―― 土曜日!
唯「うっわぁー……すごい人の数だねぇ」
憂「うん、前来た時よりも混んでるよね」
律「それじゃ行きますかー。てきとーに見てまわろーぜ」
紬「そうねー」
澪「みんなはぐれないようにな」
唯(うぅっ……心臓がバックンバックンいってるよぉ……それにさっきから眩暈が……)
唯(やっぱまだ人の多いとこ駄目なのかなぁ)
憂「お姉ちゃん、手繋ご?」
唯「う……うん……そうだね」
唯(憂の手を握ってるからギリギリ落ち着いていられるけど……どうしよう……)
私達はこうしてしばらくの間色んな夜店を見て回った。
その間も私の眩暈と動悸はどんどん酷さを増していってる。
ずっと誤魔化してたけど……さすがにもう限界かも……
いや、誘った手前こんなとこでみんなに迷惑なんてかけれないよ!
律「唯、どうした?なんか顔色悪いぞ?」
紬「唯ちゃん、やっぱりまだ身体の方がよくなってないんじゃないの?」
唯「へへっ、そんなことないってばぁ。人がいっぱいいる場所来るの久しぶりだからね、ちょっと疲れちゃったみたいなんだ」
律「少し休むかー?」
唯「うん、私そこのベンチで少し休んでるからみんなは遊んできてよ。しばらくじっとしてれば良くなると思うし」
憂「あの、心配なので私もお姉ちゃんについてますね」
澪「私もついてるよ。2人を放っておくなんてできないし」
唯「憂も澪ちゃんも私に気を使わなくていいから楽しんできなよ。みんな気に病みすぎだって」
憂「そこまで言うなら……でも何かあったらすぐ連絡してね?」
唯「うん、いっておいで」
紬「悪いわね唯ちゃん。出来るだけ早く戻ってくるからね」
唯「うん」
こうして私はベンチに座って気分を落ち着かせ……ようとしたけどやっぱり無理だよ……
眩暈はますます酷くなって、まるで洗濯機に放り込まれて散々回された後のように視界がグルグルと回って止まらない……とにかくマトモにいられない状態だ。
唯(少しでも人の少ない場所に行こう……ここじゃ休まらないよ。りっちゃん達には後で連絡しとこっと)
そう思ってここを離れようとして立ち上がった瞬間、私の中で何かの糸が切れたような感じがして、その直後意識が途絶えてしまう。
憂「お姉ちゃーん、ジュース買ってきたよー」
憂「ってあれ!?お姉ちゃんがいない!?」
澪「どうしたんだ憂ちゃん」
憂「お姉ちゃんが……お姉ちゃんがいないんです!確かにここにいるって言ったのに!」
律「近くにいないのか?」
紬「駄目ね……人が多すぎてこれじゃ区別がつかないかも」
律「とにかくみんなで手分けして唯を探すぞ!見つけたらすぐに電話するようにな」
数十分後
憂「お姉ちゃーん、どこー?いたら返事してー?」ウロウロ
憂「……」キョロキョロ
憂「駄目だぁ……見つからないよぅ……どこ行っちゃったのかなお姉ちゃん」
純「あれ?憂?」
憂「あっ、純ちゃん?」
純「やっぱり憂だ。お祭り来てたんだ。誰か探してるみたいだけどどうしたの?」
憂「それが……軽音部のみなさんとお姉ちゃんと来てたんだけど、お姉ちゃんとはぐれちゃって……」
純「えぇっ!?唯先輩来てたの!?こんな人が一杯の場所に来てはぐれるなんてマズいって!」
憂「私が目を離したせいだよね……やっぱり」
純「今そんなん言ってる場合じゃないでしょ。私も手伝うからさ、出来るだけ急いで見つけなきゃ!」
憂「分かった……ありがとう純ちゃん」
数十分後
純「どう憂、見つかった?」
憂「だめ……どこにもいないよぅ……どうしよう……」
prrr
憂「あっ、電話だ……紬さんからだ」
憂「もしもし?」
紬「憂ちゃん?唯ちゃん見つかったわ、すぐ祭本部の救護所へ来て!」
憂「本当ですか!?」
紬「ええ、他のみんなにも連絡しておくからなるべく早くきてね」
憂「はいっ!」
憂「純ちゃん、お姉ちゃん見つかったよ。お祭りの本部にある救護所だって」
純「それならすぐに行くよ!」
憂「うん!」
救護所
意識を無くした私が次に目を覚ましたのは見慣れないテントの中だった。
突然倒れた私を誰かが運んでくれたのかな……はっ!そうだ、みんなは!?
紬「気がついた?唯ちゃん」
唯「あっ……ムギちゃん、私……」
紬「唯ちゃんがいなくなったって聞いてね、みんなで手分けして探してたの。それでね、もしかしてって思ってここに来てみたら唯ちゃんが運び込まれてて寝てたから……」
唯「そっかぁー」
紬「他のみんなにも電話したからすぐに来てくれると思うわ」
それからしばらくしない内にみんなやってきた。
みんな一様に心配そうな表情をしていた、そりゃそうだよね。
憂「お姉ちゃん……大丈夫?」
唯「憂、みんな……ごめんね、せっかくのお祭りだったのに」
紬「いいのよ、唯ちゃんが無事だったのならそれで、ね」
澪「とにかく大事にならなくてよかったよ……」
律「そうだな……とにかくあんまり無理はするなよ唯。お前に何かあったら一番悲しむのは憂ちゃんなんだからさ」
唯「うん……」
憂「ねえお姉ちゃん」
唯「何?憂」
憂「お姉ちゃんはいなくなったりしないよね?いなくならないよね?」
唯「え?」
憂「私、もう嫌だよ……ヒック……ごれ以上……大事な人を……うぅっ……亡ぐずなんで、絶対嫌だよぉ……グスッ」
今まで私の前では気丈に振舞い続けていた憂が、今目の前で涙を流している。
きっと今の私のこの姿と1年前のあずにゃんの姿がダブって見えたのかも。
さっき「笑顔でいて欲しい」なんて願ったのに私のミスでいきなり泣かせちゃった……お姉ちゃん失格かなぁ、私
唯「いなくならないよ絶対に。ごめん、ごめんね憂」
私は憂を自分の方へ抱き寄せそっと頭を撫でた、とにかく憂を安心させたかったから。
その甲斐あってか、さっきまで目に見える程だった憂の全身の震えは収まり、何とか落ち着きを取り戻したようだ。
憂「グスッ……そう、だよね……私こそ……変なこと、聞いちゃったね……ヒック」
唯「はぁ……何で私こんな身体になっちゃったんだろ」
律(唯の奴、高校時代の頃とは別人のようになってる……どうしても考えがネガティブ方向に向かうようになってるな……)
紬(こんな時、梓ちゃんがいてくれてたら……ううん、ダメダメ!生きてる私達がちゃんと唯ちゃんを支えてあげていかなきゃ)
その夜、私は部屋でビデオを見ていた。
高校生の頃からつい1年前までの間撮った思い出のビデオ映像を毎晩寝る前に見るのが日課になっている。
梓『唯先輩、憂、何を探しているんですか?』
唯『えっとね、四葉のクローバーだよっ。これを持ってるとね……えっと、なんだっけ……』
憂『願いが叶うんだよ。なんでもね。そういう昔話があるんだ』
梓『へぇー、それで何をお願いするんですか?』
唯『それはもちろん――』
唯『――あずにゃんといつまでも一緒に幸せでいられますようにって』
私の頭の中から毎日少しずつあずにゃんと過ごした記憶が無くなっていく。
その思い出の日々をいつまでも忘れないように、こうやって映像を見て補っている。
そして映像は私の高校生活最後の年、大学入試直前に撮った場面に変わった。
場所は家の裏山にある神社、そっか、あの時確か「受験に合格できますように」って願掛けする為に行ったんだよね。
梓『唯先輩、大学受験頑張ってくださいね!』
唯『もっちろん!私にまっかせなさい!あずにゃんも来年からの軽音部の部長、頑張ってね』
梓『はいっ!』
唯『それじゃお願いしよっかー』
梓『そうですね、先輩、お賽銭は用意できてますか?』
唯『うん!それじゃいくよー』
懐かしいなぁー、映像の中にいるあずにゃんはとっても元気だ。
またこんな日々が戻ってきてくれたらどんなにいいか……
ビデオを見終わった私の耳にふと音が聞こえてくる。
窓の外と屋根の上からだ。
まさかと思って窓から外を見ると雨が降り出していた。
唯「いよいよ梅雨入り、かぁ……」
唯「なんだか懐かしくなってきたし、明日になったら憂と裏山の神社に行ってみよっかな」
翌日
この日は日曜日の休日、昨夜から降り始めた雨は今もまだ降り続いている。
そんな中、私と憂は2人で裏山の神社へ行くことにした。
わざわざ雨の中、こんな場所まで来るなんて普段はありえないんだけど、昨日ビデオを見た時から何故か妙な予感がしてそれを確かめる為にここまで来た。
憂「やっぱり雨だからかな、誰もいないね」
唯「そうだねー」
今私の視線の先には木で出来た古ぼけた小さな社がある。
所々木材が腐食していて、もう何年も放置されてるんじゃないかって思わせるような佇まいを見せている。
唯「なんだろ……なんかさっきから変な胸騒ぎがする……あそこに何かあるのかな?もしかして」
何かに導かれるようにして私は社の扉の前に立つ。
そして目の前にある埃の被った扉を両手でゆっくりと開ける。
立て付けの悪い扉は積もった埃を撒き散らしながら軋んだ音を出してゆっくりと開いていく。
真っ暗な室内を目を凝らしてよく覗きこんでみたけど、そこは何も無いただの空間だった。
唯「はぁ……そりゃそうだよね。こんなとこに何かあるわけないよね。やっぱ私の気にし過ぎだったかな」
私はそう呟いて開けた扉をまた閉める。
そして後ろを振り向き社から離れると憂がやってきた。
憂「お姉ちゃん、どうしたの?」
唯「あ、うん、何でもないよ」
憂「それなら別にいいけど……」
唯「それより雨強くなってきたね。そろそろ帰ろっか」
憂「そうだね、そろそろお昼ご飯の支度をしなきゃいけないし」
唯「いこっか」
そう言って私達姉妹は境内に背中を向けて帰ろうとしていた……が、その時背筋に電気のような物が走った。
唯「……!?」
憂「!?お姉ちゃん、どうかしたの?」
唯(な、何この感覚……なんか懐かしいようなこの感じ……)
突然足を止めてそう思っている私の背後で木の軋む音がした。
そう、あの社の扉が開く音だ。
2人の視線は音のあった方へと自然に向いてしまう。
唯「扉が……開いてる?あれ自動ドアだったのかなぁ」
憂「そんなワケないよ流石に……って……お、お姉ちゃん!あ、あれ!!」
唯「どうしたの憂?……えっ!?」
憂「う、嘘……だよね?」
憂が指し示した方向を見た私は我が目を疑って、まるで一瞬時間が停止したような衝撃を受ける。
扉の前に付いている5段程度の小さい階段、そこにいつの間に現れたのか1人の女の子が体育座りで座っていた。
赤いキャミソール、白いスカート……そして特徴的な長い黒髪のツインテール……間違いないよ、忘れる筈がないその見慣れた姿。
憂「あ、あずさ……ちゃん?」
唯「あずにゃん……なの?」
憂「本当に……本当に帰ってきてくれたんだ……梓ちゃん」
私達は雨に濡れるのもお構いなしに大急ぎであずにゃんの元へと駆け寄った。
憂「梓ちゃん!」
憂がそう呼びかけるとあさっての方向を向いていたあずにゃんの視線が私達姉妹の方へ向いた。
だけどその顔は何か鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな表情だった。
唯「あずにゃん!本当にあずにゃんなの!?」
私も嬉しすぎて半ば錯乱状態でそう話しかける、だけどあずにゃんの反応はあまりにも予想外なものだった。
梓「あなた達……誰?」
唯憂「え……?」
憂「あ、梓ちゃん、何言ってるの?」
梓「あずさ?それ……私の名前?あなた達は……一体誰なんですか?」
あずにゃんは唖然とした表情でそう答えた。
あまりに予想外の反応に私は戸惑ったけど、とにかく今はこの状況を教えてあげないといけないのかも。
唯「覚えてないの?ほら、私は唯だよ。同じ高校で同じ部活だったし今迄ずっと一緒に住んでたじゃん」
梓「ゆ……い……?」
唯「そうそう、
平沢唯だよ。そして、この子は私の妹であずにゃんのお友達の憂だよ」
憂「梓ちゃん、本当に私達のこと、覚えてないの?」
梓「わからない……それに、一体ここは何処なの……?」
――雨の季節、約束通りあずにゃんは私達の元へと帰ってきてくれた。
だけど……あずにゃんは全ての記憶を失っていた――
最終更新:2011年07月05日 01:33