#4
新メンバー!


それから数ヶ月後。時は春。

第七学区、桜ヶ丘女子高等学校。
ここは能力開発において比較的レベルの高い学校であり、常盤台中学や長点上機学園ほどではないにせよ、
多くのレベル4、レベル3の学生を抱える名門校である。
そのわりには能力開発のカリキュラムはそれほど厳しくもなく、部活動などが盛んで自由な校風が好評を得ていた。
そしてこの春、学園都市に7人しかいないレベル5の一人が入学したこともあり、今話題の高校であった。

校内では早速、様々な部活が新入生の勧誘活動を行っていた。
そんな中、ジャズ研究会の部室から一人の少女が出てくる。
ギターを背負い、ツインテールのその少女の表情は暗い。

(うーん、なんか本物のジャズとは違う感じかな……)

ふと少女が足を止め、階段の上を見上げると、そこには別の二人の生徒が音楽室の前に立っているのが見えた。

(音楽室……? あそこは、軽音部だったっけ。でも、なくなっちゃったんだよね)

少女はそのまま去っていった。

音楽室の前にいた二人の生徒は困惑の表情を浮かべていた。

「あっれ~、誰もいないや。やっぱなくなっちゃったのかな~?」

「うーん、勧誘してる先輩もいないし、チラシもないし、そうなんじゃないかなぁ」

「あ、憂、和先輩に聞いてみればわかるんじゃない?」

「そっか、和さんなら知ってるかも」

憂と呼ばれた少女が携帯を取り出そうとすると、一人の教師が現れた。

「あなたたち、どうしたの?」

「あっ、えっと……音楽の山中先生ですか?」

憂が応える。

「ええ、そうよ。音楽室に何か用かしら」

「ええと、こちらの子、純ちゃんが軽音部に入部希望で……」

「見学に来たんです! けど、もしかしてなくなっちゃってたりしますか?」

「ええ、残念だけど軽音部は去年廃部になっちゃったのよ」

「やっぱそうかぁ~……」

「残念だったね、純ちゃん」

「あなたたちが部員を四人集めれば、新しく作ることもできるわよ?」

「い、いや、さすがにそこまでは……あはは」

「ありがとうございました、山中先生」

「ええ、いい部活が見つかるといいわね」

二人が去った後、音楽教師の笑顔が消える。

「……学園都市第六位・平沢憂、か。よく似てるわね……」



ある日の放課後。
結局部活に入らなかったツインテールの少女が教室に一人佇んでいた。

(はぁ……いいバンド、ないかなぁ。ジャズ研はなんか違うし、軽音部は存在すらしないし。
外バンは散々やってきたけど……上手いバンドはあるけど、何かが足りない気がするんだよね)

少女はカバンから音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを装着して聴き始める。
曲は放課後ティータイムの『Don't say"lazy"』だった。

(放課後ティータイムみたいなバンド……ないかな)

この少女の心を射止めたバンドは放課後ティータイムだけだった。
しかし、このバンドはかなり特殊な環境下で生まれたものであり、これと似たようなバンドはそうそういない。

(……誰もいないし、ちょっと弾いていこうかな)

少女はギターをケースから取り出し、曲に合わせて弾き始める。

ちょうどそのころ、廊下を歩いていた憂のもとへ、向こうから純が走ってきた。

「憂~!」

「純ちゃん? ジャズ研行ったんじゃなかったの?」

純は結局、かっこいい先輩がいるという理由でジャズ研へと入部を決めていた。

「へへ、忘れ物しちゃって……ん?」

二人が教室の前に到着すると、中からギターの音が聴こえてきた。
しかも、エフェクトがかかった音である。

「え、教室でアンプ使ってんの? 誰だろ……」

純と憂が教室の中をのぞくと、ツインテールの少女がギターを弾いているのが見えた。
しかし、教室内を見渡してもアンプがどこにもない。シールドすら繋がっていなかった。

「上手だね……」

憂が聴き入っていると、純がすかさず突っ込みを入れる。

「いや、ちょっと待って! なんでアンプないのにそんな音出せんの!?」

純の声に気づいた梓がこちらを振り向く。

「「「あ……」」」

目が合った三人の間に沈黙が流れる。
初めに沈黙を破ったのは憂だった。

「あの、ごめんなさい、練習の邪魔しちゃって」

「い、いえ、こちらこそごめんなさい。勝手に大きな音出して……」

謝る少女に対し、純が明るく話しかける。

「いいよいいよ! それより、何もないのにどうしてアンプ繋いだ音がするの?」

「あ、これは私の能力で…『空中回路(エリアルサーキット)』って言って、空気中に電子回路を再現できるんです。
だからアンプがなくても、アンプの中で起きていることを空気中に再現すれば、あとはスピーカーさえあれば音が出せるんです」

そう言って少女は壁に取り付けられた校内放送用のスピーカーを指さす。

「へぇ、すごい能力だね! いいな~アンプいらないなんて。いつでもどこでも練習できるじゃん。
……えっと、同じクラスだよね? たしか……」

「――中野梓、です」


それからしばらく、三人は自己紹介などを交え、梓の悩みについて聞いていた。
レベル4の『空中回路』という能力を持つ梓は、電子機器がなくても空気中にそれを再現できるだけでなく、
半径10メートル以内の電子機器の回路を認識し、遠隔操作することもできる、電子機器のエキスパート。
それゆえ音響関係の機材には非常に詳しく、もともとのギターの技術の高さもあいまって、かなりレベルの高いギタリストであった。

そのため、今まで様々なバンドに所属し、そのテクニックを振るってきたのだが、
最近、技術以外の「何か」が足りないと感じるようになっていた。

それを満たしているバンドこそ、『放課後ティータイム』だと、梓は語る。

「確かに、いいよね放課後ティータイム! なんかよくわかんないけど、惹き付けられるっていうか」

純も放課後ティータイムのファンであり、賛同する。

「純ちゃん、放課後ティータイムって?」

憂はあまり音楽に詳しくないようであり、今話題のバンドですら名前を知らなかった。

「えっ憂、知らないの? 超有名なのに。
顔を隠して活動する謎の女子高生バンドだよ。すごいかっこいいよー、特にベースのMio!」

「ふふ、純ちゃんもベースだもんね」

「ま、憂は主婦業で忙しいもんね~。知らなくてもしょうがないか」

「えっ!? 結婚してるの憂!?」

梓が驚愕するが、憂がすかさず否定する。

「ち、違うよ! もう、誤解を招くような言い方しないでよ、純ちゃん……」

「あっはは、ゴメン。でも似たようなもんでしょ。
憂はここの2年生の『風紀委員』の先輩とルームシェアしてて、先輩が仕事で忙しいから憂が家事担当なんだ」

「そうなんだ……ふふ、確かに主婦みたいだね」

「うう~……そんなんじゃないってば」

「憂の料理、すんごくおいしいんだよ? 家事は完璧、しかもレベル5! こんな完璧な嫁なかなかいないよ」

「……レベル、5?」

梓がぽかんとしている。

「え、知らなかったの? 入学前から噂になってたじゃん!
へへ~ん、聞くがいい、梓! ここにおわすは学園都市第六位、レベル5の『能力複製(デュプリケイター)』、平沢憂様であるぞ~」

「ちょっと、もう、やめてよ、純ちゃん……」

憂は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

「……ええぇぇぇぇぇぇーーっ!?」

音楽一直線で、レベル4ながらあまり能力開発に興味のない梓は、学校一の有名人の存在を知らなかった。



帰宅した梓は、放課後ティータイムの曲を聴きながらぼーっとしていた。
今日はレベル5の友人ができたというイベントはあったものの、結局、悩みは解決していない。

(どうしよう……)

煮詰まってきた梓は、なんとなく今日出来たばかりの友人にメールを送ってみる。

『純、なにかいいバンド知らない?』

返事はすぐに返ってきた。

『まだ悩んでたの? もう放課後ティータイムに入れば? なんてね~』

純の冗談交じりのメールに、梓ははっとする。

(そっか……放課後ティータイムに入ればいいんだ! なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう)

無謀なことを言っているように見えるが、梓の能力は情報処理に関しては『超電磁砲』に並ぶほどの精度を誇る。
ハッキングを駆使して、隠れている放課後ティータイムの居場所を突き止めることは容易だと梓は考えた。

『そっか、そうだよね! ありがと純!』

『えっ、マジで言ってんの? ……ん~、まあがんばってね』

「……よーし、がんばるぞ~!」

梓は早速パソコンに向かい、キーボードに触れることなく画面とにらめっこし始めた。
能力によって直接電子回路に干渉し、セキュリティを突破して関連会社にハッキングしていく。

(まず、レコード会社のサイト……っと)

梓の長い夜が始まった。


一方、帰宅した憂は夕食の支度を終えると、和が帰ってくるまでの間の時間つぶしのため、
純がオススメと言って半ば押し付けてきた放課後ティータイムのCDを聴くことにした。

(CDなんて、聴くの久しぶりだな……)

憂にとって、音楽を聴くことは行方不明になった姉のことを思い出させるため、今まで自然と避けてきた。
家にある音楽プレイヤーも、何年も前の型のものが一つ、押入れの奥に閉まってあっただけであった。

(あったあった……よいしょ。
えっと、CDをここに入れて……)

再生ボタンを押すと、一曲目『Cagayake!GIRLS』が流れ始める。
聴こえてくるギターの音はなんだか懐かしい感じがして、憂は姉のことを思い出さざるを得なかった。

(お姉ちゃん……)

そして、前奏が終わり、歌が入る。

『Chatting now――』

(――えっ!?)

その瞬間、雷に打たれたような衝撃が走る。

その声を、聞き間違うはずがない。何年経とうとも、忘れることはない。
まぎれもなく、その声は最愛の姉・唯のものだった。

(う、うそ……えっ、あ――)

混乱した憂は、ただひたすらボーカルの声に聴き入っていた。もはや曲は聴こえてこない。
その場で硬直したまま、一曲目が終了した。

そのまま憂が唖然としていると、二曲目『Happy!? Sorry!!』が流れ始める。
このボーカルもやはり、姉の声であった。

二曲目も終了し、我に返った憂がCDに付属の歌詞カードを読み漁る。
そこに書いてあったのは――

『vox/guitar Yui』

「おねえちゃん……!!」

放課後ティータイムのギターボーカル、Yuiの正体は姉・平沢唯である。
姉は生きている。そう確信した瞬間、憂の目から涙がこぼれた。



しばらくして和が帰ってくる。

「ただいま、憂」

「……和ちゃん~!!」

帰ってくるなり、涙で顔がぐちゃぐちゃの憂がいきなり飛びついてきた。

「ちょっ、どうしたの憂!?」

「和ちゃん! おねえちゃんが、おねえちゃんが……」

「えっ……唯が?」



落ち着いた憂から事情を聞き、和も例のCDを聴く。

「唯……!! 間違いないわ……」

和の目からも、涙がこぼれる。
その後、二人はしばらく抱き合って泣いていた。

そして、二人の今後の目標が定まる。
放課後ティータイムの居場所を探し出す、と。



翌日、登校した純が見かけたのは、グロッキーになっている梓と憂の姿だった。

「おはよ~……って、どうしたの二人とも?」

「うう……寝不足……」

梓は夜通しハッキングにいそしんでいたが、思わぬ苦戦を強いられた。なにせ、相手は琴吹グループ。
そもそもレコード会社自体が、放課後ティータイムに関する情報を知らないため、まったく手がかりは得られなかった。
そのバックにつく琴吹グループが怪しいというところまでは突き止めたものの、尋常ではない堅さのセキュリティに阻まれ、
梓の能力を持ってしても破ることはできなかった。

「まさか梓、本気で放課後ティータイムに入ろうとして探してたの!?」

「……うん」

「うわー、やっぱマジだったんだ。ホント好きだねえ。
憂はどうしたの、珍しいね? CD聴いた?」

「……ちょっと眠れなくて。CDは聴いたよ、すごくよかった。
はい、これありがとう」

「でしょ~?」

よかった、の意味はややズレていたが、満足げに純は憂からCDを受け取る。

憂は結局一晩泣き明かし、一睡もしていなかった。
そして今新たに発覚した問題について、徹夜明けの頭を回転させ考える。

(梓ちゃんも、放課後ティータイムを探してるんだ……)

梓と協力して探す、ということはなんとなく気が引けた。

憂は昨晩、和と話し合う中で、放課後ティータイムがなぜ顔を隠すのかについて不自然さを感じていた。
行方不明になった唯が、なぜわざわざ顔を隠して活動する必要があるのか。
居場所を公開してくれれば、憂や和と再会できる。
それができないような何らかの事情があるのでは、というのが二人の見解だった。

そもそも唯が行方不明になった事件では、研究所が破壊されたり、そこの研究員が謎の死を遂げるなどしておきながら、
それに関する捜査は非公開で、意図的に情報を隠すようなことが見受けられた。
そのころから憂と和は学園都市の『闇』の存在を疑い始め、それを暴くために和は『風紀委員』を志した。

唯がその『闇』が関連する事件に巻き込まれたのは明らかだ。
だからこそ今回も、唯がその存在を隠さなくてはいけない理由に『闇』がからんでいるのではないかと考え、
それに梓を巻き込むのはまずい、と考えた。

(梓ちゃんには悪いけど、隠しておこう……なんとか先に見つけなきゃ)


その日から、梓と憂は放課後すぐに帰宅し、それぞれ放課後ティータイムについて調べる日々が始まる。
しかし、音楽に関しては素人な憂はどこから調べていいか検討がつかず、初動が遅れる。

一方の梓は琴吹グループ本社にハッキングすることは諦め、ネット上で情報収集していた。
既に放課後ティータイムの正体に関して考察するサイト、スレッドは山ほどあり、様々な噂が流れていた。

(『放課後ティータイム打ち込み説』? ばかばかしい……打ち込みであんないい演奏できるわけないでしょ。
こっちは……『デスデビル再結成説』? へえ、昔にも顔を隠したバンドってあったんだ。
でも、元はデスメタルなのに今は放課後ティータイムとか……さすがにないでしょ)

どれも憶測に過ぎず、有力な情報は得られない。

(『キーボードのMugiは琴吹グループ令嬢の琴吹紬』……これはありえるかも。
でもあの会社調べても無理だし……あ~もう、思い出したらイライラしてきた)

情報処理能力に自信のあった梓にとって、先日の琴吹グループへの敗北はプライドを傷つけるものだったようである。

その後も梓は全精力をあげて徹底的に調べ上げる。

(そうだ、インディーズ時代の活動を調べれば!)

しかし、放課後ティータイムに下積み時代はない。

(じゃあ、全国の高校の軽音部を調べれば)

学園都市内外のすべての高校の軽音部とそのメンバーを調べ上げるも、該当するものはなさそうだった。

(なら、スタジオの使用履歴を調べれば……)

放課後ティータイムは全ての練習・録音を琴吹家の個人所有のスタジオで行っているため、
一般及びレコード会社のスタジオの使用履歴にそれらしいバンドはいなかった。

(あ~もう! どうなってんの……)

力尽きた梓はそのまま机に突っ伏して眠りについた。


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最終更新:2011年06月28日 03:44