくとも私は満足できない。仲間を泣かせる事なんて、認めるはずがない。
この件に関してだけは…唯は絶対に間違ってる。
唯「…りっちゃんとは、あまり喧嘩とかしたくないんだけど」
律「ムギとならよかったのか? そうなっててもおかしくないことをお前はしたと、私は思ってる」
唯「ムギちゃんとそうなっちゃったら……別に、ムギちゃんにとって私が、それくらいの価値しかない友達だったってだけだよ」
律「そういう言い方をするなよッ!!! そういう言い方が何よりもムギを傷つけているって、そう言ってるんだよ!!」
唯「いいじゃん、結果的にそうはならなかったんだし」
律「そうじゃないだろ! 私の知ってるお前は、どんなことがあろうと友達を傷つけようとする奴じゃなかった…!!」
……あれ?
私、今何かおかしい事を言った気がする。
何か、矛盾してる事を。
唯「りっちゃん。りっちゃんはきっと、まだ勘違いしているよ」
律「……何をだよ」
唯はすごく優しい声で、私に語りかける。
どこか母性を、姉らしさを感じさせる、温かい語りかけ。
自分の発言に違和感を持ってしまった私は、毒気を抜かれ、ただその声に耳を傾けることしか出来ない。
唯「私達がしようとしていることは、復讐だよ?」
……そうだ。復讐だ。でもそれが何なんだ?
……いや、違う。復讐なんだ。
復讐というのは少なからず、相手を傷つける行為なんだ。
だからそもそも。
それを私に持ちかけた唯が――
唯「復讐はね、社会的に、道徳的に、世間の常識で、悪い事なんだよ」
――復讐を語る唯が、私の知っている『イイ奴の
平沢唯』であるわけが、ないんだ。
唯「だから、復讐をする私は悪い人。目的のためなら友達を傷つけても平気な悪人。そして――」
律「そして、それに賛同した私も、悪い人でないといけない、と」
唯「…うん」
私は、唯の復讐の誘いに、嬉々として乗っかった。
その言葉を待っていた。その誘いに、誰よりも喜んだ。
それなのに今の私は、友達を傷つける事を許せない。善人であろうとしている。
それは、ひどく歪で、矛盾していて、滑稽で。
唯「ましてや、私達の復讐の相手だって友達なんだよ? りっちゃんにとっては一人は幼馴染」
ここで、友人であるムギを傷つけることに胸を痛めるような私なら。
イザというとき、幼馴染の澪に対しても躊躇いかねない。いや、むしろそっちの可能性のほうが高い。
そういうことを、唯は危惧しているのかもしれない。
そしてきっと、唯はもう躊躇うことは無い。
律「…唯の言い分はわかった。でもそれでもやっぱり、澪達とムギじゃ、私の中での立ち位置が違う。だから…ムギを傷つけた事、やっぱり許せない」
唯「……いろいろ言ったけどね、私はあくまで、りっちゃんを唆した側なんだよね」
律「うん?」
唯「だから、最終的には私はりっちゃんの意思のもとに行動するし、りっちゃんの言う事には従うよ。りっちゃんがリーダー…っていうか部長だからね」
なんでそこで部長が出てくるんだよ。復讐部ってか? 笑えない。
唯「それに、虫が良すぎるかもしれないけど……ムギちゃんが仲間になってくれたなら、ちゃんと謝るつもりだった」
紬「唯ちゃん……」
唯「私達は世間から見れば悪で、もちろん世間には正義になりたい人のほうが多くて。だから敵はきっと多くて。そんなだからこそ、悪仲間はちゃんと団結しないといけないとは、私も思ってるから」
紬「そうよね…内部から綻びが出るようでは、組織としても末期よね。だからこそ、仲間は厳しく選別しないといけない…」
律「なんかムギが言うと説得力あるな…」
唯「だからムギちゃん……ううん、仲間になってくれた、頼もしいムギちゃん。酷いこと言って、ごめんなさい」ペコリ
律「待て待て、またそうやって逃げ道を塞いで――」
紬「ううん、いいのりっちゃん、ありがと。でも私は、やっぱり唯ちゃんとりっちゃんと一緒がいいの」
律「ムギ……」
紬「そして唯ちゃん……唯ちゃんは随分変わったね。強くなったし、冷たくもなった」
唯「……悪、だからね。必死なんだよ、いろいろ」
紬「そこも。唯ちゃんはいつだって自分に素直だったけど、それでも進んで悪役になろうとはしなかった」
唯「そう、かな」
顔を上げた唯は、珍しく辛そうな顔をしている。私に復讐を持ちかける時も、ムギを追い詰める時も涼しい顔をしていたのに。
そんな顔をする唯を見て……私は嬉しくなった。張り詰めていた空気が緩んでいく気がした。
理由はわからないけれど、原因はムギだ。ムギが仲間になってくれて、そして、唯の変化点を突いたこと。
……ああ、そうか。仲間の前でしか見せない表情なんだ、今の唯の、その顔は。
紬「でも、私はそんな唯ちゃんでも、私のことをまだ友達と思っていてくれるなら…それだけで充分なの」
唯「それは当たり前だよ。澪ちゃんあずにゃんまで含めて、私は友達だと思ってるってば」
紬「自分を置いて先に行った人達なのに?」
唯「りっちゃんはどう思ってる?」
なんで私に振るんだ? と些細な違和感。
でも、私の答えも唯と同じ。
律「みんな友達だよ。あいつらの考えだって、わからないわけじゃないんだ。納得いかないことは多々あるけど」
あいつらのほうが正しいとは常々思っているし、ムギにも伝わっているはずだ。
ただ納得いかないだけ。認められないだけ。
そして、そんな気持ちを抱えたまま、内に秘めたまま、あいつらと元通りの関係になるのは、きっと無理。
だから――私達は復讐をする。それだけなんだ、きっと。
紬「そっか。だったら私はそれだけで充分だし、唯ちゃんのことも、理由があってその上で謝られたら、友達として許さないわけないでしょ?」
唯「…ありがと、ムギちゃん。ムギちゃんと友達で、本当に良かった」
と、ムギ、私、唯の口論は一通り終息したところで、ずっと無言だった憂ちゃんに視線が集まる。
憂「……はい? ど、どうかしましたか?」
律「いや、憂ちゃんは……どうする?」
唯「えっ」
憂「えっ」
律「えっ」
唯「どうするって、憂は私と一緒に来るに決まってるじゃん」
憂「勿論です。だから私は聞かれなかったんだと思ってたんですけど…」
律「……そうか、なんかごめんな」
……こうして、ここに四人の『復讐部』が結成された。
って結局それで行くのかよ、名前。
紬「ところで唯ちゃん、黒唯って呼んでいい?」キラキラ
唯「え、なにそれ」
二章終了
【第三章】:嘘と不安と妄信と
昼食はそのまま唯の家でご馳走になった。憂ちゃんの手料理は相変わらず美味で、私はその感動を素直にそのまま伝えた。
唯ももう普通に食事を摂れるようになっており、おいしいおいしい最高最高と繰り返すばかりだった。ムギも、家で食べるどんな食事よりも美味しいと絶賛し、「将来はお店を開かない?」とか言っていた。
……あれ、美味しいしか言わなかった私って冷たい?
ともかく昼食後。ひとまず復讐のことは横に置き、他愛ない話に花を咲かせる私達四人。
本当に他愛ない、ロクでもない話ばかりだったが、こんな時間が再び唯と過ごせるというだけで私は幸せだったし、ここにいる四人皆がそう思ってるはずだ。
――そうしてしばらく時間が過ぎて、唯が思い出したかのように憂ちゃんに問いかける。
唯「そういえば私の携帯は?」
憂「あ、ごめんねお姉ちゃん、解約しちゃった…」
唯「えー」
律「いや、それは仕方ないだろ。さすがに憂ちゃんは悪くない」
二年も使われないケータイの料金を払っているような酔狂な人はまずいない。
さすがにお金という現実的な問題を目の前にして「唯を見捨てた」と噛み付くほど、私も子供じゃない。
唯「憂を責めてるんじゃなくてね、これから不便だなぁって思っただけだよ」
律「ま、そりゃこの時代、ケータイ持たないと不便だけどさ、また買いに行けば――」
唯「んー、だからそうじゃなくって、そろそろだなぁと思ってさ」
律「? 何か電話がかかってくる予定でも――」
と、そこまで言ってようやく思い出す。
紬「……澪ちゃん達…!」
律「忘れてた……」
そろそろ学校も終わる頃だ。サークル活動があるだろうとはいえ、あまり時間は無い。
唯「まぁ、明日か明後日あたり携帯ショップに行こうかな。それより問題は今日だよ」
紬「唯ちゃんが病院に居ないとわかると、まず電話するわよね…」
憂「家族である私に来るか、いつも一緒に居る律さんに来るか……」
憂ちゃん公認だぜヒャッハー、とか言ってテンションを上げようったって無理な話だ。私の方に電話が来たら絶対怒鳴られる。
澪ならきっと第一声は「どういうことだ、律!」だろう。おお怖い。
唯「りっちゃん、そんなに震えないで」
律「ふ、震えてねーし」
唯「………そう?」
……なんでこういう時だけよく見てるんだ、唯。いや、少なくとも震えてはいないはずだ、私の身体は。
震えているのは、内面。心。精神。きっと唯も、そこのことを言っている。
……さすがに二年も留年すると、真面目に頑張ってる澪に対する劣等感がヤバいんだ。
それでなくても私無しでも充分上手くやれるほどに成長した澪だ、私に対して強気に出てくるのは見えている。マジ怖い。
憂ちゃんの方に行かないかなぁ……電話。
紬「二人とも電源切っておけば、きっと私にくると思うけど…」
唯「ううん、それは流石に不自然だし、ここは上手くごまかして私に替わって欲しいんだ。私のほうから謝っておくから」
そりゃ、謝るとか以前にこうなったきっかけは唯の発言だ。言われなくとも唯に押し付けるつもりだったが。
って、なんか澪を避けたい一心で酷い事考えてるな、私。
……あれ、もしかして私、澪の存在自体がコンプレックスになってる?
いや、相手は澪だぞ? まさか…な。
唯「…うん、電話は憂に出てもらおうか。りっちゃんは電源切ってて?」
律「ば、バカにするな! 私がやる! なんでもかんでも憂ちゃんに押し付けるもんか!」
紬「……私が出ようか?」
律「ム、ムギにはもっと別のことで助けてもらうから…」
唯「それこそ、りっちゃんにはもっと別のことで頑張ってもらうから」
律「頑張るってなんだよ、ただ澪と喋るだけなのに努力しないといけないような言い方じゃないか」
唯「うん」
律「…まるで…私が澪と喋りたくないような、避けてるような言い方じゃないか」
唯「だってりっちゃん顔色悪いんだもん。目も泳いでるし。誰でもわかるよ、無理してるの」
律「……嘘だろ?」
唯「ほんとだよ?」
即答する唯。私は助けを求めるようにムギを見て、
紬「……言いにくいけど」
そして、縋るように憂ちゃんを見て、
憂「………えっと」
律(目を逸らされた…)
……こうして、私はコンプレックスを自覚した。
律「……意外とデリケェトだったんだなぁ私。りっちゃんマジ乙女。ああ鬱だ」
唯「まぁいいじゃん。復讐が終われば、そんなの軽く消えちゃうよ」
律「…そういうもんかねぇ」
唯「そういうもんだよ」
……唯の断言は、なんの根拠があるのかわからなくとも、信じたい気持ちにさせてくれる。それはきっと誰もが感じている事。
例えば高校一年の頃、引っ込み思案な澪を引っ張っていたのは私だったが、誰よりも背中を押していたのは唯だった。高校での澪の成長に一番関わっているのは間違いなく唯だ。
本人に深い考えなんて無かったのだろうが、唯は多くの人を救ってきた。私もムギも、唯がいてくれるだけで救われた。憂ちゃんが唯に心酔しているのも、きっとそのへんから来ているのだろう。
そして少なくとも私は、今も救われている。
律「…ありがとな、唯」
唯「えへへ…どしたの、急に」
律「……変か?」
唯「変だねー。そういうのはやっぱり、全部終わった後に言ってくれると嬉しいな」
律「そっか」
唯「うん」
唯がそう言うならそうしよう。唯がそうして欲しいと言うのだから、私が逆らう理由なんてどこにもない。
紬「多くを語らない関係って素敵…///」
憂「わ、私だって……」
……あっちは放っておこう。
――そうして少し後、憂ちゃんのケータイが着信を知らせる。私? 電源切ってますが何か?
憂「来たよ、お姉ちゃん」
唯「うん、手短によろしく。憂のほうに来たってコトはあずにゃんの可能性もあるけどね」
ケータイを開いた憂ちゃんは、唯に向かって頷く。ということは梓か…
逆に言えば澪は私のケータイに電話かけてる最中なのか? 怖い、怖すぎる。
憂「もしもし、梓ちゃん? あ、お姉ちゃん? うん、いるよ――」
紬「あっ!」
憂ちゃんが話し始めた直後、ムギのケータイまでもが音を響かせる。
これは…澪か。疑うまでも無いだろう。
紬「唯ちゃん……」
唯「出ないで待ってて。憂、早くして」
憂「あ、うん。お姉ちゃんいるから替わるね? 梓ちゃん」
素早くケータイを受け取る唯。
ムギを制し、憂を急かした時の顔とはうって変わって、いつもの能天気な顔と声で梓に応じる。
唯「やっほーあずにゃん、元気ー?」
梓『元気ー? じゃないですよ!! なんで病院に居ないんですか!?』
梓、うるさい。音漏れしまくってる。
唯「あー、お父さんお母さんの都合と、病院の都合もちょっとあってね」
梓『だったらだったで連絡してくださいよ! 心配したんですからね!?』
唯「うん、ゴメンゴメン。まだ色々ゴタゴタしててさ、お父さん達なんてまだ戻ってきてないし」
梓『あ、そんなに急だったんですか…?』
唯「いや、たぶんお父さん達はそのままラブラブしてるんだと思う」
梓『もう、唯先輩!』
唯「あはは、ごめんごめん。澪ちゃんも一緒だよね? 替わってくれる?」
澪、と聞いただけで身構えてしまった私を、目ざとく見ていた唯。立ち上がり、部屋を出て行ってしまう。
気を遣ってくれたのだとはわかるけど、やっぱりどうにも……
律「…情けねー」
憂「律さん……お茶でも持ってきますね」
律「ありがと、憂ちゃん…」
素早く台所に立ち、素早く持ってきてくれる。本当に出来た子だ、憂ちゃんは。
ほどよく冷えたお茶を受け取る。本当なら頭から被って頭を冷やしたいくらいだが、流石にそれは失礼だ。一気に飲み干す。
律「…ふう、少しスッキリした」
憂「よかったです」
最終更新:2011年06月08日 02:27