(おいムギ、お前まさか……)

(……これは、賭けよ。でもこれしかないの。お願い、任せて)

紬は何か、話したくないことがあるようだ。
しかし、他に案は思いつかない。律と澪は、紬の作戦に任せることにした。

(……わかったよ、やるしかねーな!)

(頼んだぞ、ムギ)

(うふふ、ありがとう。
私は唯ちゃんと梓ちゃんを逃がすから、りっちゃんと澪ちゃんは別の方向に逃げて。
そうすれば、第六位はこっちに、残りの二人はそっちを追うはず。
その二人は殺さず、動けない状態にして拘束してほしいの。こっちが終わったら、すぐに向かうから)

((了解!))

(どうか無事でね、二人とも)

「よっしゃ、逃げるぞ澪!」


テレパシーでの会議が終わるや否や、律は澪を抱えて高速で逃げ出そうとする。
しかし、憂がすぐさま律を上回るスピードで移動し、回り込まれてしまった。

「って、早速こうなんのかよ……こんの、食らえぇっ!!」

作戦を妨害され苛立った律は、澪を降ろすと、憂に向けて全力で飛び蹴りを放った。
憂は避けようともせず、律の攻撃を正面から受ける。

「――ああっ!!」

律が悲鳴をあげる。
律の蹴りがヒットした瞬間、憂は律の運動エネルギーを減少させたため、ダメージをまったく受けない。
かわりに、急激に動きを止められた反動が全て律の足にかかり、足をくじいてしまった。

「くうっ……! てんめえ……澪、アレだ!」

律はよろめきながら、地面を指差す。

「わかった、行くぞ!」

澪が地面を踏みつけると、地中を伝わる音波が衝撃波となり、激しく粉塵を巻き上げる。
憂の姿は粉塵で見えなくなった。

「よし、今だ!」

視界が悪くなった隙を突き、律は苦痛に耐えながらも澪を抱え、もくもくとたちこめる粉塵を回り込むように走り出す。

(ダメよ……! 視界を遮っても、第六位は『自分だけの現実』の位置を察知できるはず。なんとかして阻止しなきゃ!)

紬は、走っている律と平行に、盾になるように真空の刃を何個も発射する。
すると予想通り、憂は律の位置を正確に捉え、煙の中から飛び出してきた。

「逃がしませ――うっ!?」

憂の顔面すれすれを紬の発射した真空刃がかすめる。
視界を遮られていた憂は、『自分だけの現実』の位置は分かれど、飛んでくる攻撃までは察知できなかった。
憂がひるんだ隙に、律たちは逃走に成功した。

「逃がさないわよ!」

思惑通り、和は律たちを追い、駆け出した。

「……純ちゃん、和ちゃんを助けてあげて!」

「えっ? わ、わかった! 気をつけなよ!」

単身で敵の追跡を始めた和をサポートするため、純が後を追う。
残されたのは、唯と梓をかばうように立ちはだかる紬と、第六位・平沢憂


「……何をたくらんでいるんですか、Mugiさん?」

憂の言葉に紬は答えず、ただ静かに立っているのみ。

「そこをどいてください……お姉ちゃんも、梓ちゃんも、戻ってきてよ!」

「そろそろいいかしら?」

紬は、律たちが憂のコピー可能範囲から出るのを待っていた。

(これで、この場にいる能力者は唯ちゃんと梓ちゃんだけ。さらに二人が範囲外に出れば、私の勝ち)

紬は唯と梓の方へと歩いていくと、小声で二人に話しかける。

「二人とも、私が合図したら、向こうへ全力で逃げて。第六位がコピーできる範囲から出て」

「ムギちゃん……憂をどうするの?」

「……安心して。殺したりはしないわ。私に考えがあるの。
私たちも、憂ちゃんたちも、きっと今まで通りの生活に戻してみせるから」

そう言って紬が両手で二人に触れると、二人は数メートル先へと転送された。

「さあ、唯ちゃん、梓ちゃん、逃げて!!」

唯と梓が後方へ向けて走り出す。

「……っ! 逃がさない!」

「そうはさせないわ!」

紬が地形操作で壁を作り、進路を塞ぐ。
対する憂は紬の能力をコピーしようと何度も試すが、失敗に終わる。

(やっぱり、コピーできない……この人、『自分だけの現実』が……ない? なのにどうしていろんな能力を……)

「残念ね、憂ちゃん。私は能力者じゃないのよ」

(能力者じゃないんだったら、何かの道具を用いて能力を使ってるはず……ならきっと!)

憂は梓の『空中回路』をコピーし、紬のキーボードに向けて電撃を放つ。
しかし、梓の能力は電子機器の精密操作に特化していて、電撃を用いて攻撃するのは不得手。
レベル5の演算をもってしても、電撃の威力はレベル3程度であり、いとも簡単に防がれてしまった。

(ダメだ……なら、お姉ちゃんの能力を……今ならできるかな?)

憂は唯の能力をコピーする。しかし、かつてのようにそれを使用しても何も起こらなかった。
さらに、憂は唯の『自分だけの現実』の「位置」に違和感を覚える。

(おかしいな……お姉ちゃんの『自分だけの現実』、ちょっと位置がずれてる? 
まさか……ギー太?)

何度サーチしてみても、唯の『自分だけの現実』が唯の脳内から感じられず、そばにあるギターから感じられた。
それに疑問を感じている間もなく、紬が発射した火炎弾が憂に襲いかかり、すんでのところで回避する。

「どうやら、唯ちゃんの能力もコピーできないみたいね。梓ちゃんの能力だけで勝てるかしら、超能力者さん?」

紬は念動力で瓦礫を操り、憂へと投げつける。
しかし憂はすぐに梓の能力に切り替えると、磁力を操って周囲の金属製のコンテナへと飛び移り、避けた。
コンテナからコンテナへと飛び移りながら、紬の作り出した壁を乗り越え、梓が範囲外に出ないように前方へ進んでいく。

「さすがレベル5ね。でも行かせないわ!」

紬は発電能力者に対し有利な能力を選び、憂を攻撃する。
二人の戦いは平行線で、いつしか資材置き場を出て、路地裏へと入っていった。

しかし、戦闘向きではない梓の能力しか使えない憂はやや劣勢で、しだいに唯・梓との距離が離れていく。

(ダメ……突破できない。だったら!)

憂は梓の能力を用い、紬のキーボードの電源を直接落とすため干渉を始めた。

「……キーボードの電源を落とすつもり?」

梓の能力を知っている紬はこのような事態を想定済みであり、発電能力を駆使して電磁場の「盾」を何重にも張り、憂の干渉を妨害する。
対して、憂はレベル5の演算能力をフル回転させて「盾」を解析し、一つ、また一つと突破していく。
しかし、唯と梓は憂の能力範囲を越える寸前まで迫っていた。

(お願い……間に合って!)

「そろそろかしら……あなたの負けよ、憂ちゃん」

梓が範囲外に出るのに合わせ、紬がとどめの一撃を放とうとキーボードに手をかける。
しかしその瞬間――

「――終わったっ!!」

キーボードから火花が散り、いくつかの鍵盤が弾けとんだ。

「きゃあっ!?」

憂の解析はギリギリで間に合い、「盾」を突破してキーボードの回路をショートさせ、使用不能にすることに成功する。
尻餅をついた紬は、驚愕の表情を浮かべていた。

「驚いた……やっぱり驚異的な演算力ね、レベル5。でも、梓ちゃんはもう行ってしまったわよ?」

紬の多才能力を封じたとはいえ、能力範囲内に誰も能力者がいなくなってしまった憂は無能力者も同然だった。

「それでも……お姉ちゃんたちを追います。そこをどいてください!」

憂が紬に向かって駆け出す。紬は壊れたキーボードを投げ捨てると、憂を迎え撃つ。
無能力者となった二人の肉弾戦が始まった。



一方、律と澪は和と純を誘導しながら、人気のない路地裏へと逃げ込む。
憂のコピーできる範囲からは十分に離れたはずだ。

「はぁ、はぁ……こんだけ離れれば大丈夫だろ……っつう……!」

律は立ち止まり、澪を降ろす。

「律、足大丈夫か……?」

「ああ、たいしたことないって……。はあ、ムギに回復してもらってから来ればよかったな」

ほどなくして、追ってきた和と純が到着する。

「……見つけたわよ! 殺人の現行犯で、あなたたちを拘束するわ」

和が腕章を見せつける。

「……ハッ、もうレベル5はいないんだぜ? あたしらに勝てると思ってんのか~?」

律は痛みを隠しながら相手を挑発するが、和も純もひるむ様子はない。

「私たちだってレベル4ですよ、なめないでください!!」

(ちっ、レベル4かよ……まいったな~)

律は思わず舌打ちする。
普段ならレベル4が相手だろうとなんとも思わないのだが、今回は相手を殺してはならないという制限付き。
即死級の威力を持つ澪の能力は使えない。怪我をした律一人だけでレベル4二人を相手にするのはかなり不利だ。


(……速攻だ。まず足を潰す!!)

律は何も言わずに、突然、和に向けて猛スピードで突撃する。

「――まずはあんただ、風紀委員っ!!」

「……」

和は避けるそぶりを見せず、黙って能力を発動する。
律が和に残り5メートルほどまで迫った瞬間、律は全身が焼けるような感覚を覚えた。

「――あっちいいいっ!!」

思わず律が後退する。
炎が出ているわけではなく、和の周りの空気が、かなりの高温になっていた。少し離れた律のところまで、温風が吹いてくる。

「なんだよ、発火能力者か何かか? このっ!」

律が和に回り込むようにいろんな方向から突撃するが、やはり高温の「壁」に阻まれて攻撃できない。
分子レベルの運動エネルギーを操れない律は、熱による攻撃を無効化できない。相性の悪い相手だった。

「観念しなさい。こっちから行くわよ!」

今度は和が律に向けて駆け出す。

(……今だ!)

律は和を十分に引きつけると、和の頭上を飛び越え、後方にいた純に狙いをさだめ突撃する。

「――次はあんただ、もふもふ頭!!」

「しまった! 純、避けて!!」

「え、ちょ、いきなり!? ――く、くらえ、バクハツ!!」

純が手をかざすと、その前方5メートルほどの地面が突如爆発し、律の進撃を止める。

「うわっ、なんだよ!? ……これならどうだ!」

律は素早い動きで純をかく乱し、距離を詰めていく。

「ちょっ、こ、来ないでよ~!!」

対する純は何度も地面を爆発させて律を近づけないようにするが、和のように範囲攻撃ではないため、次第に追い詰められていった。
純を救うため、和は能力を使用し、全速力で駆け出す。

「純、今行くわよ!
……前方を-50℃、後方を100℃」

和の後方から前方へ、温度差による追い風が吹き荒れ、和を加速する。
すぐに、律に追いついた。

「――冷てええっ!!」

-50℃の冷気にさらされた律は思わずジャンプし、和を飛び越えて澪のいるほうへと戻る。

「ふ~、危なかった……すいません、和さん」

「いいのよ。私から離れないで、純。Ritzは私には近づけないわ」

熱に冷気。二種類の攻撃を受けた律は困惑する。

「……どうなってんだ、多重能力者か?」

「私が操っているのは温度よ。『温度制御(ヒートコマンダー)』、覚えておきなさい」

「へ~、温度ねえ……それだけか、安心したぜ」

律がにやりと笑う。

「じゃ、これで終わりだな。くらいな!!」

律は足元にあった砂利を掴み取ると、和と純の足をめがけて高速で投げつけようと振りかぶる。

「――まずいわ、純、爆発させて!」

「は、はい!」

純が地面を爆発させると、和は温度差を利用した逆風を起こし、巻き上がった粉塵を律に向かって吹きつける。
しかし、律が放った砂利は銃弾のように加速されているため、逆風や粉塵では完全に防ぐことはできない。

「うっ!!」

「いったぁーっ!!」

和と純の足に鋭い痛みが走る。とっさの防御策のおかげで威力は軽減されていたため、一撃で歩けなくなることは免れた。

「ありゃ、防がれたか……ま、次でおしまいだ。ふう、なんとかなったな……」

一時は劣勢に立たされていた律が安堵する。

その隙に、和は純に小声で話しかける。

「くっ……次撃たれたらまずいわね。純、Mioを狙って。
どうも、向こうは私たちを殺さずに捕まえようとしているみたいだわ。なら、さっきの戦闘からして、Mioはあの強力な能力を使えないはず」

和は律たちの思惑を、弱点を見破っていた。

「いたたた……わかりました。はあ、まさか憧れのMioに攻撃することになるなんて……」

純が前に出て、右手を高く掲げる。

「――くらえっ、私の『炭素粉刃(アダマントブレード)』!!」

すると、純の周囲に無数の小さなダイヤモンドの結晶が出現した。その結晶は、先がとがっていて、小さな刃のようになっている。
純が手を振り下ろすと、きらめく無数の刃が澪に向かって発射される。

「!? 澪っ!!」

「――えっ?」

攻撃の矛先が澪だとわかった律は、すぐさま高速移動して澪をかばい、ダイヤモンドの刃を受ける。

「いってええええっ!!」

「り、律っ!?」

普段なら刃物で切りつけられても効かない律が、痛みを訴える。
足をくじいたことに始まり、ダメージを受け続けてきた律の能力の精度が落ちてきていた。

「もういっちょ~!!」

純は周囲の地面を爆発させる。再び右手を掲げると、ダイヤモンドの刃が出現し、澪に向けて発射された。
澪ばかりを狙われては、律は身動きがとれない。痛みに耐え、刃を受け続ける。

「くうっ、いてて……!! どうなってんだ、爆発女じゃなかったのかよ……?」

「爆発女って言うな~!! 私の能力は炭素原子を操ってるんですよ!」

炭素原子限定の念動力。純は周囲の地面に含まれる炭素原子だけをもぎ取り、それを再結合させてダイヤモンドを作っていた。
急激に炭素を奪われた物体は、残された水素、酸素、窒素などの原子が激しく反応し、爆発を起こす。

このままではらちがあかない。律は澪をかばいながらも、純の攻撃の合間に足元の小石を拾い、再び投げつけようとする。
しかし、既に和が目前にまで迫ってきていた。

「同じ手は食わないわよ!」

「しまっ――」

瞬間、律の意識が飛びそうになる。和は、律の脳の温度を直接上昇させた。

「うあ……? て、めえ、何を……」

意識が朦朧とした律は、ふらふらとよろめき、澪にもたれかかる。

「律っ! しっかりしろ!!」

「あ、あたまが……ぼーっとする……」

「あなたたちの負けよ、Ritz、Mio。おとなしく投降して」

和がゆっくりと迫ってくる。

「澪……もういい、やっちまえ……」

みんなが生きて元の生活に戻るという紬の作戦は達成できそうにない。しかし、このまま捕まるわけにはいかない。
律の言葉を受け、澪は律をその場に座らせると、和のほうへ向き直り、左手を掲げた。

「ちょ、和さん、まずいですよ!」

澪の即死級の攻撃が来ることを察知した純は焦り始める。

「……あなたたちは私たちを殺さずに捕まえようとしているんでしょう?」

下手に動いて衝撃波を発射されることを恐れた和は、澪に思いとどまらせるため、話しかける。

「……そうだ。でも、それができないなら、こうするしかない」

「唯や梓ちゃんが悲しむわよ?」

「……っ!」

和の精神攻撃に澪は動揺する。和は一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。

「来るな! 撃つぞ!」

「お願い、あきらめて。あなたたちも、唯と同じように『闇』に巻き込まれたのでしょう?
唯と一緒に、やり直しましょう。今なら、まだ間に合うわ」

「だ、黙れ! 暗部は、そんな生易しいものじゃない! そんなことしたら、みんな殺される!!
それに……私たちの放課後ティータイムを……闇に住む私たちの唯一の居場所を失うわけにはいかないんだ!!」

澪が演算を開始する。

「和さん、ヤバいですって! 逃げてください!」

純は近くの建物の窓ガラスを割り、中へ逃げるよう促す。

「……そのようね」

澪が止まる気配はない。
即座に澪に攻撃をしかけたとしても、衝撃波の発射を止めることはできないと判断し、風を起こして一旦身を引く。

しかし、澪は衝撃波を放つことをためらっていた。

(私が、衝撃波の威力を抑えることさえできれば……!)

澪の脳裏に憂の姿が浮かぶ。

(それさえできれば、私たちも、唯や梓の大切な人たちも、守ることができるのに……! なんで、私は……っ!!
思い出すんだ、さっきの第六位の小さな衝撃波を……!)

澪の様子を見て、律は澪のしようとしていることに勘付く。

「や、やめろ……澪、無理するな……」

「律……私は、私は……みんなを守ってみせる!」

澪は全演算を集中し、和に狙いを定め、「小さな衝撃波」を放とうとする。

「――くらえっ!」


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最終更新:2011年06月28日 04:13