数日後の放課後。
日に日に目の下のクマが増していく梓と憂を心配する純をよそに、梓は校舎をあとにした。

(こうなったら、最終手段――)

梓は『放課後ティータイムっぽい四人組を見かけた』という目撃情報のあったところへ直接出向く作戦に出た。
しかしそのほとんどはハズレであり、一向に手がかりが得られる気配はない。

その後も何日もかけて学園都市中を駆け巡ったが成果はなく、手持ちの目撃情報はすべてなくなってしまった。



そして、とある日。
もはや万策尽きた梓は、放課後ティータイムには何の関係もない、単なる噂話を調べていた。

(『第八学区の高級住宅街に女子高生っぽいのが住んでる』……か。
あてになんないけど……行ってみよう。えっと確か近道が……)

第八学区は、教員などの社会人が多く住む地域。大人や小さい子供の姿は多いが、学生向けの寮、娯楽施設はほとんどない。
そこの高級住宅街に女子高生が住んでいるというのは、確かに不自然だ。

梓は手早く近道を調べ上げ、第八学区へと向かった。


その数十分後。
第七学区、とある路地裏にて。
学園都市の闇に抵抗する組織に属する二人の男が立っていた。

「……どうだ?」

「ダメです、もう一時間も連絡ありません」

部下の男が先ほどから何度も電話をかけているが、相手はまったく出ない。
その相手は、彼らと協力関係にあるとある組織。その組織が任務を完了し、連絡が来るのを男たちは待っていたが、
約束の時間を一時間過ぎても音信不通だった。

これが意味することは、その組織は学園都市の闇によって葬られたということである。

「ちっ、またか……くそっ!」

「また、『例の組織』ですか?」

「おそらくそうだろうな……」

『ユニゾン』の快進撃は、彼らのような反抗組織の間では恐怖の対象となっていた。
少しでも上層部の情報を得ようものなら、その組織は翌日には圧倒的な強さでもって速やかに壊滅させられる。
生き残りが一人としていないため、敵組織の情報もほとんど得られない。
おそらく、恐ろしく強い少数精鋭の組織が暗躍しているのでは、という程度の予想しか彼らにはできなかった。

「このままじゃ計画がまったく進みませんよ。なんとかそいつらを見つけて始末するしかないんじゃ……」

「だが、情報がない。今までに奴らに関して得られた有益な情報は、これだけだ」

そう言って、上司の男は携帯の画面を見せる。

「これは先週、別の協力組織のやつが任務中に送ってきたメールだ。これ以降そいつらとは連絡はとれていない。
このメールを送信した直後、やられたんだろう」

メールの本文には“ギター女、きーぼーd”とだけ表示されていた。
さらに、建物の屋上から地上にいる四人の女を撮影した写真が添付されていた。
画像はブレており顔は不鮮明だが、本文の通りギターを持った女とキーボードを持った女がいるのが辛うじて分かる。
そして、キーボードを持った女は、明らかにこちらを見ている。

「これが……その『組織』?」

「おそらくな。能力者の女4人ってところだろう。この写真を撮ったやつは屋上に隠れていたにも関わらず、
キーボードの女に気づかれている。しかも本文が入力途中ってことはこの直後にやられたということだ。
探知能力に、遠距離射撃、ってとこか。どうりで一人残らず殺されるわけだ」

「しっかし……なんで楽器なんですかね?」

「それはわからんが、それがこいつらの最大の特徴だ。それを手がかりに探すしかないだろう……ん?」

そのとき、男の視線の先にギターを背負ったツインテールの少女が走っていくのが見えた。

「ギター……か」

「え? ……ああ、あのガキっすか。ギター持ってるやつなんていくらでもいますって、しかも制服来てるじゃないですか」

「そりゃそうだが……いや待て。なぜこんな路地裏にギターしょったガキがいる?
この辺は俺らみたいなやつらしか知らない抜け道だ。しかも向こうは第八学区。教師どもが住む学区だ。
制服着たガキが行くようなところじゃねえ」

「さあ、援交とかじゃないっすか?」

「わざわざギター持っていくか? どんなプレイだよ……
しかも今はちょうど学校が終わった時間だろう。ギター持ってんだったら部活に出てるはずだ。
教員どもとバンド組んでるとも思えねえしな。わざわざあっちに行く理由がわからん」

「そうすると……あのガキが例のギター女だと?」

「可能性はある。つけるぞ。やつの素性も調べておけ」

男たちは梓の追跡を開始する。
部下の男は携帯電話で遠方から梓の写真を何枚も撮り、それを組織の情報端末へと送信する。
その写真は、彼らが不正に入手した能力者データバンクと照合され、外見や制服の特徴が一致する学生がすぐに割り出される。

「――出ました。桜ヶ丘女子高一年、中野梓、能力はレベル4の『空中回路』」

「ほう、レベル4か……よし、要注意人物リストに追加しておけ」



第八学区、高級住宅街。
梓は噂のあった付近を歩いていた。

(このへんのはずだけど……どの家だろう? 出てくるまで待ってようかな)

あたりの家に住むエリート教員たちはまだ仕事の時間であり、住宅街は閑散としていた。
幼い子供が遊ぶ声が遠くから時折聞こえてくる。

(おっきな家……いいなあ)

梓が家を眺めていると、あることに気づく。

(あれ……この家、二階にスタジオがある)

能力により、二階部分に音響機材の存在を感じ取った梓は、その種類や配置などからスタジオだと判断した。
さらに、機材の内部の構造からそのメーカー、グレードまで判別する。

(すごっ……いい機材ばっかじゃん。さすがお金持ち)

レベル4である梓も相当お金は持っているほうだったが、この家においてある機材は格が違った。
そんな高級機材の電子回路を舐めるように堪能していると、突然電流が流れ始める。
演奏が始まったのだ。

スタジオは完全防音であり、外にまったく音は漏れていなかったが、梓は電流の流れ方を感じ取って自らの脳内で曲を再生する。
そしてその曲は――

(……うそ、『Don't say"lazy"』!?)

まさか、本当に放課後ティータイムがこの中にいるのか。
梓は、単なるコピーバンドである可能性を考えた。

(いや、でもこのクセのあるギターは、どう聴いてもYui……。ほんのちょっとだけ走るドラムは、Ritz。
正確だけど、たまに熱がこもるキーボードは、Mugi。そして、このベースと歌声は……間違いなくMioだ!)

(本物だぁ……本物の放課後ティータイムだ!)

次の瞬間、梓はインターホンを押していた。


一方、呼び鈴が鳴り響いたスタジオ内には一気に緊張が走る。
職業柄、予定にない来客は敵襲の可能性を考慮しないといけない。

「……ムギ、どうだ?」

律が低い声で紬に訊ねる。
家にいる際、紬は常に探知能力を使用し、外を監視していた。

「……さっきから、うちの前でギターしょった女の子が立ってて、ずっとこっちを見ていたわ。防音のはずなんだけど……
見た目からして暗部がらみには見えないけど、微妙なところね」

「ギター? っちゅーことはファンとかか?」

「そうかもしれないけど、一般人だとすると何でここが分かったのかしら……。どちらにしろ、確認する必要があるかも」

そう言うと紬は、スタジオ内に取り付けてあったインターホンのボタンを押す。
画面に梓の姿が映される。

「どちらさまですか?」

『あっ、え、えーと、その……放課後ティータイムさんのお宅ですかっ!?』

梓は明らかに焦っていて、声が裏返っている。
その姿に皆が苦笑する。

「はは……こりゃ暗部の線は薄いか~? 明らかにただのファンだろ~」

「でもそうすると、ムギの言った通りどうやってこのアジトの場所を突き止めたのか確認しなきゃな。
もし暗部にやられてたらと思うとぞっとするよ……」

一同は梓を一旦迎え入れ、話を聞くことにした。

「はい、そうですよ。今開けるから待っててくださいね~。
……行ってくるね。念のため、キーボードを持っていくから、みんなも後ろで待機しててもらえる?」

インターホンを切ると、紬はキーボードを構えたまま、階段を降り玄関へと向かう。

(まだかな~まだかな~)

紬が出てくるまでの数十秒間は、梓にとって永遠にも感じられていた。
そして、玄関に向かってキーボードが移動してくるのを能力で感じ取る。

(――来たっ、放課後ティータイムのMugiだ!! 本当に会えるなんて……!)

「いらっしゃ~い」

「こ、こんにちは! いきなり押しかけてすみません! あ、あの、私――」

「うふふ、緊張しないで。どうぞあがってください、中でお話しましょう?」

「え……いいんですか!?」


そのやりとりを、遠方から双眼鏡で見ている者たちがいた。

「……キーボード女! これはビンゴかもな。
よし、仲間に連絡しろ、総動員だ。あと、赤外線スコープも持ってこさせろ。中に他のメンツもいるはずだ」



居間に通された梓にお茶が出される。

「あ、すみません、こんなにしていただいて……」

「いいのよ~。さ、みんなどうぞ」

奥の部屋から残りの三人が登場する。

(うわあぁぁ、本当に放課後ティータイムだ~……!)

メンバーの顔は見たことはないものの、だいたい梓のイメージ通りの人物であった。
一人ずつ、自己紹介を始める。

「よく来たな~! あたしがリーダーで、ドラムの律だ」

「ようこそ。私はベースの澪」

「いらっしゃ~い、わたしがギターの唯です!」

(えっ……憂!? そっくりだ……偶然だよね? 憂にお姉さんっていたっけ……)

梓は憂にそっくりな唯の顔を見て驚く。

「……ん? わたしの顔に何かついてるかな?」

「い、いえ、なんでもないです! 私は中野梓と申します、よろしくです」

「私はムギよ。あらためてよろしくね、梓ちゃん」

全員が着席したところで、早速、律が切り出す。

「……なあ、梓ちゃん。どうしてここがわかった?」

「え、あ、えっと……」

「りっちゃん、いきなりじゃだめだよ~! 梓ちゃん怖がってるじゃん」

「あ、ああ、すまん……だって気になるじゃ~ん」

「いえ、こちらこそすみません。勝手に調べて押しかけて……」

梓は自らの能力、そしてここにたどり着いた経緯について語りだす。
話が進むにつれ、皆の、特に紬の表情が驚きへと変わっていく。
琴吹家の情報管理能力に自信のあった紬は、アジトを特定されたことに少なからずショックを受けていた。

「そ、そんな……うちの情報管理もまだまだ甘いわね。すぐに改善させなきゃ……
すごいわ梓ちゃん、うちの技術部に欲しいくらいよ」

「い、いえ、偶然ですよ……実際、本社のセキュリティはどうしても破れなかったですし……」

互いに謙遜し、おだて合うが、二人の間には静かに火花が散っていた。

「いや~しっかし、すごい執念だな……そこまで調べ上げるなんて。最後のほうなんか、ほとんど手当たり次第じゃん」

「それだけ愛されてるってことだ。ありがとう、梓ちゃん」

澪の言葉に、梓の表情がぱあっと明るくなる。

「……は、はい! 放課後ティータイム愛なら誰にも負けません!」

「おお~っ、可愛いねえ~♪」

思わず立ち上がって満面の笑みで愛を叫んだ梓に対し、突然唯が抱きつく。

「に゛ゃっ!? ちょっと、Yuiさん!?」

「おっ、唯の抱きつき癖が始まったか。こりゃ逃げられないぜ~、梓ちゃん」

「初対面なのによくやるよ……」

「…………いいわあ~」

誰一人として唯の抱きつき攻撃を止めるものはいなかった。

「よしよし……梓ちゃんほんと可愛いねぇ~」

(わ……私、放課後ティータイムのYuiにハグされてる!? 撫でられてる~!?)

ボン、と音を立てて、梓は陥落した。

「「「……あ、堕ちた」」」


梓が復活した後、今度は梓からの質問タイムが始まった。
といっても、どこの高校に通っているかとか、何者なのかという質問には答えられない。
成り行き上、紬が琴吹家の令嬢であることはバレてしまったが。

「……すいません、やっぱり答えられないですよね」

「ごめんな~。一応、あたしたちも秘密を保たなくちゃいけないからさ」

「はい。ところで、みなさんは高校2年生なんですよね?」

「えー、あ~っと……」

「ええ、そうよ」

設定を忘れかけていた律をすかさず紬がフォローする。
小声で澪の檄が飛ぶ。

(こら、律! ちゃんと覚えておけ!)

(てへへ~、すまん。あぶねあぶね)

「じゃあ、先輩って呼んで良いですか!?」

「せ、せんぱい……!? ああ、いいっ……」

高校生活に憧れている唯は、先輩という言葉に身をよじらせて喜びに浸る。

「先輩方にお願いがあるんです。
あの……一緒に演奏してくれませんか!!」

梓の提案を、一同は快諾する。

「せっかくギター持ってきてもらったしな。よ~し、やろうぜ!」

「スタジオに案内するわ。どうぞ、梓ちゃん」

「は……はい! ありがとうございます!!」

スタジオに移動した一同が楽器の準備をしていると、紬があることに気づく。

「そういえば、梓ちゃん用のアンプがないわ……奥に予備があったかしら」

「あ、大丈夫です。私の能力で、アンプがなくても演奏できますから」

そう言って梓はカバンの中からアンプの部品のようなものを取り出し、床に置く。
ギターの弦を鳴らすと、エフェクトのかかった音が部屋中の壁から響いた。

「おおっ、わたしと同じだね!」

「ええっ、唯先輩もですか!?」

実は唯もアンプなしで演奏できる。しかも部品等も必要なく、音色も自在に変更できる上に、その音はギター自体から響いてくる。
ただ、能力使用に気をとられて演奏がおろそかになることが多かったため、普段はアンプをつないでいた。

「こいつの能力はなんでもありだからな~。本人も原理はよくわからないらしいし」

「むぅ、なんかずるいです……」

対抗意識を燃やす梓に澪は、

「でも、梓の能力もすごいと思うよ。電気の流れ方が手に取るように分かれば、細かい音作りもやりやすいだろうし。
機材の種類まで分かるなんて、うらやましいな」

と褒める。放課後ティータイムのMioに特に憧れていた梓は、その本人から褒められたことに頬を染める。

「あ、ありがとうございます……澪先輩は、音響機材にも詳しいんですよね? 雑誌のインタビューで見ました」

「まあ、他のみんなよりは、かな。梓もかなり詳しそうだな。たとえば――」

澪と梓のマニアックなトークが始まり、ついていけなくなった唯と律がぶーぶー言い始める。

「澪ちゃん~、はやくやろうよ~」

「そーだそーだ~っ」

「――はっ! ゴメン。じゃあ梓、やろうか」

「はいっ!! みなさんに比べたら、全然へたくそですけど……よろしくお願いします」

梓は唯のパートを全て記憶していたため、唯は最近作った別のギターパートを担当し、演奏を開始する。

(す、すごい……これが、放課後ティータイム……! た、楽しい! 私、ついていけてるかな……?)

そして、確信する。やはり自分には、放課後ティータイムしかない。
梓の求めている何かが、そこにはあった。


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最終更新:2011年06月28日 03:46