紬「あの、それにね、私、やっぱり唯ちゃんがいないバンドって嫌だったから。だから半分は辞退したようなものなの」

唯「嬉しいような、申し訳ないような……」

紬「唯ちゃん、私は負い目や罪悪感は感じて欲しくない。それよりももう一度、私とバンド組んでほしいの」

唯「それは勿論だよ。断る理由、ないもん」

律「私はー?」

紬「もちろんりっちゃんも。あのね、話を戻すけど、それが具体的な復讐の案なの」

そう言い、ムギと唯が視線を交わす。どちらかの案なのか、二人ともの案なのか。どちらにしろ二人はその案に自信があるようだ。

唯「その近々開催されるライブイベント、澪ちゃん達は常連らしいんだ。人気も知名度もあるし、今年はそのイベントのラストを飾らせてもらえるらしいよ」

律「…大トリってか? すげーな、あいつら」

紬「だいぶ評価されてるってことよね。だから、そこでその評価をひっくり返す、あるいは崩す、壊す、覆す」

律「……というと?」

唯「そのイベントの話題を、私達が掻っ攫っちゃおうってコト」

紬「放課後ティータイムのファンを、みんな奪っちゃうくらいにね」

なんだ、澪達に不祥事でも働かせる陰湿な案かと思ったが、正攻法らしい。もっとも、陰湿すぎると唯との協定に反するし、当然といえば当然なんだが。
だが、正攻法であるからこその問題点も勿論ある。

律「それは……また、難しそうなことで」

唯「そうだね、ブランクもあるし、知名度ゼロの新生バンドで初参加の私達はアウェー。かなり厳しいことになる」

紬「でも、もしこれが叶えば……満たされると思わない?」

それは確かにそうだ。私達を見捨てて二年間好き放題やってきたあいつらより私が上に立てば、それは確かに胸躍る最高の『復讐』となる。
だって、あいつらは絶対に後悔する。自分の選択を。私と唯とムギを見捨てたことを。
そして…私が正しかったと、思い知る。私達には唯が必要なんだと思い知る。そんな唯をずっと待っていた私こそが正しかったと、思い知る。

万が一、思惑通りにいかなかったとしても、別にいい。復讐に失敗したとしても、澪達に私の想いをぶつけることは出来る。
私が澪達に抱いている不満を、ぶつけることは出来る。

二人の提案に乗らない理由など、何もなかった。

律「でもバンドを組んで乗り込むとして、ベースがいないぞ?」

唯「そう? ここには四人いるんだよ?」

律「…憂ちゃん、やれるの?」

憂「やったことはないですけど…やれと言うなら、頑張ります」

……私が命令していいのだろうか、そんなことを。
とはいえ、ベースがいないとどうにもならない。そしてこれ以上メンバーを増やす気もない。答えは出ているようなものなのだが…

唯「憂は器用で丁寧だからね、きっと澪ちゃんみたいなベース、奏でると思うよ」

律「いや、そのへんは心配してないんだけどさ…」

憂「……律さん、毎日欠かさずお姉ちゃんのお見舞いに来てくれて、ありがとうございます」ペコリ

律「お、おう。いや、私が好きでやってたことだし……でもなんで今?」

憂「律さんが毎日来てくれたから私も毎日頑張れた面も、少なからずあるんです。ですから恩返しの意味も込めて、私に出来ること、何かやらせてください」

律「…それは、私だって一緒だよ。憂ちゃんが毎日頑張ってるから、私はせめて唯のことだけは諦めないって思えたんだ。学校と両立していた憂ちゃんのほうが、私より凄い」

憂「でも、それは――」

律「だから、さ、憂ちゃん。私にはお願いしか出来ない。忙しいとは思うけど、私に力を貸してくれないか?」

憂「……忙しくても何でも、お願いなら断りませんよ。仲間ですから」

律「ありがとう。憂ちゃんの負担は、少しでも減らすよう努力するから。唯が」

唯「えっ、私!?」

律「当たり前だ。お前が寝てる間の憂ちゃんの奮闘ぶりは24時間使っても語り切れないぞ、聞くか?」

唯「うえぇ……」

憂「り、律さん、いいですから。私が好きでやったことですから」

唯「…でも、確かにそうだね。私は二年間、何もしてないどころか憂の仕事も増やしてりっちゃんムギちゃんにも心配かけてたんだもんね、何かしら報いないとね」

律「…私のことはいいよ、私がそうしたかっただけなんだし」

紬「私だってそうよ」

憂「わ、私もだよ、お姉ちゃん」

律「それじゃ話が振り出しじゃないか」

唯「ううん、決めた。どうにかしてみんなに恩返しはする。絶対。私が決めたんだからノーサンキューとは言わせないよ?」

憂「別にいいのに……」

ムギも憂ちゃんも、『自分はいいから他の人にしてやれ』という気持ちだろう。もちろん私もだが。
特に憂ちゃんは、唯の世話をどこか当然の責務と思っているフシがあるし。

唯「でも…許して貰えるなら、復讐が終わるまで待って欲しい。そっちに集中して、なんとしても成功させたいから」

憂「それはもちろんだよ、お姉ちゃん」

紬「うん」

律「………」

本当になんだろう、この私と唯との温度差は。
勿論、私だって復讐を望んではいる。だが私はそれこそ『復讐をする』ことだけが目的なのに対し、唯は『復讐を遂げる』ことが目的なように見える。
もちろんそれは、私にとってはこの上なく頼もしい。でもやっぱり、どこか危なっかしい。
それこそ澪達に退院日を告げたときのように、一人で突っ走る可能性がある。
だから、私は釘を刺す。

律「…病み上がりなんだし、無茶はするなよ、絶対に。唯が一番大事なんだから、私達は」

唯「…うん、ありがと、りっちゃん。幸せ者だよね、私は」

私自身はどうかはわからないが、あんな健気な妹や、心の広い友人を持っているんだ、幸せ者じゃないわけないだろう。
でもそれを伝えて諌めるよりも、唯にちゃんと言っておかなければいけないことがある。


律「なぁ唯。私達もさ、唯がいてくれて、友達でいてくれて、それが幸せなんだ」

唯「…あはは、照れる照れる」テレテレ

律「だからさ、ちゃんと聞いてくれ。絶対に無茶はするな。私達も頼れ。部長命令だ、いいな?」

唯「……心配しすぎだよ、りっちゃんは」

律「…そうじゃない。心配じゃないんだよ。わかってくれよ、唯…」

そうだ、これは心配じゃない。そんな尊い気持ちじゃない。もっと醜い、自分本位の感情。

律「不安なんだよ。寂しいんだよ。怖いんだよ。もう二度と、唯のいない日常に戻りたくないんだよ…!」

唯がいてくれるだけで幸せだから。
だからこそ、失うのを誰よりも恐れているんだ。

唯「…よしよし。りっちゃんも弱いトコロあるんだね。普通の女の子みたいだよ」ナデナデ

律「……どういう…意味だよっ…」

唯「…言っていいの?」

律「……言ってみろよ」

唯「……可愛いよ、りっちゃん。とっても」

律「っ~~~!!///」

やべぇ、すっげぇドキッとした。
あいつらのデェトの時に確証は持てたが、ホント、最近のコイツはなんか時々オトナっぽくて困る。

唯「あっははっ、りっちゃん真っ赤~!!」

律「う、うるせー! もう、このバカ!!」

なんだよ、なんなんだよもう、こんちきしょう。
ムギも憂ちゃんも笑ってないで助けろよ!

律「あーもう、やっぱりこんなの、私のガラじゃない!!」

唯「落ち込んでるりっちゃんは放っておいて話を進めまーす」

律「聞こえてるからいいよチクショウ」

唯「とりあえずね、そのバンドイベントに参加するために猛特訓するのは当然だけど、その前にどうやって参加するかが問題なんだよね」

憂「普通に申し込めばいいんじゃないの?」

紬「それでも勿論いいわ。でもどうせならサプライズ的なイベントで飛び入り参加させてもらった方が印象に残ると思うの」

唯「主催者にクチ聞いて『放課後ティータイムにライバル登場!』みたいな煽り文句で参加させてもらえれば効果てきめんだよね」

紬「もちろん、澪ちゃん達には内緒でね」

憂「確かにそうですね…でもそんなの可能なんですか?」

紬「可能といえば可能だし、そんなツテは無いといえば無いわ」

憂「……少々申し訳ないやり方、ってことですか」

紬「私には、それくらいのことをやる覚悟はあるわ」

唯「そういえばムギちゃんにギー太安くしてもらった時のお金返さないと。事故の慰謝料か保険金が少しは余ってるはずだし」

紬「唯ちゃん、そういう話は今しなくてもいいじゃない? っていうかそんなの気にしなくていいのに」

唯「ダメだよ、お金のことはちゃんとしないと。10万円だったよね」

原作設定ですね、わかります。

憂「お姉ちゃん、余ってるかどうかはお母さん達に聞いてみないと。っていうか話が逸れてるよ」

唯「あー、うん。なんだっけ。あぁそうだそうだ。要は主催者に会えればいいんだよね?」

紬「そうだけど、何か作戦が?」

唯「作戦ってほどのものじゃないけど、澪ちゃん達が常連なんでしょ? 澪ちゃんに頼めば普通に会わせてくれそうじゃない?」


紬「そうかもしれないけど…怪しまれない?」

唯「私が行けば多分大丈夫だと思うよ。「主催者さんに会って、澪ちゃん達の二年間の活躍を見たい」とか言えば」

憂「そっか、お姉ちゃんが戻ってきてくれるのを待ってる澪さん達だもんね、確かに疑われにくいかも」

仮に私が行きでもしたら「どんな心変わりだ」と疑われること請け合いだ。
ずっと眠っていた唯以外に適役はいない。

紬「主催者さんの方にはなんて説明するの?」

唯「そこは澪ちゃんしっかりしてるから説明してくれるよ。そして私の顔を覚えてもらったら、次の日にでも四人で申し込みに行こう?」

憂「お姉ちゃんが打算で動いてる……かっこいい!」キラキラ

紬「……えっと、そうね、そこまで言うなら唯ちゃんに任せてみましょうか。ダメだったら普通に電話ででもエントリーしましょ?」

唯「うん。まぁ見ててよ、上手くやってみせるから」

……あれ、私がいなくても話がまとまったぞ?
まさかホントに最初から最後までスルーされるとは思わなかった…

唯「りっちゃん、聞いてた?」

律「あ、あぁ、うん。いいんじゃないか?」

唯「違うよー。いいと思うなら号令かけてよ。檄を飛ばしてよ。鬨の声を上げてよ」

律「檄を飛ばすの使い方が合ってるかどうかわからないけど、まぁいいや」

偉そうにふんぞり返って指示をするだけの上司みたいな立場で、あまり気が進むものじゃないけれど。
でも唯が求めてくれているんだ、それに応えよう。

律「じゃあこの件については明日から唯の個人行動を許可する。私に逐一報告は欠かさないように」

唯「ラジャー!」

律「そして唯も含めだが、演奏で復讐を果たす以上、私達は演奏に妥協は認められない。各自、本腰を入れて鍛錬に励むこと!」

紬「サー、イエッサー!」

律「なおかつ勉学にも励むこと。勉学をこなしながらも演奏で奴等を上回ってこそ、真に復讐は達成される!」

自分で言ってて耳が痛いけど、要は留年しない程度に頑張れってことだ。

律「苦しい戦いになると思うが、諸君の奮闘を期待する!!」

憂「りょ、了解です隊長!」

紬「恥ずかしがってる憂ちゃん可愛い~」

憂「もうっ、紬さんっ!///」


唯「っていうかこれ部活じゃないよね、軍隊だよね」

律「散々乗っておいてここで冷静になるなよ」


――それから数日で、ムギも含めた四人で部屋を借りて。唯の作戦も無事成功して。
だが、そこで思ったよりもイベント開催まで時間が無いことが発覚し。
比喩ではなく血反吐を吐く思いで私達四人は練習し、勉強した。
「一気に痩せた気がする」とはムギの言。それほど私達は頑張った。正直、澪達に構う暇さえなかった。

何よりも頑張りが顕著だったのは唯で、ガチで文武両道を貫いている。あと早寝早起き。
早寝すぎて夜に会話出来ない日があるほどだ。寝室の同じ憂ちゃんの話ではそれこそ「死んだように寝ている」そうだ。
夜遅くまで勉強して「頑張った」と言い張る私のような人もいるが、唯は短期集中型なのでそれには当てはまらない。実際、音を合わせてみるたびに驚くほど上達しているのがわかる。
それに加え、澪がいない分のボーカルまで一手に引き受ける事となっている。澪に似せたボーカルの『色』を出そうと四苦八苦しているのをよく聞く。生憎、私では力になってやれそうもないが。

次に頑張っているのは憂ちゃん。とはいえ、それは単純にベースの上達具合を見ての判断だ。
憂ちゃんはあっという間に高校時代の澪のような正確なリズムキープをするベースを奏でるようになった。気配り上手で世話焼きな性格からか、他人に合わせるのも合わせさせるのも非常に上手い。
それだけのテクを持ちながらもあくまで表に出てこようとしないので、正直勿体ないと思う。
あと勿論歌も上手いので、コーラスでいいから参加してもらえないかと画策中だ。
余談だが、作詞もほとんど憂ちゃんに任せてしまった。余談で済ますには酷い話だが。

ムギは技術のほうは問題ないので作曲の方に専念してもらっている。
話し合いの結果、『私達はあくまで私達らしい曲を』ということになったので作曲は全てムギに丸投げだ。
実は最後まで『似たような曲をぶつけ、わかりやすく優劣を決める』との二択で悩んでいたのだが、作曲者ムギの鶴の一声で前者に決まった。
やはり書きたい曲を書いて欲しいし、ムギはちゃんと私達の技量を見て作曲してくれる。変に意識した縛りを持たせて作曲してもらうよりは、ずっと私達の力が発揮できると思ったから。
そうして書き上がった曲は二曲。演奏時間の関係もあってそうなったが、ムギ自身はまだまだ書き足りないご様子。頼もしい。

一方私は、別に昔から自分の演奏技術に自信を持っているわけではないが、それでも上達はしていると思うし、皆にちゃんと合わせられていると思う。
でもある日。いろいろと皆に投げっぱなしで任せているので、せめて演奏くらいは、と頑張っていると唯に釘を刺されてしまった。


唯「りっちゃん、焦ってる」

律「…そうか? 頑張ってはいるけど」

そんなに頑張らなくていい、私達を頼れ、と唯は言う。あの時とは立場が逆だ。
でも実際、そこまで無理をしている自覚は無い。思い当たるフシがない私の顔は、唯には雲って見えたのだろうか、心配そうに覗き見られる。

唯「…まだ、何か不安なの? それともまだ悩んでる?」

律「いや、そんな暇さえないよ、最近は。ある意味、凄く充実してる」

これは嘘偽りない私の気持ちだ。生きているという実感がある。復讐によって。
と、そこでふと疑問を持つ。

律「…でもさ、これって本当に復讐なんかな?」

唯「どういうこと?」

律「逆恨みとか、そういうのに近いだろ、私の感情は。あいつらに直接危害を加えられたわけじゃないんだし」

私が自分で、澪達と同じ道を歩くことを拒否した結果がこうなっただけだ。私が唯にしがみついた結果がこうなっただけだ。
私が澪達にぶつけたい気持ちは、見捨てられた恨みではない。いや実際はそれも少しはあるんだけどそれ以上に、その先にあった『唯』という光を、私が手にしたということを思い知らせてやりたいだけだ。
純粋には『復讐』ではなく、私は私が正しかったことを『証明』したい、それだけだと思う。
でも、唯はそれを否定する。

唯「…二年間捨て置かれるのは、危害じゃないってこと? 仲間だと思ってたのに簡単に道を違えた、それだけで私がどれだけ傷ついたか、思い知らせようというのは間違ってるの?」

律「……いや、そりゃ唯にとってはそうかもしれないけど、私は……」

唯「りっちゃんは傷ついてないの? 澪ちゃんもあずにゃんも、りっちゃんより自分の道を選んだんだよ。りっちゃんの悩みも苦しみも、わかろうとしなかったんだよ?」

律「それは…そうだけど」

唯「……りっちゃんが全く傷ついてないっていうなら、これは復讐じゃなくなる。だったら、もう復讐部も解散だね」

律「え……ちょ、ちょっと待てよ唯。解散ってそんな、いくらなんでも……」

唯「意地悪で言ってるんじゃないよ。私はりっちゃんに従うって言ったじゃん。りっちゃんが本当に望まないことなら、私も諦めるよ」

唯は、真っ直ぐ私を見つめ、言葉を紡ぐ。
らしくないほどいろいろと打算で動いてきた唯だけど、目覚めてから今まで、私に嘘をついたことは、無い。


唯「本当なら一人ででもやり遂げたいけど、大事なのはりっちゃんの意思だから。りっちゃんが、澪ちゃん達を傷つけることを一切良しとしないくらい恨んでないなら、ちゃんと諦める」

それは、つまり。
私が、唯の意思より澪達の心身を大事だと言うならば、諦めると。
唯自身の恨みより、私の意志を尊重すると。そういうことなのか。

もしかして私に惚れてるのか、唯。
……なんてな。


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最終更新:2011年06月08日 02:31