しばらく談笑していると、律の携帯が鳴った。ディスプレイにはまた『電話の女』と表示されている。
「お、仕事の話かな? もしもーし」
『みんな、揃ってる?』
「おうよっ、揃ってるぜい」
『じゃぁ、みんなに聞こえるようにしてくれるかしら?』
律が携帯の音量を上げ、机に置く。
『さて、早速だけどあなたたちの仕事の説明をするわ』
『あなたたちの組織の名前は「ユニゾン」。
暗部組織の仕事の中でも、特に機密度の高いものや、難易度の高いものを専門にこなすために作られた、
少数精鋭の高位能力者グループ、という肩書きよ』
『最近、学園都市の極秘実験が本格化し始めたらしくて、それに応じて情報漏洩や反抗組織に対する警戒が強まっているわ。
その対策のひとつとして、少数精鋭の極秘部隊を試験的に導入することになったの。
あなたたちがうまくやってくれるようなら、これから似たような部隊を増やして仕事を分担させるらしいわ』
『「ユニゾン」の機密度は最高レベル。他の下部組織はその存在すら知らないわ。
仕事内容は今までとだいたい同じだけど、特に機密情報の漏洩に関わった者の処分、学園都市に反抗する組織の壊滅がメインね。
場合によっては、他の暗部組織や、一般人がターゲットになりうるわ』
一般人、という言葉に澪は思わず、
「一般人だって…!? 殺せって言うんですか!?」
と声をあげる。今まで散々、裏社会の人間を殺してきたとはいえ、一般人に手を出したことはなかった。
『殺す殺さないは任せるわ。要は情報が漏れなければいいの。監禁するなりこっちに引き込むなり好きにしてちょうだい』
この先、罪のない一般人を手にかけるときが来るのか。それを想像し、重い空気が流れる。
『とにかく情報漏れに気をつける、それが今までと違うところよ。証拠隠滅は徹底してやること。
仲間割れされて情報が漏れたりすると困るから、せいぜい仲良くやりなさい。そのために、楽器できる人材を集めたんだから』
その言葉に皆がはっとする。
ギター、ベース、キーボード、ドラムが揃ったのは偶然ではなく、『電話の女』の計らいによって集められたのだ。
皆が目を合わせ、微笑む。先ほどの重い空気はすでに消え去っていた。
「なるほどな~。どうりで都合よく揃ったわけだ……なんか、ありがとな」
『礼には及ばないわ。
……くぅぅぅ~~っ! これよ、これを待ってたのよ~~~!!!』
珍しく律から賞賛を受けた『電話の女』の喜びの声が聞こえてくる。小声で言っているようだが、まる聞こえだった。
興を削がれた一同が苦笑いする。
『ゴホン! まあとにかく、今日は仕事はないからあとは好きに過ごしてちょうだい。明日また連絡するわ。それじゃ、またね』
電話が切られる。
携帯電話をたたむと、律はさっそくある提案をする。
「ふふ~ん……さーて、せっかくだしみんなで合わせるか?
って言いたいところだけど、この部屋じゃさすがに四人で演奏するのは狭いな……アンプも足りないし。
面倒だけどスタジオ借りにいくか~」
律の発言を聞いて、澪があることを思いつく。
(ムギってお嬢様っぽいよな……もしかしたらスタジオ付きの高級マンションとかに住んでたりして)
澪は思い切って紬に尋ねてみる。
「なあムギ、スタジオ付きの部屋とか……」
「ありますよ♪」
「「あるんかい!!」」
「ちょっと待ってね、今用意するから」
(((今……?)))
紬は携帯を取り出し、電話を始めた。
「もしもし斉藤? ちょっと頼みがあるんだけど――」
紬の電話の相手は家の使用人なのだろうか、ときおり紬から命令形の言葉が飛び出す。
澪の予想通り、紬はお金持ちの家の娘のようだ。
紬が電話をしているのを見ながら律はふと疑問を口にする。
「なあ澪、ムギの親は娘が暗部だって知ってんのかな? 家族ぐるみで暗部ってことは……さすがにないか」
「わからないぞ。もし親が学園都市の大企業の社長とかだったら、暗部に関わってても不思議じゃない」
すると二人の話を聞いていた唯が突然立ち上がり、
「じゃあ聞いてみようよ~!」
と、紬のほうに向かおうとするが、澪があわてて唯を止める。
「よせ、唯! 暗部の人間の素性を探ろうとするな!」
「え~、ムギちゃん優しいし大丈夫だよ~」
暗部らしからぬ気の抜けた行動に律は呆れる。
「ったく、のんきだなあ唯は……お前本当に今まで暗部でやってきたのか~?」
「むっ、これでもわたしベテランだよりっちゃん!?」
二人が言い争っていると、紬の電話が終わり、こちらへ戻ってきた。
「お待たせ! スタジオ付きの部屋を五つ用意できたわ」
「「「五つ!?」」」
第八学区のとある高級住宅街にて。
一同は紬の所有する一軒家を訪れていた。
「高級マンションどころか、一軒家だなんて……」
唖然としている澪を置いて、律と唯ははしゃぎ回っている。
「うおおおおおっ、超広ぇぇぇぇ!!」
「すごいよムギちゃん! ほんとにこんな部屋使っていいの!?」
「ええ、存分に使ってくださいな♪
あと、スタジオは二階にあるわ」
紬に案内され、一同は二階のスタジオへと足を運ぶ。
「「「おおおお~っ!」」」
スタジオはかなり広く、高級な機材が並んでいた。
職業柄、今までろくな環境で演奏したことのなかった三人は歓喜する。
「すごい! こんな大きなアンプ初めてだ……」
「うっはー! ピッカピカのドラムだぜ~!」
「ねえ、さっそく演奏してみようよ!」
「ええ♪」
それからしばらく、四人は澪が適当に持ってきた譜面をかじりながら軽くセッションをして過ごした。
その後、冷蔵庫に入っていた豪華な食材を使ってみんなで夕食を作り、今は食べ終えて居間でくつろいでいるところである。
「いや~、極楽だねえ……わたしここに住みたいよ、ムギちゃん」
「ええ、どうぞ♪」
「「「えっ、いいの!?」」」
三人が目を見開いて紬を見る。
「もちろんよ。むしろ、『ユニゾン』のアジトとして使ってほしいの。
他の四つの部屋も、同じぐらい広くとってあるから」
「やったあ~! 毎日おいしいものが食べられるよ~」
「ははっ、食い物のことばかりだな~唯は。
いや~しかし助かるぜ、ありがとなムギ!」
「どういたしまして~♪ 荷物を持ってくるのは明日にして、今日はもうお風呂に入って寝ましょう?」
「「「さんせ~い!」」」
その夜、四人は修学旅行のようなやりとりを深夜まで続けた後、やっと寝静まった。
#2
初陣!
「……う、い……」
(……? なんだ、寝言?)
翌朝、澪はすすり泣くような声を聞いて目が覚めた。
「うい……、のど……ちゃ…」
(……唯か? うなされてるみたいだ。誰かの名前を呼んでいる? 起こしてやるか……)
「ほら、唯、起きて」
「ん……うい?」
(うい? さっきからうい、ういって……)
なんとなく、澪は悟っていた。先ほどから唯が呼んでいる名前は、きっと唯の大切な誰かなのだろう。
そして、おそらくその人とはもう――
「唯、私だよ、澪だよ」
「……ああ、みおちゃん。おはよお~」
支度を終え、居間に一同が集合しくつろいでいると、タイミングよく律の携帯が鳴った。
「おっ、来た来た~。初仕事だな~!」
『もしもしりっちゃん? みんな集合してるかしら?』
「おうよ!」
律が携帯の音量を上げテーブルに置く。
『それじゃ仕事の説明をするわ。いきなりだけど、結構ヘビーな仕事よ。心して聞きなさい』
「おお、いきなり責任重大ですな、りっちゃん隊長!」
「ああ、だが我々は無敵だ、心配な~い!」
そのやりとりを紬がニコニコしながら、澪が苦笑しながら見つめる。
『……あなたたち、すっかり仲良くなったみたいね。ま、いいことだわ』
任務の説明が始まる。
今回のターゲットは、学園都市が秘密裏に進めている実験の情報を入手し、ばら撒いたとある暗部崩れの男。
及びその情報を既に入手した、学園都市の闇に抵抗する三つの組織だ。
『その男はレベル4。三つの組織にもレベル3~4の能力者が確認されているわ。
情報の拡散を防ぐために、今日中にすべて始末すること。そいつらのアジトの場所を送るから、すぐに出発しなさい』
電話が切られる。
「どうする、律? 手分けするか?」
「ん~……高位の能力者もいるみたいだし、とりあえずまとまっていくか。
よ~し、さっそく出発だ~!」
「「お~!!」」
唯と紬は元気に返事をし、それぞれの楽器を構えた。
「「え……?」」
その行動を律と澪は理解できず、ぽかんとしている。
「あ、言ってなかったね。わたし、ギー太を使って戦うんです! レベル4だよ、えっへん!」
「このキーボードは演算補助効果があるのよ。
私の能力はレベル3の肉体再生。他人の傷も治療できるの~」
「は、はあ……なんかすげえな、お前ら。
よし、気を取り直してしゅっぱ~つ!」
まず一同は、三つの反抗組織のアジトから当たることにした。
一つ目のアジトは、アジトと呼んでいいのかわからない単なる路地裏。
そこにはスキルアウトと思われるチンピラの類が十名ほどたむろしていた。
とても統制されている組織には見えない。
「ただのチンピラじゃないか……こりゃ四人で来なくてもよかったかな~」
そう言って律はスキルアウトたちの前へと歩いて行く。
全員が律のほうをギロッと睨み、リーダー格と思われる男が律を挑発する。
「あんだ? てめえは」
リーダー格の顔は送られてきた写真と一致した。やはり彼らが情報を入手したようである。
「あ~、あんたら最近、とってもヤバイ情報を入手したよな?」
それを聞いたリーダー格の表情が厳しくなる。
「てめぇ……なんでそれを知ってやがる」
「アニキ、なんのことっすか?」
「黙ってろ!」
リーダー格以外の下っ端はこのことを知らないようだ。
律は何も知らずにこれから殺される運命にある下っ端たちを哀れみ、ため息をつく。
「はぁ……お気の毒に。悪いけど、仕事だからあんたら全員始末するわ」
律の言葉を聞いた下っ端たちはぽかんとした表情を浮かべ、次の瞬間笑い出す。
「はっはっは! 聞きやしたかアニキ!? このガキが俺たちを始末するってよ」
「……」
リーダー格は厳しい表情のまま黙っている。
一方、残りの三人は離れたところから一連のやりとりを見ていた。
「リーダー以外は下衆だな……律一人で楽勝そうだからここで見ていよう」
「りっちゃんはどんな能力なのかしら?」
「あ、気になる! 澪ちゃん解説よろしく!」
「あぁ、ちょうどいい機会だし、一人一人の能力を知っておいたほうがいいな。
……始まるぞ」
「ようお嬢ちゃん、あんま調子こいてると痛い目みんぞ?」
先頭にいたスキルアウトが律へと近づくが、律は余裕の表情を崩さない。
「はいはい、強がりはいいからさっさとかかってきなって」
「……あんだと? へっ、じゃぁお望み通りぶちのめしてやんよぉぉぉ!!」
男が殴りかかる。しかし律は肘で軽々と男の拳を受け止めた。
「……あん?」
男があっけにとられている間に、律は男の腕を軽くポンと叩く。
それだけで、男の腕はありえない方向に折れ曲がった。
「があぁぁぁぁぁ!!」
さらに律は間髪入れずにうずくまる男を蹴り上げる。
「ぐぼぉっ!」
助走もつけずに適当に蹴っただけにもかかわらず、男の体は数メートルの高さまで跳ね上げられた。
そして、足元にあった小石を拾って空中の男にめがけて投げつける。
律の手元を離れた瞬間、石は銃弾のごとく加速し、男の脳天を貫いた。
もはや悲鳴を発することもない男の亡骸が、ドサッと音を立ててスキルアウトたちの前に落下する。
「はい、いっちょあがり~!」
リーダー格を除く下っ端たちの顔は驚愕と恐怖で引きつっていた。
「すご~い、何が起こってるのか全然わかんなかったよ」
「肉体強化系、かしら?」
「近いけどちょっと違うんだ。律の能力はレベル4の『衝撃増幅(アンプリファイア)』っていって、
自分自身や、自分に触れたものの運動エネルギーを増減できるんだ。
軽く叩いただけでも、その瞬間に相手の運動エネルギーを増幅させれば、強く叩いたのと同じことになる。
逆に相手の攻撃が命中した瞬間にそのエネルギーを減少すれば、ダメージを受けない。銃弾をくらっても『痛い』程度らしい」
澪が話しているうちに、下っ端たちは混乱に陥っていた。
「ひいい! バケモノだ、逃げろおお!」
「ちょ、待て、逃げんな! あ~もう、一人目から派手にやりすぎたか……そらよっと!」
律は逃げ惑う男たちの頭上をすさまじいスピードで飛び越え、いとも簡単に回り込む。
両腕を大きく広げ、一気に前に向かって振り下ろすと、腕の動きに合わせて律の左右から突風が発生し、
散らばっていた男たちが一か所へと集められた。
「あれは空気の運動エネルギーを増幅して風を起こしたんだ」
「ふむふむ、なるほど……りっちゃーん、ファイト~!」
「すごいわりっちゃん、がんばって~!」
「ちょ、おまえら……」
目の前で殺戮が行われているにもかかわらず呑気な二人に澪は驚く。
「さっきからうるさいぞ外野~! ちょっとは手伝えよ!」
そう言いながらも、律は次々と男たちの首を折り、着々としとめていく。
残りはあっという間にリーダー格一人になっていた。
先ほどから黙ってまったく動かないリーダー格に律が話しかける。
「さて……と。さっきからあんたは全然動じないな、リーダーさん?」
「ふん、てめえが只者でないことぐらい見ればわかる。驚くほどのことでもない。だが、この俺をそう簡単に倒せると思うなよ?」
リーダー格は両手を前へと突き出し、律に対して気功を送るようなポーズをとる。
「へえ、やっぱりあんたは能力者か。最近はスキルアウトのくせに能力者が多くて困るぜ~……って、なんだコレ」
律が体に違和感を感じ始める。
「なんか、疲れてきたような……」
「へっ、効き始めたようだな。俺の能力でてめえの筋肉に乳酸を溜めて、しかもその分解を遅らせてんだよ。
肉体強化系のてめえには相手が悪かったな」
疲労はどんどん溜まっていき、ついに律はその場に座り込んでしまった。
「……ハァ、ハァ……めっちゃ疲れた、動けね~」
「え、え、りっちゃん座っちゃったよ? あの人、なんて言ったの? 能力者だよね?」
リーダー格がぼそぼそと能力を説明していたため、唯たちのいる場所からは聞き取れなかった。
しかし、音波を操る能力者の澪はかすかな声を認識し、聞き取っていた。
「筋肉に乳酸を溜めて疲れさせる能力らしい……あいつ、律を肉体強化だと勘違いしているな。
筋力が落ちても、運動エネルギーを直接操っているから影響はないし、大丈夫そうだ」
座り込んだ律にリーダー格が近づく。
「残念だったな。死ね!」
最終更新:2011年06月28日 03:33