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梓『せーんぱい』
唯『あっ、あずにゃーん』
梓『こんなところで何してるんですか?』
唯『遠くから聞こえる曲、聞いてたの。本当に一晩中やってるんだねー』
唯『まー座りんさい』
梓『あ、はい』
梓『じっとしてたら蚊に刺されませんか?』
唯『大丈夫、虫除けバンド両手にしてるから』
梓『はぁ』
もう半年もしたら私達は卒業して離れ離れになっちゃう、私に残された時間はもうあんまり残ってなくて正直焦ってたよ。
だから2人きりでいられる今は絶好のチャンスだった。
夜空の下で、遠くから聞こえる音楽を聴きながら告白なんて、場面的にも最高だし。
たった一言「好きです」の4文字を言えば全てが解決するんだ!
いつも抱きついたり頬擦りしてるんだからこれくらいやらなきゃ!
覚悟を決めようよ私!
こう自分に言い聞かせてね、ようやく出た言葉が――
唯『一個あげよう』
梓『どうも』
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梓「全然ダメダメじゃないですか!」
唯「だよね、この時はほんとに自分自身を嫌いになりそうだったよ。私ってこんなに度胸がなかったんだなーって改めて思い知らされたな」
梓「それで、もうチャンスは無かったんですか?この後も」
唯「うん、この後も色々あったけど、あくまで私達は仲のいい先輩と後輩って関係のまま。でもその間も私の横には付き添うようにずっとあずにゃんがいてくれたんだ」
唯「だけどそれ以上の大きな進展はなくって、結局卒業式を迎えちゃったんだ」
唯「それでね、卒業式の日に私達3年生であずにゃんにある企画をしようと話がでてね」
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唯『え?あずにゃんに寄せ書き?』
律『そっ!最後だから梓に何か記念になるモン残してあげようと思ってさ。ダメか?』
唯『駄目なんかな訳ないじゃん。私も賛成だよー』
澪『唯が書き終わったら完成だから放課後になったら私達の代表で渡してあげてくれないかな』
唯『うん!』
紬『じゃあ唯ちゃん、また放課後、部室でね』
この時、正直何を書いたらいいのか全く考え付かなかったんだ。
まさか、「好きです!」なんて書くわけにもいかないし……ね。
唯『むっむー……どうしよっかなぁ……』
唯『あっ!そうだ!』カキカキ
色紙の真ん中が綺麗にくり貫かれたように空白だったんだ。
まるでみんなが私に対して席を譲ってくれてるように……
私はそこに大きな文字でこう書いたんだ。
【ありがとう、あずにゃんの隣は居心地がよかったよ ゆい】
そして卒業式も終わって放課後、帰り際に私達5人は下駄箱で寄せ書きを渡したんだ。
唯『実は私達からあずにゃんへもう1つプレゼントがあるのです!』
梓『え?さっき歌ってくれたあの曲だけじゃなかったんですか?』
律『あれとは別にな。ま、所謂突発企画なんだけどさ』
澪『梓も私達に手紙を書いてきてくれたんだし、お返しになるかなって』
唯『はい、どうぞ!あずにゃん』
梓『え!?これ……寄せ書きの色紙……ですよね』
紬『ええ、私達も梓ちゃんに何か形に残る物を残したくてね』
梓『ありがとうございます!私、この色紙大事にしますから!』
澪『さて……そろそろ帰るか』
紬『この校舎ももう見納めねぇ……みんなとこうして顔合わせるのもしばらくお預けねぇ』
唯『そっかぁ、私達みんな違う大学でバラバラになっちゃうんだよね』
澪『今生の別れじゃないんだし、また会えるよきっと。私も大学出たらまたこの街に戻ってくるつもりだし』
律『梓、新学期からの軽音部任せたからな!しっかり頼むぜ新部長!』
梓『はいです!いっぱい新入部員いれて、今よりずーっとすごい軽音部にしてみせます!先輩方も大学生頑張ってくださいね』
こうして私達の高校生活は終わってあずにゃんともしばらくの間お別れってなったんだよ。
実はこの時、色紙に自分のサインペンを挟んだままあずにゃんに渡しちゃってて、それを後になってから気が付いたんだけどさ。
だけど今更ペンなんてどうでもよかった、どうせ100均で買った安物だったし……
結局ペンは返してもらわないまま、私は大学のある東京へ上京したんだ。
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梓「ちょっと待ってください!私達結局そこで終わっちゃったんですか?」
唯「まぁまぁ、ちょっと待ってね。まだ話には続きがあるんだよ」
梓「まだあったんですか」
唯「もうちょっとだけ我慢して聞いてくれるかな?」
梓「……はぁ」
唯「その年の夏かな、お休みに入ってすぐ、私は桜ヶ丘の実家へ帰省する予定を立てたんだ。それであずにゃんにも連絡したくて電話をかけようとしたんだけど……駄目だったんだ」
梓「どうして?」
唯「正直に言うと、緊張してビビってた……ていうのかな。ただペンを返してもらうだけの話をするだけなのに電話をかけることができなかったんだよね」
唯「今迄はさ……あずにゃんに対して時間なんかお構いなしに適当な話をメールや電話したりしてたんだけど、この時だけは違って何も出来なかった……人を好きになるってこういう事なのかもね」
唯「結局、電話してお話したのは秋の連休に入ってからなんだ」
梓「唯先輩って結構ヘタレだったんですね……」
唯「がーん!ショックだよあずにゃん!心外だよ!」
梓「ふふふっ……あははっ」
唯「もうっ!からかわないでよっあずにゃんっ!」
梓「ふふっ……すいません。それでその後どうなったんですか?」
唯「えっと……」
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憂『お姉ちゃん、梓ちゃんに電話するだけなのに何でそんなに緊張してるの?』
唯『あ……いやー、別に何もないよー』
憂『梓ちゃんになんか用があるなら私が代わりに電話してあげよっか?』
唯『いいよいいよー、大して重要な話でもないから』
prrr
唯『あっ、あずにゃん?お久しぶりぶりーっ!元気してた?』
梓『お久しぶりです唯先輩。なんか相変わらずみたいですね先輩は』
唯『えっへへー。今休みでこっちに帰ってきてるから電話してみたのですっ!』
梓『そうだったんですか』
この時さ、緊張してるのを隠す為にやたらテンション高くして話してたんだ。
だけどあずにゃんの声を久しぶりに聞いたからなのかな……話してる内にね、気分も大分解れてきたんだよ。
唯『それでね、お願いなんだけど今から会えないかな?』
梓『どうしたんですか急に』
唯『えっとね、卒業式の日に渡した寄せ書きの色紙覚えてる?』
梓『ええ』
唯『実はあの寄せ書きにペン挟んだまま渡しちゃってて……突然でなんだけど返して欲しいんだ』
梓『あのペン先輩のだったんですか。誰のか分からなかったし、もしも大事なペンだったとしたら大変だから一応とっといてありますけど……』
唯『よかったぁ……あれとても大切にしてたペンだったんだよ!取っておいてくれてありがとう!』
梓『全く……そんな大切な物を簡単に忘れたりしないでくださいよ』
この電話の後にさ、すぐに会う約束をして私は待合場所へ行ったの。
待ち合わせの場所に選んだのは桜高の校門前、私とあずにゃんにとって一番長い時間を一緒に過ごした場所。
ちなみにね、あのサインペン、さっきも言った通り大事な物でも何でもない只の100均モノだよ?
そう……口実だった。
あずにゃんに会う為の……
――――
――
校門前、遅れちゃいけないと思って15分前に行ったら、もうあずにゃんが来てたんだ。
あずにゃんは最後に会った時と殆ど変わってなかった。
なんか安心したのと同時に、もう何年も会ってなかったかのような懐かしい気分にもなったんだ。
唯『やっほーあずにゃーん!待った?』
梓『いえ、今来たとこですから……とにかくペン返しますね』
いつもならここで抱きつくのがお約束……でもこの時不思議と身体が動かなかったんだ。
ううん……抱きつくっていう選択肢そのものがなかったのかも。
梓『すいません、大事なペンを』
唯『ううん、いや……いいんだよ別にさ。それよりありがとね?』
梓『あっ……はい……』
唯『……本当に久しぶりだよね。元気だった?』
梓『はい……』
唯『そっかー』
唯梓『……』
私達2人共会話が続かない位にぎごちなかった、今までで初めてだったんだよ?こんなのって。
なにか言いたいのに言い出せない、すごく気まずい気分だったよ。
梓『それじゃあ……私行きますね』
唯『あっ!ちょっ……ちょっと待って!』
咄嗟に声が出たんだ、本能的にね。
ここで何もしなかったら後で絶対後悔する!そう思ったから。
それで帰ろうとしてるあずにゃんを何とか呼び止めることができたんだ。
唯『あ、あのね!今度の日曜空いてないかな?』
梓『え?』
唯『その……遊びに行かない?今回は2人でさ』
それを聞いたあずにゃんはその場でしばらく立ってたんだ。
こっちに背中を向けたまま、ただ俯いてこっちに顔を見せたりしないで1言だけ、こう返事してくれたんだよ。
梓『……勿論いいですよ』
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唯「自分でもよくあそこで咄嗟にあんな台詞が出たなって思うよ。でもまあこうして、記念すべき第1回目のデートが出会ってから2年以上経ってようやく実現したんだ」
梓「なんか……今の唯先輩のキャラと違って随分奥手というか不器用っていうか、そんな感じがします」
唯「……面目ないです。だって人を好きになったのなんて初めてだし……それにこれってどう見てもデートだし……」
梓「それでその後どうなったんですか?」
唯「えっとね……日曜日、私達は色んな場所を2人きりでまわったの。服や楽器を見たりお菓子を物色したりとか」
唯「それで休憩しよっかって話になってね、すぐ近くにあった喫茶店に寄って、お茶しながらお喋りしてたんだ」
唯「そこで私は、なんだかダムが決壊したみたいに喋り続けたんだ。それもいつも以上にね。もう止まらないんだよ」
唯「止まっちゃうと、あずにゃんは「帰りますね」って言い出しそうでそれが怖くて。大学のこと、好きな音楽のこと、最近見つけたケーキの美味しいお店の話、この前見たTVの話題とかさ」
唯「――そしてあずにゃんの事がずっと好きだったことも」
梓「……」
唯「次に私達が行ったのは、裏通りにあった小さな雑貨屋さんなんだけどね。そこで私はある物を買ったんだ」
梓「ある物?」
唯「うん、目立つ物もなくて普通なら素通りするようなお店だったんだけど、何故かこの時惹かれる何かがあってここに寄り道してみたんだよね」
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唯『あずにゃん、どったの?何か気になる物でもあったの?』
梓『いえ、そんなに大した物ではないんですけど……』
唯『むぅ……何を見てたか気になるよ』
そこにあったのは指輪だった。2つペアになった銀色に光る指輪だった。
唯『ペアの指輪だねぇ。いいなぁこれ……あずにゃんはこの指輪を私とおそろで付けたいのかな?』
梓『なっ!べ、別にそんなんじゃ……』
唯『うーん……よし!ちょっと待っててね!』
私もあずにゃんも、その指輪に何か感じる物でもあったのかな、私は衝動的にその指輪を買いに走ったんだ。
まあ、ちょっと高かったけど今月のお菓子を少し減らせば何とかやっていけそうだから、奮発しちゃったんだよ。
唯『あずにゃんや、指だして、薬指だよ薬指!』
梓『え?』
恐る恐る指を出したあずにゃんの手を取って、私は買ったばかりの指輪をはめたんだよ。
サイズはピッタリ合ってて綺麗にはまったんだ
梓『ちょっ!唯先輩、これ高かったんじゃないんですか?』
唯『いーのいーの!たまには先輩を立てなさい!』
梓『は、はい……あ、あの、その……あ、ありがとうございます』
唯『私も付けてみたよ!これで2人お揃い、どこに行ってても、どんなに離れてても私達はこの指輪で一緒なんだよ』
梓『そうですね……』
唯『それにしても何か、結婚指輪みたいだねぇ』
梓『は、恥ずかしいこと言わないでください!なんで先輩はそんな事恥ずかしげもなく言えるんですか!』
唯『えへへ、もう私何だか嬉しくて嬉しくて』
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梓「なるほど、だから部屋にあった指輪、私の指にぴったり合ってたんですね」
唯「そだよー、あれはあずにゃんの物なんだもん」
唯「それからも私達は色んな場所に行って楽しんでたんだけど、時間が経つのは早いものでいつの間にか辺りは暗くなっててお別れの時間が来ちゃったんだ」
梓「それで?」
唯「あずにゃんと帰りの電車に乗る為に駅のホームで一緒に電車を待っている時かな――」
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この日はとっても寒かったのを覚えてる。
あずにゃんはコートを着込んでたけど、それでも寒さで体が震えてるのがよく分かったんだ。
梓『ねえ唯先輩』
唯『なあに?あずにゃん』
梓『……寒いですね』
唯『そだねぇ……あっ、そうだ!』
私はそう言うとあずにゃんの手を取って自分のコートのポケットの中に引き入れて、ぎゅっと握ったんだ。
最初は冷たかったあずにゃんの手もポケットの中で握り合ってたらすぐに温かくなったのを今でもよく覚えているよ。
梓『あっ、唯先輩……』
唯『私のポケットをお裾分けしますっ!ささ、どうぞどうぞご遠慮なさらずー』
梓『何なんですかそれ……ふふっ、それじゃ、ちょっとの間お邪魔しちゃいますね』
唯『えへへ、しばらくぶりのあったかあったかだねー』
梓『はい……』
梓『あの、また会えますか?』
唯『ごめんね、明日の朝イチの電車で東京に戻らなきゃいけないんだ』
梓『そうですか……なら、手紙を出します!メールより手紙の方が、より唯先輩が近くにいるように感じられそうなので』
唯『うん!それなら私も手紙出すよ!』
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唯「2年以上の私の片想いもようやく実を結んで、こうして私とあずにゃんはカップルとして正式にお付き合いするようになったんだよ」
梓「なるほど……色々あったんですね」
唯「今でもあずにゃんには感謝の気持ちで一杯なんだ。女の子同士なのに……どう見てもおかしい話なのに、普通なら断るような話なのに、それでもあずにゃんが私の気持ちを受け入れてくれたことが、ただただ嬉しかった」
梓「そうなんですか……でも、すいません。まだ何も思い出せないんです」
唯「そっかぁ……まあ、しょうがないよね」
梓「だけど今もこうやって先輩とお話してると、それだけで楽しくなってくるんです。ずっと隣にいて欲しいって思えてくるんです。当時の私がどうして唯先輩に惹かれていったのか分かる気がしてきました」
そう言った直後、あずにゃんは私の隣にやってきて服のポケットに手を入れてきた。
正直、ドキッとしたけど目の前で笑顔で向き合ってこの体勢でいる内に、駅のホームでの出来事を思い出して懐かしい気分になって顔が綻ぶ。
梓「もしこのまま記憶が戻らなかったのなら、その時みたいに少しづつあなたに慣れていきたいです……もう1度唯先輩のことを好きになっていきたいんです――」
唯「――ありがとう、あずにゃん」
最終更新:2011年07月05日 01:38