でも、そんなことを言われて唯の意思を否定できるわけも無く。それにそもそも。
律「……勘違いしないでくれ、唯。私は逆恨みかもしれないと言っただけで、恨んでないとは言ってない」
唯「…傷ついたから、恨むんだよね。だからこれは、復讐で合ってると思うよ」
律「そうだなぁ……傷ついてない、と言えば嘘になる、かな」
ムギに告げた『あいつらの振る舞いが気に入らない』というのは確かに逆恨みに入りかねない。
でも同時に、澪達が躊躇無く私を見捨て、別の道を歩いたことに、傷つかなかったなんてとても言えない。
あいつらに悪意は無い。あいつらはあれが正しいと信じていたし、私もちゃんとわかってくれる、という考えだったんだ。私もそれは理解できる。だから胸を張って復讐とは言えなかった、今までは。
でもやっぱり、思い返してみれば、澪達の選択は私を一人ぼっちにすることで。それを受けて、私は傷ついたし。
そして同時に、私が全てを捨ててでも待つと決意した相手、唯をも一人ぼっちにしかねない選択で。そんなことをする奴らを、到底許すことなど出来ない。
傷つけられ、許せない。ならばそれは、復讐といって差し支えないのではなかろうか。
律「…やめないよ、復讐は。あいつらに思い知らせてやるんだ。自分達のしたことを」
唯「うん。そして私は、どんなことがあってもりっちゃんの味方だから。りっちゃんに従うから」
律「…そっか、頼もしいよ」
唯「…だから、と言っちゃ何だけど、りっちゃんはちゃんとりっちゃんのままでいてね? 自分を見失わないで、自分の感情に正直でいてね?」
律「……覚えとくよ」
何故、唯がそんな心配をするのかはわからない。私は常に私であってきたはずだ。
それに、私というものは、私の感情というものは、唯に言われて再認するまでもないものだ。
唯を信じる。
唯のことが大好き。
それが私というものだ。言われるまでもないし、これからもブレることはない。
第四章終わり
【第五章】:イービルライヴ
――あっという間に時は過ぎ、イベントの日がやってきた。
現地にはそこそこの広さの屋外特設ステージと、なかなかの人数の入る観客席。思ったより金をかけたイベントのようだ。
唯とムギの話では幅の広い多数の主催者だか出資者だかがいるらしい。まぁ誰が主催だろうと演奏には関係ないんだけどな。
律「…ふむ」
私達も出場するわけだが、出番はだいぶ後。澪達の応援に来たフリをして、観客席で手元のプログラムに目を落とす。
唯の作戦の成功により、プログラムの放課後ティータイムの前に『シークレットイベント! 放課後ティータイムに史上最強の挑戦者現る!?』みたいな一文が唐突に追加されている。
律「……煽りすぎだろう。シークレットなのは挑戦者の名前だけだし、このイベントに参加してる奴ら全員挑戦者みたいなもんじゃないのか」
紬「そうねぇ。澪ちゃん達はそこそこ知名度あるからここに雑誌の取材とか来ててもおかしくないし、それに便乗、あるいは上回ろうという野心のある人は多いはずよね」
憂「まぁ、私達もなんですけどね」
唯「やっほー。澪ちゃん達のご到着だよー」
律「お、来たか」
澪達と行動を共にしていた唯が私たちのほうに来る。といっても唯以外にいるのは澪と梓だけ。追加メンバーは合流していないようだ。
そして澪と梓は私達の所に来るまでに声をかけられまくっている。やはり人気はダテじゃない。
澪「…ふう、久しぶりだな、皆」
梓「お久しぶりです」
律「おっす。人気者だなー?」
澪「嬉しいけど楽なことばかりじゃないよ。なんだよ、シークレットチャレンジャーって」プンプン
プログラムを見て、澪が憤る。本当に主催者側からは内緒にされているようで一安心。
梓「かなり煽ってますからね、実力は申し分ないんでしょう」
澪「別に戦いたくてバンドやってるわけじゃないのにな……皆、互いを高めあうライバル、それでいいじゃないか」
紬「澪ちゃんかっこいい~」
ムギが一見自然な笑顔で澪を持ち上げるが、内心は私と同じだろう。
内心は、この場で「相手は私達だよ」と言ってやりたい。言って、驚愕に歪む顔を見たい。
でもそれはこの場ではいけない。ステージの上でないといけない。
澪、梓。その時を楽しみに待っていろ。私も今は笑顔をこらえてるんだから。
唯「澪ちゃん達は今からずっと控え室にいるんでしょ?」
澪「ああ。たぶんその謎の対戦相手も控え室にいるとは思うんだけどな……ま、そう時間はかからないよ、ゆっくり見ていってくれ」
梓「私達の仕上がりも上々です、きっと感動しますよ! だから唯先輩、そろそろ戻ってきませんか?」
思わず、表情が歪みそうになった。
梓は本当に楽しそうで。澪も満更ではなさそうで。
そこに唯は、ムギは、私はいないのに。なのにお前達は楽しいと、人を感動させるような演奏が出来ると、そう言うんだな。
律「………っ」
思わず拳を握り締めていたらしい。右隣からムギが、左隣から憂ちゃんが、手を重ねてくれた。
そして唯も、私の方を一目だけ見やって、澪と梓に向き合う。
唯「そだねー。本当に私達を感動させるような演奏だったら戻ろっかな」
澪「約束だぞ?」
唯「勿論だよ。心に響く音楽ってのは、あると思うし」
梓「そうまで言われちゃ気合いも入るってもんですよ!」
澪「よし、行くぞ梓!」
梓「はい!」
来た時と同じように多数のファンに見送られ、控え室の方に向かう澪と梓。
二人に笑顔で手を振りながら、唯は誰にともなく呟いた。
唯「……心に響かせてあげるよ。私達の音楽を、ね」
その暗い呟きに同調するかのように、私の心も暗く、黒く淀んでいく。
ああ、今なら確かに最高の音楽を響かせてやれそうだ。
私達の、復讐のメロディーを。
唯「ムギちゃん、準備は出来てる?」
紬「ええ、大丈夫よ。ホラ」
ムギが指差した先。ステージの近くに停められた、スモークガラスの大型バン、というかキャンピングカー? とにかくデカすぎる車。
私達は控え室での澪達との鉢合わせを防ぐため、外で着替え、準備をすることになっている。その為の車があれだ。
主催者側も了承済みらしいが、ホント、唯らしくないほど手回しがいい。ムギの力を借りるハメになったのは少し申し訳ないけど。
律「ありがとな、ムギ。いろいろと」
紬「いいのよ、仲間だもの。あ、ところで衣装の件なんだけど」
律「…え、衣装とかあんの?」
紬「もちろんよ。今の格好でやるつもりだったの?」
律「……それもそうだけど」
すげぇラフな格好である。私だけじゃなくて皆。
今は観客なんだし、それで間違いではないのだが、確かに演奏するとなると話は別だ。どうするのだろう?
紬「まぁ大丈夫よ、よく知ってる人が衣装準備してくれたから」
律「イヤな予感しかしない」
憂「そろそろ着替えた方がよさそうですよ? 係員らしき人が手を振ってます」
律「あー、行くか…」
……その後、車の中でメガネの悪魔と再会したのは言うまでもない。
悪魔「音楽でケンカとかロックじゃない。一発カマしてきなさい!」
とかいう悪魔の囁き…ではなく喝を背中に受け、車を降りる。衣装が地味に重い。
衣装について詳しく言及できるだけの知識は私には無いが、一言で言うなら『カッコよさ』を前面に押し出したデザインだ。
とは言うが、さわちゃんの昔のように、化粧やペインティングで無駄にメタルっぽさを出したりはしない。髪もいじったりはしていない。
ただ、私はカチューシャを、唯はヘアピンを外し、少し背伸びした感じに。憂ちゃんは髪を解き、高校時代の唯とそっくりに。まぁ、演出の一環だ。
といっても見分けはつく。衣装は唯が赤を基調とした色合いで、憂ちゃんは青と区別してある。色以外は全く一緒だけど、そもそも今は唯のほうが髪が長い。
唯「あー、前髪がうっとうしい……スカートも短くて寒いし」
紬「唯ちゃん、色っぽくてオトナっぽくてえっちくてステキよ!」
律「その褒め方はどうなんだ」
言ってることは一言一句否定しないけどな!
憂「うへへへ…お姉ちゃんとお揃い…うへへ…」
律「憂ちゃん戻ってこーい」
唯「りっちゃんとムギちゃんは露出少なめでいいねぇ…」
紬「後衛ですから!」
律「っていうか寒い季節でもないだろ。それともスカートの中身覗かれそうでイヤなのか? 見せパンなのに」
唯「風が強いじゃん、今日。なんかそういう目で見られるのには抵抗あるよ、やっぱり」
羞恥心のない唯でも見世物になるのは好まない、か。新しい発見だ。
まぁ確かに知ってる人に見せるのと知らない人に見せるのでは大違いだ。しかも大多数相手にとくれば、少し考えればわかること。
唯「ひゃっ!」
そんな唯を、不意に横殴りの風が襲う。どうにも私達の出番が近づくにつれて風が強くなってきた気がしてならない。
律「……風、か……私達のやる事を後押ししてくれてると信じたいな」
紬「そうね…」
唯「大丈夫だよ。風の一つや二つ、味方につけてみせるよ」
紬「なんか赤壁の戦いみたいね!」
憂「孔明のお姉ちゃんもかっこいいよ!」
律「あ、帰ってきたのか」
唯「じゃあ総大将のりっちゃん! よろしく!」
律「おう! 皆、全てをぶつけに行こう! 出撃だ!!」
「「「おー!!」」」
たとえ直前までバカやってたとしても、私の声で凛とした表情になってくれる。
……ありがとう、みんな。もう少しだ、もう少しだけ、私についてきてくれ。
『さぁ、この後は皆お待ちかね、人気絶頂の現役女子大生ガールズバンド、放課後ティータイムの登場……なのだ、が! 今回は命知らずにも彼女たちに正面から勝負を挑む猛者が現れたァー!!』
誰かは知らんが本当、無駄に煽ってくれる。
『放課後ティータイムと因縁を持ち、ヒールを自称する4ピースガールズロックバンド、その姿を見て恐れ慄け、放課後ティータイムッ!!!』
煽りが終わった後、会場からブーイングが上がり、ステージには非常に濃いスモークが焚かれる。
係員の話では、舞台袖に澪達が待機しているから、そこから見えないようにする措置だそうだ。
実に至れり尽くせり、最高の舞台を整えてくれる。
律「………」グッ
唯「………」フンス!
紬「………」ムギュ!
憂「………」コクリ
言葉を交わさず、私達は一斉にステージに飛び乗り、配置についた。
――まだスモークも濃く残るうちから、一曲目の演奏を始める。
律「ワン、ツー、スリー、フォー!」カンカン
一曲目は、ムギらしい、もっと言うならまさに『放課後ティータイム』らしい、ふわふわの唯の声を活かしたポップ寄りな曲。
ロックバンドと紹介されておいてポップなのは少々気が引けるが、こういう曲こそが私達らしいとは思う。
……ムギからの伝聞になるが、今の澪達はこのような曲を歌うことは非常に少ないらしい。やはり唯の歌声が無いとこういう曲は成り立たないとわかっているのだろう。
だから、そういう意味でもこれは私達の最大の武器。一曲目で武器を掲げ、二曲目で振り下ろす。それが私達の作戦だった。
……この曲が終わる頃には、スモークは充分に晴れるだろう。
そう思いながら演奏を続ける。演奏には誰も一点の曇りも無い。観客のブーイングも一瞬で止んだ。皆、過去最高の演奏をしている自覚があった。
曲が終わる。
スモークが晴れる。
どうだ、見ているか、澪。
どうだ、聞こえているか、梓。
……どうだ、思い知ったか、二人とも。
澪「……どういう、ことだよっ!!!!」
舞台袖から澪が唯に歩み寄る。今にも掴みかからんとする勢いだったが、後ろから梓が抑え、唯の前には憂ちゃんが立ちはだかる。
念の為スタンバイしている係員は、ムギが視線で制していた。
梓「落ち着いてください、澪先輩!」
澪「なぁ唯、一緒にやってくれるって言ったじゃないか! なんで…なんでお前達だけでバンド組んでるんだよ!!」
梓「澪先輩ッ!!」
梓の静止も聞かず、激情に身を任せ、前のめりの澪。対する唯はあくまでクールに、憮然と告げる。
唯「なんでって…聞いてなかった? 放課後ティータイムに因縁のある人が集い、打倒を誓った。私達はティータイムから零れ、はみ出した者達」
澪「因縁って何だよ…私達が何をしたって言うんだ!? 一緒にやってくれるっていうのは嘘だったのか!?」
唯「嘘に決まってるじゃん。今のそっちのバンドに、私達の居場所が無いのが何よりの証拠だと思うけど?」
澪「っ、違う、違うよ唯……私は――!」
感情のまままくし立てる澪に対し、唯は観客も意識した会話をする。
あぁ、もちろんマイクは入っている。澪の悲痛な叫びも会場にずっと響いている。
だが客席は、澪に対する同情よりも唐突に現れた実力者、唯に対する興味の方が勝っている。
それは唯の話術、演出の賜物。今、間違いなく唯はこのステージを掌握する支配者だ。
唯「……でもね澪ちゃん、心配しなくてもこのバンドは一回きりだよ」
澪「え……?」
唯「だって、この一回で――」
人差し指を、澪に突き付け。唯は宣言する。
唯「――放課後ティータイムを、潰すから」
今、風は間違いなく私達の方に吹いている。
――そして二曲目。梓に引きずられる澪を尻目に、唯がギターをかき鳴らす。
ギターリフから始まる、看板に偽りの無いガールズロック。今の放課後ティータイムが得意としそうな曲調を、私達らしく奏でた旋律。
それに乗る、唯が猛特訓の末に会得した、もう一つの声色。澪のような凛々しさを思わせる声色。
まったく『色』の違う歌声に、観客はどよめく。そこに畳み掛けるように憂ちゃんのコーラスを乗せ、私はハイハットを刻みながらスネアを軽快に響かせる。
間奏ではギターとキーボードが華麗に絡み合う。もちろん一歩引いた憂ちゃんのベースにしっかり乗せて。
そしてブレイクの後にもう一度……爆発する花火のように、唯が声を張り上げる。
私から見て当然、その姿は誰よりもカッコよく、輝いて見えて。観客の反応を見る限り、それは同じだったようで。
私達の演奏は、大歓声の後に幕を閉じた。
唯「――みなさん、どうもありがとうございます。えー、ご存知の通り、私達は皆、放課後ティータイムに因縁のあるメンバー達です。こうしてバンドを組んだのも、彼女たちに対する復讐です」
物騒な言葉を口にしたが、観客席は思ったより静かだ。先程のやり取りで冗談では済まされない関係であるということはわかっているのだろう。
舞台袖の澪に目をやると、既に膝をついて泣き崩れていた。
唯「――ですが、ここは音楽の祭典です。私達の私情など、貴方達には何の意味も持ちません。純粋に音楽として、バンドとして、私達と彼女達のどちらが優れていたか、評価して欲しいと思います」
梓もただ顔を伏せ、肩を震わせている。
残る三人のメンバーが慰めもしていないのが少し気になった。
唯「次は放課後ティータイムによる演奏です。全てが終わった後に、また会いましょう」
ピッ、と少しカッコよく指を振り、澪達とは反対の方に退場していく唯。もちろん私達も遅れないように後を追う。
何度か瞬くカメラのフラッシュが心地良かった。
――その後の澪達の演奏については、コメントするのも憚られる。
演奏技術の面で私達が追いついていた、とは決して言えない。二年ものブランクを、そんな僅かな時間で埋めれるはずがない。良くてもどっこいどっこいレベルだろう。
だから結局は、このカタチで私達が現れたという事実、それだけで全てが決まったと言える。
私達の存在が。
唯の言葉が。
澪と梓の心を、粉々に打ち砕いた。
そしてそれは――
最終更新:2011年06月08日 02:33