第二部


澪「なんだこれ?」


私達は教室を出る前に使えそうなものを手分けして探すことにしていた。
そして、私は教室の隅にひっそりとたたずんでいる戸棚に目をつけたのだ……が

澪「か、髪の毛か?」


戸棚の中にはビッシリと髪の毛が敷き詰められており、今にも溢れ出てきそうだった。


澪「あ、悪趣味にも程がある……。誰だこんなことしたのは……んっ?」


髪の毛の奥に何かが鈍く光っているのを見つけた。


澪「あれは……。」


律「何か見つかったか?澪?」


長年寄り添ってきた幼馴染みが私の様子を伺いに来る。


澪「あぁ、あったことにはあったが……。」


私はそれ以上は言わずに戸棚を指差す。
見た方が早いだろう。


律「……なんだ?うぉっ!?」

律が短い悲鳴を飛ばした。
まぁ、いきなりこんなの見せられたら誰でも驚く。


澪「悪趣味……だよな。」


律「……だな。髪の毛ビッシリな上に、戸棚のガラスに一瞬、日本人形みたいなのが映るなんて……。」


澪「……へっ?日本人形?」


律「いや、今、映ってたじゃんか?」


私は再び戸棚に目を向ける。
やはり、ガラスはただのガラスだ。


澪「悪い……よそ見してた。見間違えじゃないのか?」


律「うーん……どうだろう?」


澪「たぶん、こんな場所にいるからだよ。
自分の顔が映っただけなのに、そう見えちゃったんだ。」


律「……そうだよな!不思議なことがそう簡単に何度も起きたらたまったもんじゃねえし!」


澪「あぁ、そうとも!」


私も心からそう願った。
私も律もあまり表には出さないが、今すぐにでも発狂してしまいそうなくらい今の状況が怖い。

それでも、正気が保てているのはお互いがいるおかげだろう。

澪「それより、この戸棚の真ん中の段見てくれないか?」


律が、いぶかしげにもう一度戸棚を覗き込む。


律「真ん中の段つったって、髪の毛だらけでどこが真ん中なんだか……あっ!?」


澪「見えたか?」


律「あぁ!ナイスだ、澪!さっそく……!?」

律はニヤリとしてから、何かにハッとした顔になり、私の方に体を向けた。


澪・律「…………、」


澪「律……。」


律「……あぁ、言わなくても分かってるよ澪。一回勝負だ。」


二人にしばしの沈黙が訪れる。
だが、その静寂は長くは持たない。


澪「……ジャンッ!」


律「……ケンッ!」


澪・律「ポォォォォォオオォォン!」


澪「YESゥゥウウウウ!」チョキ


律「ohゥゥウウウウ!?」パー



律「か、神よ!何故我を見放したのですか!?」


澪「ジャンケンっという公正な方法を用いたんだ。これが神のお告げだよ。」


律「シット!」


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律「うぅ……。気持ち悪い。」ガソゴソ


ジャンケンで負けた律は髪の毛で溢れかえる戸棚の中を詮索していた。


澪「頑張れ!律!お前ならできる!」


律「こんなときだけ真面目に応援しやがって……」


澪「お前が負けたんだから文句は言わない!」


律「ううぅぅ……あぁもう!」バッ


律が戸棚から手を引き抜く。


律「決めた!どうせ触らなきゃいけないんだ!なら、いっそのこと思いっきりやってやるぜ!」


律は両手を突き出して戸棚に突っ込んでいく。


律「とりゃあぁあああ!」


奇声をあげながら、ズブリと髪の毛の山に両手を突き刺すと、それらをどんどん戸棚の外へ掻き出していく。


律「よし、何か掴んだぜ!」


律が戸棚から手を出して取った物を私に見せてきた。


……そう、見せてきたんだ。


澪「バ、バカ律っ!何やってるんだ!」


律「おいおい!そんな言い方すんなよ!たしかに床が髪だらけになったけど、今は気にするような状況でも無いだろ?」


律、気づいてないのか?


澪「じ、自分の握ってるものをちゃんと見ろ!」


律「……へっ?」


私の反応でただ事じゃ無いのを感じ取ったのか、律は恐る恐る自分の掲げている手に目を向ける。

その手に握ってたのは…………



       心臓


律「ギャアァァアァア!」


……余りの驚きのせいで握るのに力が入ってしまったのだろう。
律が血相を変えて『それ』を放り捨てる前に『それ』は律の拳の中で破裂した。


誰のものかも分からない血液がビチャッと嫌な音を立てて律のブレザーや顔に付着する。


律「…………、」


ドサッと言う音を立てて律が床に倒れた。


澪「律っ!?」


澪「(……気絶してるだけか。人間は激しいストレスを感じると、それから逃げる為に脳が一時停止する事があるらしいけど……。まさにこれは典型だな。)」


私は律を引きずって教壇に寝かせた。


澪「律は気絶しちゃったし……続きは私がやるしかないな。」


私は戸棚と向き合う。


澪「うっ、生臭い……。」


当たり前か……。
なんせ心臓が入ってたんだもんな……。


澪「と、とりあえず髪の毛全部取りだそう……。」


私は、握った感触が確かめながら慎重に髪を取り除いていった。


━━━━━━━━。


あらかた片付いただろうか?
そこには驚くべき光景が広がっていた。


澪「……。」


恐怖から声が出ない。
戸棚は三段に別れており、上の段には筋肉らしき塊。

下の段には骨の束。

中の段には無造作に並べられた内臓、そしてその奥にやっと私達が探していたものが見つかった。


澪「……まるで、人が丸々一人解体されて放り込まれたような戸棚だな……。
いや、この内臓や骨が人間のものかどうかは私には分からないけれど……。」


腹の底から込み上げてくる吐き気を抑えながらも、私は内臓を左右に避けて、目的の物を取り出した。


澪「……ふぅ。」


『【鍵】を手に入れた。
鍵に付いているタグには保健室と書かれている。』


澪「……保健室か。正門とか、玄関の鍵なら良かったんだけど。」


澪「とりあえず、律の顔を拭いといてやるか。」


私は戸棚の戸を閉めて、ポケットから百合の花の刺繍が入ったハンカチを取り出した。


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律「んっ……うーん……」


律「……ハッ!?」


律がバッと勢いよく体を起こした。


澪「起きたか、律。」


律「……やっぱり、夢じゃ無いんだよな。」


律は辺りを見回した後、ガックリと肩を落とす。


澪「あぁ、どうやら私達は相当ヤバいとこにいるらしい。」


私は戸棚の中身を思いだす。
律も心臓を握り潰した感触を思い出したのか、顔が引きつっていた。


律「んで、どこの鍵だったんだ?」


澪「……保健室だよ。」


私は律に鍵を手渡した。


律「おう、保健室か!これで、ベッドがあればいつでも休憩できるな!」


澪「……そうだな。」


私は捻挫した足を見る。
たしかに、休める場所が確保できたのは運が良かったかもしれない。


律「あれっ?澪、その足どうしたんだ?」


律が私の視線に気づいたのか、腫れた右足について尋ねてきた。


澪「あぁ、これか?
さっき転んだ時にちょっとな。」


律「おいおい、何で先に言わないんだよ!」


澪「えっ?だって、律に迷惑……」


律「問答無用だぁっ!」


律は、私の言葉を手で薙ぎ払うようにして掻き消すと、私の側に寄ってきてしゃがみこむ。


律「ほら、肩かしてやるからさ!さっさと、こんなとこ脱出しちゃおうぜ!」


腕を回せっと言わんばかりに律は自分の肩を叩く。


澪「……悪いな、ヨイショ。」


律「悪いなんて言うなよ!こっちは、親友が困ってるから助けてるだけなのに!」ニコッ


澪「律……。」


やっぱり、律にはかなわないな。昔っから。


澪「ありがとうな、律!」ニコッ


律「おう、どういたまして!」


澪「それじゃあ!」


律「レッツゴー!」


私は教室の扉に手をかけた。
その時……、


     グラグラグラ━━

律「わぁっ!?」


澪「また地震……っ!?」


律「うわぁあぁあっ!」


グラグラ…グラ…ピタッ


澪「……おさまった……?」

律「ふぅ……。」


澪「もうやだぁ……」


律「と、とにかく……廊下へ出ようぜ!」


いとも簡単に出鼻をくじかれた私は、渋りながらも律に連れられて廊下に出た。


澪「━━━━!?」


律「こ、今度はなんだ?どうかしたのか?」


澪「さっきと、廊下の形が変わってる……」


さっきとは、どことなく雰囲気が違うし、廊下の電気もついていて明るい。


律「い、今の地震で……
床が崩れたりしたんだって!」


澪「……そ、そう、かな……」


でも、勝手に電気ついてるんだぞ?っと言いたかったがやめておいた。
いくら考えても答えは出ないだろうし、私と律の恐怖を倍増させるだけだからだ。


律「んで、どっちに行く?」

教室を出て右手には、

廊下の突き当たりに下に降りる階段。

左手には廊下の突き当たりに上に上がる階段と、その右側にさらに廊下が続いているのが見られる。


澪「……右だな。」


律「どうして?」


澪「……まずは、私達の目標は外に出ることだ。外に出るには玄関を見つけなくちゃいけない。
そして、玄関はどんな学校でも必ず1階にあるだろう。
なら、ここが何階なのか分からないが、とりあえず下に降りる階段に行くべき……ってことだ。」


律「いやぁ……さすが、澪!いざって時には頼りになるぜ!」


澪「頭いいのだけが取り柄なんでな。」ニコッ


澪「じゃ、今度こそ行こうか!」


律「……あっ、ちょっと待って。」


律が扉の上辺りを凝視している。


澪「どうした?……なにを確認してるんだ?」


律「あぁ、教室名だよ。
もし、玄関から外に出られなかった場合は校舎中を探索することになるよな?」

澪「まぁ、そうなるな?」

律「そんな時、地図が無い場合は色んな物を目印にして頭の中で地図を組み立てるんだ!そうすれば、迷わずにすむ。」

澪「……ゲームで得た知識か?」


律「あぁ。まさかこんな時に役に立つとはな。ちなみに、この教室は【1のAの教室】だそうだ!」


澪「そうか……。律らしいな。」フフッ

律「まぁな!でも、この調子だと案外早く脱出できるかもな。」

澪「だな!」

そうして、私達は、根拠の無い希望に喜び、力強く一歩を踏み出した。


……だが、現実はやはりそう簡単にはいかなかった。


      ━━━━━。


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最終更新:2011年06月15日 03:05