やがて演奏が終了し、テンションが上がりきっている梓がやや息を切らしながら言う。
「す、すごかったです……ありがとうございました! すみません、私……みなさんの足を引っ張っちゃって」
梓は自分の技術が至らないと謝るが、一同は驚きの表情を浮かべていた。特に唯は顔面蒼白である。
((((う、うまい……))))
技術においては、梓は放課後ティータイムのメンバーに並ぶどころか、明らかに唯より上手かった。
なぜか本人は気づいていないが。
「ま、まあまあかな!? あは、あははは……」
「おいこらっ、唯!?」
焦って思わず見栄を張ってしまった唯を横目に、澪と紬は素直に梓を賞賛する。
「驚いたよ、梓。すごく上手いじゃないか」
「足を引っ張るだなんて、全然そんなことなかったわ。ふふ、むしろリードされちゃったかしら……?」
「そ、そんなことないです! みなさん本当にすごく上手で……」
立場が危うくなってきた唯がその場にへたれこむ。
「あうぅ……」
「はは、こりゃ~やられたな、唯。あきらめて練習しろって。まず本を読め」
ギターを片時も離さず生きてきた唯の技術も相当なレベルであったとはいえ、完全な自己流だったため、
知識豊富な梓にはかなわないところがあった。
その場でしばらく話をしていると、完全下校時刻を伝える放送がスタジオ内のスピーカーから聞こえてきた。
「あ……」
梓が残念そうな表情をする。
「そろそろお別れね、梓ちゃん」
「梓ちゃん、今日はありがとね! わたしたちも楽しかったよ~」
「あ……はい」
しかし、ここで帰るわけにはいかない。まだ、梓の本来の目的は果たされていなかった。
(言わなきゃ……言うんだ私!)
「あ……あの!
――私を、放課後ティータイムに入れてくださいっ!!」
答えはNOと決まっている。
しかし、それを即答できる者はいなかった。
先ほどの梓を交えての演奏は、放課後ティータイムのメンバーにも影響を与え、
皆、少なからず梓と一緒に演奏したいという感情が芽生えていた。
沈黙が支配するスタジオ内に、キーボードの奇怪な音が一瞬、響く。紬は、念話能力を発動した。
(みんな、聞こえる? 私……少し揺らいじゃった)
(私もだ、ムギ……さっきの演奏、すごく楽しかった)
(ってもな~……入れるわけにはいかねーし。
暗部組織だってことだけ隠して、たまにアジトに呼んで一緒に演奏するとかはどうだ?)
(でもりっちゃん、もしバレちゃったら……)
もしバレれば、梓にも暗部の手が及ぶ。
自らと同じ思いをさせたくないという思いから、唯は一般人に被害が及ぶことに対しては敏感だった。
(……そだな。残念だけど、却下だ、却下。
唯、言ってあげな)
(……うん)
「……あ、あの。すいません、やっぱり迷惑でしたよね」
沈黙をNOと受け取った梓は、申し訳なさそうに言う。
「梓ちゃん」
「は、はい!」
「……ゴメンね、梓ちゃん。入れてあげることはできないよ」
「……っ、はい」
「でも、梓ちゃんとの演奏、楽しかったよ。私はちょっとビビっちゃったけどね、えへへ……
こんな可愛くて、ギターが上手で、私たちのことを慕ってくれる後輩が入ったら、もっと楽しいだろうなって思った。
梓ちゃんに入って欲しいって、みんな思ってるんだ。これは本当だよ」
「え……」
「でもね、どうしてもそれができない理由があるんだ。それが、私たちが顔を隠してる理由でもあるんだけど……
だから――」
ごめんなさい。
唯がそう言おうとした瞬間――
「――唯ちゃん、バリアー!!」
――ドゴオォォォォォォォォォッッ!!!
「な……なにがあったの?」
突然の轟音に思わず目をつぶっていた梓がその目を開くと、信じられない光景が飛び込んできた。
「えっ……か、壁が、ない……」
二階に位置するスタジオの壁は吹き飛んでいて、外の光景が見えた。
よく見ると、唯を中心に半径5メートルほどの透明なバリアーが展開されており、その外側にある壁、床、天井は跡形もなく消え去っている。
外からバズーカのようなものを撃ち込まれたようだ。
対して、バリアーの内側はまったく被害はなく、彼女たちは全員無事だった。
「ちっ……敵襲かよ!?」
「敵は表に十人! バズーカを持っているのが一人、あとはマシンガンよ!
あと、裏口にも五人いるわ!」
探知能力を駆使して事前に敵の存在を察知していた紬が、敵の構成を報告する。
その報告通り、直後にマシンガンの弾丸の雨が唯のバリアーを襲う。
バリアーにヒビが入り始めた。
「あわわわ、もうもたないよ!?」
「私に任せてくれ! バリアーが消えた瞬間に衝撃波で一気に仕留める!」
「よし、任せた澪! あたしと唯は裏口にまわる。ムギは梓を頼む」
「ええ、わかったわ。さあ、梓ちゃん、こっちよ」
「……え……あ……」
目の前で起こっていることに理解が追いつかずに呆然としている梓の目をふさぎ、奥の安全な部屋へと連れて行く。
唯のバリアーは、もう限界近くまで達している。
澪は床をほふく前進しながら、床が存在するギリギリのところまで進み、左手を上げて能力の発動の準備をする。
下を見ると、紬の言った通り九人の男がこちらにむかってマシンガンを撃っており、
中央には駆動鎧を着てバズーカを装備したリーダーとおぼしき男がいた。
「澪ちゃん、バリアーを消すよ! 3、2、1――」
「――今だっ!!」
バリアーが消滅した瞬間に、澪の衝撃波が発動。
轟音とともに、男たちは吹き飛ばされ、向かいの家の壁ごと破壊する。
あたりの家の窓ガラスも割れ、遠くからは住民の悲鳴も聞こえてきた。
「よし、唯、行くぞ!」
「了解りっちゃん!」
律は唯を小脇に抱えると、壁や床を破壊しながら高速で移動し、最短距離で裏口へと到着する。
「大胆だねりっちゃん……」
「……どうせこの家はもうだめだしな」
裏口へ到着した二人に紬から声が届く。
(裏口にいる五人は扉の外で銃を構えて待ち伏せしてるわ。
表をバズーカで破壊して、裏から逃げたところを狙い撃ちしようとしてるみたい)
「へっ、そんなんであたしらがやられるかっつーの。突撃だ!」
「くらえ~、ギー太ビーム!」
唯が裏口の扉に向かって六本のレーザーを放つと、貫通して外の数名に命中したようで、悲鳴が聞こえてきた。
「おりゃ~!!」
律が扉を突き破って外へと出ると、一人は胴を真っ二つにされて既に絶命しており、一人は腕を失って戦闘不能となっていた。
残る三人の銃撃をものともせず、的確に一人ずつ首の骨を折り、あっさりと戦闘は終了した。
一方、澪は玄関から出て先ほど倒した男たちを確認しに行く。
向かいの家の壁にめり込んでいる九人は、既に死亡していた。
そして、駆動鎧に身を守られていたリーダーは、まだ息があった。
「これは好都合だな……ムギ! 聞こえてる?」
念話能力で澪の声を聞き取っていた紬が玄関から出てくる。
「澪ちゃん! どう?」
「リーダーはまだ生きてる。どうやってここを見つけたのか、聞き出そう」
「ええ、わかったわ」
紬は空間移動の能力を用い、駆動鎧だけを地中に転移させる。
さらにリーダーを手馴れた手つきで拘束すると、車庫に止めてあった車のトランクへと転移させた。
「幸い、向かいの家には誰もいなかったみたいね」
「ああ。でも、一般人を巻き込んでしまった……」
「……今回の被害の後始末は、うちの会社に任せて。今はここを離れましょう。
家の中の始末はもう終わったから」
紬は梓を安全な部屋に誘導したあと、家の中にあった重要な物を処分してまわっていた。
さらに、証拠隠滅のため、紬は男たちの遺体を手早く地中へと転移させていく。
澪は車庫にある車のエンジンをかけ、逃げる準備をする。
すると、裏口の処分を終えた律と唯が梓を連れて現れた。
「よっしゃみんな、逃げるぞ!」
律が運転席に乗り込み、澪は助手席に移動する。
唯と紬が梓をはさむように後部座席に乗り込むのを確認すると、律は猛スピードで車を発進させる。
「梓ちゃん、目をつぶっててね?」
呆然としていてもはや言葉も出ない梓の目を唯が優しく手で覆い隠す。
紬が何かの端末のようなもののスイッチを入れると、アジトから爆発音が聞こえ、火の手が上がった。
一同は第八学区を離れ、第七学区を越えて第十学区のアジトへと逃げ込んだ。
このアジトの周りには寂れた廃ビルや、怪しい施設が立ち並び、遠くにはスラム街のような地域が見える。
アジト自体、一見すると廃墟のように見えるが、中はきれいに改装されており、他のアジトと同じく高級感にあふれる部屋が並ぶ。
第八学区の高級住宅街から来た高級車はこの学区の雰囲気に明らかにマッチしないため、
律は皆を下ろした後、車を別の場所に隠してきた。
律がアジトに戻ると、澪が待っていた。
「お、澪。他のみんなは?」
「ムギは敵のリーダーから話を聞きだしてる。ってもほとんど拷問だけど……」
奥の部屋では、紬が精神感応系の能力を駆使してリーダーから情報を引き出している最中だった。
しかしレベル3程度の能力では不十分なようで、それを補うための拷問が行われているのだろうか、悲鳴が時折聞こえてくる。
第十学区は、このようなことを行うのに適していた。
「ムギって、お嬢様なのに意外とえぐいことするよな~……唯は?」
「唯は梓についてるよ。……梓、さっきからずっと放心状態だ」
「まあそうだろうな、一般人がいきなりあんなの見せられたら……。
で、どうする、澪? ……梓に、ばれちまったな」
一般人である梓に、放課後ティータイムの正体だけでなく、暗部組織であることまで知られてしまった。
当然ながら、証拠隠滅をしなければならない。
「……梓を殺すなんて、考えたくもないよ」
最も残酷で簡単な方法は梓を殺害することだが、その選択肢を澪はすぐに否定した。
「……口封じして、表に返すか? 今回のことでショックを受けてるだろうから、そう簡単にペラペラしゃべっちまうとは思えないしな」
「それは、危険よ」
リーダーから情報を引き出し、処分を終えた紬が奥の部屋から現れた。
「この組織は、梓ちゃんがギターを背負ってたから唯ちゃんだと勘違いして、つけていたみたいなの。
幸い、私たちの正体やアジトの場所は他には漏れなかったけど、梓ちゃんの素性はもう調べられていて、要注意人物として他の組織にも広く知れ渡ってるみたい……
だから、元の生活に帰したら、この組織を壊滅させた犯人として、まっ先に狙われることになるわ」
「「……」」
残る答えは、梓を仲間に引き入れ、保護することだった。
放課後ティータイムに入りたいという梓の願いは、最悪の形で叶えられることになる。
「……行こうぜ、唯と梓のところへ」
律たち三人が部屋の扉を開けると、中にはうつむいている梓と、彼女を抱きしめている唯の姿があった。
「……梓、聞いてくれ。唯もだ」
「りっちゃん……」
唯が不安そうな目で律を見る。
「梓、見てなんとなく分かったと思うが、あたしらはこういう組織だ。……人殺しだ。
ま、好きでやってるわけじゃないけどな」
梓はうつむいたまま答えない。
「そんで、お前はさっきの奴らにつけられてたみたいで、顔も割れているらしい。
たとえ今日のことをきれいさっぱり忘れて元の生活に戻ったとしても、ずっと奴らに狙われ続けることになる。
だから、お前は今日からあたしたちが保護する、というか……仲間になってもらうしかないんだ」
「そんな、りっちゃん!! 他に方法はないの!?」
一般人からの暗部堕ちという悲劇を二度と繰り返したくない。その思いから、唯が必死に反論する。
しかし、他にいい方法は思い浮かばなかった。
「すまん、梓、唯……わかってくれ」
「うう……そんな……!! ごめんね、梓ちゃん、ごめんね……!!」
唯は泣きながら、梓をさらに強く抱きしめる。
すると、梓がついに口を開いた。
「……いいんです」
「「……え?」」
梓の言葉は、意外なものだった。
「いいんです。どうせ私には、放課後ティータイムしかなかったんですから。憧れの放課後ティータイムに入れて、むしろ嬉しいですよ。
……ああ、そうだ。さっき私は、あの組織に襲われて死んだんですよ。死んだはずの人間が、こうやって新しい命を与えられて、
しかも好きなバンドをやって過ごせるんですよ? あは、そう考えたら、なんか楽になってきました。
むしろ私、幸せ者じゃないですか。あは、あははは――」
梓の狂った笑いは、いつぞやの唯を思い起こさせる。
「梓ちゃん……泣きたかったら、泣いていいんだよ?」
「う……あ……あああぁぁぁぁぁぁ!!!」
最終更新:2011年06月28日 03:48