梓「・・・・・・私、たまに妙な気分になるんですよ」
梓「普段はならないんですけど、長期休暇にずっと1人でいると、たまに」
梓「自分がどこにいるのかわからなくなるっていうか、そんな気分になるんです」
梓「もちろん自分が家にいて、なにをしてるかっていうのはわかるんですけど」
梓「どうしてここにいるのか、どういう経緯でここにいるのか」
梓「なにが正しくてなにが正しくないのか」
梓「今、自分のしていることに意味があるのか」
梓「もう、なにもかもわからなくなっちゃうんです」
梓「そうすると漠然と不安になるんです」
梓「1年後とか10年後とか、もっと先のことを考えると、今の自分が無意味に思えてくるというか」
梓「ただただ、気分が沈んでくるんです」
梓「心にぽっかり穴が空くんです」
梓「虚しいとか空虚感とかそんな感じに」
梓「・・・・・・あ~、えっと」
梓「あ、あの、すみません。意味不明ですよね。変なこと言ってすみません」
梓(なに言ってるんだろ、私)
梓(自分でもわけわかんないよ)
梓(こんなこと言ってもムギ先輩が困るだけなのに)
梓(先輩が迷惑するだけなのに)
梓(ほんと、なに言ってんだろ私・・・・・・)
紬「梓ちゃん」
梓「は、はい、なんですか?」
紬「そっち、行ってもいい?」
梓「え?そっち?」
紬「隣、座ってもいい?」
梓「あ、あぁ、はい。どうぞ」
梓「えと、先輩。今のはなんでもなくて、その、気にしないでください」
梓「なんというか、気の迷いというか戯言というかですね・・・・・・」
紬「ねぇ、梓ちゃん」
梓「・・・・・・はい」
紬「ちょっとした昔話、私のね」
梓「ムギ先輩の」
紬「うん」
紬「私ってほら、いわゆるお嬢様ってやつじゃない?」
紬「自分で言うのも人から言われるのも、あまり好きではないんだけど」
紬「実際お店の人から紬お嬢様、なんて呼ばれることもあるし」
紬「梓ちゃんも聞いたことあるでしょ?」
梓「はい」
紬「小さいころからお嬢様お嬢様って呼ばれて」
紬「ほんと嫌になっちゃうんだけど、それは学校でも同じだったの」
紬「私の通っていた中学校も、そのお嬢様が通う学校だったから」
紬「そこの生徒は子どものころから英才教育を受けているような子ばっかりで」
紬「私も例外ではなかったの」
紬「親しくしてくれる友達もいたけど、同年代でも会話は敬語が当たり前だった」
紬「梓ちゃん、想像できる?」
梓「いえ、私にはちょっと難しいです」
紬「そうよね」
紬「悪い子たちではないし、今でもたまに連絡をとることもあるんだけど」
紬「当時の私はそれが窮屈で、耐え難かったのね・・・・・・」
紬「だから高校は無理を言って私に決めさせてもらうことにしたの」
紬「そうして入学したのが桜高」
紬「初めはね、梓ちゃん。とってもとっても不安だったの」
紬「私の普通がまわりの普通と違うことが、とってもね」
紬「けど、私は諦めたくなかったし、決心はしてたから」
紬「なんとか馴染もうと必死だったわ」
紬「それでね、部活に入ろうと思ってたの」
紬「部活に入れば、なんとかなるって」
紬「それで私が叩いた門が音楽室だったの」
紬「ふふ、そこで初めてりっちゃんと澪ちゃんに会ったのよね」
紬「そのときの2人のやりとりを見てね、安心して泣けてきちゃったの」
紬「ここで良かったんだって、私は間違ってなかったんだって」
紬「この人たちと一緒にいれば大丈夫だって」
梓「そうだったんですか・・・・・・」
紬「今では大正解。当時の自分をほめてあげたいくらい」
紬「私の居場所はね、もう放課後ティータイムの中なの」
紬「それはきっとみんなも同じ気持ち、1人も欠けることなく」
紬「梓ちゃん、あなたもね」
紬「梓ちゃんの居場所は放課後ティータイムの中にあるし」
紬「放課後ティータイムには梓ちゃんが必要なの」
紬「梓ちゃんは学年がひとつ下だから、寂しい思いや不安な気持ちになるかもしれないけど」
紬「それでもこれだけは覚えていて欲しいの」
紬「私たちには梓ちゃんが必要だし」
紬「梓ちゃんの居場所はいつでもここにあるってこと」
紬「ね、梓ちゃん」
梓「あ・・・・・・」
梓「・・・・・・はい・・・・・・あの、私」
梓「私、もしかしたら不安だったのかも、しれないです・・・・・・」
梓「先輩たちが、もうすぐ卒業しちゃうから、私だけ、学校に残されるから・・・・・・」
梓「どうして、私だけ学年が違うんだろうって・・・・・・」
梓「どうして、私ばっかり先輩たちを追いかけて、つらい思いしなきゃいけないんだろうって・・・・・・」
梓「ずっと、そんなことばかり、考えて・・・・・・」
梓「でも、先輩たちは、そんなことなくて、先輩たちは・・・・・・」
梓「うっ・・・・・・ひっく、ごめんなさい、ごめんなさい、ひっく・・・・・・」
紬「おいで、梓ちゃん」
梓「うぅ、ムギ先輩・・・・・・」
紬「大丈夫よ、私たちなら大丈夫よ、ね」
梓「はい・・・・・・はい・・・・・・ひっく・・・・・・」
紬「ずっと一緒だから、これからもずーっと」
梓「せんぱい・・・・・・ぐすっ」
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梓「ふぁ、あれ?私寝ちゃって・・・・・・」
梓(そうだ、ムギ先輩に泣きついてそのまま疲れて寝ちゃったんだ)
梓(あれ?ムギ先輩は?)
梓(あ、私の肩にもたれかかって寝てる・・・・・・)
梓(気持ちよさそうに寝てるなぁ)
梓(呼吸のたびに胸が上下に揺れて・・・・・・)
紬「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」
梓(まつげ長いな・・・・・・)
梓(髪もふわふわだし)
梓(・・・・・・いいにおいが)
梓(ちょっと触ってみてもいいかな)
梓(ちょっとだけなら・・・・・・いいよね)
梓(わぁ、サラサラだぁ)
紬「・・・・・ふふ」
梓「えっ!?」
紬「くすぐった~い、梓ちゃん」
梓「お、起きてたんですか!?いつから!?」
紬「え?今起きたのよ」
梓「そうでしたか・・・・・・」
紬「髪、もっと触る?」
梓「うぅ、すみませんでした・・・・・・」
紬「ふふ、冗談よ」
梓(・・・・・・は、恥ずかしい)
紬「ね、梓ちゃん」
梓「え・・・・・・はい」
紬「雨、小降りになってきたみたい」
梓「そうみたいですね」
紬「私そろそろ帰るね」
梓「あ、そうですか・・・・・・」
紬「うん、また降り出す前に」
梓「駅ですよね、送ります」
紬「そんな、悪いわ」
梓「私が送りたいんです。いいですよね?」
紬「うん、それじゃあお願いしちゃおっかな」
紬「あ、私傘持ってきてない・・・・・・」
梓「でしたら、うちにあるの使ってください」
梓「えっと、あ・・・・・・ひとつしかない・・・・・・」
紬「あ、それじゃあ―――」
紬「ふふ、相々傘なんて初めて~」
梓「私もですよ」
紬「ほら梓ちゃん、もっと寄らないと、濡れちゃうよ?」
梓「えぇ、でもこれは寄りすぎですよ」
紬「嫌だった?」
梓「い、いやじゃないですけど・・・・・・その・・・・・・」
紬「?」
梓「あぅ・・・・・・恥ずかしいですよ・・・・・・」
紬「梓ちゃんか~わいー」
梓「んな!からかわないでください!」
梓「ム、ムギ先輩」
梓「あの、今日はすみませんでした」
梓「みっともないところをお見せしてしまいまして・・・・・・」
紬「梓ちゃん意外と泣き虫さんだったのね」
梓「うぅ、ムギ先輩~」
紬「ふふ、泣いてる梓ちゃんもかわいかったよ?」
梓「も~!」
紬「それじゃあ梓ちゃんまたね」
梓「はい!今日はありがとうございました!色々と・・・・・・」
紬「えぇ、こちらこそ」
梓「それではムギ先輩」
紬「うん、ばいばーい」
琴吹家
紬「梓ちゃんは本当にいい子ね」
紬「私の電車が見えなくなるまで手を振ってるなんて・・・・・・」
紬「けなげすぎて・・・・・・梓ちゃん」
紬「やっぱり梓ちゃんも寂しかったんだ・・・・・・」
紬「・・・・・・」
紬「うん」
紬「次は最後になっちゃったけど、唯ちゃんと遊びましょう!」
紬「よ~し!」
最終更新:2011年06月14日 22:01