――原付をカッ飛ばして、私達の部屋まで戻る。
ムギも憂ちゃんも電話は繋がらなかった。ここにいないとなると探し出すのは少々骨が折れるが……

律「ムギ! 憂ちゃん! いるか!?」

紬「あ、りっちゃん。おかえりー。憂ちゃんなら寝てるから、静かにね」

ムギに頷き、憂ちゃんの姿を確認して一安心。念の為言っておくがちゃんと息もある。
ムギの様子も普通だし、最悪の事態は避けれたようだ。

律「……学校、やっぱ行ってないのか」

紬「行ける訳ないわ。憂ちゃんが目を覚ましたら病院に行こうと思ってたのに、りっちゃんこそどうしたの?」

律「…ま、いろいろあってな」

紬「ふーん…? あ、ちょっと相談があるんだけど、いいかしら?」

律「ああ、別に、私で手伝えることなら何でも」

その為に戻ってきたと言っても過言じゃない。ほとんど病院で過ごしていた私はムギに負担をだいぶかけていたとは思うし、唯に言われた件が無くとも何かで償おうとは思っている。
そして、そんなムギは、

紬「うん、あのね、大したことじゃないんだけれど――」

ニコニコと、いつものムギの笑顔で。


紬「――憂ちゃんが死にたがってるんだけど、どうやって死なせてあげればいいと思う?」


二の句を告ぐ前に、私はムギを抱きしめていた。

紬「……りっちゃん?」

律「………」ナデナデ

紬「…ふふっ、唯ちゃんみたいなこと、するのね…」

律「…あいつほど上手くやれないよ」

紬「……憂ちゃんがね…お姉ちゃんがいない、って、いっつも言ってて。手首とか首筋とか、見た?」

律「……見てなかった」

紬「………そう」

律「…今だけじゃない。いつだって、私は、ムギや憂ちゃんのこと、ちゃんと見てこなかったのかもしれない」

二人とも、私なんかよりずっと人間が出来てると思ってた。
しっかりしてるし、自分というモノをちゃんと持ってると思ってた。
世話してもらうことこそあれど、世話する機会なんて永遠に訪れないだろうと思っていた。

でも唯に言われた通り、現実は違っていて。

紬「……りっちゃん、私ね、もう、疲れちゃった。憂ちゃんを憂ちゃんから守るの、もう、無理…」

律「…疲れたら、休めばいいよ。もう何もしなくていいから」

紬「……でも、それじゃ…」

律「ムギはこうして、私に相談してくれたじゃないか。後は任せろ、なんとかする」

紬「……本当に…?」

律「あまりみんなのこと見てない、ダメな部長だったかもしれないけど。言われればちゃんとしただろ?」

紬「…りっちゃんは…ダメなんかじゃない。私だって、私のほうが…いつも無力で…!」

笑う場面じゃないのに、笑ってしまう。ムギが無力だなんて、何を見てればそんな風に思えるんだろうか。
いや、言うまでもないか。自分以外、だ。
自分のことなんて二の次で、他人のことばかり見ているから。常に他人のことを気にかける、優しいムギだから。

律「…みんな、優しすぎるんだよ。背負いすぎるんだよ、一人で。勿論、憂ちゃん自身も」

紬「そう、かな……」

律「そうだよ。たまには怠けて、サボっていいんだ。私や唯みたいにさ」

紬「…ふふっ、そうね。……あぁ、またみんなで、お茶したいな…」

律「……そう遠い日じゃないよ。取り戻そう、みんなで」

紬「…うん」


安心したように、ムギが目を閉じる。抱きかかえ、憂ちゃんが寝ているところまで移動。
……ムギ、太ってるとか気にしてたけど、随分と軽いじゃないか。ゴメンな、ずっと世話かけてばかりだ。


律「――憂ちゃん、起きて」

憂「……律…さん?」

律「ムギが寝るから、交代。ホラ起きて」

紬「あはは……ごめんね、憂ちゃん」

憂「……はい…」

緩慢な動作で身体を起こす憂ちゃんを咎めはしない。少なからず私の責任もあるんだから。
憂ちゃんが這い出た布団にムギを寝かせ、「今はおやすみ」とだけ告げ、目を閉じるのを見届ける。

律「憂ちゃんは着替えてきて」

憂「……どこに連れて行くつもりですか」

律「トゲトゲしいなーもう。梓のところだよ」

憂「梓ちゃん…? どうしてですか?」

律「聞いてないの? 唯をやった、って自首したらしいよ」

我ながら随分と軽く言ってしまったと思うが、隠す理由は何もない。
澪からの伝聞に過ぎないが、状況から考えても梓で決定だろうし、冤罪の可能性は考えなかった。
もっとも、被害者の唯の証言とは食い違うのだが……そこまで憂ちゃんに伝える必要は、まだない。
勿論、それを聞いた憂ちゃんがどんな行動に出るか、それも考えなかったワケではない。

律「手ぶらで行くんだぞ、手ぶらで」

憂「………着替えてきます」

律「着替えも見張っとくからな?」

憂「………」

……憂ちゃんの目に、生きる意志が宿っている。光が、炎が宿っている。
色や形はどうであれ、そのこと自体はいい傾向だと思う。

――さて、こっからが部長のウデの見せ所なわけだが、正直何も考えていない。どうしよう。

憂「着替え、終わりましたよ」

律「…ん、歩きでいい?」

憂「はい、構いませんよ」

律「よし。多分まだ梓は警察署にいるだろ。のんびり行こう」

憂ちゃんと手を繋ごうとしたが流石に恥ずかしいので、手首を握って手を引く程度に留めておく。
これはこれで警戒しているとかそういう風に取られるかもしれないけど、それはそれで構わない。

のんびり、という言葉が示すように、極力ゆっくり歩き。
途中寄り道したり、遠回りしたり。憂ちゃんに合わせて食事を軽く取ったりして。
時間稼ぎのようだけど、きっとこうやって間を空けないと、憂ちゃんは私の言葉に耳すら貸さなかったと思う。

……そろそろ、いいかな。


律「――先に言っておくけど、私は梓を責めにいくわけじゃない」

憂「……じゃあ、許すんですか?」

律「逆に、憂ちゃんはどうなの? 親友であった時期を全部無かった事にして、梓を恨むの?」

憂「…そんな質問は卑怯です」

律「……そうだな、ゴメン。憂ちゃんだって悩んでるよな。優しいもんな」

憂「……でも、親友のままでも、許せはしないと思います。どんな理由があっても」

律「…いや、たぶん理由なんて特にないと思うよ。カッとなっただけだと思う。梓って怒りっぽいし」

憂「……それだと、余計許せないと思うんですけど」

律「そうかな? あっちに理由があれば、梓は反省も後悔もしないと思う。でもついカッとなったとかなら、梓はたぶん今、死ぬほど自分を責めてるとは思わないか?」

憂「……そんなの、律さんの推測ですよね?」

律「私と、唯の推測だな。だから間違ってるとは思わない」

憂「お姉ちゃんの…?」

律「ああ。唯が言ったから、言ってくれたから、私はこうして動いてる」

唯が最後に吹かせようとしたお姉ちゃん風。代わりに私が、ちゃんと吹かせる機会、与えてあげよう。
そして私が、最後にさせない。この先に絶対、繋いでみせる。

律「梓はやっぱり、いい子だから。だから助けてあげてくれって、私は言われた。憂ちゃんだって梓がいい子なのは知ってるだろ?」

憂「……それは…」

律「あと、唯さ。憂ちゃんに、ゴメンねって言ってた」

憂「え……?」

律「いろいろしてもらったのに、いろんなものを貰ったのに、何も返せなくてゴメンって」

憂「そんな……そんなの…!」

律「……澪やムギにはさ、復讐のせいで傷つけて、背負わせて、ゴメンねって言ってたんだ。でも憂ちゃんには違った。今まで生きてきて、沢山助けてもらって、それら全部を含めた話をしてた。正直、羨ましいよ」

憂「……ズルいよ、そんなの……! お姉ちゃんが、お姉ちゃんがいてくれるだけで、私は見返りも何も要らなかったのに…!」

律「…うん、その気持ちはよくわかるよ」

憂「っ…ぐす、お姉ちゃん、おねえちゃぁん……!」

律「……唯はまだ生きてるよ、憂ちゃん」

憂「………?」

律「待とうよ、憂ちゃん。何もしないで、何も背負わないでいいから待っててくれよ。全てを諦めて自分を終わらせようとしないで、憎しみに駆られて梓を傷つけたりもしないで、ただ待っててくれ」

憂「………」

別に復讐をするな、と言っているわけじゃない。待ってと言ってるだけだ。
私も復讐をしたし、それを後悔はしていないから、復讐をするななんて言える訳がない。
ただ私が唯からの言伝を、依頼を果たすのを待ってて欲しい。そして、更に言うなら……

律「唯は目を覚ますよ、ちゃんと」

だから、それまで待ってて。

律「唯がいないとダメなんだろ? だったら先のことをいろいろ考えるのは、唯が目を覚まして、唯が隣に居てくれて、それからでもいいじゃないか」

一人で何でも出来るのは、確かに憂ちゃんの長所だけど。

律「一人で何でも全部決めちゃうのは、やっぱり違う。私には今の憂ちゃんが、唯がもう目覚めないと決め付けて自棄になっているようにしか見えない」

憂「っ……!」

律「あの時の澪や梓と同じように、唯のことを見捨てて一人で先に行っているようにしか見えない」

数時間前の私にも同じことが言えるのだけど、それは置いておく。

律「あの時と同じように、憂ちゃんの気持ちもよくわかるんだけど。それでも私の出す結論も同じだよ」

憂「……律、さん…」

律「置いていくなら、復讐するよ。何度でも、相手が誰でも。……でも、あの時とは違う点も、いくつかある」

ぐっ、と憂ちゃんの手首を握る手に力を入れる。

律「…厳密には、憂ちゃんはまだ、ここにいる」

憂「………」

律「それに、私は唯から頼まれた。憂ちゃんを救ってあげてくれと。この二点が、あの時とは違う。……さあ憂ちゃん、どうする?」

尋ねはしたものの、答えなど何であろうと関係ない。
唯に頼まれた以上、私はそれを必ず遂げる。遂げてみせる。
憂ちゃんが拒否したとしても、この手は離さない。

でも、それでも聞いた理由はある。だって……


憂「……ごめんなさい…律さん……ごめんね、お姉ちゃん……!」ポロポロ

律「…謝ることはないよ。まだ、何も起こってないし、何も間違ってないんだ、憂ちゃんは」ナデナデ


……だって、どうせなら理解して欲しいじゃないか。
唯の、妹にかける無償の愛を、さ。


律「――お、出てきたぞ」

梓「!? り、律先輩、と、憂……」

警察署の前で待つこと――何時間だっけ? まぁいいや。とにかく待ちに待って、ようやく梓とご対面。

梓「どうして、ここに……」

律「梓に会いに来たんだけど、どうすりゃいいかわからなくてな。丁度ムギから電話かかってこなければ殴り込みに行くところだったよ」

決して冗談ではない。唯に託された以上、それくらいの覚悟はあった。
ムギがタイミングよく電話で「あと何時間かで一旦解放される」と教えてくれなければ、本当に。

憂「紬さん、警察事情にも詳しかったんですね」

梓「ムギ先輩? じゃあ、さっきのももしかして…」

律「…どうした?」

梓「いえ、なんでもないです。それより――」

梓はきっちりと姿勢を正し、そして膝をつき、頭を地面にこすりつけて。

梓「――ごめんなさい!!!」

土下座して、私達に許しを請う。その様子は、やはり唯の予想通り、反省はしているようで。

憂「…謝るより、聞かせてよ。あの日、何があったのか。どうしてあんなことになったのか」

梓「語るような事は…特にないよ。感情に任せて唯先輩に私が酷いことをした、それだけだよ」

憂「……どんなやり取りがあったの?」

梓「…あの後、澪先輩を失った放課後ティータイムはそのまま解散になったんだ。メンバーからもファンからもいろいろ言われたよ。でも、どこか私もスッキリしてた」

憂「じゃあ、あの日のメールって…」

梓「うん。一応、そっちに行くつもりだった。でもいざ唯先輩に会うとそれもなんか悔しくて、唯先輩に愚痴をぶつけて……」

憂「うん……」

梓「唯先輩は全然動じてなくて、ますます悔しくて。それで私、言っちゃったんだ。「復讐とか言って私達を解散にまで追い込むなんて、唯先輩がそんなに心の狭い人だとは思いませんでした」って」

憂「……心が狭い、かぁ」

別の言い方をすれば自分勝手。自分だけにしかわからない理由で他人を苦しめた。
それは…言われても仕方ない。唯だって覚悟の上だったはずだ。

梓「でも、そこで唯先輩は――」


唯『――梓ちゃんだって、私の立場になれば同じ事をするよ』

梓『……バカにしないでください。誰のせいでもないのに復讐なんて…くだらないです』

唯『誰のせいでもない…? 梓ちゃんは、人を傷つけた自覚はないの? 傷つけられた人の気持ち、わからないの?』


梓「――って初めて言い返してきて……頭に血が上っちゃって…」

うわぁ、それはなんとも。売り言葉に買い言葉じゃないか。

梓「…私は…気づいたら唯先輩を突き飛ばしてて……唯先輩、そのまま階段を転げ落ちていって…」

憂「じゃあ、救急車を呼んだのは…」

梓「……ううん、私じゃないよ。私は、怖くなってそのまま走って逃げた……!」

救急車は確かに唯が自分で呼んだと言っていた。もしあの時に唯の意識がなかったらと思うとゾッとするが。
……しかし、階段の方の証言は…唯と梓、どちらが正しいのだろう?

梓「私は、唯先輩にも憂にも、許されないことをしたと思う…!」

憂「……そっか」

梓「……それだけ?」

憂「……救急車を呼んでくれなかったのはマイナスだけど…律さん」

律「うん、唯の言い方も悪いな……」

人を傷つけた自覚がどうとか、復讐をした人にだけは言われたくないだろう――


「――いや、そうでもないぞ」


11
最終更新:2011年06月08日 02:37