――自宅

 今私達姉妹はあずにゃんを連れて私の家へ戻ってきている。

唯「本当に何も覚えてないの?」

梓「はい、それに自分の名前も分からないです……」

唯「えっとね、君の名前は中野梓ちゃんで、私の後輩で、憂の友達なんだよ」

梓「私が、ですか?」

憂「そうだよ?」

梓「うーん……」

唯「何か証拠になる物なかったかな……あ、そうだ!」

 何かを思いついた私は押し入れの中から1冊のアルバムを取り出してそれを見せてみることにした。
 ちなみに中身は私の小学生からの記念写真集、当然高校の軽音部時代の写真も一杯入ってる、これなら思い出してくれるはず!

梓「これ、確かに私ですね……それと一緒に写ってるこの人たちは誰なんですか?」

唯「えっとね……その人達は私達と同じ軽音部のみんなだよ。私の同級生の友達なのです!」

梓「軽音部?私、音楽やってたってことですか?」

唯「そだよー、私と一緒にギターやってたんだ。放課後ティータイムって名前のバンドでね」

唯「証拠ならあるよ。ほら、部屋の隅に2本のギターが飾ってあるよね?梓ちゃんのギターは赤い方のだから」

 私は部屋の隅の壁に立てかけてある2つのギターを指さす。
 1つはいつも私が使ってるギー太……といっても最近ワケあって触ってないんだけどね。
 もう1つの赤いギター、それはあずにゃんの形見のギターであるむったんだ。

梓「実感は正直あんまりありませんけど、こうして私が写真に写ってるってことは私がバンドやってたって話は本当みたいですね」

梓「それに一緒に写っている人達は唯さんの同級生ってことはですよ、それって私の先輩にあたる人達てことですよね」

唯「そだよー」

梓「あと話は変わりますが他の写真も見てみた感じ……私と唯さんがツーショットで写っている写真が多いですよね。私達、何か特別な関係か何かだったんですか?」

唯「うっ……そ、それは」

梓「どうしました?」

唯「……まあいっか、どうせ言わなきゃいけないんだし。えっとね、私とあずに……梓ちゃんはその――」

梓「その?」

唯「……恋人同士だったんだ」

梓「え!?恋人同士って、私達女性ですよ!?」

唯「うん、そうなんだけどさ……とにかく私達、恋人同士だったんだ。信じてもらえないかもしれないけどね」

梓「訳が分かりませんよ、もう……」

憂「あっ!そ、そうだ!それよりも梓ちゃん濡れたままだよ。風邪引くといけないから着替えないと」

唯「そ、そうだね!ここのクローゼットの中の服、梓ちゃんの物がそのまましまってあるからさ」

梓「そのまま?それに私の服がこの家に?」

憂「へ?そ、そう!ええと、と……とにかく早く着替えて、ね?それとお姉ちゃん、ちょっとこっちへ……」

唯「どったの憂?」

憂「いいから早く、ちょっと話があるんだ」

唯「う、うん……それじゃ梓ちゃん、ごゆっくりー」

梓「……??」


 ――――――

 ――――

 ――


 私は憂に促されて隣の部屋に連れてこられ憂の手によってドアがしっかりと閉められる。
 きっとあずにゃんに聞かれたくない話なんだろう、憂が何を言いたいのかは私にも大体わかる。

憂「お姉ちゃん、これからの事なんだけどね。梓ちゃんの事、他の人達にはどう報告するの?」

唯「いきなりこんな話してもみんな冗談だと思って信じてくれないよぉ」

憂「でも、梅雨が来たら梓ちゃんが戻ってくるって話みんな知ってるからそうとも言えないかもしれないよ?」

唯「そうだね、とにかく日を選んでみんなに話してみるね。みんなだってあずにゃんに会いたいかもだし」

憂「分かった。あとそれとね、今の梓ちゃん何も覚えてないみたいだよね。私の事もお姉ちゃんの事も、軽音部の皆さんの事も。そして自分が一度死んでしまったことも」

唯「どうしてなんだろう……憂は何か心当たりある?」

憂「私にだってそんなの分かんないよぅ!」

唯「……私との今までのこと、全部忘れちゃったんだよね」

憂「……多分、ね」

唯「ならさ、記憶がないならまた今日から好きになってもらえればいいんだよ!憂の事も私の事もね」

憂「うん、そうだよね!」

唯「あと考えたんだけど、あずにゃんには自分が死んじゃった事をさ、内緒にしておこう?」

憂「それがいいかもね、混乱させちゃいけないし」

唯「じゃ、戻ろっか」

憂「うん」

梓(壁にいっぱい写真が飾ってあるけど……どれも私が写ってる。やっぱり私はあの人達の知り合いなんだ)

梓「あ……鏡台の上に指輪……さっき唯さんが付けてたのと同じ物だ」

梓「ちょっと付けてみようかな」

梓「……ぴったりだ。どうして?これも私の物だったの?」

 がらがら

唯「あっ、梓ちゃん着替え終わったんだねー」

梓「ええ、なんか不思議ですね、どの服も私の体にピッタリのサイズなんですよ」

憂「そりゃあ全部梓ちゃんの服だからね、ピッタリ合ってて当然だよ」

唯「わーい!梓ちゃんやっぱりその服お似合いだよー!」ぎゅーっ

 私は昔を思い出したかのように条件反射的にあずにゃんに飛びついていた。
 いきなり抱きつかれたあずにゃんはすごく困惑した顔で私を見つめている。

梓「にゃあっ!い、いきなり何なんですかっ!」

唯「あっ、ごめんねーついつい可愛くって抱きついちゃったっ!」

憂「お姉ちゃん梓ちゃんとスキンシップするの好きだったからね」

憂(記憶がなくても反応は昔のまんまだ……本能だよねこれって……)

梓「は、はぁ……(何だろう……変わった人だなぁ……けどあんまり嫌な感じがしない、かも)」

梓「とりあえず離れてくれませんか?」

唯「うーん、やっぱり私にはあずにゃん分がないとつらいよぉー」

梓「……意味がわかりません、ああ、そうだ、話は変わるんですけど」

唯「何かな?」

梓「さっき、私何であんな森の中の神社なんかにいたんですか?傘も持たないで1人で」

梓「それにどうして記憶まで無くしてるんですか?」

唯憂(ギクッ!!)

唯「んー、それはね、あ、あれだよ!(どうしようどうしようどうしよう!!)」

憂「散歩してたんだよ、私達3人でね」

唯(憂ナイス!)

梓「……散歩、ですか?あんな雨の中でですか?」

憂「ほ、ほら、あそこ自然がいっぱいある場所だから雨になると雨の時しか顔を出さない動物や虫がいるんだよ!だからそれの観察にわざわざ来てたんだよ」

梓「……」

唯(うわっ、そうきたか……)

唯「うん!そうなんだよ!それでね、途中で梓ちゃんが具合悪くなってあそこでお昼寝してたんだよ。そんで起きた時には今迄の記憶が全部飛んじゃってたんだ」

梓「うーん、そうなんですか?」

唯「うん!そういうことですっ!」

梓「それじゃあ私、記憶がなくなる前はここに住んでたんですよね?」

唯「そだよー」

憂「うんうん、この家でお姉ちゃんと梓ちゃんは2人で住んでたんだよ?」

梓「私は……中野梓。あなたの後輩であり憂の友達……」

唯「うんうん!」

梓「1つ聞いていいですか?」

唯「何かな何かな?」

梓「この部屋、すっごい散らかってるんですけど……私ってこんなだらしない人間だったんですか?」

 そう言われて周りを見渡すとゴミやら服やら色んな小物やらが無造作に散乱していた。
 そういや前に憂が掃除してくれた時から結構日が経ってるもんね。
 あずにゃんがいなくなってからの私ってこんな自堕落な生活してたんだ……

憂「あ……こ、これはね!梓ちゃんはとても几帳面で綺麗好きな子だよ?ただ最近病気がちで寝込んでることが多かったからさ、あんまり掃除が行き届いてなかったんだよ」

梓「……そんなもんなんですか……それにしても酷いですよね、これは……」

 あずにゃんに色々と説明をしている内にあっという間に日が暮れてしまった。
 そしてその夜――

 あずにゃんは今日1日色々あって疲れたようで早々に床に就いて今はぐっすり熟睡中。
 そんな寝室の隣で私と憂は余っていた缶ビール一献傾けながら会話をしている最中だ。

憂「今日は色々ありすぎた1日だったよね」

唯「そうだよねぇ。それにしてもホントにあずにゃんが戻ってきてくれるなんてね」

憂「実際に起きてみると本当に信じられないよ、これ夢なんじゃないかなって思っちゃったりするんだ」

唯「だよねー、まさか幽霊……な訳ないよね?」

憂「まさか……ちゃんと足付いてたし生きてる人間の感触がしたよ」

憂「梓ちゃんは今どこに?」

唯「私のベッドに寝かせてあげてるよ。元々あずにゃんと2人で寝るために用意したダブルベッドだし丁度いいからねぇ」

憂「そうなんだ、それじゃあ私もそろそろ寝るね、なんか眠くなってきちゃった」

唯「それじゃそろそろ寝よっか」

憂「おやすみお姉ちゃん」

唯「おやすみ憂」

――

 寝室のベッドの上ではあずにゃんが気持ちよさそうな寝息を立てて熟睡している。
 あずにゃんが亡くなってからはその広さを持て余していたダブルサイズのベッドだったけど、今はその広さを持て余す事無く機能していた。

唯「……あずにゃん、ぐっすり寝てるね」

梓「Zzz……」

唯「可愛い寝顔だなぁ……またこうやってあずにゃんの顔が見れるなんて私何て言ったらいいか……」

 私は起こさないようにそっとあずにゃんの頬を触ってみた。
 柔らかい肌の感触がして、手に体温の温かみが伝わってくる。

唯「間違いない、ちゃんと生きてる。あずにゃんは幽霊なんかじゃない、ちゃんと今生きている人間だよ」

唯「そっくりさんでもないし、この私が間違える訳ないもん」

 ――出来るなら……もう1度、あの子に会いたい。
 1度でいいから会って、話がしたい――

 私はあの時確かにこう願った。
 まさか本当に願いが叶うなんてね、正直びっくりかも。
 ただし今迄過ごしてきた記憶は全部無くなっちゃってたけど……
 でもそんな事はもうどうでもいい、今はただ帰ってきてくれた事を神様に感謝しないとね。


 翌日

憂「お姉ちゃん、朝ごはんできたよ」

唯「うーん、おはよーういー……って、何か背中がヒンヤリするよぉ」

憂「お姉ちゃん何で床で寝てたの?」

唯「そっか……昨日あのまま床で横になってそのまま寝ちゃってたんだ」

 居間

憂「梓ちゃん、お姉ちゃん起こしてきたよ」

梓「ありがとう憂」

唯(あ、あれ??)

唯(昨日あれだけ散らかってた部屋が綺麗になってるし、あずにゃんがキッチンでお料理してる……)

梓「おはようございます唯先輩」

唯「あっ……お、おはよう、梓ちゃん」

唯「今さ、唯先輩って呼んでくれたよね……?」

梓「ええ、私達高校の先輩後輩の関係だったんですよね。ならこう呼ぶのが一番いいかなって。それに「さん」付けだとすごく違和感感じるんですよ、不思議な位に」

唯(ああ、記憶が戻ったわけじゃなかったんだ)

唯(でもなんか昔を思い出すなぁー)

梓「どうしました?」

唯「あっ!ううん、なんでもないよー」

梓「そうですか。それと唯先輩、部屋綺麗に掃除しておきましたから、もう散らかしちゃダメですよ」

唯「う、うん」

唯(この感じ、記憶がなくてもやっぱりあずにゃんはあずにゃんだなぁ)

梓「さ、朝ごはんの用意もできましたし、食べましょうか」

唯憂「うん!」

唯「梓ちゃんの手料理久しぶりだねぇー」

憂「そうだよねー」

梓「久しぶり……?」

唯憂「あ……」

梓「なんか変な感じ……」

唯「あっ!ああ、この服?そうだよね、私がスーツ着てるって合わないもんね!」

梓「いえ、そうじゃなくて……あなた達姉妹が」

憂「え?」

梓「なにか隠してませんか?私に内緒で」

唯憂「そんなことないよ!」

 やばい、どう見てもあずにゃんは私達を疑ってるよ!
 とにかくなんとかしてこの場を乗り切らないと!って思ってたその時、玄関のチャイムが鳴った。
 助かったぁー、誰か知らないけどありがとうお客さん。

梓「こんな朝早くにお客さんかな?私ちょっといってきますね」

唯「あっ!待って!」

 本当は既に死んじゃってる筈のあずにゃんを他の誰かに会わせるのは非常にまずいと思い、咄嗟に呼び止める。
 しかし僅かに間に合わなくて私が呼び止める声とドアを開ける音が見事にハモって聞こえてきてしまった。

梓「はーい、どちら様ですか?」

純「おはよーございまーす唯先輩!憂こっちに来てますかー?って何だ梓か」

純「……あれ」

純「って、えええええええ!!?」

梓「??」

純(何これ……寝不足のせいで私まだ寝ぼけてるのかな……梓の幻覚が見えるよ、しかも声付きで)

憂「あっ!純ちゃんおはよう」

純「う……憂!!ちょっとこれ、どういうこと!?なんで梓が」

憂「ごめんね純ちゃん、ちょっと話せば長くなるから後でいいかな?」

純「う……うん」

梓「あの、あなた私の事知ってるんですか?」

純「え?どうしちゃったの梓、その言葉遣いなんか変だよ?」

唯「あのね梓ちゃん、その子は梓ちゃんと憂の同級生で友達の純ちゃんだよ」

梓「私の同級生?友達?」

純「な……何なのこれ、さっぱり状況が理解できないんですけど」

憂「それは後でゆっくり説明するからとりあえず行こ?」

純「う、うん」

憂「それじゃお姉ちゃん、梓ちゃん、いってきまーす」

唯梓「いってらっしゃーい」

唯「さて、憂も行っちゃったし私もそろそろ行くね」

梓「はい」

唯「そうだ、梓ちゃんはまだ外に出ない方がいいんじゃないかな。ほら、また具合悪くなったりすると困るし」

梓「そうですね。それなら今日は外出はしないでおきますね」

唯「うん、お留守番お願いね!それじゃ行ってきます!」

梓「いってらっしゃい唯先輩」

 梅雨時にしては珍しく晴れ間がのぞいていて強めの日差しが照りつける中、私はあずにゃんに見送られ自転車にまたがって会社へと向かった。

 自転車のペダルを漕ぐ速さが今日はいつもより速い。
 あずにゃんに「いってらっしゃい」と見送られて出発する、これは1年前迄なら何でもなかった普通の日常。
 一度は壊れたそんな日常がまたこうやって戻ってきた喜びで、この時の私の心は躍っていた。


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最終更新:2011年07月05日 01:35