しかし、無理に範囲を狭めたことで一極集中した膨大なエネルギーはコントロールを失い、澪の目の前の地面に衝撃波が直撃。
けたたましい音が響き、地面はえぐれ、反射波によってあたりの建物の窓ガラスが割れる。
反射波をもろに受けた澪は、後ろにいた律を巻き込んで吹き飛ばされた。
「う、ぐうっ……!」
地面に落下し叩きつけられた澪が悲鳴をあげる。
衝撃波により全身に打撲傷を負ってしまい、もはや立つことはできなかった。
「澪……! ばかやろう……」
かろうじて能力で衝撃を軽減した律は無事だったものの、ダメージを受けていた。
ふらつきながらも、すぐさま澪のもとへ駆け寄る。
「ごめん、律……ダメだった」
「しゃべるな、澪……!」
建物の中に隠れていた和と純が出てくる。
「……私たちを守ろうとしてくれたのかしら。礼を言うわ。お願いだから、これ以上抵抗しないで……」
「もういいでしょ、Mioさん、Ritzさん。もうやめようよ……」
「やられる……もんかよ。あたしたちの、放課後ティータイム……つぶさせねえ!」
もはや律と澪の二人に戦う力は残っていないが、なおも譲ろうとはしない。
傷ついてもなお譲らない二人を見て、和と純もさすがに耐え切れなくなってきていた。
「さあ、おとなしくして」
和が近づいてくる。もはや、逆転勝利することは不可能。
(捕まる、ぐらいなら……)
律は澪を抱える。
「……! 逃げる気!?」
「――ムギ、すまん!!」
律は最後の力を振り絞り、遥か遠くへと大ジャンプした。
紬と憂の格闘戦は、紬の勝利に終わった。
「はあ、はあ……やっとおとなしくなったわね」
「くうっ……!」
紬が憂を地面へと叩き伏せ、拘束する。
「格闘に関しては素人のはずなのに……どうなってるのかしら、この子」
幼いころからスパイとして暗部とかかわってきた紬は、格闘術もマスターしている。
しかし、憂は紬の動きを見てその場で習得していたようで、思わぬ苦戦を強いられた。
「第六位の前では『自分だけの現実』はもはや自分だけのものではない、だったかしら?
確かに、恐ろしいまでの飲み込みの速さね」
「私を……どうするんですか」
「記憶を消すの。あなたが、唯ちゃんや梓ちゃんを見つけたことは、なかったことにするの」
「……そんな! 離してください!! せっかく、せっかく見つけたのに!!」
「憂ちゃん。唯ちゃんと梓ちゃんは、学園都市の闇に深く染まってしまったの。一緒にいても、お互いに不幸になるだけよ。
今日のことは忘れて、今までの生活に戻って」
「それでも、それでも……! 私は、お姉ちゃんと――」
「お~い、憂~~!!」
「「!!」」
遠くから、純の声が聞こえてくる。和と純が駆けつけたのだ。
「離してくださいっ!」
すぐさま純の能力をコピーした憂は、近くの地面から炭素を抜き取り爆発を起こす。
そして、10センチほどの長さのダイヤモンドの短剣を作り出し、紬に向けて発射した。
「きゃあっ!」
紬は思わず憂を拘束していた手を解き、飛んできた刃を回避する。
自由になった憂は一旦後退し、和たちと合流する。
「憂、大丈夫?」
「うわ、アザだらけじゃん!?」
「……えへへ、大丈夫。来てくれてありがとう、和ちゃん、純ちゃん。助かったよ」
形勢は一気に逆転した。もはや多才能力を使えない紬に対し、かたやレベル5が一人とレベル4が二人である。
「そんな……りっちゃんと澪ちゃんは……?」
「……彼女たちには逃げられたわ」
律と澪が無事だったことに安堵するも、作戦は失敗。
紬一人で、この三人を相手しなくてはいけないという絶望的な状況に陥った。
「もうあなたに勝ち目はないわ。おとなしく降伏して」
「……そのつもりはないわ」
「なんでみんなあきらめが悪いかなあ……もうやめようよ! これ以上やっても傷つくだけですよ!?」
純の必死の訴えにも、紬はまったく動じる様子はない。
さらに憂が前に出て、畳み掛ける。
「もうあなたは能力は使えません。道を空けてください、私たちはお姉ちゃんと梓ちゃんを追います!」
「いいえ、それはできない。
唯ちゃんと梓ちゃんは、あなたたちにとって大切な存在なのでしょうけど……
それは私たちにとっても、同じことなの!」
紬は先ほど投げ捨てた壊れたキーボードを拾い上げると、その場に正座し、膝の上にキーボードを置く。
『――我が膝より世界の卵は零れ落ち天地を創造する』
すると、膝の上のキーボードが輝きはじめ、突如バラバラに砕け散り、破片があたりの地面に規則正しく突き刺さる。
輝きを放つ破片からは蒼いオーラが噴出し、紬の周りを覆う。
『――我が歌は万物を操る魔法となる』
紬の声が何重にも重なり、また、紬のものではない声も聴こえてくる。
聖歌のような、呪いのような、不思議な『歌』があたりに響き渡った。
「えっ、なんなのアレ? ちょっと憂、あの人能力を使えなくなったんじゃなかったの!?」
「……そのはずなんだけど。ダメ、あれもコピーできない……Mugiさんは、超能力以外の何かを操っているみたい」
超能力とは相容れない異質の存在である「魔術」。科学の結晶である超能力にはないその神秘性に、能力者である一同は直感的に気味の悪さを感じていた。
(『ワイナミョイネンの歌』は魔法の歌であらゆる現象を操る魔術。でも私の知識と信仰心じゃ単なる『歌』にしかならないわ……
ふふ、『万物を操る』とはよく言ったものね。でも、これを使えば……)
『合成魔術』の開発に力を入れていた琴吹グループは、魔術の使用に関しては本職の魔術師には劣る。しかし、紬にはある秘策があった。
(魔術的な要素を含む『歌』は、ただの音波じゃない。この『歌』を使って『合成魔術』を使えば、もっと複雑な術式を組み立てられる――
レベル4までの能力が使えるはずよ!)
これこそが、紬の作戦だった。魔術の『歌』を用いてレベル4の精神感応系能力を使用し、憂たちの記憶を消す。
そうすれば、誰も死ぬことなく任務は完了し、皆がもとの生活に戻れる。
律、澪の敗北によって一対三の状況にはなってしまったが、強化された多才能力を用いればなんとか撃退できるはず、と紬は考えていた。
紬の歌声が、謎の声とからまりさらに何重にも重なる。
単なる音波では成し得なかった、三次元以外の要素を含む複雑な術式を組み上げ、『虚数学区』へと接続する。しかし――
「――ぐっ、ごほっ、ごほっ!!」
紬は血を吐き出した。
魔術を発動しながらの超能力の使用により、二つの異世界が紬の体の中で混線する。
もはや『合成魔術』の例外からは漏れ、魔術を使用した超能力者と同じように、拒絶反応が紬の体を襲う。
血を吐き出す紬の姿を見た和と純に、先ほどの律と澪の姿が思い起こされる。
彼女もまた、無理をしてまで放課後ティータイムと憂たち三人を守ろうとしているようだ。
「……またなの!? やめなさい! どうして自分を傷つけてまで……!!」
「……ふふ、私、欲張りだから。
私の大好きな放課後ティータイムのみんなも、唯ちゃんと梓ちゃんの大切な人たちも、全部……この身のすべてをかけてでも、守ってみせるわ!!」
紬は足元に落ちていた鍵盤の破片を拾うと、一歩前に踏み出し、高らかに宣言する。
「聞きなさい――我が名は、Intimus076!!」
次の瞬間、先頭に立っていた憂のふくらはぎに、鍵盤の破片が突き刺さった。
「――うっ!?」
「「憂!!」」
その場に崩れ落ちた憂に駆け寄ろうとした和と純の前に、テレポートしてきた紬が出現する。
突然現れた紬に驚き、二人の動きが止まった一瞬の隙に、紬が両手で二人の体に触れる。その部分が噴射点となり、突風で二人は勢いよく吹き飛ばされた。
「「きゃああああっ!!」」
憂が振り向き、状況を理解したときには既に和と純は憂のコピー可能範囲の外へ出てしまい、憂はもはや反撃できない。勝負は一瞬でついた。
「……うっ、げほっ! ……さあ、憂ちゃん。まずは、あなたの、記憶を……」
紬は口から血を吐き、血の涙を流し、服のあらゆるところを血に染めながら、ゆっくりと憂に近づいてくる。
連続でレベル4の強力な能力を使用した紬の体は、早くも限界に達していた。
憂は能力も使えず、足の痛みで立ち上がることもできない。
禍々しいオーラに包まれ、この世のものではない歌声を発しながら血まみれで迫ってくるその姿に、レベル5は初めて恐怖を覚えた。
「……お姉ちゃん……!」
紬は右手を憂の頭へと伸ばす。憂はもはやどうすることもできず、目をつぶった。
『歌声』が重なり、能力が発動する。
しかし、その手は憂の頭に触れることはなく、ドサッと音を立てて、憂の横に紬の体が倒れこんだ。
「――えっ?」
憂が目を開けると、横には血まみれで倒れている紬の姿。『歌声』は既に消えていた。
誰もいなくなった資材置き場に、風紀委員の応援が到着する。
「うっ……ひどい状況だな」
澪が二度放った衝撃波により地面はえぐれ、破壊されたコンテナの瓦礫があたりに散乱している。
そして、中心部には虐殺された男たちの死体。
風紀委員の男性が死体を確認する。
和からは、アジトから逃げ出した『闇』の組織員を発見したとだけ聞いていたのだが、それだけではこの状況を説明できない。
「どういうことだ? 誰がこいつらを……
……! この人、まだ息があるぞ! 救急を呼んでくれ!」
一人だけ、瀕死の状態でかろうじて生き残っている者がいた。唯が急所を外し、仕留め損ねた男だった。
その手には、携帯電話が握り締められており、メールを送信した状態で止まっていた。
「……なんだこれ、暗号か?」
その内容は暗号化されており、読み取ることはできなかった。
薄暗い路地裏の、建物と建物の間の狭い場所に、律と澪の二人が壁にもたれかかって座っていた。
「澪、大丈夫か……?」
「……ごめん、もう立てそうにない。律こそ、さっき着地のときに……」
「はは、情けね~よな。あたしが着地失敗だなんて」
度重なるダメージで演算能力が低下した律は、大ジャンプの着地の衝撃をうまく軽減できず、もはや澪と同じく立てない状態になっていた。
「なんか、こうしてると昔を思い出すよな~」
「言うなよ……」
幼いころ、暗部に入る前に二人で乞食のような生活を送っていたころの記憶がよみがえる。
「ムギ、どうなったのかな……」
律が携帯を取り出し、紬に電話をかける。しかし、電話が通じることはなく、コール音が延々と鳴り続けるのみだった。
「……ははは……あたしらみたいな人殺しが、いっちょまえに人を『救う』なんてマネをしようとしたから、こうなったのかもな」
普段なら容赦なくターゲットを殺していたが、相手を救うために戦ったのは初めて。
不慣れな戦い方が隙を生み、『ユニゾン』結成以来の敗北を喫した。
「どうする、律……?」
「さあな。もう何も考えられない」
どうすればいいかわからないし、動けないのでどうすることもできない。そんな二人に、さらなる絶望が襲う。
「――ケケケ、見つけたぞぉ」
「「!?」」
狭い通路に、男が侵入してきた。その手には拳銃が握られている。
「……黒髪ロングに、カチューシャか。報告通りだな。てめえらが噂の放課後ティータイムってわけだ」
生き残っていた組織員からの連絡により、協力する組織が一斉に放課後ティータイムを探して動き始めていた。
動けずに一か所にとどまっていた律たちは、あえなく見つかってしまう。
「てめえらは俺たち暗部組織の中でもやっかいな存在だったんだよ。ちょっとでもしくじったり、言うことを聞かなかったりしたら即皆殺しだもんなあ。
その恨みを晴らせるときがついにきたってわけだ、ケケケ」
男が銃を構える。
「く、くそおっ!!」
律は小石を拾うと、なけなしのパワーを注ぎ込み、男の脳天めがけて投げつける。
「ぐはっ!?」
小石は男の頭を貫くことはなかったが、男は気絶し仰向けに倒れる。男の持っていた銃がこちらへ飛んできて、律の足元に落ちた。
「はあ、はあ、なんとかなったか……」
「り、律ぅぅぅ!?」
「……え?」
突然絶叫した澪に驚き、律が自分の体を見ると、腹のあたりから血が流れ出ていた。
銃弾は既に発射されており、もはや威力を軽減できない律の体を貫いていた。
「……あ、うそ、だろ……」
一気に血の気が引いていく。
「い、いやああぁぁぁぁぁ! りつうぅぅぅぅ!!」
澪は律の血を見てパニックに陥っている。
「お、おちつけ、澪……あたしは、大丈夫……じゃないかも、てへっ」
律の意識が薄れていき、もはや残された時間が少ないことが感じられた。
「澪、聞いてくれ……」
「イヤだ! 聞きたくないっ!!」
律が最期の言葉を言おうとしていると感じた澪は、それを拒否する。律が死ぬことを認めたくなかった。
「いいから、聞けよ……なあ、澪、お前と逢って、今までずっと一緒にやってきて。バンド、組んでさ」
「やめろ……やめてくれ……!」
澪は耳をふさぐようなポーズをとるが、聞こえているようだ。
律は澪に這い寄ると、やさしく澪の手を耳から離す。
「放課後、ティータイム、楽しかったな。思えば、あたしらみたいな人殺しが、あんなしあわせな、せいかつ……できた……だけ……」
「りつぅ……!」
「いままで、ありがとな……みお。じゃあな」
そのまま律は澪にもたれかかると、もう言葉を発することはなくなった。
「う……うああああああああああああ!!!!!」
澪が絶叫し、能力が暴走する。
澪の声が衝撃波となり、全方向に発射され、瞬く間に周囲の建物を吹き飛ばす。
かつて澪が律に出会ったときのように、瓦礫の中で澪と律がぽつんと残された。
「律……イヤだ……私を置いていかないでくれ!」
満足に動かせない手で律の体を揺さぶるが、反応がない。
「そんな……私は、律がいなきゃ……」
ふとあたりを見渡すと、先ほどの男が持っていた拳銃が目に入った。
「……ごめん、みんな」
澪は拳銃を手に取る。
「後を追ったりしたら、きっとみんなに怒られるな……でも、私は律がいなきゃだめなんだ。律がいたから、今まで生きてこれた。
これからも、ずっと一緒にいてよ……律」
澪は左腕で律を抱きしめると、右手で拳銃を持ち、目をつぶり、自らの頭に押し付ける。
そして、躊躇なく、自らの頭を撃ち抜いた。
最終更新:2011年06月28日 04:15