律の顔面に蹴りがクリーンヒットする。
しかし、律はまったくダメージを受けていなかった。
「……なんだと」
「……あたし、筋肉増強、してるわけじゃ、ないんだよね~」
律は力の入らない手でリーダー格の足首をつかみ、やんわりと握り締めると、足の骨が砕けた。
「ぐああああああああっ!」
「あ~マジ疲れた……能力、説明してやるのも、おっくうだわ。さっさと、死んでくれい」
そのまま足首を引きちぎる。
「がああああああああああああっ!」
足を失ったリーダー格はバランスを崩し、あおむけに転倒する。
「よっこらしょっと」
律が重い腰を上げ立ち上がり、絶叫しながら倒れているリーダー格の頭上にもぎ取った足を掲げる。
そのまま顔面に向けて急加速して投げつけると、悲鳴が止んだ。
「終わったな……行こう」
澪たちが駆けつける。
「りっちゃ~ん、大丈夫!?」
「ああ、全然大丈夫だけど……疲れた! もう歩けん!」
律は座り込んだまま、動こうとしない。
「ちょっと待ってね、今回復するから」
すると紬がおもむろにキーボードを弾きはじめた。
聞いたこともないような、電子音のような音。リズムと言っていいのかわからない微妙なタイミング。
和音とも不協和音とも言えないような奇妙なハーモニー。
それは美しい旋律などではなく、「記号」のような「模様」のような、一秒間に満たない不思議な音楽であった。
「あれ……治ったよ。サンキューな、ムギ」
効果は確実に現れ、律の疲労は全快する。
澪は紬のキーボードに興味を示す。
「演算補助のためのキーボードか……確かに、普通の音楽とは違う機械的な音だったな。
なんにせよ、回復役がいてくれるのは助かるよ。これからもお願いな、ムギ」
「ええ、お安い御用よ、澪ちゃん」
唯も紬のキーボードに興味津々で、じっと見つめていた。
「う~ん、わたしのギー太と似てるかも?」
紬も唯も楽器を使って能力を使用するという事実に澪は、
「そういや唯もギターで戦うんだっけか……なんかすごい集団だな、私たち」
と苦笑いする。
「ま、おもしろくっていいんじゃん? そうだ澪、あたしらも楽器で戦うか?
あたしはスティックで敵をタコ殴り! 澪はベースから衝撃波!」
律の冗談混じりの提案に唯は、
「おお~、なんかすごくかっこいいよ、それ! 楽器戦隊みたい!」
と素早く賛同する。
「お、それならあたしはレッドだな、リーダーだし!」
「ええ~、わたしがギターだからレッドだよう~」
二人のやりとりを本気にした澪は顔を真っ赤にして反論する。
「わ、私は嫌だからな! 恥ずかしいし、ベースが壊されたりしたら困るし!
だいたい、秘密組織なのに楽器戦隊とか目立ちすぎだろ!」
「お、澪、顔がレッドだぞ~」
「うるさい!!」
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。ほら、早く行かないと人が来ちゃうわ」
やいのやいのと騒ぎながら、一同は第二のアジトへと向かっていった。
第二のアジトは閑散とした工場地帯の中の廃工場だった。
入口の大きな扉は開けっ放しになっており、中には数十名にも及ぶスキルアウトの集団が見える。
「おお~、たくさんいるねぇ~」
「『電話の女』からのメールによると、この学区で最大のグループの幹部の集会らしいぜ~。スキルアウトのくせに、能力者も十人ぐらいいるとか」
「それは厄介ね……あんなにたくさん、いっぺんに相手できるかしら」
「私に任せてくれ」
澪が前に出る。
「いよっ、澪ちゅわん! こりゃ澪のためにあるような仕事だな」
「あぁ、すぐに終わらせてくるよ」
澪は工場に向けて歩き出す。一人で向かった澪を唯と紬が心配するが、律は澪の勝利を確信しているようで、
「ほら、あたしらは安全なところへ離れるぞ」
と、二人を連れて工場から離れ、遠くから見物することにした。
澪が工場の入口へと到着すると、一斉に数十人の目がこちらを向く。
(うわっ……これだけたくさんの人に睨まれるとさすがにゾッとするな)
中央にはボスと思われる人物が椅子に座っていた。
ボスはゆっくりと立ち上がり、口を開く。
「何の用だ?」
「心当たりがあるんじゃないのか?」
澪は毅然とした態度を崩さず言い放つ。
「ほう……もう情報が漏れたか。お前は上層部の手先だな?」
手先、という言葉に澪は眉をひそめる。
「……そんなところだ。お前たち全員、始末させてもらう」
その言葉に、スキルアウトたちが一斉に武器を構える。
澪は左手をゆっくりと前に出し、能力を発動しようとする。
しかし、ボスはまったく動じず、さらに話しかけてきた。
「ふん……学園都市の犬め。貴様はそれで満足か?
上層部の言いなりになり、日々汚い仕事をこなすだけの、人形のような人生に、なんの価値がある」
「なっ……!?」
思わぬ挑発に、澪はびくっと反応してしまう。
澪自身、そんなことはわかっていた。暗部とはそういうものだ。だが、抜け出せないのだ。
最近は、抜け出そうと思うことすら忘れ、なすがままに生きていた澪は、スキルアウトの言葉に大きく動揺した。
「答えられないか。哀れだな。貴様のような人間に、生きる価値などない」
(落ち着け……スキルアウトなんかの言うことに耳を傾ける必要はない。演算に集中するんだ……!)
「ふん、スキルアウト風情が、とでも思ったか?
だが、我々には我々のやりたいことがある。たとえ力がなくても、こうして目的に向かって団結し、進んでいる。
貴様らのような連中こそ、我々から見れば唾棄すべき存在なのだよ」
「――黙れぇぇぇぇっ!!!」
遠くの建物の屋上から見物していた律たちは、
轟音とともに工場の壁や天井が吹き飛ぶのを目の当たりにする。
「うっひゃ~。澪のやつ、派手にやったな」
「すご~い、工場が吹っ飛んだよ! あれが澪ちゃんの能力なの?」
「ああ、澪の能力は『波動増幅(ショックウェーブ)』。音波を一気に増幅して、衝撃波にするんだ。
レベル4だけど、威力だけならレベル5級らしいぞ」
「だから、澪ちゃん一人で行ったのね」
「そ! 何十人いたって、あんだけひとかたまりになってれば澪の能力で一掃できるからな。
ただ、威力はすごいんだけど弱点が多いんだよな~。
範囲は狭められないからいちいちあたしは避難しなきゃいけないし、音がすごいから人が集まってきちゃうし。そんでもって――
……っ!!」
突如、何かに気づいた律が建物から飛び降り、全速力で工場へむけて走り出した。
「え、ちょっと、りっちゃ~ん!? 置いてかないでよ~!」
(はあ、はあ……よかった、なんとか能力が発動した……
敵は……全員、倒したな)
澪は工場内を見渡す。あたりに生きている者はいない。
正面を見ると、ボスが座っていた椅子が遥か遠くに吹っ飛んでいるのが確認できた。
が、その直線上にはボスの遺体がない。
(……おかしい、ボスはどこへ行った?)
その瞬間、澪は自分の足元の床が不自然にうごめいていることに気づく。
(!! ……地面に潜ってるのか!)
刹那、床からボスが飛び出してきてアッパーを繰り出す。
とっさに身を翻した澪はなんとかかわすが、その拳は頬を掠めた。
「ひっ……!」
澪は慌てて距離をとり、もう一度能力を発動しようとするが、焦ってしまい、演算に集中できない。
「無駄だ、撃てまい。貴様の能力は強大なかわりに不安定で、演算には集中力が必要なのだろう?」
「な……なぜ、それを……」
弱点を見透かされた澪は動きが止まり、立ち尽くしてしまう。
ボスはじわじわと近づきながらさらに話を続ける。
「ふん、カマをかけてみたがやはりそうか。
我々数十人に対し一人で丸腰で突っ込んでくるからには、相当のレベルの能力者だとは予想できた。
だが貴様は私の挑発で動揺し、それを必死に抑えようとしていたように見えた。
すなわち、その強大な能力を制御するためには、冷静になり演算に神経を集中する必要があるということだな」
「く、来るなっ……!」
澪が左手を掲げるが、その手は震えており、能力は発動できない。
ボスはひるむことなく近づいてくる。
「ふん、そのうろたえぶりでは能力は使えまい。
思ったよりも威力が高く、私以外全滅したのは誤算だったが……
そいつらの分まで、苦しんでもらおう。くらうがいい、上層部の犬め!」
ボスは澪に向かって走り出し、拳を掲げる。
しかし、次の瞬間――
「おりゃーーーーーっ!!!」
澪の頭上を飛び越えて、律が高速で蹴りをしかけてきた。
しかし、ボスがとっさに地面に潜ったため空振りに終わり、律は瓦礫の山に突っ込む。
「うわっ!! あっぶね……なんだよ、地面に潜る能力か?」
「律っ!!」
「ちっ……まだ犬がいたか。ふん、まあいいだろう。一人はもう使い物にならん。まずは貴様から始末してやる」
「ハッ、このあたしに勝てると思ってんのか~?」
ボスと律の戦闘が始まる。
律はボスが潜っている場所を狙って高速で蹴りを叩き込むが、ボスが地面を移動するスピードもかなり速く、うまく捕らえられない。
「どうなってんだ、こいつ……地面と同化してんのか?」
『その通りだ。私を構成する分子の連結情報を保ちつつ、地中に拡散している』
地中からボスの声が響く。
(だったら……地面ごと破壊すればいいのか? でもあたしの攻撃が当たらないし……よし)
「澪! 撃て!!」
「えっ……!?」
すっかり腰が抜けて動けなくなっていた澪は、律の言葉で我に返った。
しかし、まだ動揺していて演算に集中できない。
「落ち着け、澪! こいつはあたしが引きつけておくから!」
『無駄だ! そいつはもはや能力を使えない』
ボスは地中をすばやく移動し、あたりに散乱している銃器のなかから、壊れていないものを回収していく。
地面から器用に銃口だけを出し、律に向けて発砲を始めた。
「澪、深呼吸だ! ……いてててて! てっめえ!」
『銃弾が効かないだと? ふん、ならばこれならどうだ』
ボスはバズーカ砲を回収し始める。律にとって銃弾は痛い程度でしかないが、爆発による炎は防げない。
(このままじゃ……律が)
澪は精神を集中させようとするが、うまくいかない。
「澪! しっかりしろ! じゃないとお前の作ったポエムを今ここで音読するぞ!!」
「う、うわあああ! それはやめろおおっ!!
……あ」
いつものやりとりによって、澪の精神状態はいつのまにか元に戻っていた。
深呼吸し、演算に集中する。
「……バカ律! 行くぞ!」
「澪……へへっ。
よっしゃ~! やっちまえいっ!」
『何っ――』
澪は思いっきり地面を足で踏みつける。
地中を伝わる音波が増幅され衝撃波となり、一瞬にして地面が張り裂け、粉塵となって舞い上がる。
連結情報を保てなくなったボスの体は、地面とともに粉砕した。
高くジャンプして衝撃波を避けていた律が着地し、澪のもとへ駆け寄る。
「み~おっ、お疲れ」
「……りつぅぅぅぅぅ!」
澪は緊張の糸が切れたのか、律に泣きつく。
「ったく、澪はやっぱ一人じゃ不安だな~」
律が澪を撫でていると、唯と紬がやっとのことで駆けつける。
「も~、置いてくなんてひどいよりっちゃん! わたしたちも建物から下ろしてくれれば間に合ったのに」
「いや~、悪い悪い……澪が殴られそうになってんのを見たら、頭に血がのぼっちゃってさ」
次のアジトへと移動する途中、澪が律にこっそりと話しかける。
「なあ、律……」
「ん?」
「私たちって、なんのために生きてるのかな……」
「……お前、あのスキルアウトになんか言われたのか?」
「……うん。
あいつらは自分たちの意思で学園都市に喧嘩を売ってる。やりたいことをやってるんだ。
でも私たちはただ学園都市の言いなりだ。自分の意思のない人形みたいなやつだ、って言われた……。
私、自分がなんなのか、わかんなくなってきた。自分を嫌いになりそうだよ」
澪と律も、かつては暗部を抜け出すために上層部に反抗しようとしたことがあったが、失敗に終わった。
それが無謀なことだと知り、いつしか反抗しようなどという思考はなくなっていた。
「……ふーん。じゃあ澪、あたしたちのやりたいことって何だよ。
やりたいことってのは何も学園都市に喧嘩売ることに限られるわけじゃないだろ?
あたしらはもう暗部がどうこうとかは興味ない。言いなりだろうがどうでもいい、単なる生きていく手段だ。
で、もう一度訊くぞ。あたしらがやりたいことって何だ?」
「私が、やりたいこと……『音楽』、かな」
「……だろ? だったらそれをやればいいじゃん! 意思がないだの人形だの、勝手に言わせときゃいいさ。
あたしらだって、本能に従ってやりたいことを楽しんでるんだ。それでいいじゃん」
「そっか……そうだな! 律、ありがとう」
最終更新:2011年06月28日 03:35