恐ろしいめにあって……
心がとうとう折れてしまった

律を元気付けようと思っていた 私が

気付いたら…… 傷付けていた

辛くて、悲しくて……
子供が我慢しきれずに、泣き出してしまう感覚……

堰(せき)を切ったように 酷い言葉をたたき付ける、
私の 心の開放感は……


それと似ていた気がする


澪「家族だって……きっと」


澪「いつまでも心配して……ずっと、捜してたりして」


澪「すごい迷惑かけるし……」


律「それは違うよ」


意外にも私の言葉の濁流をせき止めたのは、律の怒鳴り声ではなく、穏やかに落ち着き払った声だった。


澪「何が?」


律「迷惑っていうのは絶対、違うよ……?」


律「いなくなった人が、大事だから……何かしたくて」


律「苦労でも何でも、してあげたいから……したいから、するんだよ」


澪「(! …… 私の馬鹿……! 律のお母さん、数年前に失踪しているの知ってたくせに……)」


律「残された人って……そう考えるんじゃないかな」

これは律の私に対する必死の叫び。
だが、この言葉でも私の心に溢れかえる黒い水の流れは

一向に勢いを止めようとしなかった。


澪「お前のところは……
 ……どうか、知らないけど」


澪「普通は……そんな 『おめでたい』考え方……出来ないよ!」


律「……澪 ……。」


澪「━━悪い、手分けしないか?……別々に手掛かりを探したほうが」


澪「効率いいかもしれないし。」


律「そんな……」


律「そんな言い方ってある?」


律の顔つきが変わった。
声のトーンも攻撃性を増し、
先程のような私をなだめる為の穏やかな顔とは違い、険しい顔つきへと変貌する。


澪「(謝らなきゃ……)」


律「私だって帰りたいよ!父さんや聡に……」


律「心配かけたくないよ……!」


澪「(私が悪いんだから…… 謝んなきゃ……)」


だけど、
     今さら……


律「それなのに……澪にそんな言い方されたら……」


   止まらない……!


澪「いいから一人にしてよ!」


律を遮るようにして私が怒号の声を上げた。
その時の律の表情は筆舌に尽くしがたい。


律「……バカ!!」


律が私を突き飛ばす。
私は為すすべなく壁に激突し、膝から崩れ落ちる。
不思議と痛みは感じなかった。

いや、今のは私には……

痛みを感じる心さえ持ち合わせてはいないないのかもしれない。


律「人の気持ちも知らないで!」ダッ


そう吐き捨てて律は、保健室のあるこの廊下のさらに奥

私のまだ行っていない【1階東階段】をかけ降りていった。

澪「なんだよ、それっ!バカ律!もう知らない!」


私もすぐに立ち上がって律とは反対の【2階東階段】の方へ足を運んだ。

その場に残ったのは、
酸っぱい臭いを漂わせる私の嘔吐物と

律が去り際にこぼしていった涙だけだった━━。



……こうして……

この異空間に拉致された者の中でも
まだ幸運だったはずの

同じ次元に存在する事が出来た
私達2人は、

簡単に喧嘩別れをしてしまった……。

この……些細な私の意地っ張りが、
大きな後悔を招く事になるのは……



   その後

     すぐの事だった


━━━━━━━━。


律「うわぁーん、うわぁーん」


律「澪ぉ~、うわぁーん」


律「………ばか~」


会話する相手もいない今


その泣き声も呟きも

この天神小学校が静寂という形で全て呑み込んだ。

律「……っ、また死体……。」


白骨化してしまっいるその死体は、くしゃくしゃになった紙切れを握りしめていた。


律「なんだろう……?」


律は3階の死体の時と同じ要領でそっとそれを抜き取る。


"一緒に行こうって……
みんなと約束したのに……"


"どうして……僕だけが
 置いて行かれるんだ……"


"……クルシイ
 ……クルシイよ……"


律「……うぅ……」


この人……見捨てられちゃったんだ……。

    見捨てられ…

思わず昔を思い出してしまう。

そう、あの頃


幼律「お母さんがいない! ……お母さんがいない!」

幼律「お父さん、お母さんいなくなっちゃった!」


幼律「……うぅ……っ ……あああぁぁぁーーん!」

幼律「あぁあぁああーーん……!」


   ━━━━━━━。


律「……ぐす。」

あの頃、私は厳しい現実に打ちのめされてただ ただ泣くことしかできなかった。

そして━━━━。


律「……一人じゃ、色々考えちゃって駄目だなぁ……」


律「…………、」


律「やっぱり、澪に謝りに……!」


       グラッ


私がそう決意した時、突如床が……いや、校舎全体が凄まじい音を立てて揺れた。


     ゴゴゴゴゴッ


律「くそっ、また地震かっ!?」


律「………、」

私は何も悪いことが起こらないように願いながら、息を殺して事が過ぎ去るのを待つ。


      パラパラッ


天井から木屑が落ちてきた。もう、校舎は揺れてはいない。


律「止まった……?」


律「ふぅ、大丈夫だったか?み……」


律「あっ……(何言ってんだあたし……澪とはさっき喧嘩して別れたばかりじゃねぇか。)」


律「……行こう、謝りに。」


そう、謝れる内に。

だが、そんな私の前に立ちふさがったのは、


律「……!?階段周りの床が崩れてる……。」


厳しい現実。


律「う……(本当に このまま帰れないかもしれない……んだ。)」


律「だったら……何かある前に」


律「澪に 私の気持ち……いっとくべきかな?」


律「…………。」


 律「………。」


  律「……。」


律「なんちゃって~~~~!!!
ナイナイ!それはあり得ナ~イ!」


律「……………唯にも……勝てるわけないし……」


律「それにもう 澪と仲直り出来るかどうかさえ……」


律「……保健室で 澪を一人にしなければ良かった……」

律「澪……かわいそうに震えてた……」


律「うう……澪ぉっ…」


律「一人で怖かったんだよな……怖い目にあわせてごめん……」グスッ


律「そばにいなくてごめん……不安にさせてごめん……」


律「澪がいなかったら私……頑張れないよぉぉ……」グスッグスッ


律「好きだよ……大好きだよ、澪ぉ……」グスッ


?「~~~~~…………~~~~…こっち…~~~~~~~~~…………~~~」


律「…………?」


律「誰かが呼んでる……」


律「み……お……?」


私は聞こえた声を追いかけて、暗い……暗い廊下の奥へと

フラリ……フラリ……向かうのだった。


律「はじめて……だなぁ」


律「澪と……あんなふうに、ぶつかり合ったの……」


━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━。



澪「……はぁっ、はぁっ……」タッタッカラン


一人になると、だんだん……さっきの恐怖が よみがえって


何かに頭を支配されたように……理性を失った私は


律を探して、校舎の中を走りまわった


何度も何度も 名前を呼びながら……


……気がつくと、私は 校舎の3階にいた。


澪「律ぅぅう!何処にいるのぉお!?」グスッ


澪「……律ぅ! ねぇ! 一人にしないでぇ!」グスッ


澪「ふっ……く……うぅ……」


      ギィ…パタン


澪「(扉の閉まる音……?【女子厠(かわや)】から?)」


澪「誰かいる……?」


        コツン


不意に爪先で何かを蹴飛ばした。
私はそれを広いあげる。


澪「これは……。」


【軟膏(なんこう)】を手に入れた。使いさしとはいえ、まだまだ中身は残っている。


澪「(そっか……律、またお尻の薬塗りに……?)」


澪「……………」クスッ


思わず笑みがこぼれた。
なんだか久々に笑った気がする。


澪「よしっ、いこう!」


そう言いながら私は厠の入り口の扉を開けた。


   【女子厠】


相変わらず、古いというよりかは不潔で荒れ果てたトイレが顔を出した。



澪「律……いるのか?」


      ギシギシッ


澪「(…………?何の音だろ?)」


澪「……私だよ、律…。
…………まだ怒ってる?」


      ギシギシッ


澪「(左から2番目の個室の扉が開いてる……!)」


澪「ホラ お尻の薬落としてるよ!使うんだろ?」


      ギシィ!


一際大きなきしむ音が響いた。


澪「律………?」


私はそぉっと扉を開けて中を覗きこんだ……。


   ━━━━━━━。


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最終更新:2011年06月15日 03:18