【無力な自分】


梓ちゃんが出てきて、次に呼ばれたのは私と憂ちゃん。
りっちゃんと澪ちゃんは少し離れたところで仲良く漫才してる。幼馴染っていいなぁ。
とりあえず、吹っ切れた感じの梓ちゃんと入れ替わりに二人で病室へ。

唯「……憂、ムギちゃん。ごめんね、また心配かけちゃった」

憂「ううん……」

紬「いいのよ、そんなこと。唯ちゃんが無事でいてくれたなら」

唯ちゃんは「そっか」と短く頷く。あの日の澪ちゃんの様子や、さっきの梓ちゃんの様子を見るに、唯ちゃん自身の罪滅ぼしはだいたい終わってるみたい。
私に対しては――ううん、私に対してはそもそも何も無かった。最初から。唯ちゃんも私も、そう振舞ってきたんだから、それでいいの。

唯「……ねぇ、憂」

憂「…なぁに? お姉ちゃん」

唯「服、脱いで」

紬「ええええええっ!?」

ちょ、ちょっと何この急展開!?
総まとめに入ったような段階だからきっとシリアス展開だと思ってたのに、ここでまさかのお色気展開!?

唯「……? ムギちゃん、少し静かにしてね?」

紬「あ、はい、ごめんなさい」

憂「………」

唯「…脱げないなら、ちょっと言い方を変えるよ。首元と手首、見せて」

憂「っ!?」

紬「あ…!」

……迂闊だった。唯ちゃんの表情を見てれば、すぐに気づけたはず。

紬「ちょ、ちょっと唯ちゃん、あのね? それは――」

唯「ムギちゃん」

紬「…はい、黙ってます」

私の抵抗虚しく、憂ちゃんは言われるまま首元のボタンを外し、袖を捲り。
そこにある、己を傷つけた証と、己の命を奪おうとした証を露わにする。

唯「……憂。私とあの日、約束したよね? 私が言いたいこと、ちゃんとわかってくれてるって」

憂「……うん」

唯「嘘だったの?」

憂「嘘じゃ…ないよ」

約束のくだりの話は見えないけど、唯ちゃんが憂ちゃんを責めているのはわかる。っていうか責めるのも当然だけど。
憂ちゃんの行いは、それこそ理解はできるけど、決して許せるものじゃなくて。唯ちゃんだって、きっと今はカンカンに怒ってる。
……でも、唯ちゃんが私も一緒に呼んだ意味がわからない。正直、ここは居心地が悪い。

唯「じゃあ、私が言いたいこともわかるよね?」

憂「うん……」

唯「じゃあ……憂は今、何をするべきだと思う?」

責められているなら、謝るべきだと思う。それくらい、私にもわかる。
そして憂ちゃんは、予想通りに謝る。

憂「……ごめんなさい」

紬「………へ?」

……しかし、私に向かって。

紬「な、なんで私に? 私じゃなくて唯ちゃんに謝らないと…」

憂「…私を助けてくれたのは、紬さんですから」

唯「私は憂を追い詰めて、ムギちゃんに手間かけさせただけだよ。私に謝ったってどうにもならない」

紬「手間だなんてそんな……私は憂ちゃんのこと、見て見ぬフリなんて出来ないから、当然のことをしただけ…」

憂「でも、いえ、だからこそ紬さんは私の命の恩人です」

唯「ありがとね、ムギちゃん。憂を守ってくれて」

紬「え、えっと、その……」

正直、そう言われても困る。
憂ちゃんがいなくなるのは私だって嫌だったし、ただ必死だった。それに、最後は投げ出そうとした。
結局は全て、自分勝手だった。だから、そんな私に……

紬「お礼なんて言わないで…! 私は……!」

唯「ムギちゃんに言わないで、誰に言うの。憂がもしこの場にいなかったら、私だってきっと――」

唯ちゃんは目を伏せ、少し悩んで、言葉を紡ぐことはせずに窓の外を、遠くを眺めた。
それの意味するところは、私にもわかる。そしてもちろん、

紬「そ、そんなの絶対ダメよ!!」

唯「うん、だからそうならないように頑張ってくれたムギちゃんに、お礼を言うのが間違いなわけないよ」

憂「私の事も、お姉ちゃんの事も守ってくれた紬さんに」

唯「うん。ありがと、って言いたいの」

……そう、なのかな。それを、素直に喜んでいいのかな。
本当に、私はただ、必死だっただけ。自分のことだけを考えて、勝手に必死になってただけ。
それなのにお礼を言われるというのは、何か違う気がする。

……するんだけど、それでも私の心は、今までになく満たされていて。

紬「……私も、守れたのかな? 唯ちゃんみたいに、大切なものを、みんなを、守れたのかな?」

唯「…うん。ムギちゃんのおかげだよ、全部」

紬「そっか……よかったぁ……」

唯ちゃんのその言葉を受けて、私はようやく、心から安堵することができた。



【甘え】


唯「――ねぇ、憂」

お姉ちゃんは以前より格段に短い入院期間を終え、退院しました。
みんなで借りてた部屋はそのままです。もしかしたらそのうち入居者が増えるかも知れませんが。
ともあれ、私と相部屋、そして今同じベッドで横になっているお姉ちゃんが、何かを言おうとしました。

憂「ん? なぁに?」

唯「あのさ……もう、やめようと思うんだ」

憂「……なにを?」

何の話か、私には想像もつきません。
お姉ちゃんが私だけに言うこと、二人だけでしていること。何だろう?
思い当たる節は、そう多くないはずなのですが。

唯「あれ。憂との、『何も言わないでもわかって』ってヤツ」

憂「……やめるって、そしたらどうすればいいの?」

唯「…昔みたいにしよう? 難しいことなんて何も考えないで、言いたいこと言い合おうよ」

復讐はもう終わった、と。そういう意味も勿論含んでいるんだと思います。
でも、それだけと済ませるには、お姉ちゃんの態度は真剣すぎて。
いつものように、笑って軽く返事をするのは憚られました。

憂「…何か、言いたいこととかあったりするの?」

唯「ううん、そうじゃないけど。でも、聞きたいことがある、かな」

憂「……私に?」

唯「うん。そういうのも含めて憂といろいろお話したいから、もうやめよう?」

それは、どうしても言葉にしないと伝わらないことがある、ということでしょうか?
確かに、お姉ちゃんがここまで改まって聞きたいことというのは、私には想像できません。

……まさか私、お姉ちゃんを怒らせるようなことをした? それとも、自分を傷つけた私のこと、まだ許してないとか…

悪い方向にばかり考えは転がっていきますが、それでも私はお姉ちゃんから逃げることはしたくありません。
もう二度と、お姉ちゃんから逃げて悲しませたくはありません。

憂「……うん。何でも言って」

唯「うん、それじゃあね……」

ジッと、私の目を見て。目を逸らすことを許さない、そんな瞳で見つめて。

唯「――憂が私にして欲しいこと、教えて欲しいんだ」

……と、よくわからない、いえ簡単なことなんですが、今更改まってそういうことを聞いてくるのがわからない、そんな質問をぶつけてきました。

唯「どんな小さなことでも、大きなことでもいいよ。何でもするから」

憂「……え、っと…」

唯「もちろん憂ほどちゃんとはできないかもしれないけど……頑張るから、何でも言って欲しい」

憂「そ、その、なんで? どうして?」

唯「約束したじゃん。復讐が終わったら、みんなに恩返しするって」

憂「そんなのいいのに……」

唯「じゃあ聞くけど、憂はこの二年間で疲れなかったって言える? 楽しいことの方が辛いことより多かった毎日だった?」

憂「それは……」

そう聞かれると言葉に詰まってしまいます。
私にとって、お姉ちゃんの為にすることは苦痛ではありません。でもそれは疲労とはまた別問題で。
そして、お姉ちゃんのいない毎日なんて楽しくもなんともなくて。たとえ辛い事の全く無い毎日を過ごしていたとしても、その質問に頷くことは絶対に出来ません。


唯「それに二年間に限った話じゃなくて、ね。私の存在は、きっとずっと憂の時間を奪ってきたよね」

憂「それは違うよ! お姉ちゃんさえいてくれれば、あとは何もいらない!」

唯「嬉しいけど、それはダメだよ。友達と過ごす時間も大切にしなきゃ。あと自分の為の時間も、ね」

憂「でも…!」

唯「あまり否定するのはあずにゃん達にも失礼だよ?」

また、言葉に詰まります。
梓ちゃんとはいろいろあったけど、律さんの言う通り、やっぱり今でも大事な親友で。
純ちゃんとは長いこと会ってないけれど、今でもメールは続いているし、たびたび遊びに誘ってくれます。
そういう友達と過ごす時間も確かに楽しかったと言えますし、色褪せない思い出です。

唯「憂はもっと欲張らなきゃ。私だけに絞らないで、楽しいこともっとやろうよ。順番つけないで、全部楽しもうよ」

その為の協力をしたい、と。お姉ちゃんはそう言ってくれます。

唯「気づくのも口にするのも、だいぶ遅くなっちゃったけどね。そもそも原因も私だし」

憂「それは――!」

唯「でも、憂がそんな私でも許してくれるなら……お姉ちゃんと慕ってくれるなら、もうちょっと私に甘えて欲しいな」ニコッ

憂「っ……」

……その笑顔は卑怯です。
私が心身共にお姉ちゃんに尽くすことを厭わない最大の要因は、その笑顔の温かさ。
それを見るだけで何でも許せるし、何でもしてあげたくなります。
そう、何でも。

憂「じゃ、じゃあ……」

唯「うん」

憂「……その、抱きついて寝ていい?」

……甘えろと言うなら、甘えてあげないといけません。
言葉にせずとも伝わる絆も温かいですけど、言いたいことを言い合う関係というのも悪くないかもしれません。



【約束】


男「――まったく、平沢さんに一杯喰わされたかと思いましたよ」

唯「すいません……また意識不明になってまして」

この人とこのお店で相対するのは二度目。
しかも最初の時と同じように澪ちゃんと二人で。

男「病院代も馬鹿にならないでしょうに…いくらか貸しましょうか? おかげさまで売り上げは伸びましたからね」

唯「結構です」

この人と私の利用し合う関係はもう終わり。あとは今まで通りに戻ってくれないと困る。
『最後の約束』を果たせば、もう私がこの人を利用することは無いのだから。
だから、こういう風に話をするのもこれで最後になればいいんだけど。

澪「……なんだ、唯、何か汚い取引でもやってたのか?」

唯「…別に、この人に『未来』を教えてあげただけだよ」

男「そうですね。『放課後ティータイム』を捨てろ、と言われて――」

澪「な…っ!?」

男「――その後に出来る『新生放課後ティータイム』のことを見ろ、って言われましたよ」

……破壊と再生。私達が復讐と称して行うそれをちゃんと支援すること。
それがこの人達との関係であり、同時に約束でもあったとも言える。
再生まで含めて私達の目的であると告げたからこそ皆が協力的であったと言えるし、出会い頭のこの人の発言にも繋がる。

澪「え…? どういうこと? 唯…」

唯「……全部言葉にしないと、わからない? それとも、どうしても私の口から聞きたい?」

ぎゅっと、澪ちゃんの手を握る。
想いは、きっと通じているはずなんだけど。

澪「……唯の口から、聞きたい」

寂しがりの澪ちゃんは、やっぱりそう言うんだ。

唯「……もう一回、みんなでバンド、やろ? あの時みたいに楽しく、仲良く」

私達のバンドの再結成。それが最後の約束。
この人との約束でもあるけど、それ以上にりっちゃんとの約束でもある。
だってそれが、私達の望む日常。私とりっちゃんが欲しがった、ずっと求めていた、遠いあの日の再来。

――みんなが、りっちゃんが笑顔でいられる場所。

ようやく取り戻した場所を、笑顔を、私はこれからも守り続ける――


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最終更新:2011年09月08日 21:52