律「うおっ、澪!?」
梓「澪先輩……」
澪「や。ムギに聞いたらここに向かったって聞いてね。乗せてきてもらっちゃったよ」
憂「紬さん、もう起きていいんですか?」
紬「うん、充分休ませてもらったわ」
図らずとも唯以外が勢ぞろい、か……
いや、それよりも。
律「そうでもないって、どういうことだよ、澪」
澪「そう難しいことじゃないだろ? 復讐と心の狭さは、唯の中では無関係だったって事だよ。唯と梓で話がズレてるんだ」
律「……いや、さっぱり意味がわからん」
憂「復讐をする人は心が狭いと言われても仕方ないとは思いますよ?」
復讐なんて結局は自己満足。自分の恨み、憎しみのためにするんだから、心が狭いと言われてもその面では否定しない。
心が広ければ、そりゃ何もかもを許して生きていけるはずだし。それこそ私が唯が目覚めた時まで抱いていた、唯という人物像のように。
澪「うーん。っていうかそもそも、なんで唯が心が狭いってことになってるんだ?」
律「いや、そりゃ復讐したからだろ…」
澪「律…その態度はないだろ? 唯はお前の為に復讐してたんだろ?」
律「……え?」
……何を言っているんだ?
唯と私は…同じ目的の元に集った対等な『仲間』だぞ?
そりゃ確かに唯はやたら私を持ち上げていたけど……、
澪「お前……まさか、知らなかったのか?」
律「え、だって唯は、澪達に置き去りにされたことを恨んで……」
澪「恨んで、悲しんで、苦しんでたのは律だろ? 違うのか?」
律「い、いや、確かにそうなんだけど…あれ?」
澪「律が苦しんでるから復讐するんだ、って唯は言ってたぞ?」
紬「言われてみれば確かに…唯ちゃん自身が置き去りにされたことに対しては、何も言ってなかったような…」
そう……だっけ?
しかし確かに、私の知る唯という人間ならそう簡単に人を憎んだり恨んだりはしない。原因が自分の事故にある今回のような事態だと尚更だ。
それこそ最初に私が、そして澪達が抱いていた『
平沢 唯』という人間像は、他人の選択をそう簡単に否定はしないのだ。唯はああ見えて、人の悩みや苦しみには敏感だから。
でも、でも、だからって……
律「で、でも唯も許せないって言ってたじゃないか!」
澪「うん。唯に謝りにいった日は怒られたよ。律を置いて先に行ったこと、絶対に許さない!ってさ」
唯の怒りの原因は、『自分を見捨てた選択』ではなく。
私を、『
田井中 律を見捨てた選択』に対してで。
律「ゆ、唯も、傷ついたって――」
澪「私達が律を見捨てたことに傷つき、ショックを受けてたな。あんなに仲良しだったのに、って」
傷ついた事こそ否定しなかったが、唯は『自分が見捨てられた』事に傷ついていたわけではなく。
私が、『田井中 律が見捨てられた』事に傷つき、憤り。
律「じゃ、じゃあ……まさか…」
……私の為だけに怒っていたというのか? 唯は。
私の為だけに復讐を計画し、いろいろ仕組んで、ムギ達を巻き込んで、ステージに立って、そして…梓に突き飛ばされた。
まさか……とは思うが、私の為だとすれば、それこそが唯の望みだったと思い上がるなら、唯と私の復讐に対する温度差、会話の些細な違和感、いろいろ説明がつく。
梓「もしかして…律先輩の為だけに行動していた唯先輩だから、あんな事を言った…?」
澪「かもな。人の痛みを良く知り、それを癒すために復讐の道を選んだ唯だから……そんな生き様を否定するような事を言った梓に、諭すようにそう言ったんだろう」
梓「そ、そんな……わ、私、そんなつもりじゃ…!」
憂「し、仕方ないよ梓ちゃん! 私達だって知らなかったんだから…!」
梓「う、憂ぃ……だ、だって私、唯先輩が、あの優しかった唯先輩が、変わっちゃったって、酷い人になっちゃったって思って……」
紬「梓ちゃん……」
梓「ほ、本当のこと言うとね、カッとなったなんて言ったけど、突き飛ばす瞬間、一瞬考えたんだ……いいのかな、って」
憂「………」
梓「でも私、復讐に対する復讐とか、そんな風に自分を正当化して……これで、後はお互いゴメンなさいすれば、いつかはまた、仲良く演奏できるかな、なんて汚いこと、私、思ってて……!」
……復讐に対する、復讐。
梓は自分勝手な唯に復讐をした、自分勝手な唯が許せなかった。そのつもりだったのに。
梓「でも、でも唯先輩は、自分の事なんて二の次だったんだ…! 純粋に人の為に行動してたんだ…! なのに私は…!」
憂「いいよ、もういいよ梓ちゃん! お姉ちゃんだってわかってくれるよ…!」
梓「やだ…やだよぉ、もう……唯先輩に合わせる顔がないよぉ…! 最低だよ、私ぃ……!!」
―――
――
憂「大丈夫、大丈夫だから! ちゃんと許してくれるから!!」
梓「憂も憂だよ…! なんで私を責めないの!? 唯先輩を、大好きなお姉ちゃんを傷つけた私を!!」
憂「私は…梓ちゃんの事、許すなんて言ってないよ? でも、責めもしないよ……そんなに傷ついて、後悔して、泣いてる友達を、責めれるわけないよ…!」
梓「イヤだよ、責めてよ、怒ってよ…! 優しくしないで…!!」
憂「……梓ちゃんがその気持ちを忘れたら、その時にちゃんと責めるよ。私はお姉ちゃんほど優しくはないから。だから――」
紬「はいはい、待って待って。憂ちゃん、ちょっといい?」
憂「…紬さん?」
紬「あのね、梓ちゃん、実はそこまで酷いことしてないの。突き飛ばしたのは梓ちゃんだけど、突き落としてはいない。目撃者もいるわ」
憂「え……?」
紬「梓ちゃんが突き飛ばして、別の人にぶつかって、その結果バランスを崩して階段に落ちた。梓ちゃんが原因には違いないけど、梓ちゃんは階段から落とすどころか、怪我をさせるつもりさえなかったってことね」
梓「ッ!? やっぱり、急に私が解放されたのは、ムギ先輩の――!」
紬「あら、何かしら? 私はただ『唯ちゃんがぶつかった相手』を見つけただけよ? それ以上でもそれ以下でもないわ。ついでに言うとその人の証言で――」
梓「やめてくださいムギ先輩ッ!!!」
紬「その人の証言によると、梓ちゃんはちゃんと唯ちゃんを心配して走り寄って謝ってた。救急車も呼ぼうとしてたけど、周りの人が騒ぎ始めて梓ちゃんが疑われることを恐れたのでしょうね、唯ちゃんが突き放して――」
梓「っ…! 違うよ憂、私が突き落としたの! だから――」
憂「……梓ちゃん、もう、どっちでもいいんだよ」
梓「っ! で、でも、原因は結局私なんだから、私を責めてよ!」
憂「どっちでもいいんだってば。今はまだ梓ちゃんを責めない。そう約束したから。お姉ちゃんと、律さんと」
梓「で、でも……!」
憂「だから、梓ちゃんも逃げないで待ってね? お姉ちゃんが梓ちゃんのことをどうするか。私はそれに従うから」
梓「憂……」
憂「逃げるのだけは、許さないよ。それが私の、精一杯の厳しさだから」
梓「っ…ぐす、うん……」
――
―――
梓が憂ちゃんに当り散らしている辺りから、私にはそっちを見る余裕など無くなっていた。
だって。
律「……まさか、そんな、全部、私の為に?」
澪「そうだな、私はそう聞いてる」
だって、唯が本当に、全てを私の為に、と行動していたというのならば。
それならば。
律「じゃあ…なんだよ、今唯が倒れて目を覚まさないのも、私の為に頑張った結果だって言うのかよ…!」
澪「……そうなるな」
律「そうなるな…じゃねぇよ…! なんだよそれ…! 全部、ぜんぶ私のせいじゃないか…!!」
そう、ぜんぶ、だ。
唯が目を覚まさないのも。
ムギが悩み苦しんだのも。自らを追い詰めてしまったのも。
憂ちゃんが自らを傷つけたのも。憎しみに駆られそうになったのも。
梓が唯を傷つけてしまったのも。自分を責めるのも。
澪が自分のことを二の次に、私を立ち直らせようと時間を割いたのも。
ぜんぶ、私が弱かったから。
弱い私を助けようと、唯を頑張らせてしまったから。
私のせいで、私の大切な人が、そして仲間が傷ついた。
澪「律のせい、じゃないよ」
律「違うものか!!」
澪「違う。律のため、だ。唯はずっとそう思っていた。何度も言わせるな」
律「ッ…! なんだよ、そうだったら、何が違うって言うんだよ…!」
澪「自分を責めるなってことだよ! お前の為にしてくれた相手に、言うべき言葉は何だ!? ゴメンナサイか!? 違うだろ!!」
律「っ……」
澪「言葉だけじゃ足りないかもしれない。一生をかけても伝えきれないかもしれない。でも、それでも言うべき言葉があるだろ!?」
律「……それ、は…」
澪「ゴメンナサイと言われて唯が笑うのか!? お前の大好きな唯は、お前を笑わせるために自分の全てを賭けたんだぞ!?」
律「……それは…!」
澪「唯がお前を想ってくれたように、お前も唯を想って考えてみろよ! 何て言ってあげれば、唯は喜ぶ!? 何と口にすれば、お前の大好きな笑顔がまた見れるようになるんだ!?」
……わかってる。その問いの答えは。
誰でもわかる。小学生でも、幼稚園児でもわかる。
自分の為にしてくれたなら。それで少なからず、自分が救われたなら。
その想いを、ただ素直に、相手に伝えることができる言葉は。
律「……ありがとう、か」
そういえばずっと前、唯にそう伝えたら拒否された事もあったな。
「全てが終わったら、その時にまた言って欲しい」って言われて。
そうしてくれたら嬉しいって。
ちゃんと、私に言ってくれてたじゃないか、唯は。
私にして欲しいこと、教えてくれたじゃないか。
……教えてくれたんだから、ちゃんと応えないとな。
律「……澪、ムギ、憂ちゃん。梓を頼むわ」
澪「…ん。任せろ」
紬「…病院、戻るの?」
律「ああ」
憂「…私達も後で行きますよ」
紬「そうよ。今度は、みんな一緒よ」
憂「お姉ちゃんが、そうしてくれたから」
律「…梓も、ちゃんと来いよ。唯なら許してくれるさ」
梓「ひぐっ、うっく……わ、わかってます。逃げませんから…」
憂「よしよし、梓ちゃん」ナデナデ
なんかよくわからんが、私が澪と押し問答してる間に憂ちゃんに何か言われたのだろう。
涙を流す梓の頭を撫でるその仕草に、姉から受け継がれた優しさを垣間見た気がした。
澪「……忘れ物だ、律。ほら」
律「……ん。唯の歌、どうだった?」
澪「下手くそ。目が覚めたら、私が直々に声の出し方から指導してやる」
律「はは、手厳しい。泣き言を言うのが目に見えてる」
澪「私にも見えてるさ。近い将来の、お前達が望んだ未来だもんな」
律「ああ。澪達も、みんなも望んでくれるなら、きっと叶う未来だよ」
紬「もちろんよ。みんな望むわ」
憂「…だから、行ってあげて、言ってあげて下さい」
律「ああ。みんなありがとう、行ってくる…!」
――足りない。
たった一つだけ、足りないんだ。
私の人生に、絶対に必要なものが、それだけが足りないんだ。
他は全て揃えた。お前を迎える準備は万端だ、唯。
……ちゃんとやったんだぞ? 私が。お前のお願い、ちゃんと叶えてやったんだぞ? 何か言うことがあるだろ?
――言うことがあるのは、私も同じか。
伝えそびれた言葉。
復讐を成し遂げて。
その先にあるものを手に入れて。
私は幸せを得た。一応は、幸せのカタチを手に入れた。
そのはずだから、あとはそれを実感させてくれ。
私の言葉で。
お前の存在で。
律「――唯っ!!!」
すべてのおわりに。
そして、すべてのはじまりに。
「ありがとう」を。
唯「――りっ…ちゃん?」
――――隣に居てくれる、大切な人へ。
――おしまい。
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最終更新:2011年06月08日 02:39