三つ目のアジトは、寂れた町の薄暗い廃ビル。
ここを拠点として活動するレベル3の能力者三人組がいるらしく、
このあたりでは有名な凄腕の集団で、様々な依頼を受けているという。

廃ビルの一階は広いホールのようになっており、正面は全面ガラス張りだったようだが、すべて割れていた。
一階の真ん中には事前情報の通り三人の男が座り込んでいた。
中央に座っている、赤い服を着た赤髪の男が立ち上がり、威勢のいい声で言い放つ。

「誰だ貴様らは! さては上層部の手の者だな!?」

その風貌を見た唯が思わず、

「おお、真っ赤だよ!」

と発言し、他のメンバーが噴き出してしまう。
よく見てみれば、他の二人も緑の服に緑の髪、黄色の服に黄色い髪である。

「き、貴様ら……バカにしやがって!」

赤い男が大げさな身振りで悔しがっていると、クールな表情の緑の男がそれをたしなめる。

「落ち着けレッド。たかが女四人。我らの敵ではないさ」

その言葉にさらに唯が反応する。

「レッド!? なんだかヒーローっぽいね!」

「ぷっははははは!! あたしらもさっき戦隊物をやろうって言ってたけど、客観的に見てみると笑えるな、コレ」

「ぷっ、くくくく……だからやめようって言っただろ、律……くく」

「うふふ……残りの二人はグリーンさんにイエローさんかしら?」

四人の笑いは止まらず、レッドは顔色まで真っ赤になってくる。

「く、くそう……! 貴様ら、聞いて驚け! 俺はレベル3の発火能力者、レッドだ!」

「ふん、我はレベル3の風力使い、グリーン」

「ククク、ワタシはレベル3の電撃使い、イエロー」

「どうだ! 俺たち三人のコンビネーションの前に敵はない!」

レベル3は学園都市の中では優秀な部類であり、見た目はどうあれレベル3の三人組とあらば普通は恐怖の対象になるだろう。
しかし、レベル4がごろごろいる集団にとっては笑いを誘うものでしかなかった。

「あ~笑いがとまんね~! こりゃたいしたことなさそうだな。
よ~し、大砲の澪と回復役のムギは下がっててくれ。唯、あたしらでちゃちゃっと片付けちゃおうぜ」

「了解ですりっちゃん隊長! ついにギー太もデビューだね!」

まかせたぞ、と言い残し澪と紬は廃ビルの向かいの建物の下まで下がる。
律と唯がまだ笑いながらも臨戦態勢に入る。

レッドは完全に頭に血が上っているが、グリーンとイエローは余裕の表情だった。

「ふん、バカにしていられるのも今のうちだ。イエロー、あれを」

「ククク、了解。さあ、さっそくですが死んでもらいましょう。油断大敵、ってところですかね」

イエローは右手を律の方へとかかげ、電撃を放つ。
律は余裕でその電撃をかわす……はずだった。
しかし、電撃は律の頭上を越え、向かいの建物の屋上付近に直撃し、そこにあった何かが爆発した。

「……え?」

振り返った律が目にしたのは、建物の屋上にあったコンテナや金属の板などの瓦礫が、
真下にいる澪と紬に向かって降り注ごうとしている瞬間だった。

(――しまった!)

油断していた。だが、律はこのような危機は幾度となく脱してきた。
落下する瓦礫へと飛びかかり、蹴散らせばいいだけの話だ。
しかし、今までは澪一人を守ればよかったのに対し、今回は二人だということが決定的な違いだった。

いっぺんに二人を守りきれるだろうか、それでもなんとかしなくては――と律が飛び出そうとした瞬間、
なぜか澪がその場から消えていることに気づく。

それに疑問を感じている暇もなく、律は高速でジャンプし、紬の上空の瓦礫を遠くへと蹴り飛ばした。
澪がいたはずの場所へ大きなコンテナが落ち、すさまじい音が鳴り響く。

ほっとした律が落下しながら下を確認すると、なぜか紬もその場にはいなかった。
澪も紬も、本来の場所から数メートル離れた場所に、まるで最初からいたかのように立っていた。

「……どうなってんの?」

状況を理解できない律がぽかんとした表情で着地する。澪も唯もぽかんとしている。
紬は気まずそうな表情で目をそらしていた。

沈黙する四人をよそに、レッドたちがこの事態の解析を始めた。

「くそう! 惜しかったな。まさかあのデコ女があそこまでのスピードだとは……」

「ふん、よく見てなかったのか、レッド。デコ女の能力の有無にかかわらず、下の二人は脱出していた。
どうやらあの黒髪の女は空間移動の能力者らしいな。しかも自分自身を移動できるということはレベル4だ。これは厄介だな」

「ククク、違いますよグリーン。あの黒髪は自分で移動したのではありません。
ワタシは見ましたよ、となりの金髪が黒髪の体に手を触れたのを。金髪こそが空間移動です。
そして、自らは走って逃げていた。ということはレベル3です」

「バカな。金髪の走るスピードは常人のものではなかった。奴は肉体強化だ。
……いや待て、そもそもあの二人は『主砲と回復役』だとあのデコが言っていなかったか?」

「どうなってるんだ! さっぱりわからんぞ!」

さっぱりわからないのは律たちも同じだった。どう考えても、紬の能力が説明できない。
紬は肉体再生の能力者でありながら、空間移動で澪を移動させ、肉体強化で高速移動したことになる。
一人の能力者が二つの能力を保持する『多重能力(デュアルスキル)』は、理論上不可能。しかも三つなど、到底ありえない。
そんな「常識」が彼女らを混乱させる。

だが、その「常識」を知らない唯は、あえて誰も言わなかったことを単刀直入に訊く。

「ムギちゃん、たくさん能力使えるの?」

まさか、と思う一同の予想に反して、ビクン、と紬の肩が揺れる。
そして観念したのか、ゆっくりと語りだす。

「……ごめんなさい、今まで隠していたわ。私、肉体再生以外にも、たくさんの能力を使えるの。
ちゃんとあとで全部説明するから……この場は、私に任せてくれないかしら」

紬は今まで隠していたことへの罪悪感からか、申し訳なさそうな表情で言った。
ほかの三人は言葉が出ずに立ち尽くしていた。
それを肯定と受け取った紬はレッドたちのほうへ向かっていく。

「多重能力は不可能だと証明されたはずです。
アナタたちの雇い主でもある学園都市の闇が、たくさんの罪もない子供たちを犠牲にして、ね。
ふざけた冗談はやめてほしいものです、ククク」

イエローの挑発を無視し、紬は無言でキーボードを構える。

「ふん、おおかたそのキーボードがこのトリックのタネだろう。ならばそれを破壊するまでだ」

「一人で俺たちにかかってくるとはバカな奴だ! 食らえ、多重能力もどきめ!」

レッドが右手を高く掲げ、火炎弾を生み出す。
紬はひるむことなく、笑顔で言い放つ。

「ふふ。多重能力じゃなくて、『多才能力(マルチスキル)』よ」

レッドの炎が紬に向けて放たれると同時に、紬はキーボードを素早く弾く。
不思議な音が鳴り、突如、壁際にあった水道の蛇口及び排水溝から水が噴き出す。
その水は意思を持ったように空中を移動し、レッドの炎を直撃して消し去った。

「なにぃっ、水流操作だと!?」

「ふん……食らえ!」

グリーンが風を操り、あたりに散乱している廃材などを巻き上げる。
さらに間髪いれずにイエローが電撃を放つ。
紬はまた不思議な音を奏で、今度は念動力を発動すると廃材を空中で止め、それを集めて即席の壁を作り、電撃を防いだ。

「ククク、どうやら一筋縄ではいかないようですねえ」

「だが、防御だけでは勝てんぞ! ようし、総攻撃だ!!」

三人がそれぞれの能力を発動しようと構えた瞬間、空気中の水分を集めて発生した霧がレッドを包む。

「うおっ!?」

炎を出せないレッドをよそに、グリーンが風の反動を利用して自らを突撃させる。
しかし紬はそれを肉体強化で難なくかわすと、すぐさま地形操作で床を隆起させ、イエローから飛んできた電撃を防ぐ。

「ふん、ちょこまかと……食らえ!」

紬の背後にまわったグリーンが真空の刃を放つ。
が、紬は隆起した床に触れ、その一部を空間移動により紬の背後に移動し、真空の刃を消滅させた。

「そこだあっ!!」

隆起した床に出来た隙間を狙い、霧から抜け出したレッドの火炎弾が飛んでくる。
紬に命中したかに見えたが、それは偏光能力による残像だった。
残像はしばらくすると消え、紬の姿は見当たらない。

「くそっ、どこに隠れた!?」

「うふふ、こちらからもいきますよ?」

その言葉とともに、レッドの正面に突如紬が現れる。

「うおおっ!?」

レッドの危機に、グリーン、イエローがすぐさま紬に向けて攻撃を放つ。
しかしそれは残像であり、すぐさま消えると、かわりにその場所に空間移動によって強制移動させられたレッドが現れた。

「ぐああああああああっ!!!!」

電撃と真空の刃を同時に受けたレッドは致命傷を負い、倒れた。

「なに!? ……ふん、貴様、ただでは――」

激昂したグリーンが突風を起こそうとした瞬間、彼の眼前にアルミ缶が出現した。
量子変速により爆弾と化したアルミ缶が至近距離から炸裂し、顔面が破壊され仰向けに倒れた。

「ふざけたマネを……キエエエエエエッ!」

相次ぐ仲間の死に自暴自棄となったイエローは、最大出力の電撃を放つため演算を開始する。
その隙に紬は素早く距離を詰め、足元にあった小さな瓦礫の破片を拾い上げる。
それをイエローの脳内へと直接転移させると、白目を剥いて倒れた。

息ひとつ切らさない紬が三人のもとへと帰ってくる。
律と澪はまだぽかんとしていた。唯だけが目をキラキラと輝かせている。

「ムギちゃん、すごいよ! かっこよかったよ!」

唯の賞賛に対し、紬は苦笑いで応える。

「あはは、え~と……」

ふと時計を見ると、ちょうど正午を回ったところであった。
ここまで順調に進んできたおかげで、残り時間は十分にある。

「……お昼、食べる?」

一同は『ユニゾン』の第二のアジトとなる第七学区のとある高層マンションへと到着した。
ジムや温水プール、レストラン、音楽スタジオなど、あらゆる設備が備わっている高級マンションであるが、
紬の多才能力のことで頭がいっぱいの一同はそれに感動する気分でもなく、
館内のコンビニで買った昼食を持って、寄り道することなく紬の所有する部屋へと入る。

「ええと、何から話したらいいかしら……」

先ほどからずっと申し訳なさそうにしている紬に対し律が、

「なあ、ムギ……無理に話さなくてもいいんだぜ? あたしらも暗部なんだし、秘密なら別に追求するようなことはしないって。
ただちょっとその多才能力ってのが気になるから、ほんの上辺だけでも仕組みを教えてくれればな~……って」

と気づかうが、紬の決心は変わらない。

「ううん、いいの、話させて。多才能力のことも、私の正体も、全部」

三人はそれぞれの昼食を食べる手を止め、真剣な面持ちで紬を見る。

「……『魔術』って、知ってる?」

紬は淡々と魔術について語り出す。
十字教をはじめとする宗教や、神話に基づく魔術が存在すること。
魔術とは、術式を用いて神の世界の法則や現象を現実世界に現す技術であること。
そして現在、世界は魔術サイドと科学サイドがいがみ合い、冷戦状態にあること。

「マジかよ……にわかには信じられないな。知ってたか、澪?」

「いや……ずっと暗部にいても、魔術だなんて聞いたこともなかった」

「無理もないわ。魔術はその存在自体が禁忌で、魔術サイドも科学サイドも知っている者は一部の上層部だけのはずよ。
それで……」

紬の表情が曇る。
そして、数秒間の間をおいて、突如立ち上がり、意を決した表情で言い放つ。

「――私は、魔術サイドのスパイなの!」

「「「……え?」」」

突然の告白に、三人はぽかんとした表情を浮かべる。
自らスパイであることを告げた紬に、三人はどう反応していいかわからなかった。

「でも、私はあなたたちに危害を加えにきたわけじゃないの! これだけは信じて!
みんなとは、これから仲良くやっていけるかなと思ったから……隠し事したくなかったの。
でも、私が科学の敵だって言ったら、この先やっていけなくなるんじゃないかって不安で……
結局、話せずに迷っているうちにこんなかたちでバレちゃって、ごめんなさい」

仲良くなりたいからという理由で自らの秘密をしゃべるようなスパイはいない。
暗部とは思えない、あまりにも優しすぎる紬の性格に、一同に自然と笑みがこぼれる。
律が立ち上がり、紬のそばに寄り優しくポンポンと肩をたたく。

「はは……ムギはスパイに向いてないんじゃないか?」

「うっ……」

「あたしたちに敵意があるわけじゃないんなら、別にスパイだろうと何だろうと関係ないって。なあ唯?」

「うん、ムギちゃんはムギちゃんだよ!」

「みんな……」

「それにな、ムギ」

澪が続ける。

「私たちだって、必ずしも学園都市の味方ってわけじゃない。
今まで散々、闇を見てきたからな……だから、ムギが学園都市の敵だからって、何とも思わないよ」

「そだな。正直魔術と科学がバトってようがどうでもいい。あたしらはあたしらのやりたいように生きるだけだ」

だろ、澪? と律が澪に視線を送り、澪もそれに微笑む。

「わたしは、ムギちゃんと、みんなとバンドできればそれでいいよ?」

「みんな……ありがとぉ~……」

「ムギちゃんよしよし……」

しばらくして紬が落ち着き、説明が再開する。

「それで……魔術サイドの最も大きな勢力は十字教だけど、その他の宗教や神話に基づく少数勢力もたくさんあって、
互いに警戒、牽制し合っているわ。私の父が経営する琴吹グループは、そのうちの一つ」

琴吹グループという単語に澪が反応する。

「琴吹グループって……もしかして10GIAとかの?」

「ええ、そうよ」

「よく知ってんな、澪」

「有名じゃないか。他にも音楽関係の会社がたくさんあるぞ。レコード会社とか……
じゃあ、ムギはその会社の社長令嬢ってことか」

「だからお金持ちだったんだね~ムギちゃん」

うふふ、と軽く微笑み、紬は説明を続ける。

琴吹グループは、北欧のとある魔術勢力と密接な関わりをもち、実質、その勢力の一員として協力体制をとっている。
そして、学園都市内にもシェアを拡大して、上層部や暗部とも関わりを持つことによって、学園都市を監視する。

その一方で、最大の魔術勢力である十字教を監視するという意味では、学園都市と目的が一致するため、
琴吹グループからも魔術サイドの情報を学園都市に提供している。
お互いに利害関係が一致しているため、紬のようなスパイが入り込んでいることは学園都市は知っていながら黙認している状態だった。

「うちの勢力は十字教に比べればかなり小さいほうだから、秘密を知られても影響力は少ない、と思われてるのかも」

「なるほどな……で、それと多才能力がどうつながんだ?」

「学園都市は、魔術を使えなくするようなフィールドを展開する技術を開発しているらしいの。
それに対抗するために、魔術師が超能力を使えるようにしたのが、このキーボード――『合成魔術(シンセサイザー)』よ」

琴吹グループは、魔術と超能力は本質的に同じであるという独自の理論に基づき、『合成魔術』を完成させた。
魔術が神の住む天界から術式を用いて超常現象を引き出すように、超能力も『自分だけの現実』から超常現象を引き出す。
そのための術式に相当するものが、能力開発によって脳に刻み込まれる。
能力者は、自らの体そのものが術式と化しており、能力者が魔術を使用すると、異なる世界の術式が混線して拒絶反応を起こす。

ならば、その術式を脳内ではなく外部で組み立てれば、能力開発を受けずとも他人の超能力を使え、魔術を使用しても拒絶反応が出ない。
その考えをもとに、琴吹グループは魔術の知識を用い、魔方陣を描くように能力者の脳内回路を再現することに成功した。
さらに、その魔方陣を即席で作れるようにしたのが、紬の持つキーボードである。

「このキーボードは音程や波形を細かく調節できるように作られてるんだけど、これでたくさんの音波を合成して、
まわりの空間に意味を持つ模様を作ると、これが術式となって対応する『自分だけの現実』に接続できるの。
模様を少しずつ変えていけば、理論上は虚数学区に存在するあらゆる『自分だけの現実』に適応できるはずよ」

「なんだかすげーな……それでホイホイと能力が変わってたのか。ん、ってことはもしかして、あたしたちの能力も使えんの?」

「ええーっ!? それじゃわたしたちの出番なし!?」

「そんなことないわ! 『合成魔術』はまだ開発中で、レベル3までの能力しか使えないの。
音波の模様だけで脳内の回路を再現するのには限界があるわ。
それでもなんとか、レベル3までのほとんどの能力は引き出せるようになったから、
これからは攻撃に回復に補助に、いろんな能力でみんなをサポートしていくね」

「それは頼もしいな……改めてよろしくな、ムギ」

「ええ♪」

「よ~し、気を取り直して出発だ~! あと一人、ちゃちゃっと片付けるぞ~っ」

「「「お~!!」」」


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最終更新:2011年07月02日 20:17