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二度目のタイムトラベルはとても冷たくて……凍えてしまいそうだった。

誰も私を知らない世界──

どこにも帰る場所がなくなった世界──

こんな世界で私は一人ぼっちで……取り戻さなくちゃいけない。

みんなの元の居場所を。
私の元の居場所を。

梓「行こう」

やることは決まっている。

ランドセルに入れられた筆箱を抜き出し、どこかへやること。
ただそれだけだ。

それだけで未来は変わって行く……あんなにも。

タイムマシンというものはこんなにも恐ろしいものなのだと使って思い知らさることになるなんて、皮肉だ。

あんなに本を読んでわかってたつもりだったのに。

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唯「たしかここだよ!」
梓「そう言えば澪先輩の家って初めて来ますよ」
紬「私も~」

唯「私もりっちゃんに教えてもらっただけで遊びに来たことはないよ~」
梓「案外謎に包まれてましたね、澪先輩」
紬「りっちゃんと澪ちゃんしか知らないことがいっぱいあるのねきっと」
唯「む! 誰かくるよ!」

唯紬梓≡ササッー
◎◎◎≡ササッー

幼澪「行ってきまーす」
幼澪「」トコトコ

唯「み、み、澪ちゃんだよねあれ!」
梓「そ、そうみたいですね!」
紬「」ほわ~

唯紬梓「か、可愛い~」

梓「はっ! こんなことしてる場合じゃないですよ! 早く後をつけないと!」
唯「持って帰りたい可愛さだよ~」
紬「お菓子あげようかしら~」
梓「もうっ! 二人ともしっかりしてください!」

梓「(まさかこの時更に後ろから自分がつけてるなんて思いもしなかったろうな……)」

幼澪「うぅ……」ブルブル

唯「ややっ! 何か震えてますよ澪ちゃんが!」

梓「どうしたんでしょうね」

紬「お腹が痛いのかしら?」


犬「グルウウウウウ」

幼澪「うぅ……怖いよぅ」

唯「犬が怖くて通れないのかな?」

梓「か、可愛い~……守ってあげたくなりますね」

唯「あずにゃん?」

梓「はっ! な、なんでもないです!」

紬「よぅし! みんなで助けましょう!」

梓「駄目ですよムギ先輩! 極力接触は避ける、それがタイムトラベルの基本です!
私達がいなくても何とか出来たんですから、ここは静観しましょう」

紬「タイムトラベルって難しいわね……」

梓「(そうですね……ほんとタイムトラベルって難しいです)」

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その後もずっと小さな澪先輩を追いかけてる唯先輩達を追って行く。

やることはほとんど同じなのに二人がいないだけでこんなにも違うんだ……。

梓「~~~」


梓「(あっちの私が憎らしい……)」

でもここで私が出ていくわけにはいかない。
あの時私達は私を見ていない、つまり私は接触していない。
それをここで矛盾させればパラドックスの原因となりかねないからだ。

梓「(今の目標は筆箱だけ……あれさえ何とかすれば)」

おそらくだけど澪先輩の大切なものは別にある。
それが筆箱をなくすことによって得られ、また無くすものなら残念だけど筆箱には犠牲になってもらう他ないだろう。

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梓「それはどうでもいいです。 じゃあさっさとこれを入れて帰りましょう」

唯「あずにゃん冷たいよ~。暖かい頃のあずにゃんにタイムトラベルしてよ~」

梓「はいはい行きますよ~」

紬「一時間図工、二時間目国語、三時間目道徳、四時間社会……ふふ、りっちゃんが寝ちゃいそうな時間割」

唯「せっかくだからここに『放課後ティータイム参上!』ってかいとこっか!」

梓「そんなことしたらタイムパラドックスってレベルじゃなくなりますよっ!
誰かにバレる前に急いで学校から出ましょう!」

紬「唯ちゃん早く~」

唯「わかったよぉ~」


梓「行きましたか。すいません唯先輩、ムギ先輩、私。結果はこんな形になったけど……先輩達の澪先輩を思う気持ちは無駄にはしませんから」

梓「この気持ちは確かに私が見届けました。時を越えても友達の為に頑張る二人を、私は後輩として誇りに思います」

梓「……」

恐る恐る澪先輩のランドセルに近づく。

秋山みお、と書かれたロッカーの中には可愛らしい赤のランドセルが入っている。

その中にはさっき私が入れた筆箱が入っているはず……。

梓「……あれを取り出せば」

近づく、

梓「あれさえ取り出せば……!」

近づく、

梓「筆箱さえ取り出せば戻って来るんだっ……!」

近づく、でも……。

梓「なんでっ……どうして……!」

いくら歩いても歩いても、ランドセルとの距離は縮まらない。
まるで蜃気楼のようにそこにあるだけで、私は別の場所を歩いているかのようだった。

読んだことがある……これは親殺しのパラドックスの1つの例によく似ている。

タイムトラベルし、自分が生まれる前に自分の親を殺そうとすると、どう足掻いても殺せない、という説だ。

なら何故私達はああも簡単に筆箱を入れられ、今の私には近づくことさえ出来ないのか……。

多分、私があの世界の住人になりかけているのが原因だろう。
そしてこの筆箱をなくすことによってあの世界は消える、つまりタイムパラドックスが起きるのを避けているのだ。

つまり……あの世界に長く居すぎた私達は、もう筆箱をどうすることも出来ない……。

たった指一本触れることさえ出来ないのだ……。

変化させることはあんなに簡単なのに……戻すことはこんなにも難しいなんて……。

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その後、念のため澪先輩を監視するも特に変わった様子はなかった。
当たり前だ、この世界は既に筆箱がある世界に分岐しているんだから。

このまま行けば澪先輩は文芸部に入り、律先輩はラブ・クライシスのドラムとして、唯先輩は生徒会書記補佐、ムギ先輩は合唱部、私はジャズ研という嘘の未来が待っている。

そんなことを思いつつ、私はただ呆然とブランコを漕いでいた。

夕焼けの中、たった一人で……。

迎えに来る人も、探しに来る人も、私を知っている人もこの世界にもいないのだ。
いや、前の世界ならまだ形だけは知ってくれていた分マシかもしれない……なんて。

梓「もう……諦めようかな」

筆箱をどうにか出来ない限り、あの世界から抜け出せない。

でも、この世界で唯一その事実を知ってる私はそれに近づくことさえ出来ないのだ。

これではどうしようもない……。

梓「この記憶がある内に……あっちの世界に飛んで一年の頃から軽音部を作れば……」

梓「でも律先輩がいない……」

梓「律先輩とは外バンを組めばいいんだ。うん、そうしたら元通り……」

梓「元通り……なわけないよ……」

梓「律先輩が部長じゃない軽音部なんて……軽音部じゃないもん……!」

梓「みんなが揃ってこそHTTだもんっ……!」


どうしようもなく、ただブランコに乗りながら、砂場で遊んでいる姉妹を見ていた。

梓「……」

「お姉ちゃんと私で昨日せっかく作ったのに……」

「う~ん……どうしよう」

ちょうど澪先輩達と同じ小学生四年生ぐらいだろうか。

「もう一回つくりなおす?」

「でも……そろそろご飯だし……」

どうやら昨日作っておいた砂の山が雨か何かで崩れてしまったらしい。

梓「……ちょっといいかな?」

「ふぅ?」
「ほぇ?」

本当は誰であろうと接触は避けるべきなんだけど……今はそんなことどうでも良くなっていた。

梓「お姉ちゃんこう見えても砂の山作るの得意なの。だから手伝わせてくれないかな?」

「うんっ」
「ありがとうおねうちゃん!」

梓「ふふ、じゃあ早速作業開始だね。二人の晩御飯までに間に合わせないと」

「「うんっ!」」

二人をよしよしと撫でると、愛くるしいほどの笑顔を浮かべる。
私もいつの間にか子供にこうやって接する立場になったんだなぁと、少ししんみりした。

梓「ここをこうして……」

「わあ~」

「すごいすごいっ!」

何でだろう、凄く懐かしい感じがする。
今日初めて会ったばかりなのに。

「あ……でもここ穴あいちゃってる」

「どうしよう……」

梓「あずにゃん建設に任せなさい。ここはね? こうして……」

「わぁ~」

「トンネルだぁ」

梓「そ、繋いでトンネルにしちゃえばいいんだよ。みんなが通れる道にもなるしね」

「おねえちゃんすごいね!」

梓「こらこら。まだ完成したわけじゃないんだからね? 後はちゃんと崩れないように……外をぺったんこぺったんこ」

「「ぺったんこぺったんこ♪」」

何故かこれで、この子達の未来を変えて……建築士とかにしちゃわないか、とか。
そんな心配はしなかった。

日が暮れるころには砂の山は完成し、立派な姿を二人の姉妹に見せつけている。

「できたね! おねえちゃん!」
「うん! これもおねえちゃんのおかげだよぉ~」

ほわっとした笑顔が誰かに似ている。

誰だったろう……もうあんまり思い出せないや。

梓「どういたしまして。手を洗って綺麗にしてから帰るんだよ?」

「「は~い」」

言われた通りに一生懸命手をごしごし洗った後、一人は「ありがとうおねえちゃん」とお辞儀をし、一人は「ばいば~い」としていたところを妹? に「ちゃんとお礼言わなきゃだめなんだよ? おねえちゃん」と言われ、最後は二人でお辞儀をした後帰っていった。

梓「ふふ、妹の方がしっかりしてるなんてまるで……まるで……うぅ……なんで……思い出せないのっ……やだよ……こんなの」

無意識に携帯の画像を見る。
そこには私一人が不自然と左端に写った写真が待ち受けにされていた。

梓「っ……!」

一瞬消そうとして、やめた。
何故か消せない……私だけしか写ってない変な写真なのに……。

梓「……」

もう、何も考えられない。
もう、いいんだ……何も考えなくても。

このまま……楽になれば……きっと。

最後の気力で携帯をポケットにし舞い込む、と、何かが指に当たる。

梓「何だろう……」

それを取り出して見ると、1つの飴玉が出てきた。

梓「こんなの持ってたっけ……?」

梓「甘い……」

口に含むとどこか懐かしい味がした。

梓「……ゅぃ……先輩」

梓「ゆい……先輩」

梓「唯先輩……!」

梓「唯先輩っ!」

梓「そうだっ! こんなことしてる場合じゃなかった! 私は唯先輩とムギ先輩にHTTを託されて来たんです!
筆箱をとれないぐらいで諦めてたまるもんですかっ!」

梓「でも……実際どうしたらいいのか……」

そこで目に入って来たのは、さっき仲のいい姉妹と作った砂の山だった。

梓「崩れても……繋いでトンネルにすれば……」

梓「そうだっ! そうだそうだそうだっ!」

梓「何で気付かなかったんだろう! 筆箱が無理でも他のことで律先輩と澪先輩をくっつければ元の世界に戻るじゃないですか!」

梓「自分であんまトンネル作っておきながら気づかないなんて……ん?」

でもあの姉妹が砂場で遊んでなかったらこんな簡単なことさえわからないでいたかも……。

梓「というかさっきのって……」

通りで見覚えがあるわけだ。

梓「唯先輩、あなたって人はいつだって私を助けてくれますね」

そう言い残し、私は次の作戦に移るべく公園を後にする。
また、未来で会いましょう、唯先輩、憂!


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梓「色々考えたけど……これしかないよね」

梓「ようはきっかけを与えればいいだけだから……」

梓「でもこんな無理やりでいいのかな……」

梓「髪型変えたって言ってもバレないかな?」

梓「ああもうなるようになれですっ!」


幼律「行ってきま~す」

梓「あの、田井中律ちゃん、よね?」

幼律「へ? お姉ちゃんだれ?」

梓「ほ、ほら……学校に似てる子いるでしょ? 髪が長くて……おとなしい子」

幼律「あ~あ~……いるね」

梓「そう! そのお姉ちゃんなの!(誰のお姉ちゃんか明言しなかったら問題ないはず! 見ましたかこのパラドックスさえごまかす演技力!)」バーン

幼律「あ~あ~確かに髪型とか似てる!」

梓「(ふふ、子供を騙すのは簡単ですね)」

幼律「顔は全然似てないけど」

梓「ぐっ……(やりますね律先輩。意外と鋭いじゃないですか……!)」

幼律「で? 澪ちゃんのお姉ちゃんが私に何の用?」

梓「(ここで問題なのは今二人の仲はどれぐらいなのかと言うこと……)」

梓「最近妹がりっちゃんの話ばっかりしててね(カマかけてみましょうか)」

幼律「そうなの? 最近ちょくちょく話すぐらいだけど」

梓「(なるほどなるほど、友達未満って感じですか。ならば……!)」

梓「あの子人見知りでいつも本ばかり読んでるけど……仲良くしてあげてね」

梓「(なんてお節介なお姉ちゃん何だろう……私)」

幼律「ん~わかった!」

梓「(よしっ! これで律先輩はきっと澪先輩と仲良くなろうとするはず!)」

梓「ありがとうりっちゃん。あの子一人だと心配で……物静かな子だから(念には念を……と)」

幼律「確かにな~。あのおとなしいしゃべり方は直した方がいいかも」

梓「その辺りりっちゃんが『友達』として教えてあげてね。じゃあお姉ちゃんはもう学校だから」

幼律「わかった! じゃ~ね~澪のお姉ちゃ~ん」

梓「じゃね~」


梓「計画通り」ドンッ!

梓「私からは一度も澪先輩のお姉ちゃんだなんて言ってませんからね? もしかしたら美緒ちゃんかもしれませんし!?」

梓「どうですかパラドックスめ! これなら澪先輩にお姉ちゃんがいなくても矛盾ないでしょうっ!」

シーン……

梓「意思のないものに喧嘩売ってどうするんですか……」

梓「やることはやった……後はあっちに戻って確認するだけです」

梓「もうこの世界に来ることはないといいけどな……」

梓「ごめんなさい澪先輩。一番最初の目的、果たせそうにないです」

梓「でも……大切なものは……ここに、あります」

梓「物や形がなくても……ここに、思い出にありますから」

梓「どうか、悲しまないでください」

梓「次に目覚めた先の世界は……きっと、軽音部あって……5人でゆっくりお茶してる……そんな世界に、辿り着けますよね?」

カチッ────

グニャアアアアアアア────


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最終更新:2011年06月15日 20:39