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――私が泣き疲れた頃、ドアをノックする音が響いた。

澪「唯? 寝てるよね……入るよ」

唯「あ…っ」

反射的に頭から布団を被って縮こまる。
寝てると決め付けて入ってきた澪ちゃんも少し気まずいんだろう、小声で話しかけてきた。

澪「…ごめん、勝手に入って」

唯「……ううん、別にいいよ…」

澪「…何か言う事があって来た筈なんだけど…唯の顔を見たら忘れちゃったよ」

うわぁ、布団被って逃げたのにちょっと遅かったのか……
あれだけ泣けば、一目見てわかるくらい目も腫れてるよね、きっと。

澪「……聞いていいかな、なんで泣いてたのか」

唯「…こんな形で言っていい理由じゃないよ」

こんな、澪ちゃんに慰められるような状態で言っていい理由じゃない。
ちゃんと私から頭を下げて、許しを請わないといけないんだ。
でも、澪ちゃんはそれを許さなくて。

澪「…ボロボロだよ、今の唯」

唯「……見えないくせに」

澪「声でわかるよ。まったく、律の奴は……どうしてこんな唯に気づかないんだ?」

唯「りっちゃんを悪く言わないで!!」

……あぁ、ダメだ。澪ちゃんの言う通り、今の私はボロボロなのかも。
ボロボロだから、少し突っつかれただけで壊れて、砕けてしまいそうで。
そうならないように、必死に抵抗するしか出来なくて。


唯「りっちゃんは悪くない……悪いのは、私。だから……私が、全部背負わないといけないのに…!」

澪「……唯…」

ぽふん、と。布団の上に澪ちゃんの手が置かれる。
鈍い感触だけど、重みは確かにそこにある。

澪「…思い出した。唯に謝りに来たんだった。ごめん、唯」

唯「………」

澪「唯と律の悩みに、苦しみに、気づいてあげられなかった。寝ている唯を置いていったこと、待とうとした律を置いて行ったこと、そんなに恨んでるとは思わなかった。ゴメン」

唯「………ん?」

澪「言い訳にしかならないけど、当時の私達はさ、先に進んで道を示してやるのも友達だと思ってたんだよ。律も考えとしては理解してるって言ってくれたけど……理解してくれてるからって、唯や律が恨まないって理由にはならないよな…」

唯「………あれ?」

澪「もう遅いかもしれないけど、本当にゴメ――」

唯「あの、みおちゃん、ちょっと待って」

布団から顔を出し、澪ちゃんを制する。

澪「……すごい顔だな」

唯「言わないでー…って、そうじゃなくて! 一つだけハッキリさせておきたいんだけど」

澪「……何を?」

唯「あの、私は別に澪ちゃんのこと、恨んでないよ?」

澪「……へ?」

唯「……もちろん、りっちゃんを置いていった澪ちゃん達を許さない。そう思ったのは事実だよ。あんなに仲良しだったのに簡単に置き去りにしたって聞いて、私は…胸が痛くなった」

澪「……うん」

唯「でも、私自身のことはしょうがないよ。事故だったんだし、事故は私の不注意の面もあるし、私だって立場が逆なら同じ事をすると思う」

だから、えーっと。

唯「…だから、そんなにたくさん私に謝られても困るんだよね。私よりりっちゃんに謝って?」

澪「……一応、謝ったよ。そして律から、唯はかなり怒ってるって聞いたから来たんだけど…」

唯「…そうでもないんだけどなぁ。そもそもリーダーのりっちゃんが澪ちゃんを許したなら、私からはもう何も言えないよ」

澪「……でも、たとえそれでも唯を傷つけはしたんだ、謝らせてくれ」

唯「もういいってば。むしろ私のほうが謝らないといけな――あっ」

しまった、口が滑った……不自然なほどに自然に口が滑った。

澪「…唯が私に謝ることこそ、何もないだろ」

唯「それは違うよ!」

それだけは絶対に違う。謝ることは山ほどある。
……今なら、澪ちゃんに慰められているわけでもないし、いいのかな。

唯「私だって…澪ちゃん達を傷つけた。謝らないといけないし、許されなくても仕方ないと思う」

澪「…許さない訳がないし、謝る必要さえないよ。間違っていたのは…私達なんだ」

唯「間違いじゃない! ちゃんと私もりっちゃんも理解はしてる! それに……」

それに加え、計算外な事実もあった。
所詮は私のスッカラカンな頭の計算だ、計算外なことはむしろ少なかったくらいだけど。

唯「……ライブの時、澪ちゃんがね、放課後ティータイムを私の為に守ってくれてるって聞いて、ものすごく心が揺らいだ。りっちゃんが助けてくれなかったら、きっとダメだった」

澪「…ああは言ったけど、そんな大層なものじゃ…」

唯「ううん、私達みんな、誤解してたの。澪ちゃんは放課後ティータイムを私物化しているようなものだって。私達がいなくても回るんだって思ってる、って」

澪「…そう、か……」

唯「ごめんね。本当に酷い誤解だった。本当は守るために、頑張って澪ちゃんとあずにゃんで回してたのにね」

澪「……それこそ、もういいよ。またみんなでバンドやれるなら、別に放課後ティータイムである必要はないんだってわかったから」

唯「…みんなで、だよ? もう二度とりっちゃんを置いていっちゃだめだよ?」

澪「……そんなに律が大事か?」

唯「どういう意味?」

澪「…私は、正直言うと唯のほうを大事にしたい。悪い意味ではなくて、律とはホラ、ケンカしてもすぐ仲直りできる。唯とは二度とケンカなんてしたくない。もう今回の件でこりごりだ」

りっちゃんと澪ちゃんのそれは、幼馴染として、腐れ縁としての信頼なんだろう。
そして私に対する想いは、純粋な好意。それほど大切だと思ってくれてるってコト。
後者は素直に嬉しいんだけど、生憎前者はちょっと説得力がない。

唯「……怒っていいかな、澪ちゃん」

澪「え…?」

唯「澪ちゃんがりっちゃんのことをそんなに軽く見てるから、今回のことは起こったんだよ?」

澪「あ……」

唯「澪ちゃんがりっちゃんをどう見てるかは大体わかったけど、それはきっと間違ってるよ。みんなから見捨てられれば傷つくし、恨むし、寂しがる。りっちゃんはそんな普通の女の子だよ」

たまーにかわいい面も見せてくれる、本当は誰よりも表情豊かな、私の大好きな女の子。
それがりっちゃんなんだよ。

唯「大切な幼馴染なんだから…ちゃんと見てあげてよ、りっちゃんのこと」

澪「…そっ、か……私は、いつしか律との関係にも、甘えていたのかもしれないな…」グスッ

唯「……ごめんね、説教なんて出来る立場じゃないよね、私…」

どんな理由があれ、正当化できるとはいえ、私は澪ちゃんを傷つけた。
大好きなりっちゃんの為とはいえ、加害者が説教してる光景は、なんとも可笑しいと思う。

澪「…そんなこと…ないよ。唯は…私より、律のことをちゃんと見ていたんだから……」

唯「大好きなりっちゃんの事だから見ていたし、りっちゃんの為だから何だって出来た。それだけだよ」

澪「はは……妬けるなぁ、もう。全部、律の為だったのか…」

唯「…こうでもしないと、りっちゃんはきっと昔みたいに笑えなかったと思うから…」

一度、全部吐き出してしまったほうがいいことってあると思う。あの時のりっちゃんを見て、私はただそう思った。
負の感情にしろ、涙にしろ、溜め込みすぎはきっと良くないんだ。

澪「そう、だな……あぁ、もう、悔しいなぁ…」ポロポロ

唯「…よしよし」ナデナデ

澪ちゃんが悔しいと言いながら流す涙が何なのか、私にはよくわからなかったけど。
でも、これできっと全部元通りになれる。そんな予感だけはひしひしと感じていた。


――ピロリロリロ――ピロピロ――

唯「――う、ん?」

携帯電話の電子音で目が覚める。なんか前にもこんなことがあったような。

唯「…メール?」

時間を見てみると、澪ちゃんと別れてからそんなに過ぎていない。
そのままボタンを押してメールを開くと、あずにゃんからの呼び出しのメールだった。

唯「……もう決めたのかな。だいぶ早いけど…何かあったのかなぁ?」

早く決めざるを得ない理由、とかね。
まぁなんにせよ、呼び出しなら行かないといけない。いつでも連絡してと言ったのは私だ。

私の心に、不安なんてカケラもなかった。
あずにゃんが一人で頑張れるとは思わなかったし、それ以前にあずにゃんだって皆と一緒がいいだろうし、私達の行動の意味だってわからない子じゃない。

大丈夫。あずにゃんがこっちに来てくれる事はもう目に見えている。だからこそ、すぐに向かわないと。
寝起きでだるい全身を引きずって、私は出かけた。


……澪ちゃんにはもう一度、あずにゃんには一からちゃんと謝らないとなぁ、と、そんなことをぼんやり考えながら。



番外編終了



【最終章】:その後の話



【温もり】


――謝罪合戦。

私と唯先輩のやり取りを見ていた律先輩は、笑いながらそう称した。

唯先輩を結果的に階段から突き落としたことを謝る私と、復讐の為に私を騙し、傷つけたことを謝る唯先輩。
どちらも一歩も譲らなかった。

梓「っていうか……唯先輩のおかげで今があるんですから、唯先輩が謝る必要なんてどこにもありませんよ…!」

唯「それを言うならあずにゃんだって……私が勝手に落ちたんだって言ってるじゃん…!」

梓「むむむ……」

唯「ぬぬぬ……」

律「どっちもどっちだなぁ。早く決着つけないと外で待たせてる三人に悪いぞー?」

……唯先輩が意識を取り戻したと聞いて、私達は皆で病院へ向かった。元々向かうつもりではあったんだけど、急すぎてみんな気が動転していた。
皆が皆、我先にと唯先輩の顔を見たがった。そこを冷静に仕切ったのが律先輩だった。
一番負い目を感じているであろう私を優先してくれたのは、素直に感謝している。でもどうせならそこでニヤニヤしながら観戦するのをやめてくれるくらいの気遣いまで欲しかった。

唯「…ねぇりっちゃん、私のほうが悪いよね? 謝らないといけないよね?」

梓「何言ってるんですか。全部唯先輩のおかげじゃないですか。害しか成してない私こそ責められるべきですよね、律先輩?」

律「おまえらマゾなの?」

唯「マジメな話なの!!」
梓「マジメな話なんです!!」

律「おぉぅ……じゃ、えっと…」

……そりゃ私だって、唯先輩に騙されたと思ったときは傷ついた。それは否定しない。
でもやっぱり結果的に、私達を再び一つにしてくれたのは唯先輩のその行いで。あれがなければ私達はまだバラバラで、お互い悩みながら生きていた。
そういう結果が出てしまった今、私の心に唯先輩に対する恨みなんて、あるわけなくて。

律「――なんて梓は思ってるだろ?」

梓「なっ!? 当たってる!?」

律「はっはー。部長を舐めるなよー?」

まぁ実はそれに加えて澪先輩から、唯先輩も唯先輩なりに私達を傷つけたことを悔いていると、こっそり聞かされていたりもするんだけど。

律「唯は唯で、梓を傷つけた事に対する罰として甘んじて受けようとしてるだろ」

唯「うっ……で、でも――」

律「これくらいじゃ足りない、ってか?」

唯「………」

図星ですか……というか、それは…

梓「何を馬鹿なことを…! もう恨んでないって言ってるじゃないですか!」

唯「で、でも、私は酷いことしたんだよ!?」

梓「~~~ッ! じゃあもう、こんなこと言いたくありませんでしたけど、私が突き落としたことでおあいこです! そうしましょう!」

唯「で、でも……」

正直、私は私のほうが酷いことをしたと思っている。でもきっと唯先輩も自分のことを同じように思っている。
だからきっと、どっちかが強引に解決しないといけない。

梓「それでもまだダメだって言うなら――」

ニヤニヤしてる律先輩を睨みつけると、ようやく肩をすくめて出て行った。
それを見届け――唯先輩に近づき、手を取る。

……あぁもう、ついこの間まで凛として私達に敵対していたのに、なんで今、この人の手は震えているのだろう。
なんでそんな、怯えた子犬のような瞳で私を見上げるんだろう。

そんな目をされると、私は――

梓「…な……」

私は――

梓「……撫でてくださいっ!」

――寂しくなっちゃうじゃないですか。


唯「……はい?」

梓「だ、だから、その……いつも通り、いつも通りにしてください!」

この間、唯先輩とその、デ、デートした時にも同じような事を言ったような気がするけれど。

梓「いつも通りが…いつも通りの関係が、私はいいんです…! 唯先輩だって、それを望んでくれたんじゃないんですか…?」

唯「それは……そう、だね」

梓「じゃあ、なんで自分からそれを遠ざけるんですか……私と距離を取ろうとするんですかぁ…!」

唯「あずにゃん……私は、そんなつもりじゃ…」

梓「そんなつもりじゃなくても、私にはそう映ってます! 私のこと、嫌いですか? 復讐なんて関係なくて、本当に私のこと、嫌いなんですか?」

唯「そんな、そんなわけないよ!」

梓「じゃあ、そんな態度、やめてください……寂しいですよぉ、私…」

律先輩を出て行かせたのは正解だった。きっと私は今、生きてきた中で一番みっともない顔をしている。
たった一人の存在に、自分の全てをかけて、あるいはかなぐり捨てて、すがり付いている。みっともないと言わずに何と言おうか。
でも、そんなみっともない真似をしてでも、誰に何と言われようと、私は、私には――


唯「……そっか、ごめんね、あずにゃん」ギュ

梓「ゆい、せんぱいぃ……」


――私には、この温もりが必要なんだ。


【親友】


病室から出てきたのは律だった。少し怪訝に思っていると、律が手招きする。

澪「私か?」

律「ああ。ちょっと話そうぜ」

澪「正直、お前より唯と話したい」

律「つれないこと言うなって、親友」

……どうやらマジメな話らしい。

澪「…なんだ?」

律「……あのさ、澪にもさ、ありがとうって言っておきたくて」

澪「………」

視線を合わせようとしないながらも、チラチラと私の表情を盗み見る律。これは照れ隠しの仕草。見たのは何年ぶりだろう?
……唯の言葉を思い出す。律だってこんな表情くらいするんだ。それを何年も見ていない私は、やっぱりいつの間にか『親友』という立ち位置に甘えて、律のことを見なくなっていたのかもしれない。

……果たしてそんな私に、律の『親友』を名乗る資格があるのだろうか?
確かにさっき律は、私のことを親友と呼んでくれたけれど。
今や私より唯のほうが、律に近いところに立っている。唯のほうが、律をちゃんと見て――

――いや、違う気がする。

だって唯と律の距離は『親友』では不適切なモノにしか見えないから。ハッキリと言葉にはしたくないが、まぁ、そういうモノに見えてしょうがないんだ。本人達に自覚があるとは思えないけど。
ともかく、『親友』というのは距離より時間じゃないかと、私は思っている。
幼い頃からずっとずっと長く付き合ってきた律のことを、私は親友だと思っている。それ以上にはならないが、それ以下になることも決して無い。
そして律も、きっと同じように思ってくれている。だからさっき、真っ先に私のことを呼んでくれたんだ。

律「……おーい、澪?」

だったらこれからは、ちゃんと見てあげないといけない。きっとこいつは、これから先もいろいろ悩むのだろうから。
唯との関係とかで、私が相談を受ける日も近いだろう。そういう時にはちゃんと親友として、私が答えを出す手伝いをしてあげないと、な。

律「みーおー?」

澪「なんだ、気色悪い声出して」

律「ヒドいっ!? ボーっとしてたのはお前だろ!?」

澪「あははっ、ゴメンゴメン。あまりに律が気持ち悪くてトリップしてた」

律「酷すぎる!?」

澪「……冗談だって。私のほうこそ、ありがとな」

律「んー? 私は澪に礼を言われるようなことしてないけどな…?」

澪「ニブいなぁ、律は。いろいろ苦労しそうだ」

律「どういうことだー!?」

「親友でいてくれて、ありがとう」……なんて、恥ずかしくて口に出せないけど。
そのへんくらい察せるようにならないと、唯が可哀相だぞ?


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最終更新:2011年09月08日 21:46