#6
落日!



そして、その日は突然訪れた。


『今日の仕事は、風紀委員にアジトを特定されちゃったおバカな暗部組織の殲滅よ』

情報を流出させたり、裏切ったりした同業者の始末も、彼女たちの仕事である。

『風紀委員の攻撃が開始されるのは今から一時間後。それまでにアジトから組織員をおびき出し、別の場所で処分。
アジトはもぬけの殻にすること。風紀委員に一切の情報を与えてはいけないわ。時間がないから、早速出発してちょうだい』

急な依頼に、一同は急いで出発し、第七学区にある目的のアジトへと車を飛ばす。

「ったく、一時間以内とか無茶なこと言いやがって……もっと早く見つけろよな~」

「敵は私と唯ちゃんでおびき出すのはどうかしら」

ギター女、キーボード女が現れれば、たいていの組織は放課後ティータイムだと判断して攻撃してくる。

「よっしゃ、それで行こう。梓、このあたりで人目につかないところは?」

梓は携帯端末を操作し、人気のない場所を速やかに調べ上げる。

「ええと……あ、そこを曲がってください、今は使われてない資材置き場があります」

梓に指定されたところに着くと、コンテナが立ち並ぶかなり広い資材置き場があった。
周囲はコンテナで視界を遮られており、人気もない。

「よし、ここにおびき出すぞ! んじゃ、澪と梓はここで待機。あたしは唯とムギを送ってくから」

律は唯と紬を抱え、高速でアジトへと向かった。


一方、ほぼ同時刻、桜ヶ丘女子高にて。

放課後、帰宅しようとした憂に和から電話が来る。

「もしもし、和ちゃん?」

『もしもし。憂、今日これから時間あるかしら』

「うん、大丈夫だよ。どうかしたの?」

『学園都市の闇にかかわる組織の居場所を突き止めたわ。今からそこを押さえに向かうのだけど、
激しい戦闘が予想されるから、一応憂にも来てもらって後方で待機しててほしいの。許可はとってあるわ』

「……本当!? わかった、すぐ行くね!」

『闇』に関わる者との戦いとなれば、大きな危険が伴う。そのため、緊急事態に備えてレベル5である憂のサポートが求められていた。
早速出発しようとすると、純が現れた。

「憂~? どうしたの、そんなに焦って」

「あ、えっとね……」

憂は一瞬、純を巻き込んでいいのか迷う。だが、包み隠さず話すことにした。

「……『闇』に関わる組織のアジトを和ちゃんが見つけたんだって。それの手伝いに今から行くんだ」

「マジで!? こうしちゃいらんない、私も行くよ!!」

やはり、この友人は一緒についてくるようだ。
憂は申し訳なさと嬉しさが混じった表情でほほえむ。

「……ありがと、純ちゃん。行こう!」


第七学区の路地裏にて。
憂と純が到着すると、既に多数の風紀委員が集結していた。
和がその中から姿を現す。

「待ってたわ、憂。……ふふ、やっぱりあなたも来たのね、純」

「あはは……すいません、つい」

「まあ、順調に行けば二人には戦闘に参加してもらうことはないわ。
今から私たちが突入して組織員を拘束するから、あなたたちはここで待機してて。じきに『警備員』も到着するわ。
もし、私たちが危険な状況になったら、あなたたちにも加勢してほしいの」

「うん、わかった。……何か情報が得られるといいね」

「そうね……じゃ、行ってくるわね」

そう言うと和は風紀委員たちのほうへと戻っていく。

「行くわよ、みんな!」

和の号令で、一斉に風紀委員たちがアジトへ向けて走り出した。

人気のない路地裏を風紀委員たちが素早く抜けていき、目的地に到着する。
目的のアジトは、なんの変哲もない小さなアパートだった。
入口付近に集結した風紀委員たちが戦闘態勢に入る。

「アジトは一階の奥の部屋。他の部屋の学生は全員外出中よ。
準備はいい? ……突入!」

和の合図とともに、一斉に風紀委員たちが突撃する。
肉体強化の能力をもつ盾役の委員が素早くアジトの扉を破壊し、皆がいっせいに室内へとなだれこむ。

「『風紀委員』よ!! あなたたちを――」

和が腕章を見せながら突入するが、しかし。

「……やられたわね」

アジトは、既にもぬけの殻だった。



(危なかった……風紀委員はすぐそこまで迫ってたわね)

ギリギリでアジトの証拠隠滅を終えた紬は、敵を誘導している唯に追いつくため、肉体強化を使用して駆け出す。
前方に、バリアーを張りながら走る唯と、それを追う数名の男たちが見えてきた。

唯は反撃せず、バリアーで男たちの攻撃を防ぐのが精一杯であるように見せかけている。
それに気づかない男たちは、誘導されているとも知らず、醜い笑い声を上げながら唯を追跡していく。

目的の資材置き場が見えてきた。

(あとはあそこに追い込んだ組織員を殲滅。ふふ、今日も任務成功ね。帰ったら新曲の続き書かなきゃ♪)

紬に笑みがこぼれ、軽い足取りで皆が待つ資材置き場へと向かっていった。


一方、『闇』の摘発に失敗した和たちは、失意のまま、帰宅するため路地裏を歩いていた。

「参ったわね……何一つ証拠が残っていないなんて」

「惜しかったですね、和さん……。あ~あ、また振り出しかあ~。
またがんばろうね、憂。……って、あれ?」

さっきまで純の横を歩いていた憂の姿がない。後ろを振り返ると、憂は立ち止まって建物の壁をじっと見ていた。

「どしたの、憂? 壁に何かあるの?」

憂は壁を見つめたまま、

「……いる」

「え?」

「いる、この向こうに! お姉ちゃんと、梓ちゃんが!」

「うそぉ!?ホントに?」

「憂、感じるのね? 『自分だけの現実』を」

「うん……この感じ、間違いないよ。お姉ちゃんと、梓ちゃんの『自分だけの現実』だ!!」

憂は建物を越えて100メートル先にある資材置き場に、唯と梓、そして律と澪の『自分だけの現実』を感じとっていた。
憂はすぐさま律の『衝撃増幅』をコピーすると、

「お姉ちゃん! 梓ちゃん! 今行くね!!」

と言い残し、突然凄まじい勢いで真上にジャンプする。

「うわっ、憂!? どこいくの!?」

「憂、待ちなさい!」

しかし憂は二人の呼びかけに応えず、そのまま建物の屋上に着地すると、また大ジャンプしてあっという間に見えなくなってしまった。

「追うわよ、純!」

「は、はいっ!」

資材置き場での戦闘は、一方的な展開になっていた。
おびき出され、逃げ場を失った男たちは、レベル4(相当)の五人組になすすべなく次々と撃破されていく。
あっという間に、残りは一人。足を潰され、もはや動けない男は地面に這いつくばる。

「く、くそ……化け物め……」

唯が男を見下ろし、ギターを構える。

「放課後ティータイムのために死んでくださいっ!」

唯がとどめの一撃を放とうと、ピックを持った右手を振り下ろそうとした瞬間、
紬は何者かがすさまじいスピードで近づいてくるのを探知能力で感じ取る。

「待って! 誰かが来る――」

「――えっ?」

とっさのことに唯の手は止まらず、レーザーが発射され、男の体を貫く。
同時に、まるで隕石が落ちてきたように、何者かがすさまじい勢いで上空から飛来し、
唯たちの10メートルほど前方に着地して砂煙を上げた。

「ぐああああああああああっ!!!」

男の体から血飛沫が上がる。よそ見をしながら唯が発射したレーザーは急所をはずれ、死に損なった男がのた打ち回る。

砂煙が晴れ、襲来した者の姿が明らかになる。
唯とそっくりな顔立ちで、髪を後ろで束ね、桜ヶ丘高校の制服を着た少女。
学園都市第六位、平沢憂だった。


その姿を見て、真っ先に反応したのは梓。

「あ……ああ……そんな……憂……!?」

闇に堕ちた自分を、見られてしまった。
表の世界とは決別すると決心したはずであったが、その表の世界に住むレベル5との再会に大きく動揺し、恐怖で体が震える。

(((第六位……!?)))

律、澪、紬の三人は、最も出会ってはいけない敵の襲来におののく。
見られてしまったからには、このレベル5を処分しなければならない。しかし、レベル5を倒すのはかなりの難題だ。
さらに、第六位は唯の妹であり、梓の親友。倒せたとしても、殺すのははばかられる。
どうすればよいのか。とっさに判断できず、三人は動けずに硬直してしまう。

唯はまだ状況を飲み込めていないのか、憂を見つめながらぽかんとしていた。
憂もまた、返り血を浴びて血まみれの姉を見つめ、ぽかんとした表情を浮かべていた。

「がああああっ!! あああ、ああああ……」

対峙する一同の間に、男の断末魔だけが響く。
次第にその声は小さくなっていき、やがて沈黙があたりを支配すると、唯がやっと口を開いた。

「……うそ……憂、なの?」

姉の声を聞いて我に返った憂は、事態を理解し、その表情が曇っていく。
しかし、すぐに意を決したように顔を上げると、姉をまっすぐに見つめて話し始めた。

「……久しぶりだね、お姉ちゃん。ずっと、会いたかった。ずっと、探してた。
でもやっぱり、『闇』にかかわっていたんだね。こうなることを、覚悟はしてたよ。
さあ、お姉ちゃん、梓ちゃんも、一緒に帰ろう? 罪を償って、また一緒に暮らそう?」

憂は、目の前で人を殺した唯に対してもなお慈悲を見せ、更正して表の世界に戻るように求める。

「……できないよ、そんなこと。そんなことしたら、憂も……狙われちゃうんだよ?」

「大丈夫だよ。私が、みんなを守るから」

「無理だよっ!! 学園都市の闇は……そんなに甘くないんだよ?」

「だからって! お姉ちゃんと梓ちゃんに、こんなこと続けさせられないよ!!」

押し問答を始めた姉妹の間に、律が割って入る。

「……ちょっと待ちな、第六位さん。あたしらの存在を忘れてないか?」

「あなたは……Ritzさんですか」

「そ。あのな、第六位さんよ。こっちにもいろいろ事情があるんだ。あたしらはただの犯罪者ってわけじゃない。
あたしが悪うございました~、自首します、で済む話じゃないんだよ。
さらに言うなら、あたしらの秘密を知ったあんたは今すぐに処分しなきゃいけないわけだ」

律が圧力をかけるが、憂はまったく動じる気配がない。
直立不動で、まっすぐに律を見つめてくる。

(ちっ……余裕かよ。しかし、処分とか言ったはいいもののどうしたもんかな……
とりあえず総攻撃をかければ拘束ぐらいはできるか? 説得して仲間に加えるのは無理そうだし……)

結局、両者は動けずにその場に立ち尽くすのみ。
しかし、さらなる危機を紬が感じ取った。

「……まずいわ! あと二人、こっちに向かってくる!」

「「なんだって!?」」

澪と律は驚きの声を上げる。
憂を追ってきた和と純がすぐそこまで来ていた。

「どうする、律!? これ以上人に見られたら……」

「それはやばいな。収拾つかなくなる……くそっ! レベル5を速攻で倒せってか!?」

「いいえ、見られる前に向こうの二人を倒しましょう! 今、あそこのコンテナの裏を走っているわ!」

「よっしゃ、行くぜ!!」

「させません!」

律がジャンプしようとした瞬間、まるでテレポートしたかのごとく、目の前に憂が現れた。

「うっ!?」

突然のことに、律はひるみ、ジャンプできずに後退する。

「あたしの能力……コピーしてんじゃねーよ!!」

律が全速力で憂を振り切ろうとするが、律の能力をコピーし、レベル5の演算で行使する憂のスピードはすさまじく、まったく前へ進めない。

「……ちっくしょー!!」

「りっちゃん、援護するわ!」

紬が火炎弾を憂に向けて発射する。
その瞬間、憂が驚きの表情を浮かべたのを紬は見逃さなかった。

(やっぱり……コピーできないみたいね)

しかし、火炎弾はあっさりとかわされ、状況は変わらない。
そうこうしてるうちに、和と純が資材置き場へと入ってきてしまった。

「「憂!」」

その言葉を聞き、憂は後方へとジャンプして二人と合流する。和は唯の姿を、純は梓の姿を見つけ、驚きの声を上げる。

「唯……ほんとに唯なのね!?」

「和ちゃん……なの?」

「梓!! よかった、生きてた……」

「純……!!」

しかし、喜びもつかの間。憂が状況を伝える。

「二人とも、お姉ちゃんと梓ちゃんはもう……」

和、純の二人とも、この事態は覚悟していただけあって、すぐに真実を受け入れ、戦闘態勢に入る。

「……そう。残念ね……唯。あなたの幼馴染として、風紀委員として、あなたを拘束するわ。覚悟しなさい」

「そんな、梓……。
ううん、もう決めたんだ。あんたが闇に堕ちたら、ぶん殴ってでも連れ戻してやるって。友達だからって、手加減しないよ?」

事態は最悪の方向へと向かっている。唯の妹、梓の親友のレベル5、憂。唯の幼馴染、風紀委員の和。梓の親友の純。
この三人をすみやかに拘束し、殺害または監禁しなければならない。唯と梓はこの相手に対してはもはや戦闘不能であり、実質動けるのは三人。
『ユニゾン』結成以来、最も難しいミッションが始まってしまった。

和はすぐさま携帯電話を取り出す。
和のつけている腕章を見た律は、風紀委員の応援を呼ぼうとしていると判断した。

「まずい、梓、やれ! 電話させるな!」

「え、あ……はい!」

梓が和の携帯の電源を落とすため近づこうとするが、またもや憂が高速で移動し、梓の前に立ちはだかる。

「ひっ……!」

動揺している梓は十分に能力を使用することすらできない。
それを見かねた律が憂に攻撃を開始するが、まったく当たらない。

「くそっ! 澪、やれえっ!!」

焦った律は、梓を抱えて大ジャンプし、切り札である澪の能力の使用を促す。
もはや、相手を殺さずに拘束することなど考えていられない。このままでは、こちらが全員拘束されてしまう。
律の考えを汲み取った澪は、左手を掲げ、演算に集中し始めた。

「「――澪ちゃん、ダメ!」」

後ろから唯と紬の声が聞こえたが、澪は構わず能力を発動する。

「……ごめん、唯、梓。行くぞ!!」

澪の衝撃波が発射され、轟音が響き、粉塵を巻き上げ、あたりのコンテナが吹き飛ばされる。
しかし――

「……そんな!? 衝撃波を……消された?」

憂がいた地点から後方へ、きれいな扇形ができていた。
その外側は衝撃波ですべてが吹き飛ばされ、その内側はまったくの無傷。
澪の『波動増幅』をコピーした憂は、澪が音波を増幅して放った衝撃波を直接減衰させ、消滅させていた。


「うわ、すご……何今の。くらってたらヤバかったよ」

純は澪の能力の威力に驚くが、和は冷静に電話を続け、応援の要請を終了する。

「……じきに風紀委員が来るわ。警備員もね。
おとなしく投降しなさい。今、わかったでしょう? レベル5の力を」

「そんな……そんなはずない! もう一度だ!!」

「ダメよ、澪ちゃん、やめて!」

衝撃波を打ち消されたことが信じられない澪は、紬の制止も聞かず、再び衝撃波を放とうとする。
しかし、澪の足元で突然爆発のようなものが起こり、砂煙が澪に降りかかる。

「うわあっ!?」

何が起きたのか理解した澪の顔が青ざめる。澪にはできない、衝撃波の威力や範囲の調整。
それを憂はいとも簡単に成し遂げ、空気砲のような小型の衝撃波を澪の足元に向けて放ったのだった。

「うそ、だろ……」

自信を喪失した澪が膝から崩れ落ちる。
もはや打つ手のなくなった律も、言葉を失い立ち尽くしていた。

唯は先ほどから呆然と突っ立っているだけで、まったく戦意が感じられない。
梓は恐怖でガタガタと震え、右手に装備された『超電磁砲』を構えることすらできない。

万事休すの状況だが、紬だけはまだ希望を失っていなかった。
念話能力を発動し、律と澪にだけ作戦を伝える。

(りっちゃん、澪ちゃん、聞いて)

(ムギ……何か作戦があるのか?)

返事をしたのは律だけで、澪は黙ったままだった。

(一つだけ、方法があるの。誰も死なずに、みんなが元の生活に戻れる方法が)

(あいつらを殺したり監禁したりしないでもいいってことか? どういうことだ?)

(……記憶を消すの)

(そうか! ムギの多才能力なら記憶操作もできるな! 
ってもまずはあいつらをおとなしくさせなきゃいけないんだが……)

その会話に違和感を覚えた澪がようやく発言する。

(……待って、ムギ。レベル3の能力で、完全に記憶を消せるのか?)

(……できないわ。でも、それをできるようにする方法が、あるの)

紬の表情が曇る。


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最終更新:2011年06月28日 04:10