翌日、私は近くの喫茶店で軽音部のみんなとお話していた。
今日こそあずにゃんが帰ってきた事を報告するために。
澪律紬「え?」
唯「信じられる?信じられないよねぇやっぱりさ」
律「いやぁ……その、さ、何ていったらいいか」
紬「唯ちゃんも憂ちゃんも嘘をつくような人じゃないのはわかってるけど、ねぇ」
澪「そうだよな……それにここにいる私達全員、梓の葬式に参列してたんだし」
唯「信じてくれなくていいんだよ。ただみんなに知らせておきたかったから」
紬「困ったわねぇ」
唯「憂と純ちゃんにも聞いてみるといいよ。2人とも私の家であずにゃんと会ってるし」
澪「前にさ、会社で唯が笑顔で出勤してきて何か秘密にしてたの、あれ梓が帰ってきたからなんだよな?」
唯「そだよー」
律「でもさ……もし唯の言っている事が本当だとして」
唯「うん」
律「雨の季節に戻ってきた梓は雨の季節が終わるとまたいなくなるってことじゃないのか?」
澪「じゃあまた悲しい思いをしなきゃいけないじゃないか……憂ちゃんと」
澪「……それに、唯も」
唯「……あっ」
そうだった、雨の季節に戻ってきたあずにゃんはもしかしたら――
――雨の季節が終わったらいなくなってしまうかもしれないんだ
それからの毎日、あずにゃんは記憶を取り戻すことはなかったものの、今の生活には大分慣れてきたようだった。
私達に、またいつもの日常が戻ってきたんだ、笑顔の絶えない日々が。
でも雨の季節が終わったらあずにゃんはいなくなってしまうかもしれない。その懸念だけがずっと頭の中にこびりついていた。
でもあずにゃんは今こうして私の傍にいる、もしいなくなった時後悔しないように今やれるだけの事をしてあげようと思っている。
そんなある日……
梓「え?明日軽音部の先輩方に?」
唯「うん、もしかしたらみんなに会えばあずにゃんの記憶に何か変化があるのかなーって」
梓「そうですね、私も会ってみたいです。それに少しでも私の記憶を取り戻せる可能性があるかもしれませんし」
翌日、近所のスタジオを借りてそこでみんなで待ち合わせすることにした。
ちなみにあずにゃんの記憶が全部無くなっちゃってることはあらかじめみんなに説明はしておいた。
どういう形であれ、折角5人揃うんだからやっぱり音を合わせてみたいもん。
待ち合わせ場所に着くと、既に他のみんなは到着していた。
遠くから私の姿を見たみんなが手を振ってくれて、私も手を振り返す。
唯「おまたせーみんなー!ほら、いくよあずにゃん」
梓「はいっ」
私はそう言うとあずにゃんの手をとってみんなの下へ走り出した。
律「おいおい……マジかよ……ホントに梓じゃん」
紬「どういう事……?まさか幽霊、じゃないわよねぇ」
澪「ひいぃぃっ!梓のお化け梓のお化け梓のお化け梓のお化け……!」
律「おーい澪、よく見てみろって、ありゃどうみても生きてる人間だって」
紬「そうねぇ、それにもしも梓ちゃんの幽霊だったとしても何にも怖くないじゃない」
澪「あ……ああ……」
唯「どったの?みんな」
紬「うふふ、なんでもないわー。それよりお久しぶり、梓ちゃん」
唯「あずにゃん、この人達が高校生の時からずっと一緒に音楽やってきた軽音部のみんなだよ」
梓「あっ、はい!えっと……こ、こんにちは……みなさんの事は何も覚えてませんけど……」
律「よっ、久しぶり梓っ!なんだよ、ホントに何にも変わってねーし」
澪「梓……本当に梓なんだよな……会いたかったんだぞ!もう!」
紬「ねえ梓ちゃん、本当に私達のこと、何も覚えてないの?」
梓「はい、すいません……みなさんとてもいい人なのはよく分かるんですけど、それ以上は」
澪(本当に記憶が無いのか……わざとからかってるようにも見えないし……生き返ってきた件といいどういう事なんだ?)
律「じゃあみんな改めて自己紹介しようぜ。唯はもうしてるから私達3人な」
みんな順番に自己紹介をしていった、まるで初対面の人間に対するかのように細かく。
そうすることであずにゃんの軽音部での思い出が少しでも戻ってくるかもしれなかったから。
唯「自己紹介も終わったことだし、久しぶりに演奏しようよ!」
律「そうだな!でも唯、お前はちゃんと弾けるのか?ブランクあるだろ結構さ」
唯「大丈夫だよ。最近になってまた家でギー太触るようになってきたからね」
澪(唯、大学中退して音楽やめちゃったのかと思ったけど、梓が帰ってきてからまたギター弾くようになったのか)
唯「あずにゃん、ちゃんとむったん持ってきたよね?」
梓「はい、でもちゃんと弾けるのかなぁ……」
唯「あずにゃんは私よりギターうまいんだから出来るって!」
――――――
――――
――
澪「よし、と。みんな用意はいいか?」
唯「おっけーだよ!」
紬「いつでもいいわよ」
梓「や……やってみます!」
律「よーっし!じゃ行くぞー!1、2!」
聴きなれたふわふわのイントロが流れ始める。
あずにゃんは当然として、私にとっても久しぶりの音だった。
大学を辞めてからの私は音楽を完全に封印していたから。
そんな封印もあずにゃんが帰ってきてから解くようになった理由はただ1つ。
またあの頃みたいにあずにゃんと演奏したい、少しずつ元の日常に戻していきたいから。
梓「うーん、なんかまだうまく弾けませんね……すいません、折角誘ってくれたのに」
記憶のないあずにゃんは当然ながらギターの弾き方も忘れてしまっていた。
昨日私と少し音合わせしたけど、それでもまだ万全じゃなかったようで。
澪「しょうがないさ、これからまた少しずつ練習していけばいいんだよ」
律「そうだな、これからはまた時間見つけてさ、こうやってみんなで集まって演奏しようぜ」
唯「それいいね!賛成!」
紬「やっぱりこの5人でバンド組むのが一番楽しいものね」
律「梓もそれでいいよな?」
梓「はい、まだ上手く弾けませんけど皆さんと一緒に練習していたらいつかまたちゃんと出来るんじゃないか、そう思えてくるんです」
梓「だからこれからもまたよろしくお願いします!」
律「いいっていいってそんな畏まらなくても。それにギターの弾き方忘れてても1年生の頃の唯よりちゃんと出来てたぞ」
唯「ぶーっ!ひどいよりっちゃーん!」
澪「そうだよな、何だかんだで要所はきっちり押さえてたし流石だよ梓は」
紬「じゃあ外に出てお茶しましょ?こんなこともあると思って紅茶とケーキ用意してきたの」
唯「やっぱムギちゃんのお茶がないと始まらないよねー」
私達はスタジオの外でムギちゃんの用意してくれた紅茶とケーキでティータイムを始めて他愛のないお喋りで時間を忘れて盛り上がった。
高校時代毎日やってたあの放課後の時間が、また戻ってきたような気分かも。
あの日以来、私達HTTのメンバーは時間を見つけては集まって演奏やティータイムをするようになっていた。
みんなの事を完全に忘れてしまっていたあずにゃんだったけど、こうしている内に少しずつまた元のように打ち解けるようになっていってた。
ただ1つ重要な事、あずにゃんに1年前に自分が既に死んじゃってる件は言わない約束は事前に教えておいて、みんなもそれを理解して気を遣ってくれている。
なんとなくだけど、自分が死んじゃってることをあずにゃんが知っちゃったら、私達の前からいなくなるような気がして……だから言えなかった。
そんなある日、私達は部屋でビデオを見ていた。
梓「それにしても、今までの出来事をこうやって全部記録しておいたんですか?」
唯「そだよ。澪ちゃんやムギちゃんがカメラ大好きだからね、こうやっていろんなのを撮ってもらってたんだよ」
梓「何か新鮮ですね、これは」
唯「おっ、次は私達が初めて2人組でユニット組んだ場面だよ!」
唯『どうもどうもー!桜ヶ丘高校3年、
平沢唯でーっす!』
唯梓『2人あわせて!』
唯『ゆい!』
梓『あず!』
唯梓『でーす!』
梓「……私、唯先輩と漫才コンビもやってたんですか?」
唯「一応、ギター弾き語りするために参加してたんだけどなぁ」
梓「なんていうか、私自身に対するイメージが訳わからなくなりそうです。でも――」
唯「でも?」
梓「……すごく幸せそう、私」
唯「そうだよ。私達とっても幸せだったんだ」
唯(そう……この頃までは、ね)
その更に数日後、平沢家
純「なんか大分元の生活に戻ってきたよね、あんた達姉妹も、私達もさ」
憂「そうだよね。梓ちゃんがいなくなって狂っちゃった歯車を、また梓ちゃんが1つ1つ治してくれてるような、そんな感じがするな」
純「いいことなんじゃないかな、それってさ」
憂「そうなんだけど……私最近になって思ったんだ」
純「なにを?」
憂「梓ちゃんがここにいられるのは雨の季節の間だけかもしれないって。ずっと私達と一緒にいてくれるんじゃないか……そんな錯覚に陥ってるんじゃないのかなって」
純「……」
憂「もしも……そうなったらお姉ちゃんはどうなっちゃうんだろう。気が付いてるのかな、お姉ちゃんもこの事に」
純「多分……ね。唯先輩も薄々勘付いてると思うよ。でもさ……」
憂「でも?」
純「もしもそうなっちゃうならね、今の内に、今度は何も思い残すことはないようにしておいた方がいいと思うな。限られた時間は大事にしなきゃね」
憂「そうだよね」
ピンポーン
純「おっ、そろそろきたのかな?」
憂「ちょっと行ってくるね!」
ドア「がちゃっ」
梓「こんにちは、憂」
憂「いらっしゃい梓ちゃん。さ、あがってあがって」
梓「お邪魔しまーす」
――――――
――――
――
純「おーっす!あーずさっ」
梓「純も来てたんだ。こんにちはっ」
憂「すぐにお茶用意するから適当に座っててー」
梓「うん、そうさせてもらうね」
純「さ、私の隣が空いてるからここに座りんさい」
純は自分の隣の座布団を手で叩きながら私を招き寄せようとしていた。
それはまるで、この前の部室での唯先輩のように。
梓「何よもう。それって唯先輩のマネしてるつもり?」
純「あんた記憶がなくても言う事はあんま変わらないね……」
この2人とは時間があればよく会ってこうやってお喋りをしたりしている。
純っていつも私をからかったり茶化したり笑わせようと色々なことをしてくるけど、それがとても面白かった。
記憶がなくなる前の私って、こんな面白い子と友達だったんだなぁ……
しばらく会話を弾ませている途中、私の視界にベランダにかけられた大量のてるてる坊主がはいる。
ただそのてるてる坊主、1つ残らず全て逆さまで頭が下を向いている状態、雨乞いの儀式でもするつもりなのかな。
どうみても憂はワザとやっている……不思議に思った私は憂に聞いてみた。
梓「ねえ憂」
憂「どうしたの?」
梓「この家のてるてる坊主、なんでみんな逆さまなの?」
憂「……」
憂は少し俯いて黙ってしまった。
私の場所からだとよく分からないけど、何か寂しそうな……そんな風にも見えた。
さっきまで率先して喋ってた純も表情を曇らせて無言で私と憂を見つめている。
……何か私、聞いちゃいけないことを聞いちゃったのかなぁ。
憂「……ねえ梓ちゃん」
無言で俯いてた憂が時間を置いて小さい声で話しかけてきた。
梓「なに?どうしたのよ憂。そんなしんみりした顔しちゃってさ」
憂「梓ちゃんは……どこにも行かないよね?もう勝手にどっか行っちゃったりしないよね!?」
憂は半分涙目のようになっていた。
何がなんだかよくわからないけど、私は憂の手を握って微笑んだ。
梓「……どこにもいかないよ。約束する」
なんだかいたたまれない空気が充満している。
その空気を入れ替えようとしたのか純がでかい声できりだしてきた。
純「ったく!やめやめ!そんなん今の時点で考えてもしょうがないんだからさ、だから……」
梓「……だから?」
純「ゲームしよっ!ゲーム!」
梓「そうだね!遊ぼっか、3人でさ!」
憂「うんっ!」
同時刻 近所のファミレス
唯「私ね、あずにゃんってすごいと思ったんだ」
律「どうしてそう思うんだ?」
唯「だってさ!だってだよ?昔と今で記憶が繋がってないだけでも辛いはずなのに、前に進んで記憶のない自分を乗り越えようとしてるんだよ?」
紬「そういう子だったよね、梓ちゃんは」
澪「ああ、梓はひたむきで、ホント真面目な奴だったからな。よく分かるよ」
唯「ねぇねぇみんな!私ね、あずにゃんに何かしてあげたいんだけど何かないかな?」
律「うーん……そう言われるとなぁ……」
紬「……そうだ!それならね、くっつけてあげればいいんじゃないかしら、唯ちゃんがね」
唯「ふぇ?」
紬「梓ちゃんの、過去と今よ」
唯「出来るのかなぁー、私に」
澪「大丈夫、応援してるその気持ちさえ伝わればいいんだからさ、唯になら出来るよ」
唯「うん、分かった!私やってみるね!」
律「それならさ、今度みんなで旅行行くってどうだ?」
澪「旅行?」
律「前にさ、唯言ってただろ?梓が帰ってきたら旅行とか連れて行ってあげて少しでも恋人らしいことしてあげたいって。だから行こうぜー」
紬「いいわねぇそれ」
澪「でも急にそんなの決めてどこに行くか考えてあるのか?」
律「ないッ!」
澪「おい」
律「でー、唯はどうなんだ?肝心の唯はさ」
唯「私はおっけーだよ。だって私も行きたいもん!あずにゃんと少しでもいっぱい色んなことしたいもん」
律「よーっし、決まりだな。それじゃ唯は梓に聞いてみてくれ。行き先は私等でどっかいいトコ決めとくから」
唯「了解であります!」
こうして私達5人は旅行へ行くことがきまった。
学生の頃と違ってまとまった休みが無いので週末に1泊2日で出かける程度の旅行だけど。
ちなみに今はもう軽音部じゃないから「合宿」じゃなくて「ただの旅行」です。
澪「で……結局ムギの別荘にまた来たわけだけど」
律「ここが1番いいんじゃねーかなーと思ったわけでここにしたんだけどなぁ」
紬「やっぱり梓ちゃんの記憶のこと考えたらここが一番いいんじゃないかしら」
梓「……おっきな別荘ですね。ここってムギ先輩の別荘なんですか?」
紬「そうよ。前にも1度合宿でみんなで来てるんだけどね」
唯「確かここ、あずにゃんが入部した年に来た別荘だったよね」
律「そいじゃ、とりあえず……」
澪「海か?」
律「て言いたいトコだけどさすがにまだ早いよなぁ」
唯「でもとりあえず海行ってみない?折角ここに来たんだもん」
律「そうすっかー」
最終更新:2011年07月05日 01:42