『投票の結果ァー! 今回の突発バンドバトル、勝者は――』

それは、ステージ上で膝を折る澪と、見下す唯の構図が何よりも示している。

今、私達は、彼女たちが積み上げてきたもの全てを、打ち砕いたのだ。


『勝者のコメントォ、どうぞ!』

唯「……と言われましても、実際のところ困るんですよね。私達は今、目的を果たしました。達成感こそありますが…言った通り、このバンドを続ける意味も、もうありません」

事情を知っている私達は、その言葉にはただ頷くしかできない。復讐を達成した私達は、あとは日常を取り戻す、それを頑張らなければならないのだ。
だが、その言葉に顔を跳ね上げたのは澪だった。

澪「ゆ、唯! だったらバンドを解散した後は、こっちに来ないか?」

唯「…澪ちゃん?」

澪「唯はさっき、居場所が無いと言った……けど、それは間違いだ! 見ての通り、私達にはギターは一人しかいない!」

唯「確かに、梓ちゃん一人だね」

『梓ちゃん』と言われ、梓が少し身を縮こまらせた。


澪「だから、戻ってきてよ、唯! ずっとその場所は開けておいたんだから! 放課後ティータイムをずっと守り続けてきたんだから、私は!」

ムギが澪から視線を逸らした。
ムギは過去に言った。澪は唯がいなくても放課後ティータイムは回ると言っている気がする、と。でも生憎それは間違いで、澪もまた、唯の居場所には執着していたんだ。
私も微妙な気分になった。澪は少なくとも、唯は見捨てていなかった。唯の居場所を守るため、放課後ティータイムを名乗り続け、自分も強くなったんだ。
そして、そんな真摯な澪に心打たれたのは私達だけではなかったようで。

唯「……りっちゃん、私、どうすればいい?」

唯が、私を振り返る。
その表情には、何も無く。
本当に私に尋ねているのか、それさえ疑いたくなる表情で。
だから、思わず問い返す。

律「…なんで、私に聞くんだ?」

そこでようやく、唯の表情に色がつく。
その色は、紛れもない『寂しさ』で。

唯「…私は、りっちゃんの何?」

律「………」

唯「私は、何でここにいるの?」

重ねて問われ、ようやく唯の表情の意味に思い至る。


唯『――私は、どんなことがあってもりっちゃんの味方だから。りっちゃんに従うから』


唯はあの日、確かにそう言った。そう言ってくれたんだ、私に。私だけに。

ならば、私がすることは、バカみたいに問い返すことではなく。


律「行くな、唯。私のそばにいろ」


唯「――うん!」


この笑顔を、守ることだ。


律「――悪いな澪、唯は渡せない」

澪「律……どうして…」

律「……もう、今となっては過ぎた事だよ」

復讐を果たした今となっては、それを持ち出すことさえも憚られた。
復讐とは常に一方的なもの。もちろん問われれば納得いくまで答えるが、それは今じゃない。
今するべきことは、他にある。

律「……澪、お前がこっちに来ればいい」

澪「え……?」

律「それが、私達の望みなんだよ」

うん、と背後で皆が頷いてくれた気配がする。
私にとっては、復讐はあくまで通過点。皆もそれは一緒のはずだ。

澪「いい、の…? 私のこと、恨んでるんじゃないの…?」

律「言っただろ、過ぎた事だって。それとも今度は、澪が私達に復讐するか?」

澪「い、イヤだ…! 私だって、皆と一緒がいい…!!」

律「心配しなくても、納得いくまで説明はする。納得いかなければ罵りも謗りも受ける。だから今はこれだけを聞いてくれ」

日常を求めるための、第一歩。
全てを元通りにするための、第一歩。

律「……私達は皆、澪にこっちに来て欲しいんだ。それだけは信じてくれ」

手を伸ばす。
澪は熟考し、少し躊躇し、その後――

澪「……信じる」

――手を取ってくれた。


唯「梓ちゃんは、どうする?」

梓「っ……! 唯、先輩……!」

唯「よく考えたら私のほうが学年下なのに先輩って変だよねー」

梓「私にとっては…いつまでも先輩です。でも…貴女にとっては、違ったんですね…」

唯「違わないよ。そっちにいれば『梓ちゃん』、こっちに来れば『あずにゃん』。それだけの話だよ」

梓「っ……わ、私は……」

唯「放課後ティータイムは、後ろの三人にあげちゃえばいいよ」

梓「……そんな無責任なこと、出来ませんよ……」

観客席のほうは大騒ぎだ。「放課後ティータイム分裂か!?」「いや壊滅、消滅か!?」とか、実に好き放題言っている。
さっきのカメラのフラッシュやムギの話を思い出す。好き放題言ってる連中は、音楽雑誌の編集者だろうか。だとしたら私達もついに雑誌デビューだな。喜んでいいのかわからないけど。
そんな中、唯と向き合う梓は、どうにか一言だけ言葉を搾り出した。

梓「……何日か、時間をください」

唯「うん。いつでも連絡してね」

それだけ言い残し、うなだれたまま他のメンバーと一緒に梓は退場していった。
それを見届け、ステージから降りた私達は、あっという間に人混みに囲まれ、質問の嵐を受けた。
えっ、なにこれ。

唯「ちょっ…今は立て込んでるので、後にして……!」

やはりというか何と言うか、人の群れはボーカルとして目立っていた唯に集中しているようだ。私の前には少ないが、それでも無視できる人の量ではない。
強行突破か…とムギと目線で語っていると、私達の背後ギリギリに勢いよく滑り込む車が一台。

さわ子「乗れやああああああぁぁぁ!!!」

律「おっしゃぁ!!」

扉を開け、ムギを乗り込ませる。憂ちゃんが滑り込み、澪をムギが引き上げ、私は唯の手を引いて文字通り飛び込む。

さわ子「飛ばすぜえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

唯「ちょ、さわちゃんドア開けっぱなし!!」

さわ子「知るかぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

澪「ひいいいぃぃ!!」

なんで車運転するのにメガネ外してるの、この人。


唯「……はあぁぁ~…」ドンヨリ

憂「お姉ちゃん、どうかしたの?」

唯「ん…思い過ごしだといいんだけど、さっきね、りっちゃんと一緒に飛び乗った時ね…」

憂「うん」

唯「シャッター音がしててね」

憂「うんうん」

唯「…パンツ撮られた気がして」

憂「」

澪(シンパシー)


そんなこんなでイベント会場から逃げ戻ってきた私達。

律「………」

澪「………」

部屋に戻ったはいいが、二人きりで空気が重い。
メガネの悪魔は私達を送り届けてすぐ颯爽と走り去ってしまったし、ムギと憂ちゃんは夕食の買い出しに行ってしまった。
唯に至っては精魂尽き果てたのか自室で寝ている。おいおい。

律「えっと、どこから説明すればいい?」

澪「…復讐について。まぁ、頭の冷えた今なら少しは予想つくけど」

律「うん、なら話は早い。えっと――」

順を追って、澪と道を違えてから私がずっと抱いていた気持ち、唯が目覚めてからの澪達の態度に対する不満、ムギの抱えていた悩み、それらを語って。
ただずっと神妙な顔で聞いていてくれた澪は、話が一区切りつくと、ちゃんと頭を下げてくれた。

澪「……ゴメン。律がそんなに思いつめてるなんて、考えもしなかった」

律「もういいよ。もういいんだ。正直、やりすぎたような気もしてるんだよ、今は」

何か言いたそうな様子の澪だが、それ以上口を開くことはしない。

律「…澪達の選択はさ、間違っていたとは思ってないんだ、私は。私の復讐が成功したのは、唯がたまたまこっちに付いてくれたからに他ならない」

澪「唯にも…謝らないとな」

律「アイツ超怒ってるぞ~? なんせ私に復讐を持ちかけたのも、いろいろ仕組んだのも全部唯なんだからな」

澪「そ、そうなのか……うぅ、イヤだなぁ…」ガクブル

律「まぁ、怖いとは思うけど謝れば許してくれるよ。そう言ってたし」

澪「怖くはないし、謝るのは当然だ。ただ、そこまで唯を怒らせたという事実だけが怖いんだ……唯に、嫌われてるんじゃないかって」

結局怖いんじゃないか、それ。

律「あぁ……それは…どうだろう。でも一緒にバンドしたいとは言ってたぞ?」

澪「そうか……よし、今から言ってくるよ」

律「いや寝てるだろ今は。起こすのも可哀相だ」

澪「いや、善は急げだ。私の覚悟が変わる前に!!」ダッ

律「……行っちゃったし。嫌われたくないとか言いながら嫌われそうなことするなぁ、アイツ」


……数分後、泣きながら戻ってくる澪の姿があった。
最悪の事態を想定しながらも、恐る恐る何があったのか聞いてみたら「唯がいい奴すぎて」とか言っていた。とりあえずは一安心か。

その後しばらく、澪との会話に花を咲かせた。お互いの今までのこと、これからのこと、そして唯のこと。
昔と変わらないように語り合った。語り合えた。全部、唯のおかげだ。

そしてムギと憂ちゃんが帰宅した頃、丁度唯が目を覚まし、姿を見せた。

律「おや、お早いお目覚めで」

唯「澪ちゃんと…あずにゃんのせいだよぉ」

澪「ご、ごめん…って梓?」

唯「うん。あずにゃんからメールきてね、今から会えないかって」

律「ふーん、結論出したみたいだな」

唯「何日か、って言ってたのにねぇ…ふあぁ~、ねむ…」

憂「替わりに行ってこようか?」

唯「いいよ、すぐ終わるだろーし……いってきまー」

フラフラと玄関を開け、頭と足の小指を一回ずつぶつけてから唯は出て行った。
……大丈夫か、本当に。

澪「…なんというか、アレが私達を追い詰めたとは思えないな……ステージの上ではカッコよかったのに///」

紬「白くなっちゃったわねぇ」

澪「…しろ?」


唯が出て行ってから一時間くらい後。本当に唯をあのまま見送ってよかったのか悩んでいると。

律「ん? 電話か」

ディスプレイには唯の名前。少し嬉しくなり、それと同時にわざわざ電話してくることに少し疑問もあり。
でも何にせよ無事なようで何よりだ。

律「もしもし、唯?」

そうして、唯の言葉を僅かだけ聞き届けた後。

私は、家を飛び出していた。


――後悔に押し潰されそうになりながら。



律「待ってろ唯、今行くから――!」

唯『…りっちゃん…あの、ね…』

律「苦しいなら喋るな!」

唯『…苦しい、よ。だから…もう、会えないかもしれないから……言っておきたいことが、あるんだ…』

律「バカな事を言うな! そんなの聞いてたまるか! 生きて私に伝えろ!!」

唯『聞いてなくても、いいから……せめて、録音でも、しといて』

律「ッ……」

言われるまま、ケータイのボタンを押し、それからの会話を録音する。


だが、それから唯と何を話したかはほとんど覚えていない。


私は、息をするのも忘れ、膝が笑うくらいに全力で走って。

辿り着いた、その場所で。

ただ、死んだように横たわる唯の姿を眺めながら。

実際、ピクリとも動かない身体と、青ざめたその顔を見ながら。


救急車が到着してから、ようやくケータイの通話終了ボタンを押した。




――肋骨が折れている、とか。内臓が傷ついている、とか。同時に頭も打ったのだろう、とか。
なんかいろいろ言われたが、それらは全て私の耳を右から左へすり抜けていった。

大事なことは、ただ一つ。


――唯はまた、いつ目覚めるかわからない眠りについた、ということ。



第五章終わり



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最終更新:2011年06月08日 02:35