さきほどまでの乾燥した空気が少し湿りを帯びていた
北風だ
水気を含んだ風が、なでるように彼女達の髪をさらしていた

律「唯……少しいいか……?」

唯「ん……なにかなりっちゃん?」

さきほどまで熱を帯びていた戦場が時を止めていた
カラカラも、アリゲイツも、そしてエンテイですらも
突然現れた来訪者に誰もが目を奪われていた


No.245 スイクン
いっしゅんで きたなく にごった 
みずも きよめる ちからをもつ。
きたかぜの うまれかわり という。


律と唯の手に持った図鑑がそれの情報を示す
だが、それを気にもとめず律が言葉の続きを作った

律「悪い、唯。少しこっちを頼んでいいか。私は……あいつと向かい合わなきゃいけない気がする」

律は自分自身ですらもよくわからない感覚にとらわれていた
出た言葉の理由もなんとなく感じたからにすぎない
だが、それでも

律「頼む唯」

唯「うん、りっちゃん。こっちはまかせてよ」

律「……悪い唯。行くぞアリゲイツ」

そして彼女は走り出す。
少し遠く離れた場所に見える水色のポケモンの元へ
またそのポケモンも彼女を待っているかのようにただそこへ立ち尽くしていた



唯「さぁ、ごめんね。少し私につきあってもらうよ」

目の前の朱の体を持つポケモンに話しかける
すると目の前のポケモンも唯と向き合った

エンテイ「―――」

声にならない咆哮がまるで返事のように聞こえた
――構わない
まるでそういっているかのように

唯「君は……ううん、なんでもないや」

「さてと、やっぱりここは大きいポケモンで対抗するべきかな?」

唯の手持ちには大型のポケモンも存在する
だから、今目の前の力に真正面から対抗するにはポケモンを替えるという手もある

……どうしようっか

そう数瞬悩んだとき、目の前のカラカラがこちらを振り向いていた

カラカラ「カラっ!!」

まだいける、その鳴き声はまるでそういった意味を含んでいるかのように思えた
だから

唯「そうだね、カラ太。うん、カラ太なら勝てるよ。だから――」

「やってみよう」

その言葉にカラカラも頷いた
そして

カラカラ「カラッ!?」

カラカラの体が眩いほどの光りに覆われる
その光りの中外観が変化していく
より逞しく、より機能的に

ガラガラ「――!!」


No.105 ガラガラ
ははおやに あえない かなしみを のりこえた 
カラカラが たくましく しんかした すがた。
きたえられた こころは かんたんに くじけない。


唯「カラ太も進化したっ」

ガラガラ「ガラッ!!」

唯「いけるね、カラ太?」

さきほどよりも手に持った骨にも力が入っている
それがガラガラの返事
だから

唯「お待たせ、ごめんね?」

目の前のエンテイにそう言うと、ガラガラが飛び出した
そしてエンテイも真正面からぶつかりに来る

唯「(あれ……お待たせ……?)」

ふと自分の言葉に疑問が生まれた



ガラガラが地面を蹴った

唯「ホネこんぼう!!」

2度目の真正面からのぶつかり合い
カラカラのときはすぐに吹き飛ばされてしまった
だが、今は巨体と押し合うこともできるようになっている

唯「……でも、やっぱり力は向こうのほうが上みたいだね」

エンテイ「――!!」

叫びと共に押し合っていたエンテイがガラガラの懐に頭を潜らせた
そしてそのまま、ガラガラを真上へと放り投げる

ガラガラ「!?」

唯「大丈夫、カラ太、落ち着いて。それほど飛ばされてないよっ」

言葉にガラガラが落ち着きを取り戻し、クルリと空中で回り体勢を整えた

唯「ずつきだよ」

重力に任せ地面へとまっすぐに向かう
そこには待ち構えているかのようなエンテイがいる
そして

――ガンッ

大きな音が響いた
ガラガラがエンテイの頭に己の頭をぶつける音

エンテイ「――!!」

当然勢いをつけた攻撃には反動もある
だが、ガラガラはその反動で後ろへと着地し、また攻撃態勢を作る

唯「みねうち!」

今度はガラガラが懐に入り込む
足とその胴体の間。エンテイのそこへと滑り込んだガラガラが一気にホネを降りぬいた

――

打撃音だけがその場に残る

そんな攻撃にエンテイがぐらりと揺れた
そして足を曲げ、地面に伏すような姿勢を作る

――バキッ

今度はなにかが折れる音がした
見れば、ガラガラの持つ骨が真っ二つに折れている

唯「ふぅ……痛みわけだね」

伏したエンテイへと唯が近づいていく
そして自分のカバンからきずぐすりを取り出すと

――シュゥゥ

エンテイの足の部分へとスプレーし始めた

エンテイ「……」

唯「……君はなにかを試しに来たね?あるいは私達のことを計りにでもきたのかな? あの水色のポケモンも……」

エンテイはなにも答えない
だが、唯の独り言のような言葉は続く

唯「君は炎のポケモンなのに、闘いの途中一切炎を使わなかった。そしてさっき私達の準備が整うまで待ってくれていたね」

エンテイ「……」

唯「あはは、分かるよ。だって待ってくれる相手っていうのは大抵こっちを思ってくれているってことだからね」

とあるジム戦のとき闘いの最中に待ってくれた人がいた
まるでこちらの万全を出し切れるように と
そして先ほどのガラガラへの進化の間、目の前のポケモンも待っていてくれた
それが先ほどの自信の疑問の答え
正解かどうかなど分からないが、それが不思議と間違いではないような気がした

唯「ふぅ……よっし、とりあえず手当ても終わり。次はカラ太の番だね」

ガラガラ「ガラッ!!」

唯「君ももう行っていいよ。あ、でもりっちゃんの邪魔はしないであげてね」

「……さてと、カラ太も逞しくなっちゃって、ふふふ」

ガラガラ「ガラッ!!」

唯とガラガラがじゃれあいはじめる
が、エンテイはその様子を見守ることなく立ち上がり

エンテイ「……」

そのままもう一つの戦場を見つめると、朱の体が毛並みを揺らしながらまったく別

方向へと走りだす
唯たちとの距離はどんどんと離れていく
だが、一度だけ足を止め遠くでガラガラとじゃれあう唯のほうを見た
唯とガラガラはそのことには気付かない

エンテイ「――」

ゆっくりとエンテイが一つの動作を作る
その様子はまるで唯たちに頭を下げたかのように見えるものだった


「VS ガラガラ」 〆




律「この羽を置いていったのはお前か?」

律の目の前には青いポケモンがいた
スイクンと認識されたそのモンスターは伝説とされているが、
律がそのモンスターを見るのは2度目だった

そして

スイクン「……」

律の質問に対するスイクンの答えは無言だった
吼えるわけでもなく、唸るわけでもなく、ただ沈黙する
それがそのポケモンの答えだった

律「……私がこっちの鈴を手に入れたから、慌てて取り返しにでもきたのか?」

2度目の質問に対する答えは――

律「バブル光線か!! アリゲイツ!」

泡による攻撃だった

アリゲイツが律に呼ばれ、だされた泡をその爪で割ろうとするが

――バチン

アリゲイツの攻撃を受ける前にそれが破裂する
だがその泡の中からは、2つめの攻撃が仕込まれていた

……目晦まし!?

まるで泡の中に強引に光りを押し込み、割れたことによって中の光りが一気に開放

されたかのようにそれが炸裂した。
それはまるで天然の閃光弾を連想させる
そして律もそれに気付いたときには、思わず目を閉じてしまっていた
やがて目を開けば驚くような光景がある
その数瞬の間、あたりの光景はさきほどとはまったく別の世界になっていた

律「っく……しろいきりか!!」

真っ白の霧の世界
ふと頬に違和感を感じた律が己の頬に手を伸ばした

律「(……氷の粒が混ざってるのか……)」

そして

スイクン「――!!」

姿の見えないスイクンの鳴き声だけが響いた
同時、突風が発生する
氷の粒を巻き上げながら、風が向かう先は
――あたりを見渡しながらその姿を探していたアリゲイツの元だった

アリゲイツ「!」

無防備なアリゲイツを氷を含んだ風が襲う
小さな氷の粒とも言えど、風に乗り勢いをつけたそれはアリゲイツの身を削っていく
まるで刃――あるいは弾丸のような氷だった

律「アリゲイツ、水鉄砲でこの霧を吹き飛ばせ!!」

風と氷に耐える中、アリゲイツはその声を聴いた
そして、一度大きく息を吸い込んだ。
口の中に氷が入ってくるが構わない

そして

アリゲイツ「――アリッ!!」

水を噴射した



まっすぐにアリゲイツの口から発射された水が霧の中を走っていく
霧の中を裂くように割断したそれが一本の道をつくった

律「よしっ、アリゲイツ。霧を抜けよう。そのまま水を出しながら走れ」

言いながら律が一歩を踏み出したとき、急にそれがきた水流だ
アリゲイツの水流を押し返すように、真正面からその水流はきていた

律「押し合いか。負けるなよアリゲイツ!」

中空で起こるのは水と水のぶつかりあいだ
そしてぶつかり合った水は弾け、少しずつだが、霧を晴らしていく

律「(……やばい、押されてるか……向こうのほうがパワーは上)」

そう考えたとき、アリゲイツに一つの動きがあった
正確には、アリゲイツにではない、アリゲイツの周りにだ


風だ

再びアリゲイツの回りを囲むように、突風が渦巻いていた
そして風は中心のアリゲイツへと範囲を狭めていく。――氷の弾丸つきで

律「まずい、アリゲイツ! 回りを見るんだ」

だが遅い
アリゲイツの反応は間に合わず、風の中に飲み込まれていく

律「……アリゲイツ!!」

なぜ……?
水鉄砲を撃ちながら、風による攻撃。そんなことができるのか……
そんな疑問が頭に浮かぶ

霧が晴れる
白の世界は再び緑の世界に戻ろうとしていた

律「あれは……!!」

律が見たのはさきほどまでアリゲイツが水鉄砲を撃っていた方向――真正面だ
そこにスイクンがいたわけではない
ただそこには

律「ミラーコート……」

草原に不自然な水で作られた鏡のようなオブジェ
特殊攻撃を倍にして返す技がそこにあった

やられた……
律はそう思う。押し負けていた理由も理解した
考えてみれば、気付けたのかも知れない
わざわざ霧をはったというのに、自分の位置を知らせるような攻撃をするだろうか
そんなことに思い至っていればもっと別の方法があったのだろう

スイクン「―――」

律の真後ろから透き通るような鳴き声が聞こえた
風が止む。霧と風両方がなくなった今、この場にいるのは律とおそらくその真後ろ

にいるであろうスイクン。
そして今攻撃を受けてなお立ち上がろうとするアリゲイツだ

律「ここまでか……アリゲイツ、戻れ」

告げた。それは己の力のなさを告げる敗北宣言
だが

アリゲイツ「――」フルフル

アリゲイツが首を振る
それはまだ負けていないという闘うための意思だ

律「……そっか……お前も私と一緒で負けず嫌いだったんだな」

その言葉にコクリとアリゲイツが頷いた
……ならば
やることは一つだ。
もう一度あの水の獣を見据え、こいつに勝たせてやる。
それだけだ

だから

一歩、後ろに右足を引いた
そしてその足を軸にクルリと振り返ると

やはりそこにはスイクンがこちらを見つめながら待っていた

律「お前がなにをしにきたかは分からないけど、ここは勝たせてもらう……」

アリゲイツも再び律とスイクンの間に立ちふさがろうと歩み出す
アリゲイツの視界に律の背中が写る
一歩踏み出した。彼女はまだ遠い
二歩目を蹴った。彼女の背中が近づいた

そして己の体が光っていることを認識した

これではいけないとアリゲイツも思う
自分は守られる側ではなく、守る側でなければいけない
そのためには彼女より前に出なければ、それが叶わないことを知っている
少し前、自分のトレーナーが悩んでいたことも知っている
それは無力さにだろうか、それは自分には分からないが自分がもう少し強ければな

んとかなったのではないか
そう思う

三歩目でようやく彼女に並んだ
自分の体が彼女を見下ろせるほど大きくなっていることに気付いた

そして四歩目
目の前の伝説はまっすぐとこちらを見据えていた

背中越しに彼女の声が聞こえる
新しい自分の名前。

律「オーダイル!!」



律は目の前のスイクンをじっと見つめながら考えていた

……なぜこの時間を待っているのだろう?

私を攻撃をするならば今がチャンスだろう
だけど目の前の敵は、待っている
まるで私を計るかのように
そしてアリゲイツがもう一度自分の前に立ちふさがるのを待ち望んでいるかのように

ならば、このポケモンにもなにか理由があるのかも知れない
それはなにかはわからない
だが、相手が私にこれ以上を望むというのならば思い知らせてやろう
私とアリゲイツはまだやれるってことを

――ザッ

背中でアリゲイツの歩みよる音を聞く
それは力強く、負けないという意思による一歩

そして二歩目の歩みの音がする

振り向いて確認しなくても分かる
今、自分のアリゲイツは進化の時を迎えていると

三歩目。さきほどよりもさらに力強く大地を踏む音がした
並んだ。横を見てみればとうに自分の身長などを越してしまったかつてのアリゲイ

ツの姿がある
そして図鑑が開いた


No.160 オーダイル
おおきな からだを もっているが 
ちからづよい うしろあしを つかって 
ちじょうでも すばやく うごく。


律「(オーダイル……)」

この地方にきて初めて仲間になったパートナー。
ワニノコがアリゲイツにそして今オーダイルにまで進化した
ならば、今この新しい名前でよんでやろう
精一杯の信頼を込めて

四歩目、オーダイルがとうとう私の前へと歩みでた
大きな背中はワカバを旅立ったころとはまるで違っていた

律「オーダイル!!」


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最終更新:2011年06月13日 21:05