梓「――人気バンドって言っても、局地的なものですよ。澪先輩の外見だけで追っかけてる人もいるようですし」
店までの道すがら、近況をいろいろ聞かせてもらう。
近況とは言っても学校の話をされてもしょうがないし、あずにゃんもそれは別に面白い事だとは思ってないようで、バンドサークルの話がメインになっていた。
唯「…澪ちゃん、そういうの怖がってるんじゃない?」
梓「ええ、まぁ。だいぶ慣れてきてはいるようですけど、ちゃんと私がフォローしてあげてますよ」
唯「……あずにゃんもマニアックな人気がありそうだけどね」
梓「どういう意味ですかっ!」
そのまんまの意味です。無い胸を張るあずにゃんが悪いんです。
……そういえば私も胸は成長してないなぁ。むしろガリガリに痩せてた影響か、しぼんでるような……
唯「…胸の話はやめようか。ヘコむし」
梓「ほー、人の胸を見てマニアックとか言ってたんですか」
唯「あ、自爆……」
梓「――そういえば、憂は元気ですか?」
唯「んー? 元気だと思うけど、どうして?」
梓「いえ、高校ではいろいろ助けてもらったのに、その、最近は…唯先輩に憂が付きっ切りだったから、疎遠気味で…」
……確かに、全ての原因は私にある。けどどうなの、その言い方は。
あずにゃんに悪気は無いんだろうけど、憂と疎遠になったのを全て私のせいにするようなその言い方はどうなの。
……でも確かに、この二人の関係は澪ちゃんとりっちゃんのようにわかりやすい決別ではないのかもしれない。
りっちゃんと澪ちゃんは、単純に意思を違えた。同じ道を歩けない、と。
でも憂とあずにゃんは違う。あずにゃんは自分の意思を通す余地があったけど、憂が私を選んだのはほとんど『家族としての責務』のようなもので。
ある意味それも自分の意思ではあるんだろうけど、普通の人は友人と家族なら家族を大切にする。そういう意味では憂に選択の余地は無かった。
仲良し姉妹であればあるほど、選択の余地は無かった。皮肉なものだと思う。
唯「……ごめんね」
梓「いえ、そんな…唯先輩が謝ることじゃ…」
一応、二人の関係を狂わせた立場として謝った。けど内心、あずにゃんより憂に対する申し訳なさのほうが大きかった。
憂はいつも私と一緒にいてくれる。そんな憂を私も信頼している。お互い、胸を張って大好きだと言い合える存在。
でもそういう風に絆が強ければ強いほど、どこか相手を束縛してしまうんだ。
今回も憂は二つ返事で私の復讐に手を貸してくれている。でも憂だって、よく考えるまでもなくあずにゃんを敵に回して心中穏やかであるはずはないんだ。
……いつもごめんね、憂。絶対に、何かでお返しするからね。
梓「……唯先輩?」
あずにゃんが不安そうに覗きこんでくる。繋いだままの手にも、どこか力が入ってる。
……今日のあずにゃんはいつもより甘えてきて、些細なことで落ち込んで、不安になって。どこか寂しがり屋さんかな?
唯「ん、あのねあずにゃん、疎遠だなんて言ったけど、まだ憂のこと、友達だと思ってくれてる?」
梓「そんなの、当たり前じゃないですか!」
唯「だったら連絡してあげて。憂もあずにゃんのこと、まだ友達だと思ってるよ」
梓「……そう、ですかね」
唯「本当だよ。憂のお姉ちゃんとして、それは断言できるよ。だからあずにゃんの先輩として、大丈夫だよってアドバイスできるんだ」
梓「……ふふっ、そうですね、そう考えるとすごく頼もしいです」
唯「私もね、憂とあずにゃんにはいつまでも友達でいて欲しいし」
梓「むしろ私が憂に友達でいてくれってお願いする側ですよ。憂は優しくて可愛くて何でも出来て、非の打ち所がない子です」
唯「自慢の妹だからね!」フンス
……その自慢の妹を自分の復讐に引きずりこんでるんだけど、ね。
でも、私達の復讐の目指す先は、みんな仲良しの日常。そこではもちろん憂とあずにゃんも仲良し。
だから、憂のためにも、巻き込んでしまった責任という意味でも、ますます失敗できない。
……『りっちゃんの為』という私の自己満足で始めたことのはずなのに、意外といろんなモノを背負ってしまっていることに今更気づく。
りっちゃんの笑顔。憂の笑顔。ムギちゃんの笑顔。
そして復讐を果たした先にある、澪ちゃんやあずにゃんの笑顔。みんなで笑い合う未来。
うん、結構重いね、この想い。
でも心地よい重さだ。他人の為に頑張るというのは、自分の為よりも数倍やる気を出させてくれる。無理も無茶も苦にならない気がする。
唯「ところであずにゃん、今のバンドってさ――」
……だから、今はごめんね、あずにゃん。
私達の復讐の為の情報源として、役目を全うしてね。
唯「――ほらほらあずにゃん、鼻メガネー」
パーティーグッズを買いにきたはいいんだけど、まるで決まらない。
そもそも定番がクラッカーくらいだし、実際それくらいあればあとはどうとでもなる気がするし。
というわけでもういろいろ見て遊んでるだけの時間になっている。
梓「もう、いい歳してそれは……」
唯「ぶー。心はまだ未成年だもん」
梓「あ……えっと、その」
唯「でもカラダはオ・ト・ナ。なんちゃってー」
梓「っ……///」ゴクリ
ちょっと気まずい空気になりかけた。危ない危ない。
唯「そういえばあずにゃん、そういう話はないの?」
梓「は、はひ!? どういう話ですか!?」
唯「? ほら、彼氏とかさー」
梓「な、ないですよ。あるわけないじゃないですか」
そうかなぁ。澪ちゃんもあずにゃんも、普段は可愛いけど演奏を始めるとカッコイイ。
そのギャップに魅力を感じる人は多いと思うんだけど。
梓「さっきも言いましたけどそういうのは澪先輩の方が多いですね。澪先輩は…ほら、外見も魅力的ですし。私なんかよりずっと…」
唯「あっ、これ可愛い! よーしあずにゃん、レジ行くよ!」
梓「………」
ごく僅かばかりの買い物をして店を出る。残った予算は明日に回そう、うん。
それよりも。
唯「あずにゃんも可愛くて魅力的だと思うけどなぁ」
梓「……聞いてたんですか。今更蒸し返さないでくださいよ」
唯「そこはハッキリさせとかないとねー。あずにゃんは可愛いよ。食べちゃいたいくらい」
よく聞くセリフだけど食べるって何だろう。私はゾンビじゃないのにね。
梓「そ、そういう冗談はやめましょうね?」ヒキ
唯「あ、あずにゃん危な――」
梓「痛っ!?」
後ろをすれ違おうとした人にあずにゃんがぶつかる。
男の人だったからか、あずにゃんのほうが当たり負けして地面にお尻をついた。
あずにゃんも心配だったけど、いやむしろ心配だったから男の人にさっさと頭を下げて謝り、先に行ってもらった。
唯「大丈夫? あずにゃん」
梓「は、はい……ケガとかはしてないです」
唯「よかった。ゴメンね? 変な事言って」
梓「いえ……その、ありがとうございます」
唯「へ? 何が?」
梓「……謝らせちゃったじゃないですか、あの人に」
唯「どっちが謝っても一緒だよ、そんなの」
梓「…その、正直、唯先輩に守られる日が来るなんて思いませんでした」
唯「なんか酷い言われよう……っていうか別に守ったなんて、そんな大袈裟なことしたつもりもないんだけどね」
梓「いつもは私が澪先輩のファンを追い払う為に頭を下げてるんですよ。だからそう見えたのかもしれませんけど」
唯「あー……だったら丁度よかったじゃん」
梓「何がですか?」
唯「いっつも守ってるんだから、たまには守られてもいいじゃない?」スッ
いい加減立たせてあげよう、と手を伸ばす。
尻餅をついたままのあずにゃんは何故か一瞬頬を染めて、私の手を握ってくれた。
――結局、あずにゃんからは明確な情報と呼べる情報はあまり手に入らなかった。
ただ、心情的、内情的なものを多く知れた。澪ちゃんとあずにゃんは何よりもバンド活動に精を出していて、その点で他の三人と少し距離がある。
その距離を埋めようと頑張っているのは、意外にも澪ちゃんよりもあずにゃん。澪ちゃんは何と言うか『バンドを続けている』ことだけに固執しているようにあずにゃんには見えている、ということ。
それでも澪ちゃんの(正直意外な)リーダーシップにつられてバンドはまとまっている、ということ。
有名バンドになっちゃったのは微妙に複雑な事情で、その『バンドを続けている』ことに固執する澪ちゃんがわかりやすく『続けている証』として求めたモノの一つのカタチでもあり、他の三人の持つごく一般的な『有名になりたい、もっと評価してもらいたい』という願望の現われでもあり。
だからこれからも積極的にバンド活動をしていくだろう、という事も聞いた。
そして――
梓「唯先輩、ギター弾いてますか?」
唯「…あんまり。でもそろそろ弾きたいね、リハビリも兼ねて」
梓「……いつかまた、一緒に演奏しましょうね」
唯「…うん。約束だよ?」
梓「はい、約束です」
――そして、私のことをまだ必要としてくれてるということも。
――いろいろ考えながら家に帰り着くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
唯「ただいまぁ~……」
憂「あ、お姉ちゃんお帰りー。どうだった?」
唯「…どう、って?」
憂「な、なんか疲れてる? 大丈夫?」
唯「うん、大丈夫……だけど早く寝たい」
憂「うん、わかった。ご飯もお風呂も準備できてるから、どうぞ」
渡されたお箸を手に取り、憂といただきますの合唱。
憂のご飯はいつも通り美味しいけど、今日は考えることが多くて、どこか口数が少なくなってしまって。
というか、今日でこのザマなんだからきっとこれからずっとこんな調子なんだろうけど。
でも、そんな私にも憂は文句の一つさえ言わなくて。
唯「……ねぇ、憂」
憂「ん? なぁに?」
唯「今のうちに言っておいていいかな」
憂「……「ごめんね」と「ありがとう」以外ならいいよ」
唯「……じゃあ、何もないや」
憂「だよね」
前に病院で約束した通り、憂は口にせずとも私のことをわかってくれていた。
少し嬉しくて、でもやっぱりそれ以上に申し訳なくて。
でも口にせずともわかってくれているんだから、申し訳ないと思うこと自体が憂に対する侮辱、冒涜で。
……ああ、頭がこんがらがってきた。本当に今日は、考えることが多い……
憂「お姉ちゃんはね、一つのことに集中するほうが向いてるよ」
唯「……復讐にだけ、集中してていいの?」
憂「私の事も、言わなくてもわかってほしいな」
当然だ、言われなくてもわかっている。憂は私の意志を否定したりなんて絶対にしない。
それどころか自分の全てを賭けてフォローしてくれる。そしてそれは暗に「自分のことは気にするな」と言っているという事で。
そして先に言った通り、憂は私が謝ることもわかっていて。そしてきっと感謝したい気持ちもわかってくれていて。
つまり、憂に伝える言葉は何もなくて。
だから私は。
唯「……よし、頑張る!」
憂「うん。頑張って、お姉ちゃん」
自分に言い聞かせるという体を取って、遠回しに憂に伝えようとしたけれど。
でもそんな考えも、憂には見透かされているんだろうなぁ。
……本当に、自慢の妹だ。
あ、余談だけど夜中にりっちゃんから一見すごくどうでもいいメールが来てたんだけど縦読みしたら殺人予告になったので通報しといた。
――次の日。澪ちゃんは私より先に待ち合わせ場所に来ていた。
唯「…澪ちゃん、時間までまだ10分あるよ?」
澪「うわっ!? い、いつの間に来てたんだ、唯」
唯「今だよー。なんか真面目な顔して手帳見てるから声かけづらかったけど」
澪「う、うん、ゴメン。っていうか唯も随分と早いじゃないか」
10分前行動で「随分と早い」と評価される私って。
唯「まぁ、憂が起こしてくれたからなんだけど」
澪「やっぱりか。まったく、憂ちゃんがいなかったら唯はどうなってしまうのやら…」
唯「澪ちゃんが起こしてくれるんじゃないかなぁ」
澪「甘えるな。私は憂ちゃんみたいに甘やかし一辺倒じゃないぞ?」
憂だって怒る時は怒るんだけどね。
もちろん、私のためを思っての事だけど。
唯「でもその言い方だと結局面倒見てくれるんだねぇ」
澪「……じゃあ面倒見てやらない」
唯「あぁん嘘ですーお願いしますーっ」
澪「…はぁ。全く……変わらないな、唯は」
唯「澪ちゃんはせくしーになったよね」マジマジ
あずにゃんの言う通り、魅力的な外見である。
というか何ていうのかな、見られることに慣れてきたのかな? 今日みたいに身体のラインがわかりやすい服を着てくるってことは。
澪「外見の話じゃない! っていうか見るなー!」
……あれ、そうでもないのかな。
唯「……澪ちゃんは変わったよね」
澪「まだ言うか…」
唯「んーん、外見じゃなくて内面だよ」
澪「…そうかな? 自覚はないけど…」
とは言うけど、そもそも私は澪ちゃんというものを理解していなかったのかもしれない。
私の知る澪ちゃんなら、りっちゃんを見捨てはしなかった。だからこそ私の受けたショックは大きかった。
澪ちゃんの行動に対するショックもだけど、澪ちゃんが私の思っていたような『幼馴染を大切にする人』じゃなかったことに。
……でも、もちろんそれを今言うわけにはいかない。
唯「あずにゃんから色々聞いたよ。バンド、頑張ってるらしいじゃん」
澪「ああ、そういうことか……頑張ってるというか、必死なだけだよ。放課後ティータイムのメンバーとして、私が出来ることがそれくらいしかなかったから」
唯「有名になることが?」
澪「ん……というか、続けること、かな。放課後ティータイムというバンドを、ね」
……あずにゃんに聞いた通りだ。でもどうなんだろう、それは。
澪ちゃんが放課後ティータイムを好きでいてくれるのは間違いないし嬉しいけど。でもそこには私もりっちゃんもムギちゃんもいないんだよ?
ムギちゃんが言っていた言葉を思い出す。結局、澪ちゃんにとって『放課後ティータイム』とは何なのだろう?
澪「なぁ唯、いつか私達の演奏、見に来て欲しいんだ。そして……気が向いたら、戻ってきて欲しい」
唯「戻るもなにも……私は抜けたつもりはないんだけどなぁ」ボソッ
澪「……唯?」
唯「ん? どうしたの?」
……しまった。口が滑った。つい本音が出てしまった。
どうしよう、聞こえてたかな。大きな声は出してないつもりだけど。
澪「……見に来るときは、律やムギも連れて来てくれ。私はみんなを待ってるから」
唯「…うん、みんなで行くよ、絶対に」
……察されたのかな、これは。
でも、みんなを待ってるという事は、みんなで戻ってもいいってことだよね。
よかった。私達の目指す未来と、澪ちゃんが望む未来も一緒なんだね。
……去るムギちゃんを引き止めもしなかったくせに、戻ってこいなんて、随分と調子のいい言い分だと思うけどさ。
澪「――お腹の空く時間帯だな」
唯「言われてみれば……」
いろいろ歩き回り、明日のお菓子等を買って。
確かにそろそろ小腹の空く時間帯ではある。
最終更新:2011年06月08日 02:43