そして翌日。
全てが新鮮な大学を、りっちゃんと共に憂のフォローで乗り切って。
澪ちゃん達から逃れ、私の家に集合して作戦会議。
りっちゃんの同意も得られ、私には重大な任務が課せられることとなった。っていうか自分で言ったんだけどね。

ともあれ、私の任務は『バンドイベントの主催者に会う』こと。
本当はその先もあるんだけど、今のところはこれでいい。


というわけで翌日。放課後に会いたいと澪ちゃんにメールしておく。朝の下準備はこれだけ。
そして日中は真面目に授業を受ける。これは昨日のりっちゃんとの誓いでもある。違えるわけにはいかない。

そして、待ちに待った放課後。
澪ちゃんに件のバンドイベントの主催者に会いたい旨を伝える。

澪「へぇ……なんでまた急に?」

唯「んー、澪ちゃん達が常連だって聞いて、さ」

澪「常連なんてそんな……大袈裟な。っていうかあんまり答えになってないぞ」

唯「うーんとね、だから常連ならさ、写真とかビデオとか沢山撮られてそうじゃん? そういうの見たいの」

澪「う、確かにあるかもしれないけど……は、恥ずかしいし」

しまった、恥ずかしがりやな澪ちゃんにこの言い方はマズかった……
っていうか恥ずかしがりや克服してなかったんだね、やっぱりというか何と言うか…

唯「えー、見ーたーいー」

澪「あ、そ、そうだ、ビデオは流石に恥ずかしいからダメって伝えてあるんだよ。なんかこう、流出とか怖い時代だろ?」

唯「じゃあ逆に言えば写真はいいってことだね?」

澪「くっ……で、でも…」

唯「お願いだよみおちゃん……写真とかそういうのでしか、私は知ることが出来ないんだから」

澪「あ……」

唯「私が寝てる間、どれだけ澪ちゃん達が頑張ってたか……私が見れなかったもの、少しでいいから見たいんだ」

情に訴えかけるようだけど、これは本心。
実際、二年も何もせず寝ていたなんて勿体なすぎるとは思っているんだから。
せめて、その時を生きていた澪ちゃん達がどんな表情をしているか、それくらいは見たい。

澪「……わかった。主催者の人達の中には雑誌系の編集者を自称する人もいたから写真は残ってるはず。きっと頼めば見せてくれるよ」

音楽イベントは昔、町内会主催でやってたりもしたし、結構いろんな種類、数の人が主催者なんだろう。
というか個人でやるよりそっちの方が楽なんじゃないかな、と思う。
ただ、大前提として音楽が好きであることは必要だとは思うけど。

……澪ちゃんはそのまま、バンド練習を放り出して私をその人の所に案内してくれた。
リーダー権限だ、とは言っていたけど……それ、またあずにゃんの負担になってると思うよ。
……ま、言葉にはしないけどね。


――そして。

男「――あぁどうも、○○という雑誌の編集者してます、△△という者です」ペコリ

唯「あ、どうも、ご丁寧に。……えっと、平沢唯です。名乗る必要があるのかわかりませんが…」

男「秋山さんのお友達でしょう? これから先、会うこともあるかもしれませんし。あ、これ名刺です」スッ

唯「ありがとうございます……すいません、私名刺とか持ってなくて」

澪ちゃんが電話して待ち合わせ場所を決め、時間通りにそこに来た男の人は予想外というか、なんというか、とにかく丁寧で腰の低いオジサンだった。
やっぱり音楽関係者に関する私のイメージはいろいろと間違ってるらしい。

男「ははっ、構いませんよ。それで、写真でしたっけ?」

唯「はい。澪ちゃんがカッコよく写ってるやつとか見たいです!」

男「沢山ありますよ。過去に雑誌に載せた分ばかりになってしまいますけど……」ドサッ

唯「やったぁ!」ガサゴソ

なかなかの量である。一枚くらい持って帰ってもバレないかな? なんちゃって。
まぁこれだけあれば結構見るのに時間かかるよね。というわけで探すのに熱中してる『フリ』をする。
そうすればきっと、二人だけで何かしらの会話を始めるはず……

澪「他のも持ってきてくれてよかったんですけど…」

男「……それほど深い関係のご友人だったんですか? 失礼ながら、よくあるファンかと思って当たり障りのないところにしといたんですが」

澪「…唯は、私の親友です。二年間、事故で昏睡状態で……ようやく目を覚まして、同じ道を歩けるようになった…唯一無二の親友です」

男「そう、ですか……」

澪「彼女がいるから、生きてるから、私は頑張れたんです」

唯「………」

……私は、写真選びに熱中するフリをしながら聞き耳を立てていた。
澪ちゃんは予想通り、いや予想以上に私のことを印象的に紹介してくれている。これならこの男の人は私の事をそうそう忘れはしないだろう。
自分で言うのも何だけど、事故で昏睡状態とかなかなかの悲劇のヒロイン的な生い立ちみたいで、雑誌のネタにはなるんじゃないかな、と思うし。
そして澪ちゃんは一途な主人公。澪ちゃんの頑張りに応えて私が目覚めてハッピーエンド、ほら携帯小説レベルのありがちな感動の話が一本出来た。
……そういうのが音楽雑誌に載るとは思えないけどね。

唯「――ありがとうございました! いろいろ見れて嬉しかったです!」

男「いえいえ。秋山さんのお墨付きですし、またいつでもお見せしますよ。あ、そういえば平沢さん」

唯「はい?」

男「あなたは楽器、何かやってないんですか?」

そういえば言ってなかったっけ、当然の疑問でもあるけど。

唯「えっと、ギターを少々……」

男「ほう! ギターですか。秋山さんと一緒に演奏されないのですか?」

……なんだろう、この食いつき。気のせいか目が輝いてるような。

唯「え、えーっと、一応いつかは一緒にやりたいと思ってますけど、いかんせん病み上がりで」

男「あ、失礼しました……そうですね、では一緒に演奏する時は呼んでください。私の雑誌で特集組みますよ!」

唯「わぁっ、私も雑誌に載れるんですか!?」

男「ええ、勿論です。あ、一応秋山さんの意思も確認しておかないといけませんが」

澪「唯と一緒なら、拒む理由はありませんけど。そろそろいいですか?」

男「あ、失礼しました。それではまたいずれ」

……腰が低い人だと思ってたけど、終盤はテンション高かった。
なんだろう、と思っていると。

澪「……あまりあの人を喜ばせるようなこと言うな」

唯「ほえ?」

澪「いや、悪い人じゃないんだけどな……あれでも一応、雑誌の編集長として野心はあるようで、さ。いいネタを捜し歩いてることには違いないんだ」

唯「へぇ……って、編集長!?」

澪「名刺に書いてるだろ……」

唯「ホントだ……そういえば「私の雑誌」って言ってたっけ」

澪「私達の事も、目をかけてくれてるといえば聞こえはいいが……無駄に大袈裟に煽られるのは、私は好きじゃない」

唯「澪ちゃんならそうだろうねぇ……ところで目をかけてくれてるってことは、あの人は主催者の中でも権力あるほうなの?」

澪「ん、確かにな。毎年参加してるし、腐っても雑誌編集長だからコネ多いし、ある意味スポンサーとも呼べるけど……なんでそう思ったんだ?」

唯「え、目をかけてくれてるから澪ちゃん達が大トリなんでしょ?」

澪「は? なんだそれ……聞いてないぞ!?」

……えーっと、どういうこと?
ムギちゃんの情報が間違ってるワケないし、でも澪ちゃん達には知らされてなくて…?

澪「くそっ、電話して確かめてやる…!」

……あぁ、もしかして。というか安直に考えられる理由は、一つ。

澪「は? 本当に…? なんで黙ってたんですか!? ビックリさせたい!? ふざけるなぁぁぁ!!」

うん、やっぱりね。なかなか面白い人のようだ。
……これは…上手く使えれば、もっと盛り上げることが出来そう。



次の日。ムギちゃんが「サプライズプレゼントがあるの~」とか言うからついて行ったらなんか部屋をプレゼントされました。広かったです。


そしてそのまた次の日。私はみんなを集め、バンドイベントの申し込み…というか殴り込み? まぁ、あの人の所へ行くことにした。
名刺に書いてある番号に電話して、あえて私達から「そちらに行かせてください」と頼み込む。
この時はまだ深い理由はなくて、編集者の仕事場を見てみたかっただけなんだけどね。

律「……思ったより散らかってないんだな」

唯「そうだねぇ」

紬「一般的なイメージが偏見になってるいい例ね」

憂「それでも私達、場違いな気がしますけどね」

いかんせん、多数の人がせわしなく働いている…と言えば聞こえはいいが、ひたすら机かパソコンに向かって黙々と何かを書いている。
そして部屋も狭く、かなりすし詰め状態。誰もが均等に狭いスペースで頑張っている。編集者って言うとカッコよく聞こえるけど、普通にサラリーマンみたい。
編集長であるあの人の机も一人だけ大きいというわけでもなく、威厳らしさを感じる要素と言えば上座にあるということだけ。
と、そこでその机から顔を覗かせたあの人がこちらにやってくる。

男「ああ、すいません。ちょっと立て込んでまして。別室で話しましょうか」

律「いえ、そう長い話でもないので」

男「君は?」

唯「あ、私の友達です。というかここにいる人みんな、私が目を覚ますのをずっと待っててくれた大切な友人です」

男「なるほど。そういうことなら」

律「ええっと――」

とりあえず、リーダーであり部長であるりっちゃんが話を通す作戦になっている。
といってもりっちゃんは台本を読むだけの簡単なお仕事で、憂とムギちゃんが適宜フォローするんだけど。
りっちゃんがバンドとして参加したい旨、そして澪ちゃん達にぶつけて欲しい旨を伝えると、当然あの人は怪訝な顔をする。それをどうにかフォローしようとする二人を尻目に、私はのんびり部屋の中を見て回っていた。
自分でも結構酷いと思います。そしてだいぶ邪魔くさかったと思います。

唯「ふーん……」

会話に熱中しているのをいいことに、あの人の机まで見て回る。
そして、そこでつい見てしまった原稿に書かれていた文字を見て。

唯「へぇ……」

思わず、笑みを浮かべた。



男「――とりあえず、参加はこちらとしても嬉しい事ですが……放課後ティータイムにぶつけて欲しい理由が『ライバル視してるから』では弱い…というか信じられません」

律「そんな!」

男「そうは言いますが、あなた達も秋山さんと同じく平沢さんの目覚めを待った仲間なのでしょう? それでライバルなんて言われても、イマイチ、ね」

律「っ……あんな奴、仲間なんかじゃ――」

紬「ダメよりっちゃん!」

ふと見ると、ムギちゃんがりっちゃんを制してる。
理由はもちろん、私達の抱える『復讐』という理由を語ることは、放課後ティータイムに目をかけてるこの人にとってはマイナスになるからだ。
この人から見れば私達は、自分が気にかけてる存在の敵なのだから。
だから、あくまで『友達』として対立する必要があった。それが『ライバル』という妥協点。そういう作戦だったのだけれど、どうも弱かったらしい。


男「それに生憎、あなた達みたいにライバルとしてぶつけて欲しいと言う人は多いんです。あなた達の実力は知りませんが、よほどの実力でないとぶつけるわけにはいきません」

律「じゃあ、私達の演奏を聴いてくれ!」

紬「ちょ、ちょっとりっちゃん!?」

律「実力があればいいんだろ!? 見せてやるさ!」

憂「律さん、落ち着いてください…! 律さんもですけど、それ以上に今のお姉ちゃんに演奏は酷です…!」

律「あ……っ」

……さすがに二年も寝ていた私ではみんなの足を引っ張るのは目に見えている。たぶんりっちゃんも同じくらい演奏はしていないと思うけど。
とにかくそういうことだから、私達が『演奏』でこの人の気を変えるのは…残念ながら不可能。

律「くっ……そんな、ここまで来て…」

男「……何か事情があるようですが、申し訳ありません。今年演奏を見せてもらって、充分な実力があると思えれば来年は優先的に――」

律「来年じゃ遅いんだよ…! 畜生、私達が一番、放課後ティータイムに勝ちたいと思ってるのに!」

男「…いえ、そう思ってる人は大勢いますよ。誰だって有名になりたいものです。ですから私共としては実力を見て決めているわけです」

律「クソっ、何でもかんでも実力主義なのかよ…!」

男「…そういうものですよ、世の中は」

皆、黙りこくってしまう。
りっちゃんの熱意も通じず、ムギちゃんや憂のフォローも意味がない。そう思い知らせるに充分な、取り付く島のない態度だった。
あくまで冷静に反論してくるのが私達の歯がゆさを倍増させていた。

……諦めよう。

みんな、そう思ってしまった。私も例外ではない。本当に、取り付く島もなかった。


唯「……あの、一ついいですか?」

ただ、私には諦める前に打ちたい手がまだあった。
他の皆とは違う方向からの一手が。

唯「……演奏が実力順なのは、強敵であればあるほど記事として盛り上がるからですか?」

憂「お姉ちゃん!? 失礼だよ!」

男「……なぜ急にそんなことを?」

少々不機嫌になったようだ。でも構わない。
なぜなら――

唯「一昨日の澪ちゃんの話、記事にするんですか? 確かにお涙頂戴にはもってこいのいい話でしたもんね」

男「……!?」

――勝手に記事のネタにされそうだった私も、そこそこ不機嫌だから。

まぁ、利用できると思った途端、笑っていたんだけどね。なかなか悪役が板についてきたかな?

唯「『目覚めない親友のために、ただ彼女は歌う――放課後ティータイムの悲劇のボーカル、秋山澪』でしたっけ」

男「見たんですか…」

唯「いやぁ、広げてあったんで、つい」

まさか私の妄想シナリオとほぼ一致している煽り文で来るとは思わなかったけど。
どうやら私の中の音楽雑誌のイメージも間違っていたらしい。

唯「別に記事にするなとは言いませんけど、私がもう目覚めちゃってるのが少し問題ですよねー」

男「……『彼女の願いは届いた』とでも締めますよ。こういう話、売れますからね」

紬「貴方ッ……!」

唯「ムギちゃん、待って」

現実に起きて、更にその事でいろいろ苦しんだムギちゃん達からすれば、面白おかしく人の目に触れるカタチで書かれるのはそりゃ腹立つだろう。
ムギちゃんが私のために、私達のために怒ってくれるのは嬉しいけど。

とはいえ、この人にも悪意があるわけではないのだ。仕事だからやっているだけ。仕事だから澪ちゃん達に目をつけているだけ。割り切っている大人なんだ。
正直、こういう人のほうが利用しやすい。そして利用してもあまり良心が痛まない。私もこの人のことなんて考えずに、りっちゃんの為と割り切るだけで済むから。

唯「まぁ、私としては書いてくれて構わないんですよ。ただ、そしたら…その記事の『続き』も欲しくなりません?」

男「……どういう意味です?」

唯「『ライバル』なんて嘘だってコト。私達はもっと大きな存在になる。澪ちゃん達にとって、ね」

男「……一応聞きますが、詳しく話してくれる気はあるんですか?」

一応、とは言うが、この人は既に食いついている。
予想外の一撃を受け、弱った魚は容易に餌に食いつく。
そして今や、餌のついた針ごと既に口の中。あとは――


唯「貴方が『放課後ティータイム』を捨てる覚悟があるのなら。捨てて、より大きな反響を得られる記事の糧にする非情さがあるのなら」

男「………話を…聞かせてくれますか」


――あとはその針を、深く深く刺してしまえば、逃げられない。


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最終更新:2011年06月08日 02:46