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和「唯、いつまで待たせるの?」

 高校に入学して、1週間ほど経ったある日の夕方。

 いつものように和ちゃんと二人で、おうちへの帰り道を歩いていたときのこと。

 和ちゃんが突然立ち止まって、ちょっと怒ったふうに言いました。

唯「へ?」

 なんのことだか分からず和ちゃんを振り返ると、

 レンズの向こうの目が私をまっすぐに見つめていました。

唯「ま、待たせてるって?」

和「……」

 和ちゃんは私を見つめたまま何も言いません。

 睨むような視線は、私がちょっとやりすぎてしまったときの怒った顔です。

 でも、私はなにをやりすぎてしまったんでしょうか。

唯「……あ」

 そういえば。

 和ちゃんにノートを借りっぱなしではないですか。

 しかし、気付いたとはいえ、今日はノートを家に置きっぱなしにしています。

唯「んーと、じゃあ明日持ってくるから」

和「持ってくる?」

唯「えっ」

 軽く言うと、和ちゃんの目は、なんだか鋭くなりました。

和「持ってくるっておかしくない?」

唯「そうかな?」

和「変よ。……ねぇ唯、今ここでちょうだい」

 和ちゃんはちょっとため息をつくと、そんなふうに言いました。

唯「えー?」

 なんとなく瞳を物欲しそうに潤ませて……って、なんかえっちいよ。

 とにかく和ちゃんは無理なことをおっしゃいます。

唯「そんなこといっても、今日は家に置いてきちゃってるから」

和「……唯、なに言ってるの?」

唯「いや、和ちゃんこそ……」

和「……?」

唯「え?」

 私たちは道端で立ち止まって、ぼやっとお互い見つめあっていました。

 なんでしょう。

 なにかがおかしいです。

 おもに和ちゃんの視線が。

和「……いいわよね、唯?」

唯「な、なにが?」

和「それは……」

 和ちゃんがほっぺたをかりかり掻いて、目をそらします。

 目をそらされて、なんとなく一瞬ほっとしてしまうのはどうしてでしょう?

唯「それは……?」

 不安を胸に、尋ねました。

和「……キ、キスよ」

 帰りたいです。

 助けて、憂。


和「なによ」

唯「……」

和「だ、だって私たち、もう付き合って4年になるのよ?」

 なってません。

和「確かに手つないだり、デート行ったり、一緒に寝たりはしてるけど……」

和「そういうこととか全然しないし……唯がほんとに私のこと好きなのか、疑っちゃうわ」

唯「……」

和「唯にはあんまり似合わないことだと思うし、無理にしようとは思わないけど」

和「でも、いくら私たちが女の子同士だからだって……こうして高校生になったわけだし」

唯「……」

和「なによ」

 この空気で言い出せることでも無い気がしますが、

 言わないことには話になりません。

唯「和ちゃん」

和「うん」

唯「私たちがつきあって4年だっけ?」

和「ええ、そうよ」

唯「そっか、もうそんなになるんだね。私てっきり」

唯「……和ちゃんとは、まだ付き合ってないものだとばかり」

和「……」

 和ちゃんは私の言葉に、ちょっと柔らかい表情になったあと、

和「ん?」

 固まりました。

和「えっ?」

唯「……うん」

和「うんじゃなくて」

唯「だって……」

和「だってじゃないわよ」

唯「……」

 非道だ。

和「ちょっと待って。え、ほんとに?」

 黙ってこくりと頷きます。

和「……はぁ」

 何故か、かわいそうなものを見る目をしたのは和ちゃんの方でした。

和「そう、なるほど、そういうわけね」

和「要するに私だけ勘違いしていたってこと……」

唯「いや、まぁ……うん」

和「……」

唯「……」

和「……」

 どうしましょう。

 もしかしたら冗談かもしれないと思いましたが、

 和ちゃんは本気で落ち込んでるみたいです。

 いや、冗談かもといっても、あの目はマジでしたけど。淡い期待です。

唯「そもそも、どうしてそんな勘違いになっちゃったの?」

和「唯が好きって言ったんじゃない……」

唯「……覚えてないけど、たぶんそんな意味で言ったんじゃないよ」



 4年前と言うと、小学6年生だったときです。

 私は小6のとき、和ちゃんになにか誤解させるようなことを言ってしまったでしょうか。

――――

和「ねぇ、唯」

唯「んー?」

和「今年のバレンタイン、どうする?」

唯「ん、うーん……和ちゃんだけかなー」

和「あら、憂ちゃんは?」

唯「憂は一緒につくって一緒に食べるから、あんまり渡し合うって感じじゃないんだ」

唯「それに、和ちゃんは特別だし!」

和「唯ったら……」

――――

唯「……」

和「なぁに、急に顔赤くして」

唯「なんでもないよ!?」

 私は。

 子供ながらにとはいえ、そう言う意味で考えればなんて恥ずかしい台詞を。

唯「……」

 しかし、あの言葉に対する和ちゃんの反応からして、

 おそらくバレンタイン前には私は和ちゃんと付き合っていることになっていたようです。

 私と和ちゃんが付き合うきっかけとなってしまった出来事はこれではないでしょう。

 それに和ちゃんは、「私に好きと言われた」と言っていました。

 これは原因ではないでしょう。


 もうすこし前のことを思い出してみましょう。

 小6のときといえば、もっと大きな出来事があったじゃないですか。

――――

唯「どうしよう、和ちゃん……」

 その日も私は、家の電話で和ちゃんと話していました。

 冬休みが近づいていた冬の時期だったと思います。

 そのころは毎日和ちゃんと電話をしていたのです。

 いや、付き合ったからではなく。

 この時期、憂がちょっとした病気にかかって、1週間ばかり入院していたのです。

和「そんなに心配しないでも大丈夫だって」

唯「そんなこといったって、憂は入院してるんだよ?」

 その病名は知りませんでしたが、

 子供の頃の私はただ入院という言葉に驚いてしまって、

 憂がひどい病気なのだと勝手に思い込んで眠れなくなっていたのです。

唯「憂が死んじゃったらどうしよう……」

和「……」

 何度認識をなおされても毎日電話をかけ続ける私に、

 もしかしたら和ちゃんもうんざりしていたのかもしれません。

 その日ついに和ちゃんはこう言いました。

和「ねえ、唯ちゃん」

唯「ん?」

和「明日から唯ちゃんの家に泊まってもいいかな?」

唯「えっ、いいの?」

和「唯ちゃんに聞いてるんだけど……あと、おばさんたちにも」

唯「あ、そっか……でも今、お母さんたちいないけど」

和「そしたら今晩聞いて、明日の学校で教えてくれればいいから」

和「準備だったらすぐできるし、ね?」

唯「うん……じゃあ、お母さんに聞いておくね」

和「それじゃ、もう少し話そう」

唯「うん。……和ちゃん」

和「なあに?」

唯「ありがとう。あと、ごめんね……」

和「……気にしなくていいのに」


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最終更新:2011年06月13日 22:29