紬「お茶どうぞ」

梓「ありがとうございます」

律「3人だとこの部室も広く感じるな」

梓「はい……」

紬「寂しいわね」

律「……っ」

紬「りっちゃん具合が悪いの?」

律「いや、なんでもない。それよりムギに聞きたいことがあるんだけど」

紬「何かしら?」

律「【眠りの家】について、もっと詳しく教えてくれないか?」

梓「まさか律先輩は唯先輩の夢が【眠りの家】と関係があると思ってるんですか?」

律「ちょっと気になってさ」

梓「あれは単なる都市伝説でしょう?関係があるとは思えません」

紬「そうとも言い切れないわ」

梓「え?」

紬「【眠りの家】の都市伝説ってね、最初は精神医学関係者の間で囁かれていた都市伝説なの」

律「精神医学?一般大衆じゃなくて?」

紬「ええ。話の内容はこないだ話したとおり。同じ夢を見始め、ある日突然失踪する」

梓「で、でも所詮都市伝説ですよね?実際におこったわけじゃ……」

紬「それが事例が何件もあるのよ。主に1980年代の話ね」

律「マジかよ」

紬「ある日を境にぱったりと失踪騒ぎは起こらなくなったけど、実際にあった話よ」

梓「……信じられません」

律「やっぱり関係があるんじゃないか?」

梓「あ、ありえませんよ。非現実的すぎます」

律「実は澪のやつもさ、見てるんだ」

梓「【眠りの家】の夢をですか」

紬「……りっちゃんもじゃない?」

律「はは、ムギは鋭いな」

律「だから妙に気になっちゃったんだ、【眠いの家】のこと」

梓「そうだったんですか」

律「夢ん中で澪を見かけたんだけど、何かを必死に探してるみたいだった」

紬「……」

律「澪のおばさんに聞いた話だと、澪のやつ起きてる時間が短くなってるんだ」

梓「それって……」

律「このままいくと失踪しちまうかもな」

紬「……」

律「安心しろい。私が探し出して無理矢理たたき起こしてやるよ」

梓「でもどうして律先輩まで夢を見るようになったんでしょうか」

律「なんでだろうな。さっぱり分からない」

梓「ムギ先輩、なぜだか分かりませんか?」

紬「……それは」

律「知ってるのか?」

紬「広がっていくらしいの」

梓「……どういう意味でしょう」

紬「眠りに落ちた人が恋人や友人の夢を見ると、その人を眠りに誘ってしまう」

紬「眠りの家の悪夢はね、伝染するのよ……」




ふと目が覚める。またこの夢

 「夢の中で目が覚めるってのもおかしなもんだよなぁ」

自嘲気味に笑うがここではむなしいだけだな

唯がいたら、そうだねと一緒に笑いあってくれるだろうか

澪が側にいたら……

頭を振る。私は澪を助けにきたんじゃないか。感傷に浸ってる場合じゃない

今助けに行くからな、澪


壁を背にちょっと一息

どれぐらい歩き周ったろうか。私の体内時計では2時間は歩いた気がする

実際はその半分にも満たないのかもしれないけど

ちくりと、左目が痛んだ

咄嗟に手で覆うがすぐに痛みは引いた

……あんなことがあったのに私もよく頑張るよ

ニヤリと笑ってみる。少しでも恐怖がやわらげればいいなと願いながら

澪を助けたらしっかりと報酬を貰わないとなー。何がいいだろうか

ケーキ、パフェ……とにかく何かしら奢らせてやる!




ゆらり……視界の隅で何かが動いた……


筋肉が硬直する。身体中に鳥肌がたつ。目の前が真っ暗になる

大声をあげて逃げ出すことができたらどんなに楽だろう

それは、いまだにゆらゆらとはためている。こちらに危害を加える気はないのか?

くだらない根拠もない腑抜けた考えだなと思う

ようやく頭が回り始めたところでそれを正面にとらえた

ゆらりゆらりとはためくそれは儚げで、どこか寂しそうだ

不思議と悪意は感じられない。まぁ私の直感なのだけど

まるで私が落ち着くのを待つように、ゆっくりとそれは舞っている

心細さと寂しさと怖さでつぶされそうな心は、いつの間にか平穏を取り戻していた

側にいてくれることがこんなにも嬉しいなんて

落ち着いたのを確認したのか、それはゆっくりと動き始めた。ついてこいってことか?

………

紅贄祭……虚……

蝶に導かれて訪れた部屋には、ムギが言っていた儀式について書かれた本が

たくさんあった。儀式は虚という黄泉に通じる穴の前で行わなければいけないこと

二人が一つになるには……×が×を×して……

虚に投げ捨てる……

そして二人は一つになれる

私が律を……

誰かが優しく私の頭を撫でる。そんな気がした

顔をあげてあたりを見回す。誰もいない……

……視線を本に戻す

 「儀式を……」


――――

 「澪っ!!澪ったら!!」

紅い蝶の後追って、澪を見つけることができたけど

澪は座敷牢の中に閉じ込められていた

机の上に置かれた本をぼんやりと眺めている。声を張り上げても澪の耳には届いていないのか

見向きもしてくれない。おまけに木の格子が澪との接触を阻む

手を伸ばしても、声を出しても届かないなんて……

 「儀式……一つに……」

本を眺めながら何かつぶやいているが、よく聞き取れない

どうして私を見てくれないんだよ、澪

澪がとても遠くに思えた


パンパンと両手で顔を叩く。らしくない、らしくないよな

梓に約束したじゃないか。澪を助けるって

弱音を吐く暇があったら、ここから澪を出す方法を考えないと

座敷牢の扉には南京錠がかかっている。これがなければ今すぐにでも

扉を開けて、澪のやつを抱きしめてやるのに

とにかく、今はこいつをなんとかしないとな

よく見ると南京錠には蝶の紋様が彫られていた

これと対になる鍵がどこかにあるのだろう

澪を見る

相変らず本に夢中みたいだ。私がこんな近くにいるってのに

今度は振り返らない。私は走り出した

鍵は思いのほかあっさりと見つかった

南京錠と同じ蝶の紋様が彫られた鍵だ。きっとこれで開くだろう

だけど、こういうキーアイテムはもっと何かしらのイベントを踏んでから見つかるんじゃないのか

と心の中でツッコミを入れる。何かしらのイベント……

例えば幽霊に追われてようやく見つけるとかさ

ゾクリと悪寒が走る。冗談じゃない。そんなものはゲームの中だけで十分だ

鍵探しに夢中で忘れかけていた恐怖がゆっくりと首をもたげる

左目の奥がジンジン熱い

落ち着け!深呼吸して呼吸を整えろ!


ギシリ──

廊下で床が軋む

ギシリ──

気のせいじゃない。誰かがいるんだ

ギシリ──

近づいてきてる。澪か?

ギシリ──

そんなわけあるか!澪は閉じ込められてるんだぞ!

じゃあ誰が?生者の気配が全くしないこんな屋敷に

ギシリ──

ああ、分かってるんだ。認めたくないから、考えないようにしてその答えから逃げてる

ギシリ──

つまりそれは、……人間じゃない

足音は私のいる部屋の扉の前でぴたりと止まった

得体の知れないそれが今にも扉を開けて入ってきそうで私の足はガクガク震える

とにかく、とにかく何かしなきゃ。私に対抗する術はない

となると選択肢は逃げる、隠れるの二つにしぼられる

出口はあの扉しかないから逃げるのは無理。となるとあとは隠れやり過ごすしかない

震える足に力を入れて一歩踏み出す。なんとか足は動く

肝心の隠れる場所は……

そうだ、鍵を入っていた大きな箱があるじゃないか!あそこなら人一人入れるスペースがあった

急いで、しかし音をださないよう慎重に箱の蓋を開ける

横になればなんとか大丈夫そうだ

扉の開く音がしたのは私が蓋を閉めたのとほぼ同時だった

ギシリ──

何かを探すように部屋をぐるぐると回っているようだった

床の軋む音がするたびに、ドクンと私の胸も大きく脈打つ

呼吸が乱れる。激しい動悸が、呼吸が漏れまいと胸に口に手を当てる

ギシリ──

どうか気付かれませんように、どうか、どうか!

バタン──

扉の閉まる音がやけに遠くに聞こえた。それからは一切の物音がしない

……行っちゃたみたいだな

額には嫌な汗がどっと噴出していた。早いとここの薄暗い箱から出たい

蓋を持ち上げる

それと目が合った

目が合ったような気がした。実際に目は長い髪の毛隠れていたし

何よりもその黒く長い黒髪が印象的だった

口は真一文字に結ばれている。それは、その女性は身動きせずにじっと私を見ている

さっきまであんなに熱かったのが嘘のように、背中からお腹から

黒くて何か冷たいものがじわりじわりと押し寄せてくる

それが全身に広がったあたりで、彼女は口を開いた

「やっと……見つけた……」


――――


ザアアア──

梓「雨止みませんね」

紬「ええ」

梓「律先輩は今日も?」

紬「お休み」

梓「そうですか……」

紬「昨日お見舞いに行ってお母様に窺ったのだけど、最近はずっと寝たきりだそうよ」

梓「きっと夢の中で澪先輩を探してるんですよ」

紬「……」

梓「それで律先輩まで迷子になっちゃったんです。律先輩らしいです」

紬「そうよね。りっちゃんは今でも夢の中で澪ちゃんを探しているのよね」

梓「はいです。だから律先輩を信じて待ちましょう」

紬「憂ちゃん……唯ちゃんはどう?」

梓「憂も寝たきりです」

紬「きっと目覚めるわよね」

梓「大丈夫ですよ。ムギ先輩も言ってたじゃないですか」

紬「私が?」

梓「眠りの家の被害はある年を境になくなったって。だからきっと……」

紬「そうね、そうだったわ」

梓「だから待ちましょう」

紬「待つことしかできないのってつらいわね」

梓「……」

ザアアア──




身体がやけに冷える。毛布蹴飛ばしちゃったのかな

モゾモゾと毛布を探すが見つからない。おかしいな、ベッドから落ちてしまったのだろうか

ゆっくりと瞼を開ける。……ああ、そういやあの後気絶しちゃったのか

意識を覚醒。辺りを見回す。うん、あの幽霊はいないみたいだ

ムクリと立ち上がってもう一度状況確認。変な音も聞こえないしほんとに大丈夫みたい

箱の中で気絶したはずなのに、私はいつの間にか座敷牢の前にいた

幽霊がここまで運んだのか?まさかな

座敷牢に目を向ける。机の前に座っていた澪の姿が見えない

奥に引っ込んじゃったのかな。澪のことだから怖くて隠れているのかも

その光景がありありと想像できて思わず笑ってしまった

 「澪ー。律王子様が助けにきましたよー」

馬鹿だなと思いながらも努めて明るく言ってのけた

こんなこと言うと澪はいつも私を叩くんだっけ。何気に痛いんだよな、あのゲンコツ

澪はいなかった。座敷牢には隠れる場所もない

いつの間に出て行ったのだろう。第一鍵はしっかり閉まってたんだ

出られるはずがないのに。澪に会えると浮かれた自分が途端にみじめに思えた

……澪は私と会いたくないのかもしれない。心の中の弱気な私がつぶやく

そんなわけないと否定しても、弱気な私は消えてくれなくて何度も同じ言葉を繰り返す

目頭が熱くなる。なに泣いてんだ、私。だけどそれをせき止めることはできなかった

そしてまた、私は蝶を見る

ゆらり揺らめく紅い蝶


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最終更新:2011年06月15日 22:50