――帰り道。
上手くいった。全て上手くいった!
これで最も望ましい形で私達は澪ちゃん達の前に立てる。まさに最強の布陣を敷いた形だ。私、頑張ったよりっちゃん!
……と、テンション最高潮だった私……なんだけど。
律「いや、喜ぶには全然早いから」
唯「あ、やっぱり?」
紬「ごめんなさい……時期までは聞いてなかったわ」
憂「まさか来月だなんて…」
そう、いろいろ(一部伏せて)話して快諾してもらったまではいいんだが、そこで聞かされたイベントの開催時期がまさかの来月だった。
時間的にはもう全然足りない。私とりっちゃんが二年のブランクを取り戻せるかさえ怪しい上に、みんなで合わせることも意識しなければいけないし。
っていうか実はそれ以前に演奏する曲がない。詞もない。どうすんのこれ。
律「こうなったらあれだな、あまり好ましい手段ではないけど……」
唯「どんな手段?」
律「勉強は最低限にして、バンドに打ち込む!」キリッ
唯「私、今までとあまり変わらない気がするよ」
律「実は私もだ」
紬「私達には大きな変化よね、憂ちゃん」
憂「あはは……」
ともあれ、方向性だけはガッチリ固まった。あとは私達の努力次第で全てが決まる。
私『達』の部屋に戻り、作戦会議。
紬「とりあえず、りっちゃんと唯ちゃんはがっつり練習してカンを取り戻さないとね」
唯「返す言葉も」
律「ありません!」
実を言うとこの時点でだいぶ私の身体には疲労が蓄積されていた。やっぱり頭を使うと疲れやすい気がする。
でもみんながやる気になってるところに水を差すわけにもいかないし、何よりまだ夕方。寝るような時間でもない。
紬「憂ちゃんはどう? 私のあげたベース、調子は?」
憂「うーん、まだまだですかね……澪さんと対等なんて畏れ多いくらいに、まだまだです」
憂の『まだまだ』ほどアテにならないものはないんだけどね。
あ、あと憂のベースはムギちゃんがあげたつもりの借り物。ムギちゃんがあげるって言うんだから貰っちゃえ、とも思ったけど、値段を聞いたら教えてくれなかったので絶対無傷で返そうと憂と約束した。
紬「うん、じゃありっちゃん、作曲は私がやっていい? もちろん練習もちゃんとするけど」
律「そりゃ、やってくれるなら是非ともお願いしたいくらいだけど……いいのか?」
紬「もちろん。だからといっては何だけど、作詞を三人に任せていいかな?」
律「それくらいならどんとこい」
唯「りっちゃん安請け合いしすぎじゃ……」
律「三人だぞ? 唯も手伝うんだよ」
唯「あ、そっか。よーし、私の才能ってやつを見せてあげましょう!」
律「なんか私達が無駄にやる気になると最終的に憂ちゃんに負担がかかるのが定番パターンな気がするんだ」
唯「私もだよ」
紬「ところで、どんな曲がいいかの希望とかある?」
律「うーん、そうだな……やっぱ澪達を意識した曲になるんじゃないかな、なるべくして」
憂「まぁ、ライバルって言い張ったくらいですからね」
唯「そうかなー? 無理しないで私達らしい曲でいいと思うよ」
律「う……まぁ確かに、背伸びしても良い事はない、か…?」
憂「どっちも一理ありますよね」
律「うん。でも結局は優劣を決めるんだから、そこだけ考えればやっぱ似たような曲のほうがいいよなぁ」
唯「それはそうなんだけど……その結果失敗しちゃったら元も子もないよ?」
憂「うーん、確かに……」
律「……いいや、ムギ、決めてくれ。っていうかムギの希望を聞こう」
全員の視線がムギちゃんに集まる。
紬「……私は、やっぱり変に意識しないで楽しくやりたい。私達らしい曲をやれば、澪ちゃん達の心にも何かしら響くものがあるはず」
律「はい決定」
唯「じゃあ解散~」
憂「お疲れ様でしたー」
紬「ちょっ、ちょっと待ってみんな、そんな簡単に――」
律「いいんだよ。ムギの書いた曲は、いつだって私達にピッタリだった」
唯「いつだって私達のことを考えてくれてる。だからムギちゃんが思うまま、書けばいいんだよ」
紬「私は、確かに楽しくやりたいけど……でも、もしそのせいで負けちゃったりしたら…」
律「別に誰も、ムギだけを責めたりしないよ」
唯「そうだよ。みんなでやって負けたなら、みんなの責任だよ。負けたくはないけどね」
律「一言多い」
唯「じゃありっちゃんは負けてもいいの?」
律「いや、そりゃ勝てるなら勝ちたいけど」
紬「うぅ……」
律「あ、いや、ムギにプレッシャー与えたいわけじゃなくて……」
唯「あーだ」
律「こーだ」
紬「うだうだ」
なんか収拾つかなくなってきた。ムギちゃんはもっと自分に自信持っていいと思うんだけどなぁ。
いや、自信どうこうじゃなくて、背負いすぎて萎縮しちゃってるのかな。それとも『想い』を背負うのに慣れてない?
もし、私達の想いだからこそ萎縮してるんだとしたら、それは私達をかけがえのない仲間と思ってくれてるってこと。それはそれで嬉しいんだけど……
どういう理由だとしても、私達みんなムギちゃんを信頼してるから気にしなくていいのになぁ。
それを伝えようとする私達と、踏ん切りのつかないムギちゃんでグダグダ言い合う。そんな収集のつかない時間は、憂の一言であっさり片付いた。
憂「あのー」
律「ん? どしたの憂ちゃん」
憂「いえ、一曲だけしか演奏できないんですか?」
唯「あ」
紬「そういえばそうね。イベントって最低でも二曲は演奏できるわよね、確か」
律「じゃあ一曲目は私達らしく、二曲目は澪達意識した曲で行こうか」
唯「そうだねー」
紬「……憂ちゃん、もっと早く言って欲しかった」
憂「ご、ごめんなさい……って私が悪いんですか? これ」
紬「まぁ様式美みたいなものよ♪」
――そんなこんなで数日後、出来上がった曲を打ち込みで聴かせてもらったら。
結局、一曲目は私達らしい曲で、二曲目も澪ちゃん達を意識した私達らしい曲になっていた。
これなら楽しくやれそうだね、とみんなとハイタッチした。
……実際、練習に没頭してる間は凄く楽しい。
もちろん事情が事情だから高校時代とは比べ物にならないくらい厳しい練習なんだけど、それでもそれらでは心は痛まないから。
誰かを騙す必要もない。誰かを利用する必要もない。誰かに嘘をつく必要もない。
普通に、いつも通りやればいい。そんな、ありのままの私でいられる時間。
だから楽しくて、心地いい疲労になる。
唯「――ふあぁ……おやすみ、憂…」
憂「うん、おやすみ、お姉ちゃん」
全力投球の毎日を繰り返してすっかり早寝早起きになってしまった。
二人分の広さのベッドの奥半分に潜り込み、目を閉じる。
……そういえば私と憂はなんとなく二人部屋で一緒にしてもらったけど、りっちゃんとムギちゃんは個室。寂しくないのかな?
寂しいといえば……しばらく澪ちゃん達にも会ってないや。忙しすぎて。
いつか会って、イベント当日の日程とかを聞いておかないといけない。私達も出るんだから、あっちの動きを把握しておく必要がある。
私達の出番の前にネタバレなんてしたら泣くに泣けない。何が何でも騙し、隠し通さないといけない。
……久しぶりに胸の奥が痛み、それから逃げるように、私は眠りに落ちていった。
――主催者の人達とのすごく細かいところの打ち合わせは、私とムギちゃんでやった。あの人以外の主催者とも顔を合わせ、事情をある程度話したけど、意外にも嫌そうな顔はされなかった。
それどころか『大々的に宣伝しよう』と言い出す人もいた。結局この人達、というか大人にとっては話題性が何よりも大事なんだ、とかムギちゃんがボヤいていた。
ちなみに打ち合わせをしたのは一度や二度ではない。演奏前にこちらから澪ちゃん達に接触なんてもちろんしないけど、向こうから接触してしまう可能性というのももちろんゼロではないから、その辺は綿密に打ち合わせた。
着替える場所、演奏するポジションから、観客席からの見栄え、舞台袖からの見え方、そしてあの人の準備したカメラにどう写るか、とか、演出面も抜かりない。
あと私の希望で、ステージに立つ前にはスモークを焚いてもらうことにした。演奏前に澪ちゃん達にいろいろ言われると皆のテンションも下がるというものだ。
勿論、私も。いつまで経っても胸の痛みには慣れないから。慣れなくちゃいけないとあの日に誓ったのに、結局今でも慣れていない。やっぱり私はダメな人間だなぁ。
――イベントも目前に迫った頃、ようやく私達の『秘密兵器』が完成した。
って言っても私なんですけどね!
唯「~~♪」
憂「」
律「おお……すげぇ、カッコイイ声がちゃんと出てる」
紬「ふっ……私が教えることはもう無いわ…」
律「師匠かよ」
唯「どうかな、りっちゃん」カッコイイボイス
律「声優かよ」
唯「ふっ、また一つ大きくなってしまったぜ…」
律「あ、戻った」
唯「ありゃ。さすがに日常会話に使うには難しいかな」
律「日常で使われても困るしな」
紬「カッコよすぎて?」
律「まぁ、それは否定しないけど……でもやっぱ唯は唯らしくしていてほしいし」
唯「なんかりっちゃんも恥ずかしい事堂々と言うようになったねぇ」
律「流してくれよ。恥ずかしくなるだろ」
紬「無意識……くっ、二人の絆はそこまで深いというの…!? 間に入るスキを探さないと!」
唯「ムギちゃんサンドイッチ~!」ギュー
律「イェーイ」ギュー
紬「や~ん」ムギュー
律「……ところで憂ちゃん息してる?」
血反吐を吐くほどの練習。その表現に偽りはなく、私に限って言えば、夜にはすぐに死んだように眠ってしまうほどに身体が疲弊する。
そんな練習でも、漂う空気は確かに私達らしい空気で。そこに笑顔はちゃんとあった。
……まだ、足りない笑顔もあるけれど。
――ライブイベント当日のことは、実はほとんど覚えていない。
理由はもちろんちゃんとある。
その日、本番にして最後の日。全ての集大成。
澪ちゃん達の前に立ち、傷つけ、地に伏させないといけない日。
澪ちゃん達の全てを、否定しないといけない日。
……そんな日に、私はようやく、心を殺すことを覚えたからだ。
ステージに上り、心を殺して。
澪ちゃんとあずにゃんの涙を、見ないフリをして。
二人の悲しみの叫びも、聞こえないフリをして。
涙を見たら、心が折れそうだったから。
叫びを聞いたら、心が砕けてしまいそうだったから。
結局、私の心は誰よりも弱くて。
弱い心を守るために、守った上で人を躊躇なく傷つけるために。
私は結局、心を殺した。
――つもりだった。
涙も叫びも届かないところに、死なせた心を置いていたつもりだった。
でも。
澪ちゃんの想いが、届いてしまった。
その想いは、温かくて。
私の心を、蘇らせてしまいそうで。
……いや、そもそも最初から、心を殺せてなんていなかったのかもしれない。
殺せていたのなら…今、こんなに寂しい気持ちにはならない。
今までよりも上手に心を凍らせていただけで、結局、私らしい中途半端な出来だったのかも。
どうしよう。やっぱりダメなのかな。弱い私じゃ、最後まで立っていられないのかな……?
唯「……りっちゃん、私、どうすればいい?」
できるだけ無表情を装って、りっちゃんに問う。
でも肝心な時にニブいりっちゃんは、問い返してきて。
いつだってそうだ。りっちゃんは、心の奥底の想いには気づいてくれない。
表面に見える変化には敏感なりっちゃんだけど、奥底に秘めた心には鈍感。
憂なら気づいてくれる。ムギちゃんならきっと疑問に思ってくれる。でもりっちゃんは気づきもしない。
……でも、そんなりっちゃんでも、私は好きなんだ。
誰よりも大事なんだ。そんなところも含めて、大好きなりっちゃんなんだ。
だから、私は言葉にして問う。問わないといけない。
りっちゃんは言ってくれた。私と話すのが好きだって。そんな時間が好きだって。
問いというのは、答えがないと成立しない。問いと答えで、会話になる。言葉に言葉を返す、それが話すということ。
寂しさに心を塗りつくされそうになった私は、それを求めた。
唯「…私は、りっちゃんの何?」
せめて。
唯「私は、何でここにいるの?」
せめて私に……想いを、言葉をちょうだい。
少しでいいから、何でもいいから、私にりっちゃんを見せて――!
そうすれば、私は――
律「――行くな、唯。私のそばにいろ」
唯「――うんっ!」
――私は、りっちゃんのことをもっともっと、まだまだ好きになれるから!
――私達の復讐は、幕を閉じた。
私達の部屋に辿り着き、そう実感した私は、みんなとの会話もほどほどに「寝る」と言い残して寝室へ。
着替えすらせずにベッドに倒れこみ、枕に顔を叩きつける。
寝ると言ったのは嘘ではない。ひたすら眠りたかった。
全てを忘れて眠りたかった。
私が、かつての仲間にしたこと。
嘘をつき、騙して傷つけたこと。
それらを全て忘れ、明日目が覚めて昔のように笑い合えたら、どんなに幸せだろうか。
……もちろん、許されないことだとわかってはいるけれど。
責任は持たなければいけないと、わかってはいるけれど。
りっちゃんの為だと、割り切ったはずなのに。
唯「……っ……ごめんね、澪ちゃん、あずにゃん…!」
この胸の痛みには慣れないといけないと、ずっと昔に覚悟したはずなのに。
今日に至るまでに自分がしてきたこと。
今日のライブでの、澪ちゃんとあずにゃんの表情。声。涙。
思い出してしまうことはいくらでもあって、それら全てに私はちゃんと謝らないといけない。
ずっと前に、りっちゃんの為に全てを背負うと約束した時から覚悟はしていた。でもいくら覚悟をしていようと、痛いものは痛いのだ。
謝らないといけないほどのことを、そうとわかっていて実行したところで痛みは消えず。
その痛みが、私の背負うべき責任で、罪で、業なのだとしても。全てがりっちゃんの為だったとしても。
私の心は、その痛みに黙って耐えられるほど、強くはない。
唯「ごめん……ごめんね……!」
私の流す涙も、私が洩らす謝罪の声も、枕だけしか受け止めてくれなかった。
最終更新:2011年06月08日 02:47