第八学区の高級住宅街に着いた一同は、目的の場所を探し始める。
「え~と、ここを曲がって……このあたりのどれかの家だよ」
あたりは閑静な住宅街。しかし、一ヶ所だけ不自然な空き地があった。
「なんでここだけ家がないのかしら……」
その空き地こそ、かつて放課後ティータイムのアジトがあった場所。
今は完全な更地になっており、何も残されていなかった。
不信に思った和は、周辺の家に聞き込みを行う。
ほとんどの家は留守であったが、何軒目かで主婦と思われる女性が応じてくれた。
「けっこう前に、あそこにあった家で爆発事故があったのよ。周りの家の窓ガラスが割れて大変だったわ。
その家は事故後すぐに取り壊されて、今は何もなくなったわ」
「誰か目撃者はいなかったんですか?」
「このへんの家に住んでるのはみんな教師で、事故当時は仕事で誰もいなかったのよ。
私は子供がいたからすぐに裏から避難したし、目撃情報はないわ、ごめんなさい。
ただ、一回目の爆発のあとに、ダダダダっていう音が聴こえて……その後二回目の爆発が起こって、ガラスが割れたのよね。
あの音はなんだったのかしら……」
(……銃声?)
得られた情報を総合すると、ここであった事故は単なる爆発事故ではなさそうだ。
おそらく、銃を使った戦闘が繰り広げられ、それに梓が巻き込まれた可能性が高い。
その後、証拠隠滅のために家を跡形もなく消し去ったのだろう。
なによりも、和自身、風紀委員でありながらこの事故の存在を知らなかった。何らかの情報操作が加えられたのは間違いない。
しかし、そこまで分かったといってもここには何も情報は残されていなかった。
わかったのは、唯や梓が危険なことに巻き込まれているという事実だけ。捜査は再び振り出しに戻る。
三人の間に、重い空気が流れる。
「うう……お姉ちゃん、梓ちゃん……」
憂は泣き出してしまった。失意のまま、三人は帰宅する。
帰り際、和が純に耳打ちする。
「純ちゃん……ちょっと話があるから、明日の放課後残ってくれる?」
翌日の放課後。憂が帰宅したのを確認すると、誰もいない教室で和と純が落ち合う。
「話って何ですか、和先輩?」
「憂の能力のことよ」
「憂の……『能力複製』、ですか?」
和は小さいころの憂について説明を始める。
憂は早くから能力を習得していたが、本人も周りもそれに気づいていなかったという。
「あの子は結構小さいころから、無意識のうちに唯の『自分だけの現実』をコピーしていたらしいの。
でも、憂は唯の能力をコピーしても使うことはできなかった」
「憂でもコピーできないなんて……そんな能力があるんですか?」
「ええ、唯の能力は研究者でも解明できないほど複雑で……それでおそらく事件に巻き込まれたんでしょうけど。
とにかく、唯の能力を憂は使えなかったから、憂はずっと無能力者だと思われていたのよ」
「それでも憂は能力なんかに興味はなかった。唯の『自分だけの現実』をコピーし続けて、唯の存在を間近で感じているだけで幸せだったの。
唯が能力範囲外に出ようものなら、『お姉ちゃんはどこ』って言って泣き出すぐらいだったわ」
「そこまでお姉ちゃん大好きだったんだ……」
「そう、それがネックなのよ……あの子、あまりにも唯に依存しすぎていて……
唯が行方不明になったとき、あの子の能力が暴走してしまったの」
「『能力複製』が暴走……いまいち想像できないんですけど」
「これは研究者が言ってたことの受け売りなんだけれど……
憂の能力の本質は『能力吸収(AIMグラビティ)』。重力を自由に変えられる星のようなものらしいわ」
大きな質量を持つ星が周りの時空をゆがめて重力場を作るように、『自分だけの現実』という異世界の存在は周りの現実世界の法則をゆがめる。
このときに生じるのがAIM拡散力場だと考えれば、憂の能力が説明できる。そう研究者は語った。
「あ~、相対性理論ってやつでしたっけ? ちゃんと勉強しとけばよかったなあ……」
「ま、あくまで仮説よ。そう考えればつじつまが合う、ってだけ」
憂の『能力吸収』は、『自分だけの現実』による現実世界のゆがみの程度を自由に増減できる。すなわち、AIM拡散力場を広げたり縮めたりできる。
その結果、相手の『自分だけの現実』が自らのAIM拡散力場の影響下に入り、それを観測することができる。
本来はそれだけの能力であり、半径100メートル以内の能力者の居場所がわかる程度。
即座に演算式を組み立てて相手の能力を使用できるのは憂自身の理解力によるものである。
「それで、『能力吸収』が暴走、すなわち重力を自在に変化させられる星が暴走したら――」
「――ブラックホール、ですか?」
「そう。憂の能力が暴走すると、あたりにいる能力者の『自分だけの現実』を強く引き付けはじめる。
そして、最終的にはブラックホールになって、完全に吸収してしまうのよ。
あのときの感覚は今でも覚えているわ……まるで自分が幽体離脱して、憂に吸い込まれていくような感じだった」
「和先輩も巻き込まれたんですか!?」
「ええ。あの時は必死に憂を抱きしめて、唯は帰ってくるから大丈夫、私もいるから大丈夫、あなたは一人じゃない、って言い続けたわ。
そうしたらなんとか落ち着きを取り戻して、暴走は止まってくれたけど……」
その事件により、憂の能力は研究者の興味を惹き、唯と同じように研究所通いになってしまう。
ただ、すんなりと解析が進んだことで非道な実験に巻き込まれることはなかった。
研究者によれば、もし和があのまま『自分だけの現実』を吸収された場合、無能力者になったうえ、精神に異常をきたしていたという。
そして、そのまま暴走を続ければ、憂の『自分だけの現実』は自重で潰れ、憂の人格も崩壊していたらしい。
「唯が危険なことに関わっている以上、最悪の事態も考えられるわ。
もし憂がまた暴走したら……純ちゃん、憂を抱きしめて救ってあげて。 憂、あなたのことをかなり信頼してるようだから」
「……はい、まっかせてください!!」
苦戦する憂たちとは対照的に、放課後ティータイムは仕事も音楽も絶頂期にあった。
とある小さな研究所にて。
学園都市が行う極秘の実験に携わっていた研究者が、一人パソコンに向かっていた。
「よし……反乱分子どもはうまく動いているようだな。あとは混乱に乗じて逃げ出せば……」
この研究者は、実験の情報を反抗組織に流出させて研究所を襲撃させ、その隙に重要なデータを持ち去って逃亡し、現在隠れ家の個人研究所に潜伏中であった。
上層部は反抗組織の討伐に既に動いているようだが、研究所から避難した研究者がデータを持ち逃げしていることにはまだ気づいていないようである。
作戦の成功を確信した研究者は、データディスクをポケットにしまい、小研究所を出ようと立ち上がる。
しかしその瞬間、照明が消え、すべての電気系統がダウンした。
「なんだ、停電か!?」
「そんなわけないでしょう」
動かなくなった自動ドアを手でこじ開けながら、梓が部屋に侵入してきた。
その右腕には、小型化された砲身だけの『超電磁砲』が装備されている。
「ば、バカな! どうしてここがわかった!? まだ気づかれていないはずだったのに……!」
「ええ。まだ気づいてませんよ、上層部は」
梓の情報処理能力は時に上層部をも上回り、先に真犯人を特定してしまうことも珍しくなかった。
他のメンバーは、現在手分けして反抗組織の討伐を行っている。
「くっ……」
研究者がポケットの携帯端末に手をかけ、助けを呼ぼうとする。
「無駄です」
しかし、ボタンを押しても反応がない。研究者が確認すると、端末の電源は既に落とされていた。
「き、貴様……ならこれでどうだ! これが欲しいんだろう!?」
研究者はデータディスクを取り出すと両手で持ち、いつでも折ることができるとアピールする。
「研究所の方のデータは全て消してやった! 残るはこれだけだ! さあ、これを破壊されたくなかったら大人しくするんだ」
「メモリー解析完了です」
梓はあっさりとデータを読み取ると、自らの携帯端末にデータを複製する。
「な……化け物め! 貴様、今データを読み取ったんならわかるだろう? この実験がどれだけヤバいかを!!」
「さあ……? いちいちデータを解読して盗み見る趣味はありません。0と1の羅列をコピーしただけです」
「二万だぞ!? 二万人を殺すんだぞ!? そんなのに加担してられるかよ!! 貴様はそれでいいのか!?」
「知りません。私たちは、ただ好きなことをしているだけです。それには、これは必要なことなんです。
こればっかりは、ゆずれません。死んでください――『超電磁砲』!!」
「お、鬼――」
研究者の体を『超電磁砲』が貫く。
もともと試作品であるため本家に比べればかなり劣るものの、レベル4程度の威力はあり、実戦には十分であった。
「……鬼でもなんでもかまいません。どうあがいたって、どっちについたって、どうせ二万ぐらいは簡単に死んじゃうんです。
そして、私たちもいつか……。だったら"今"、楽しんだもん勝ちですよ」
その日のティータイムにて。
「今日はお手柄だったねあずにゃん!!」
早速唯が梓に抱きつく。
「もう、唯先輩……」
梓もまんざらでもない様子で、他の三人が生暖かい目で見ていた。
「あずにゃん~んちゅちゅ……いやあ幸せだねぇ……」
最近は仕事も音楽も非常に充実しており、皆が幸せをかみしめていた。
幸せすぎるあまり、唯はふと不安になる。
「こんな好きなことばかりやってていいのかなあ……ダメになっちゃうかなぁ……」
どこかで聞いたようなセリフを吐く唯にすかさず澪が突っ込みを入れる。
「『つーかダメんなるわけない。』だろ? 自分で書いた歌詞を忘れるなよ……」
「おお!! そうでした……でへへ」
「ふふ……でも唯先輩、だらけすぎてたらダメになっちゃいますよ?」
「そ、それはイヤ! あずにゃん、練習しよう!!」
「はい♪」
「うふふ……梓ちゃん、唯ちゃんの扱いがうまくなってきたわね」
唯、梓がスタジオへと向かい、紬もそれに続く。
澪もスタジオに行くため席を立つと、ソファーに寝転がったまま天井をぼーっと見つめている律が目に入った。
「律、行くぞ」
「……なあ澪」
「……なに?」
「さっきの唯じゃないけどさ、最近、楽しいよな」
「ああ、そうだな。すごく充実してる」
「いつまで、続くのかな」
律もまた、幸せすぎる日々が終わる日が来ることに漠然と不安を感じていた。
「……どうしたんだ律、らしくないぞ。
私たちはいつ死んでもおかしくないんだ、未来のことを考えたってしょうがないだろ。
そう言ってたのは律じゃないか」
律はしばらく無表情で黙っていたが、やがて起き上がり、いつもの笑顔に戻る。
「……ま、そうだな。あたしたちは今しか生きられない。さっさと仕上げようぜ、新曲」
放課後ティータイムは、第二段シングルの熱も冷め切らないうちに、第三弾シングル『Utauyo!!MIRACLE』『No,Thank You!』を同時発売。
空前の大ヒットを記録し、音楽業界は放課後ティータイム一色となった。
最終更新:2011年06月28日 04:03