「――っていう事がありまして」
「そう、なんだ……」
がっくりと肩を落とすムギ先輩。
嘘を吐いていたのがばれていた事がショックなのか、罪悪感からか、凄く沈んだ顔をしている。
「まぁ、もし唯先輩が『私も行きたい!』って言っても、来させませんでしたけど」
「……勉強してもらわないといけないから?」
「いえ。……私も、ムギ先輩と二人が良かったから、です」
「梓ちゃん……」
ムギ先輩の顔が紅潮していく。
多分私も負けないくらい赤くなっていると思う。
「それが、ムギ先輩の秘密ですか?」
「そうね。それもだけど、もう一つ有るの。聞いてくれる?」
「はい。ムギ先輩の事なら何だって聞きますよ」
「嬉しい」
今度はそっと優しく、私を抱き締める。
目線を上に上げると、髪飾りが揺れている。
「梓ちゃん、花言葉って詳しい?」
「いえ、全然ですね。恥ずかしながら……」
「興味無い人は知らないものよね。私もあんまり知らないんだけど」
「この髪飾りね、花言葉で選んだの」
「花水木、でしたっけ?」
「えぇ」
私の肩を持ち、向かい合う。髪飾りを外し、間に持ってくる。
「花水木の花言葉は、『私の想いを受け止めて』」
留めていた髪がはらりと下りる。
「その想いを込めて、今日はこの髪飾りを選んだの」
私の目を見て、はっきりと言った。
「梓ちゃん。貴女が好きです」
「ムギ……先輩」
「本当はね。受験が終わるまでは、隠しておこうって思ってたの」
髪飾りに目線を落とし、ムギ先輩が続ける。
「でもね、もう気持ちを抑える事が出来なくなっちゃって」
「こんな気持ちのままじゃ、勉強も音楽も、何も出来なそうだから」
ムギ先輩の頬を涙が伝う。
「梓ちゃんに嘘吐いてまで二人きりになって、一方的に想いを伝えて、ホント勝手よね?」
「ゴメンね?」
声を震わしながら、俯く先輩。
「謝らないで下さい」
頬に触れる。
顔を上げたムギ先輩の涙をそっと拭う。
「ムギ先輩、私の秘密も聞いてもらえますか?」
ムギ先輩も、悩んでくれていたんだ。とっても、とっても。
伝えなくちゃ。ムギ先輩が伝えてくれたように。今言わなくちゃ。
「私、ムギ先輩はおしとやかで上品で、大人な人なんだと思ってました」
「でも、時々子供みたいにはしゃいだり、律先輩や唯先輩とふざけあったり……ケーキをこっそりつまみ食いしてたり」
「そんなギャップを知るうちに、いつからか可愛く見えてきて」
「いつからか、ムギ先輩の事ばかり考えるようになって」
「受験勉強が有るから、それが終わるまではこの想いも抑えて我慢しようって思って」
「でも、やっぱりどうしても会いたくって」
「今日のお誘い、本当に嬉しかったんです。昨日寝れなかったのだって、本当なんですよ?」
ムギ先輩を見つめる。しっかりと、言葉にする。
「私もムギ先輩が好きです。大好きです。私の知る人の中で、誰より一番」
「あずさちゃん……」
手を差しだす。
「だから……私で良ければ、お付き合いしていただきませんか?」
その手を両手で握られる。
「喜んで!」
ムギ先輩、さっきより泣いてる。
「ムギ先輩、泣かないで下さいよ」
「だって泣いちゃうくらい嬉しいんだもん、良いじゃない。それに」
ムギ先輩が私の頬に触れる。
「梓ちゃんだって泣いちゃってるよ?」
空いた手で自分の顔を触る。指先が濡れて気付く。
「あは、本当ですね」
でも泣いちゃうくらい嬉しいんだ。だって、ムギ先輩と両想いなんだもん。
それから暫く、二人で嬉し涙を流しながら笑いあった。
「はぁ~。それにしてもアレよね」
一頻り経った後、ムギ先輩がクスクスと笑いながら言いだした。
「お互い、こんな恰好でする話じゃ無かったかしらね」
「え?」
「だって、梓ちゃん、ネコミミしたままなんだもん」
言われて思い出す。恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
「私もお面付けたままだし。何だか間抜けよね?」
「良いじゃないですか。それも思い出ですよ」
何とか言い繕う。今更外しても遅いし。
「そうね。良い思い出話が出来たわ」
「人には話さないで下さいよ!」
特に律先輩なんかに聞かれた日には、延々と弄られそうだ。
「は~い。二人だけの秘密ね?」
「そうです。二人だけの……秘密です」
「じゃ、そろそろ帰りましょうか」
ムギ先輩はそう言って立ち上がり、まだしゃがんでる私に手を差し伸べた。
「ね?梓ちゃん」
「そうですね。帰りましょう」
その手を掴み立ち上がる。
「これからもよろしくね?梓ちゃん」
「はい!ムギ先輩」
二人手を繋いで、並んで歩きだす。
これから続く日々も、こうやって一緒に歩いて行ける。それが嬉しい。
この先どうなるかなんて分からない。
そんな言葉に答えなんて無いだろう。
でもこの手の温もりが確かに通ってる様に、想いも確かに通ったんだ。
この想いが変わらなければ、二人は変わらずにいれる。
「梓ちゃんを心配させない為にも、しっかり勉強しないとね」
「そうですよ。でもその前に文化祭のライブを成功させないと」
「忙しいわねぇ」
「一緒に頑張りましょう!」
「そうね」
離さない様に手を繋いで、二人で歩く。
「梓ちゃん」
横を歩くムギ先輩が私を呼ぶ。
「はい」
街灯がムギ先輩を照らす。
「好きよ」
そう言って微笑む。
「な!なんでいきなり」
「気持ちが伝わるって良いわね」
そう言って又前を向く。
「そうですね……」
「やっぱり人間、正直で素直になるのが一番よね」
「ですね。私もそうします」
「一緒に素直にいきましょ」
私はまだ、簡単に伝える事には慣れてないけど。
「私も……好き、です」
少しでも上手く、彼女を満たせれます様に。
「梓ちゃん、かわいい~!」
「ちょっと!いきなり抱きついちゃ危ないですよ!」
「いいじゃない。今まで我慢してたんだもん」
「もう……ちょっとだけですよ」
中々、難しそうだけど……。
* * *
「で、梓は何でそんなにニヤニヤしてるんだ~?」
「はい?」
二学期が始まった。始業式も終り、私は部室に来ていた。
毎日ムギ先輩に会えるのが嬉しくて、先に来ていた律先輩にも分かる位顔に出ちゃってたみたい。
律先輩も慌てて取り繕う私を見てニヤ付いている。
「そんなに私に会えたのが嬉しかったのか~」
「いえ、それは無いです」
「バッサリだな中野ぉ」
「私は正直に素直になる事にしたんです」
「ほほぉ?」
「ほら、もうすぐ皆さん来るんですから、そしたら練習しますよ?文化祭も直ぐなんですから」
「私は練習よりも梓の方が気になるなぁ~」
何故か手をワキワキさせながら、にじり寄る律先輩。
「な!?なんのことですか?」
「顔が赤いし、目が泳いでるぞ。それじゃ隠し事が有るって言ってる様なもんだ」
「い、いや、そんな」
「正直に答えろー!」
律先輩が勢いよく飛びあがり、私に襲いかかる。
「ちょっと、律先輩!止めてください!」
「そ~れコチョコチョコチョコチョコチョ!」
脇に腰にと、くすぐり攻撃を仕掛けてくる律先輩。
「いや!もう!アハハハハハ!止め!て……フフ!」
「何か隠し事が有るんだろ~、言わなきゃ止めないぞ~!」
ガチャリと音がして、先輩方が入ってきた。
「やっほ~あずにゃん。ってりっちゃん何してるの?」
「んん?梓が何か隠してるから聞き出そうと思って」
平然と唯先輩と会話をするも、律先輩の手は私から離れない。
「もう、離して下さいって!アハハハハ!律先輩ってば!」
「律止めてやれって。梓も困ってるだろ」
「そうよりっちゃん!」
「おっ、うん」
ムギ先輩が声を張り上げる。
「ムギちゃん、そんなに大声出さなくても」
唯先輩もその声に驚いている様だ。
「あ、ゴメンね、つい」
「いや、私も悪かったよ梓」
「いえ、もう良いです」
「さ!まずはお茶だねムギちゃん!」
ドカっと椅子に座り、早速くつろぐ唯先輩。
「いや!練習しましょうよ!」
「え~。皆揃ったんだから、まずはティータイムだろ?」
律先輩も続いて座る。
「そう言って、いつも練習してないじゃないですか!」
「まぁまぁ、少し位はくつろいでからでも良いじゃない。ね?」
後ろから、ムギ先輩に肩を叩かれる。
「まぁ、ムギ先輩がそういうなら……」
「えぇ~ムギなら良いのかよ~」
「そうだそうだ~!」
座る先輩方が、抗議してくる。
「ムギ先輩は良いんです!」
「あら、嬉しい」
「とりあえず……座って良いのか?」
澪先輩が呆気に取られてる。
「あぁ、どうぞ澪先輩」
ムギ先輩が絡んだからってムキになっちゃった。
「そうか~、梓はムギのモノになっちゃったか~」
律先輩のその言葉に、机にかけた手を滑らせてこけてしまった。
「え?……マジで?」
私のリアクションを見て、自身の冗談が冗談でない事に気付かれた様だ。
「あずにゃん?」
最終更新:2011年06月10日 21:10