【第六章】:
澪「――梓が自首したそうだぞ、律」
律「………」
澪「死んでいないのに自首ってのも少し違和感あるよな、この時代」
律「……そう、だな」
澪「…聞いてるのか?」
律「……返事はしただろ」
澪「……そうだな」
私の隣に椅子を持ってきて腰掛ける澪。その姿は…こう言っては何だが、あまり落ち込んでいるようには見えず。
澪「落ち込んでるぞ、当然だろ」
律「…口に出してたか?」
澪「顔に出してた」
律「……そうか」
澪「………」
律「………」
澪「こういう時は、思いっきり殴り飛ばして、さ」
律「……ん」
澪「お前がそんなんでどうするんだー、とか。アイツの意思を無駄にするなー、とか」
律「………」
澪「そういうのが『正しい』展開で、『イイ話』なんだろうな」
律「……だったら何だよ」
澪「いや、何でもないな。私は少なくとも、それをするつもりはないから。というか何もするつもりはないよ」
律「………じゃあ、出てけよ」
澪「……ふう、そうだな。確かに邪魔かな、私は」
律「………」
澪「…あまり握り締めてると壊れるぞ、携帯電話」
律「……いっそ、壊してしまうか」
澪「大丈夫、流石にそんなことしたら殴り飛ばすから」
律「……そうか」
澪「何が入ってるのかは知らないけどさ」
律「……教えてないし」
澪「……私さ、部屋の写真立ての掃除は怠らないようにしてるんだ」
律「……なんだよ、急に」
澪「埃被って、色褪せてしまう前にどうにかしてやれ、ってことだよ」
律「……出てけよ」
澪「そうだな。30分で戻るよ」ガタッ
律「……アイツ、学校はいいのかねぇ」
呟きに反応する人は誰もおらず。
それどころか、音を発するモノが私以外皆無だ。
……ただ一つ、その気になれば音を発する手の中のモノを除いて。
律「……病院でケータイって、ダメだろ、よく考えたら」
そんなことにも気づかなかったのか、澪は。
それほど、私を心配していたのか?
それとも、気づいていてなお無視するほど、私のほうが大事なのか?
マナーやモラルより、こんな私を見ているのが苦痛だったのだろうか?
いつも通り、いや、いつも以上に冷静ぶって振舞っているように見えたんだが。
……違うな。これは私への当てつけだ。
私は以前、間違っていると知りながらも復讐の道を選んだ。それと同じように、間違ってると知りながらも病院でケータイを使えと、そう言っているんだな。
律「……バカか」
流石に命に関わるような間違いを自ら犯す気にはならない。それが大切な人の命なら尚更だ。
……いや、でも。よく考えたら、復讐の道を選んだ結果、こうなったのではないか?
犯人は梓と言っていた。ということはやはり、私達の復讐に対する復讐。
『憎しみは、憎むべきものが死んだ後まで残る』と、どこかで耳にした。ならばやはり、復讐という道は……私と唯の選択は、間違っていたのだろうか?
律「……そんなの、嫌だ」
正しいか、間違いかなんてどうでもよくて。単純に嫌だった。私と唯を否定されるのが嫌だった。
私は、私達の選択を、悔いてはいけない。復讐したことを悔いてはいけない。
唯が梓にやられたからといって、落ち込んではいけないし、憎んでもいけない。
これは私達の『選択』であり、『責任』である。
唯は言っていた。復讐を遂げたら、日常を守る責任が発生すると。
ここで私が落ち込んだり、梓を憎んだりしたら、また日常が遠ざかる。
唯の望みが。私の望みが。私達の思い描いた未来が。
そんなの……
律「…そんなの嫌だよな? 唯ッ…!」
……私達の思い描いた未来は、まだ色褪せてなんていない。唯の想いは、埃を被らせておくわけにはいかない!
手の中のケータイの感触を確かめ、部屋を出た。
澪「――うわっ、びっくりした。まだ30分には早くないか?」
律「お前は病院内でケータイ使えって言うのか? バカ澪」
澪「……いや、そうだな、それはダメだよな、律」
律「守るべきものは弁えてるつもりだからな、これでも」
澪「ふふっ、それは頼もしいな」
律「こう見えても部長なんでね。もう少しカッコつけてみようと思ってさ」
私は一人じゃカッコつけられない。
でもまだ、私は一人じゃない。それに仮に一人でも、まだ唯の想いが、この手の中にある…!
――病院の外に出ると、少しだけ蒸し暑い空気にげんなりする。
そんな私を見て、澪は「車で来てる」と言い、案内してくれる。
律「…車の中も蒸すけどな」バタン
澪「うるさい、エアコンつけるから待て」ピッ
まぁまだ夏というほどでもない。うだるような暑さには程遠い。それほど経たずに快適といえる温度になった。
澪「…で、その携帯電話に何が入ってるんだ?」
律「……地図、かな」
澪「…私のでも見れそうなもんだけど」
律「いいや、唯が残してくれた、私だけの地図さ」
澪「……なるほど」
念の為車載充電器を借りて繋ぎ、ケータイを操作する。
律「えーっと……」
澪「…機械オンチキャラじゃなかっただろ?」
律「うるへー」
……通話を録音することなんて滅多にないから、どこに保存されるかなんてわからねーんだよチクショウ。
あ、もしかしてこれか?
唯『りっちゃ…ん……』
澪「唯!? これ、まさか――」
律「静かにしてくれ澪、一生のお願いだ」
澪「…ゴメン」
唯『みんなに……ゴメンねって、伝えて…』
律『真っ先にそれかよ…このバカ』
唯『うん…澪ちゃんには、酷いことしたし、ムギちゃんにも、結局、いろいろ、背負わせちゃった……』
律『………』
唯『憂には、結局、何も、返してあげられなかった……げほっ』
律『ッ…!? 痛むのか…!?』
唯『階段で、足、滑らせちゃって……ドジだよね、はは…』
律『救急車は呼んだか!? 呼んでなければ――』
唯『いちお、自分で呼んだんだけど、ね……』
律『なら尚更大人しくしてろっ!』
唯『こほっ……あー、りっちゃんには……何言えばいいか、わからないや…。何を言っても、きっと、りっちゃんは、泣いちゃうし』
律『……泣かねーし』
唯『えへへ……最初から、ずっと、涙声……』
律『…うるせー』
唯『…何を言っても、ね、りっちゃんは、抱え込んじゃうし、背負い込んじゃう。だから、きっと、何も言わない方が、いいんだよ』
律『………』
唯『でも、もし、いろいろ抱えたままでも、りっちゃんが、立ち上がることがあったら……みんなを、ちゃんと、助けてあげてね?』
律『……どういうことだよ』
唯『澪ちゃんは、きっと、強気に振舞って、でも、きっと傷ついてて。ムギちゃんも、なんか、いろいろ抱えすぎて、きっと、おかしくなっちゃう頃だよ』
律『………』
唯『憂は、その、もう、ダメかも。だから、憂は、間に合えば、でいいから』
律『…重い、な』
唯『あと、あずにゃんのことも、お願い。あずにゃんは、やっぱり、いい子だから……』
律『……私には、本当に何もないのな』
唯『……そろそろ、限界、っぽいし』
律『っ、少し待て、もう少しだから、もう着くから!』
唯『………りっちゃん……』
律『黙って待ってろ!!』
唯『…死にたくないよ……』グズッ
律『……今更泣くなよ、バカ…!』
唯『……大好きで、ゴメンね……りっちゃ……』
律『………私だって、大好きだよ。だから黙ってろ!』
唯『………』
律『……唯?』
唯『』
律『唯……?』
――ボタンを押して、再生を止める。
ここから先は、私のみっともない問いかけが繰り返され、救急車が到着して終わり、だ。
律「……ったく、カッコつけるなら最後までカッコつけろよな…」
最後に、最後の最後に、大好きとかゴメンねとか言われたら。
そりゃ、私だって落ち込むに決まってるだろ。抱え込んで、背負い込んで、澪にハッパかけられるまで動けなくなって当然だろ。
……そういうことにしといてくれよ。
律「……なぁ、澪」
澪「…なん、だよ…」
律「お前、唯がこうなってから、泣いたか?」
澪「……まだ、だな…」
律「…ちょっと用事が出来た。後でまた電話するから、ここにいろ」
『泣いてない』ではなく『まだ』と言うか。
ゴメンな、お前だって落ち込みたいだろうに。私が先にしっかりしなくちゃいけないのにな。
律「…あー、そうだ、これ聴いてろよ」
澪「……何が入ってるんだ?」
私が差し出した携帯プレイヤーを手に取り、問い返す。
正直言うと片時さえも手放したくない物だが、澪になら渡せる。
律「唯の歌。今回は全部唯ボーカルだったろ? 唯、頑張ってたんだぞ」
澪「……私が聴いていいの?」
律「…当たり前だ。澪には世話かけたし」
澪「……そっか」
律「トラック7とかオススメだぞ。じゃあな」
澪「――トラック7、か……順番に聴いてみたいけど、まあ、騙されたと思って……」
唯『……あー、あ゛ぁ~~~↑↑』
律『ブッ!? な、なんつー声出してんだ、お前!?』
紬『唯ちゃん、この音よ、この音』ピーン
憂『頑張って、お姉ちゃん!』
唯『うーん、澪ちゃんみたいな声って意識すると、音程取るのが難しくて』
律『音程以前に澪っぽい声ですらない』
唯『うーん、澪ちゃんどうやってあんな声出してるんだろ』
律『胸から出してるに決まってるだろ』
唯『おお、あのボリュームの胸には二つの意味でボリュームがあったんだね!』
澪「んなワケあるか!!!」
憂『大丈夫だよお姉ちゃん、胸が小さくても声がカッコイイ女の人は沢山いるよ?』
唯『遠回しに胸が小さいって言われた気がするよ』
律『実の妹に言われるとダメージでかいな』
憂『え、そ、そんなつもりじゃ……』
紬『うふふふふ』
唯『うわああああ~ん、澪ちゃん助けてー!』
澪「…ははっ、あいつら結局バカやってるのか。あまり憂ちゃんに迷惑かけるなって言ってるのに…」
律『……澪、か…』
紬『澪ちゃんコンプレックスのりっちゃん、どうしたの?』
律『イヤな言い方するな』
紬『……まだ、躊躇ってる? それともまだ不安?』
律『まさか。そんなことないさ』
唯『あ、じゃあ当ててあげましょー! あれでしょ、早く澪ちゃんともう一回バンドやりたいなーでしょ!』
律『………』
唯『図星でしょ~? 私もそう思ってたからねー。憂とツインベースとかどうだろう?』
紬『…ちょっと書いてみたいわ、それ』
憂『え、私は澪さんが戻ってきたら抜けるよ、お姉ちゃん…』
唯『え~、それは勿体ないよ。勿体ないし、私も寂しいよ』
律『そう簡単に脱退なんてさせないぞー? 我がバンドを抜けるには血湧き肉踊る100の試練を突破せねばいかんのだ!』
憂『今夜はしゃぶしゃぶにしましょうか』
律『『血湧き肉踊る』から適当に連想されたようだ』
憂『血湧き肉踊る試練って想像できなくて…つい』
唯『澪ちゃんのツッコミが恋しいねー』
紬『…でも、これも澪ちゃんを仲間に迎える為よ。頑張りましょ?』
唯『そうだね……よーし、澪ちゃんを想ってもう一回歌うよ!! ♪~~』
澪「……ははっ、酷い声だ……」
澪「………」ポロポロ
澪「唯……唯ぃ……」
澪「ずっと、待ってるからな……」
最終更新:2011年06月08日 02:36