今日は寒いなぁ……
部室から覗く窓からは、雪がチラついていた
積もってしまったら帰るのが億劫ね
何て事を考えながら私はお茶の準備を始めた
こんな寒い日には
あったまるお茶がいいよね
せっかく部室には一番乗りしたんだもん
みんなが部室に来た時には温かいお茶で出向かいたいわ
学校って教室以外は寒いのよね
特に廊下なんて体が縮こまっちゃうくらい
きっとみんな寒がりながらここへやってくるはず
その時には温まってほしいから……
どんなお茶がいいかな?
温まって且つみんなが喜んでくるもの……
ここは紅茶? それとも渋~い番茶?
お湯を沸かしながら右手を唇に持って行って考える
広い部室に私一人
それもお湯が沸かせる隅っこで一人立っている
すごい静か
たまにカタカタとなるヤカンの蓋がやけに響く
そういえば前にも一人っきりになったことがあったっけ
あの時はみんなを驚かそうとして、隅っこに隠れてたなぁ
あぁ、懐かしい
時間がたつのは早いっていうけどホントだったわ
こんなに短く感じたのは生まれて初めて
みんなともっともっとティータイムしたかったな
もうすぐ卒業
寂しいなぁ……
ピィ― ピィ―
ヤカンが鳴り、ふと我に帰る
いけない、いけない
お茶の事を考えていたのに
きっと曇り空が私を悲しくさせるのね
天気が悪いから滅入ちゃう
それだったら
こんな天気に負けない明るい色のお茶がきっといいかも
そして体が温まるものと言えば……
ようし
決めた!!
さっそくみんなの分のティーカップを準備しなきゃ!!
~~~~~~~~~~~
唯「う~ 寒いよぉ」
律「寒い、寒い。冷え込むなぁ」
梓「私、寒いのって苦手です」
ガチャッ――
澪「あれ、ムギが一番か。早いな」
待ってました
みんなお揃いで寒そうに部室に入ってくる
「寒かったでしょ? お茶の用意しているわ」
律「さっすがームギ!! 寒かったから嬉しいぜ」
梓「すいません、ムギ先輩」
唯「わーい、早く飲もう!!」
澪「飲んだら、練習するからな」
「今、入れるから席についてね」
みんなが席に着く
まだかまだかという顔が私を急がせる
でもこんな急ぎなら大歓迎
私自身も自然と手足が早くなる
ティーカップにお茶を注ぐ
部室に湯気と香りが立ち込める
澪「良い香り」
律「ほんとだ」
唯「でも何の香りかな?」
梓「多分、柚子ですよ」
「梓ちゃん大当たり~」
そう言いながらみんなにティーカップを渡す
唯「おいしそう~!!」
澪「綺麗な黄色だな」
「外の天気が悪いから、少しでも明るくしてみたの」
律「そりゃいいや」
りっちゃんがニカッと笑う
どんな時も明るい、安心する笑顔
「さぁ、召し上がれ」
「いただきまーす」
声をそろえて皆が口元にティーカップを傾ける
唯「おいしい。おいしいよぉ、ムギちゃん!!」
律「うまいなぁ、すごいさっぱりしている」
澪「ありがとな。ムギ」
ふふ、みんな笑顔
うれしいなぁ、喜んでもらえて
私はみんなと違う、にやけた笑顔になっちゃうな
にやけた笑顔を隠すために私もティーカップを口に運び
口元を隠す
梓「おいしいですけど、なんか普通の柚子茶とは味が違いますね」
「実は隠し味が入っているの~」
さすが梓ちゃんするどい
よくわかってくれたわ
律「へぇー、何が入っているんだ?」
「教えたら、隠しにならないじゃない。りっちゃん」
唯「う~ん。柚子だからコショウとか?」
梓「それはないと思います」
唯「んじゃ、えーと、えーと……」
澪「気になるなぁ。ヒントは?」
「秘密よ。澪ちゃん」
澪「ますます気になる……」
考えながら眉をひそめる澪ちゃんもかわいい
このティータイムは色んな表情が見れる素敵な時間
「はちみつ入りのケーキもあるのよ。さぁどうぞ」
大きなホールのケーキを用意する
唯「おいしそう。早く切ろう!! 私一番大きくして」
律「ずるーい!! 私も、私も!!」
澪「ちょっと、二人ともずるいぞ」
梓「私の分も大きく……」
みんな一生懸命にケーキに飛びつく
用意した甲斐があったわ
唯「幸せ~」モグモグ
私もよ
唯ちゃん
私の用意したものを
幸せと言って食べてくれる人がいる
私の方が幸せ者よ
梓「……」モグモグ
梓ちゃん、無言で食べてる
おいしくない?
いや、きっと違うわ
とってもフォークの動きが早いもの
目線もケーキから一切離さないし
きっと美味しいと感じてくれてるはず
律「こんなに用意周到なムギはきっといいお嫁さんになるな」
「ありがとう」
「でも、いつも元気でみんなを引っ張るりっちゃんも」
「きっといいお嫁さんになると思うの」
律「いっ!? 私!?」
律「そ、それは、ど、どうも」モグモグ
りっちゃん、照れ屋さんね
顔を赤くしながら照れ隠しか、黙々とケーキ食べてる
意外と褒められると潮らしくなっちゃう所もかわいい
そういえば前褒めた時は叩かれたっけ
あの時は楽しかったな。また一緒に遊びに行けたらいいな
澪「いつもありがとな。ムギ。このケーキ美味しいよ」
「どういたしまして」
澪ちゃん、イチゴまだ食べてない
最後に食べるつもりかな
そういえば前にイチゴを横取りしたことがあったっけ
ごめんね。澪ちゃん
今度は取らないからゆっくり食べてね
いつも落ち着いていてしっかり者なのに
どこか子どもっぽくて可愛い趣味の澪ちゃん
ケーキを食べるのにも
らしさって出るものなのね
お茶を飲みながら外を見てふと思う
まるで今、ふわふわと舞い落ちる雪のようなゆったりしたスピードで
流れるこのお茶の時間……
雪は冷たいけどこっちは温かいな
なんて事を一人で考えながら
お茶の時間を堪能し――
~~~~~~~~~~~
律「じゃあ、今日の練習はこれくらいにして帰るかぁ」
澪「そうだな」
唯「もう真っ暗だね」
梓「雪も降り止みませんね。帰るのがしんどいです」
結局雪は降り止まず
私たち5人は雪の降る寒空の下
学校を後にする
外は暗くて、とても静か
だから私たちの雪の踏む音だけがよく聞こえるの
唯「はぁ~」
唯「見て、見て。吐く息が白いよ」
梓「ホントですね」
律「でもさ、なんか体がポカポカしてない?」
澪「私もそう思ってた!! 練習中から全然寒くならないんだよな」
梓「私もです。本来なら寒くて縮こまるはずなのに」
唯「なんかずっとポカポカしてるよね~ なんでだろ?」
「きっと柚子茶のおかげだわ」
「柚子茶には体を温める効果があるの」
唯「へぇ~ そうなんだ」
よかった。みんなに効果があったみたい
これで寒くならずに帰れるね
澪「そういえば、隠し味があったよな」
澪「それもこの効果と関係あるのか?」
澪ちゃんも相変わらずするどい
ここまで推理されてるなら、ばらしちゃってもいいかな
「実はね、澪ちゃん」
「隠し味に生姜を少し入れたの」
「生姜を入れるとより体を温めてくれるの」
律「へぇ~」
梓「生姜だったんですか」
唯「なんだぁ、私の予想と違ったよ」
澪「唯はなんだと思っていたんだ?」
唯「私はてっきり隠し味に優しさを入れていたと思ったよ」
律「優しさって風邪薬かよ」
梓「でもあながち間違っていないかも知れませんね」
「えっ!?」
澪「そうだな。この柚子茶だって私たちが寒くならないように用意してくれたものなんだろ?」
「う、うん……」
唯「それだったらやっぱり優しさだね」
律「そうかもなー」
澪「ムギはいつも私たちの事を考えてくれてるよな」
梓「誰よりも気にしてくれてます」
唯「私はそんな優しいムギちゃんが大好きだよ!!」
律「無論、私もだー!!」
梓「先輩たち抜け駆けしないでください。ムギ先輩私が一番想ってますよ!!」
澪「私もムギのそういう優しさがいいなって……」
唯「ムギちゃん、モテモテだね~」
「……」
律「ムギ、顔真っ赤だぞ」
梓「普段は雪のような白い肌なのに今日はリンゴですね」
みんなズルイよ
そんな褒められたら赤くならない方がおかしいよ
もう恥ずかしくて
ずっと地面の雪ばっかり見ちゃってる……
私はみんなの幸せそうな笑顔を見ているだけで
嬉しかったのに……
こんな、こんな事を言われたら
嬉しすぎて、体が火照って…… あぁ、うぅ……
バッ――
私はしゃがみ込み、地面の積もった雪をかき集める
律「どうしたんだムギ? いきなりしゃがみこんで?」
りっちゃんが私の顔を覗き込む――
律「なにやってんだよムギ?」
澪「どうしたんだよ、そんなたくさんの雪を頬に当てて」
「だって顔中熱くて、冷やしたいから……」
みんなに笑われた
可愛いことするんだねって
はう……
手の雪がお湯になっちゃうよぉ……
そのあと深々と雪が降る中、私たちはずっとポカポカのまま帰ることが出来ました
でも私知らなかったわ
柚子茶って体だけでなく心も温かくしてくれるのね
おしまい
最終更新:2011年06月27日 22:15