さっきのムギ先輩に習って、上目使いで訴えてみる。
「まぁ……頑張ったし、良しとしようか」
「ありがとうございます!」
「梓ちゃん!」
声に振り向くとムギ先輩の顔、そのままガバッと抱きつかれた。
「え!は、いや」
「凄いわ梓ちゃん!」
まだ銃を持っている私の手をつかみ、ぴょんぴょん跳ねながら喜びを表現するムギ先輩。
「梓ちゃんかっこいい!」
又抱きつかれる。目まぐるしく変わる視界とムギ先輩に、ただただ流される。
最初に抱きつかれた瞬間から、頭の中がグチャグチャになってしまった。
「あぁ、ゴメンネ梓ちゃん。ちょっと興奮しすぎちゃった」
「いえ、むしろご褒美でした」
「え?」
「いえいえいえいえ。はい、ムギ先輩どうぞ」
おじさんから手渡された景品を、そのままムギ先輩に渡す。
「え?落としたのは梓ちゃんよ?」
「ムギ先輩の為に落としたんですから。どうぞ」
「そぉ?ありがとう」
この調子でムギ先輩も落としたいです。なんて言っちゃ駄目だよね。
「にしても、梓ちゃんナイスアシストだったわ」
「ムギ先輩の頑張りのおかげですよ」
「でもこれって」
「はい?」
「私達の、初めての共同作業よね」
言って、悪戯に笑う。
その言い回しじゃあまるで二人が……。
「梓ちゃん顔真っ赤~」
「もう!からかわないで下さいよ!」
「は~い。じゃあ梓ちゃん、次何行こうか?」
* * *
「満喫したわね~」
「楽しみましたねぇ」
あれから2時間、目に付く屋台全てを周り色々な事をした。
型抜きをしてお面を買って、たこ焼きを食べて金魚すくいをして、焼そばを食べてヨーヨーを釣って。
お小遣い前借りしておいて良かった。
私達は入口の石段に腰かけて、ムギ先輩は綿菓子を、私は射的で獲ったシガレットを口にして休んでいた。
「足疲れちゃった」
浴衣から出た足を擦りながらムギ先輩が呟く。
そのはみ出た生足に興奮を覚えそうになった私は、慌てて天を仰ぐ。
「何だかんだで、端から端まで動きまわりましたからね」
「にしても梓ちゃん、やっぱりネコミミが似合うわ~」
言いながら私の頭を撫でる。
くじ引きの当て物でネコミミを引き当てたムギ先輩は、当たり前の様に私の頭にセットしたのだ。
いつもなら払い除ける所だけど、ムギ先輩の喜ぶ顔をみてしまったので除けるのも躊躇ってしまった。
結局、今日だけという事でネコミミの装着を容認。
その次に寄ったお面屋さんで猫のお面も渡され、ネコミミの横に猫のお面という良く分からない状態が完成。
「この子も入れたらトリプルあずにゃんね」
ぬいぐるみを渡され、猫三段重ね。
頭を撫でられる。私はぬいぐるみを撫でる。
ネコミミを触ってみる。ピロリンと電子音がする。
「ってムギ先輩何撮ってるんですか!」
「え~、駄目?」
ケータイをこっちに向けながら、残念そうな顔をするムギ先輩。
「駄目ですよ恥ずかしい!」
「誰にも見せないから。お願い?」
だから上目使いは卑怯ですよムギ先輩……。
「……一枚だけ、ですよ?」
「ホント?じゃあ梓ちゃん、まず体こっち向けて」
「いやいやいや、今撮った一枚って事ですよ!?」
「じゃあそれ消すから。……はい消しました~。でね、この子正面向けて」
テキパキとまるでプロのカメラマンかの様に調整するムギ先輩。
もう頭の中に絵が浮かんでいるようです。
言った手前、断れない。
「はい。これで右手はこの子を抱えて、左手を猫の手にして、顔の横!」
「こ、こうですか?」
「バッチリよ。で、ちょっと寂しそうな顔と上目使いで『にゃ~』、はい!」
「にゃ、にゃ~」
ピロリン。ケータイが撮影完了を告げる。
こんな姿、他の先輩方に見られたら私もう生きていけない……。
「はい、いただきました~」
何か、今日見た中で一番嬉しそうな顔してる気がするなぁ。
喜んでくれたと思うと私の顔もほころぶ。
「……梓ちゃんありがとうね」
ケータイを閉じながらムギ先輩が感謝の言葉を口にした。
「いえ、ホント今日だけですよ?」
「今日だけ、か……」
「え?」
何処か沈んだ顔のムギ先輩。
振り払う様に首を振ってから、にっこりと笑う。
「今日はありがとうね、梓ちゃん。一生懸命私を楽しませてくれて」
「え……」
気付かれてた?
「梓ちゃん、私のわがままに全部付き合ってくれてたんだもの」
「本当に楽しかったわ、夏休みで一番の思い出になりそう」
「私もですよムギ先輩」
二人で遊べるなんて、願っても実現出来ないと思っていた。
「私ずっとね――」
呟く様に出たムギ先輩の言葉は、大きな爆発音で遮られた。
「あ、花火始まっちゃいましたね」
「……そうね。じゃあ見に行きましょうか」
「ハイ!」
花火の方一点を見上げる人垣に当たる。
「ここからじゃ、上手く見えませんね」
「そうねぇ」
「もっと、前に行きましょう」
もっと、綺麗に花火を見たい。ムギ先輩と。
「梓ちゃん」
もっと楽しませてあげないと。ムギ先輩を。
「ちょっと、梓ちゃん」
夏休み一番の思い出は、綺麗な花火で締めくくるんだ。
「梓ちゃん!」
人垣を掻き分けながら進もうとしていた所を、グイッと引き戻された。
「っと。ムギ先輩?」
ちょっと怒った顔で、私の手を握っている。
「そんな無理して前に行っても、前みたいにはぐれちゃうわよ」
「でもここじゃ綺麗に見えませんよ?神社が邪魔しちゃって」
「じゃあもうちょっとこっちで。……ほら、ここなら見えるでしょう?」
角度が変わって、さっきよりはマシには見える。
「そうですね。でも前に行った方が」
「良いの」
ムギ先輩はそう言って、私の口先に指を当てる。
「良いんですか?」
「綺麗に見えなくてもいいの。梓ちゃんと二人で見たいの」
「え?」
「二人でいれたら良いの」
ね?と、首を傾げるムギ先輩の顔が花火に照らされる。
「そう……ですか。分かりました」
「じゃぁ、一緒に見ましょ?」
「はい」
二人並んで花火を見上げる。手が握られたままな事に気づく。
「あの……ムギ先輩?」
「ん?」
こっちを向く先輩の顔が、再び花火に照らされて色を変える。
その姿が綺麗で、何も言えなくなる。
花びらが、はじけて消える。
空を見上げるムギ先輩が何度も照らされる。
私はそれを見つめる。
時々私の視線に気づいた様にこっちを見て、微笑む。
慌てて私も顔を上げ、夏の終わりの空に咲く花を見上げる。
結局握られた手を離す事も無いまま、最後の花びらが散って消えるまで
ずっと、二人寄り添って夜空に咲き誇る花畑を見上げていた。
* * *
「……終わっちゃったね」
「そう、ですね」
終了のアナウンスが響き、人々の波が鳥居に飲み込まれていく。
「どうしましょうか」
その波に乗って石段を下り、左右に割れた人波から出て立ち止まる。
握られたままの手は、どちらからも離そうともしない。
「でも、花火の最後って言えば、やっぱりこれよね?」
ムギ先輩がそう言って、袖から線香花火を取りだした。
「さっきの輪投げの景品で貰ってたの~」
ご丁寧にマッチまで取り出す。
「じゃあ、あそこの公園でやりましょうか」
「行きましょ行きましょ」
二人で向かい合ってしゃがみ、火を灯す。
「去年の合宿でも花火したわねぇ」
「唯先輩と律先輩が線香花火合体させたりしてましたよね」
「私達も合体しちゃう?」
ムギ先輩と、合体……。
「あぁ、消えちゃったわね。残念」
「あ、ホントだ」
いけないいけない。違う事考えてた。
「後一本ずつね」
「これで、最後ですね」
火を灯す。
「折角だし、コレが先に落ちた方は罰ゲームね」
付けたと同時に、ムギ先輩から突然の提案。
「え?」
「誰にも話してない秘密を言う、とか」
秘密。言われて最初に、私の恋心が思い浮かんだ。
そんな事、言える訳が無い。
「いや、ムギ先輩、それは」
「がんばれ、がんばれ、がんばれ」
あぁ、この人ってばやる気満々だ。火の先に向かって、応援している。
もう消えない事を祈るしかない。
消えないで。どうか、どうか消えないで。
「あ」
そんな願いも空しく、ポトリと火花が落ちる。
ムギ先輩の方を見る。残念そうな顔で火花の無くなった先を見つめていた。
「同時、だったわねぇ」
同時、引き分け。良かった、これなら何も言う必要もない。
「……じゃぁ、二人とも罰ゲームね」
「へ?」
いや、その発想はおかしい。
「だって、二人とも落ちちゃったし」
「引き分けだったら、ノーゲームじゃないんですか?」
「まぁまぁ。私から言うから」
ムギ先輩は、そこまでして私の秘密を聞き出したいんだろうか。
それとも自分が決めた罰ゲームを遂行しないといけない義務感でも有るのか。
「私ね……」
兎に角、私の制止も聞かずに罰ゲームを始めてしまった。
「実は梓ちゃんの事ね……あのね……」
顔を赤らめ、言葉を言い淀むムギ先輩。
下を向いたまま、モジモジしている。
この流れって、アレ?もしかしてもしかすると?
「ずっと『あずにゃん』って呼んでみたかったの」
とんでもない肩すかしを喰らって、前につんのめる。
「はい?なんですかそれ」
「ほら、唯ちゃんはいつも呼んでるけど、私が呼ぶのって今更かな~って、思ってたんだけど」
指先をスイスイと振りながら、
「はぁ……」
その指を最後に自分の頬に寄せて、
「呼んでもいい?」
ワザとらしくポーズを決めた。
又しても上目使いで。
「構いませんよ、そのくらいでしたら」
「じゃあ失礼して。……あ~ずにゃん!」
言いながら私に飛びつくムギ先輩。
「ちょっ!抱きつくまでは聞いてませんよ!」
突然の行動に慌ててしまう。
「あ~ずにゃ~ん」
頬ずりされる。頭を撫でられる。
まるで唯先輩の様に、激しいスキンシップを取ってくる。
「ム、ムギ先輩?」
激しさを増すかと思われた行為が、ぴたりと止まった。
「今年の、いつ頃からだったかな~」
「こんな風に梓ちゃんに抱きつく唯ちゃんを羨ましく思う様になったの」
「でも、私がやるとおかしいかなって、ずっと出来なかったの」
「だけど我慢出来なくなっちゃった」
抱きしめてる手に、力が込められるのが分かる。
「実はね梓ちゃん。私、梓ちゃんに嘘吐いてたの」
手が、震えている。
「え?」
「今日のお祭りね、梓ちゃん以外誰にも声かけてないの」
「梓ちゃんと二人で来たくって」
やっぱり、そうだったんだ。
「……知ってました」
「え?どうして?」
「今日来る途中にですね――」
* * *
「あっ!あ~ずにゃ~んだ~!」
神社に向かう道中、突然の声に振り向くと同時に唯先輩が抱きついてきた。
「ちょっと唯先輩!外でまで抱きつかないで下さいよ!」
「え~?じゃあ中でなら良いの~?」
「そうゆう事じゃ有りませんけど!」
ガサガサと何かが当たる。見ると様々な食材の入ったスーパーの袋。
「あれ?買い物の帰りですか?」
「うん、そーだよ。憂にお使い頼まれたんだ~」
「はぁ」
勉強の息抜きなのかな?
「ところであずにゃんや」
「はい、なんでしょう?てゆうかいい加減離れてくださいよ」
「は~い」
「もう、浴衣が崩れちゃうじゃないですか」
「それだよ浴衣だよ。レアあずにゃんだね~」
「そりゃ、前のお祭りの時は着てませんでしたしね」
「前の?今日もお祭りなの?」
「え?そうですよ」
「そ~なんだ。知らなかったや~」
唯先輩はあっけらかんと言う。
「はい?」
なんで?ムギ先輩から誘われた筈じゃ。
「まぁ、ご飯食べた後は勉強しなきゃだから行けないけどね~」
「……」
ムギ先輩と唯先輩の話が噛み合わない。
「でも、レアあずにゃんが行くなら行こうかな?」
思考を巡らせる。一つの仮定にたどり着く。
有り得ないけど、もし本当にそうなら唯先輩をお祭りに連れていく訳にはいかない。
「いえ、しっかり勉強して下さい」
「あずにゃん冷た~い」
「しっかり勉強しないと、律先輩にまで置いて行かれますよ」
「それは困るね!じゃあ頑張るよ」
「応援してますから」
「あずにゃんの応援が有れば百人力だよ!じゃ~ね~。楽しんできてね~」
「はい!さようならー」
* * *
最終更新:2011年06月10日 21:08