――

唯憂「いってきまーす!」

梓「2人共いってらっしゃい。トラックに気をつけてね」

唯憂「はーい」

 ――

梓「さて……2人がいない今の内に家の中を掃除しちゃおうかな」

 唯先輩も憂もいない今の内に家の中をくまなく掃除しようとした私は、押し入れの中から掃除機を取り出そうとしていた。
 押し入れのふすまを開けて中にあった掃除機に手をかける……と、ふとその掃除機の横のダンボール箱が目に入る。

梓(あの箱、この前中身見ようとして途中で片付けちゃった箱だよね。そういやちゃんと中見てないなぁ)

 そう思い立った私は、何かに導かれるように掃除機ではなくダンボール箱の方に手を伸ばしてしまう。

梓「そういえば私の日記があったよね。それを見れば昔の私の手がかりが見つかるかもね」

 日記帳はすぐに見つかった。いつでも見れるように私が一番上に載せていたからだ。
 布張りの表紙の日記帳を手に取りそれをしばらく見つめ、ゆっくりと表紙をめくる。
 そこには私が高校に入ってからの出来事がこと細かく書かれていた。
 軽音部での部活動や先輩達の事、同級生の親友の憂と純の事、学園祭の事、合宿の事、夏フェスの事、本当に楽しそうにしていたのが文字からひしひしと伝わってきて私の顔から自然と笑みがこぼれる。

梓「面白いなぁこれ、昔の私ってこんなんだったんだ……ふふっ」

梓「さて、次のページは……と、あっ!」

 換気の為開けっ放しにしていた窓から強めの風が部屋の中に入り込み、私は咄嗟に声を上げた。
 その風で日記帳のページが勝手にめくられていき、一気に最後の方のページへと飛ばされてしまったようだ。

梓「もう、ゆっくり順番に見るつもりだったのに。どこまで記録してあるんだろうこの日記」

 気になった私はその紙に書かれている文字を読んだ。
 だけどこれが全てのきっかけだった、私は閉じられた重い扉を開けてしまっていたんだ。

梓(うそ……何これ……どういうこと!?)

 私は唖然として何も考えられなかった。
 突きつけられた事実に全身の力が抜け、手に持っていた日記帳を落としてしまう。

 このとき、私の頭の中に全ての記憶が次々と蘇ってきていた……そう、全部思い出したんだ。
 まるで日記帳が私の記憶の封印を解く鍵だったかのように全てを理解した。

梓「もしもし、律先輩ですか?」

律「梓か、どうした?急に電話なんかよこして」

 あの日記を見て1人悩んでいた私は律先輩に電話をかけていた。
 澪先輩は職場で唯先輩と一緒にいるし、純ももしかしたら今憂といるかもしれない。となると電話をかける相手は律先輩かムギ先輩しかいなかったから。
 どうしても大事な用事が……確かめたい事があったから。

梓「すいません、ぶしつけなんですけど今から少し会えませんか?」

律「ああ、私は今日フリーでヒマしてたから別にいいけど……何かあったのか?」

梓「どうしても行きたい場所があるんです。律先輩なら知ってると思うんですけど、連れて行ってもらえませんか?」

律「じゃあ今から車で迎えに行くよ。唯の家でいいんだよな?」

梓「はい、お願いします」


 ―― 1時間後

 私は律先輩にある場所に連れてきてもらっていた。
 今目の前には「中野家」と書かれた墓石があり、それをじっと見つめている。
 墓石の横には私の戒名と名前と享年と命日がしっかりと書かれていた。

律「なあ梓――」

梓「――いいんです、分かってますからもう。本当にお久しぶりです先輩、何も変わり無いようで何よりです」

律「……やっぱりそうだったんだな。いきなり「私のお墓に連れて行ってください」とか言うから、もしやとは思ったけど、思い出しちゃったんだな、全部……」

梓「はい、全部思い出したんです。今までの記憶を……私が昔書いた日記を読んで全部理解したんですよ」

律「自分の日記がきっかけ、か……じゃあここには、それを確かめる為に、ってことか」

梓「そうですね。本当の私は1年前に死んでいて、今のこの世界に中野梓という人間は存在しないという事、それを確かめたかったんです」

律「辛くないのか?自分の墓を見てさ」

梓「最初事実を知った時、信じられませんでした。でも今は不思議と冷静でいられてます。ただ……」

律「ただ?」

梓「雨の季節が終わったら、私はみなさんとも、今の楽しい生活ともお別れしなきゃいけない……それも事実だって分かって正直どうしたらいいか悩んでるんです」

律「唯の予感は正しかったってワケか……」

梓「唯先輩も予感してたんですね」

律「まあな。それに多分憂ちゃんもな」

 そんな時、後ろから足音が聞こえてきた。
 後ろを振り向くと、そこには水桶と花を持っている見慣れた親しい人物の姿があった。

梓「純……」

純「うそ……何であんたがこんなトコにいるのよ……」

 純の手から水桶が落ち、中に入っていた水が四方へ飛び散った。
 だけどそれにも目もくれずに私を困惑した目で見つめている。

梓「落ち着いて純、実は私――」

 ――

純「そっか……記憶が戻っちゃったんだ」

梓「うん……純にもいずれは言うつもりだったんだけどね」

律「いずれこうなる日は来ると思ってたんだけどな、いざ来てみるとなんだかなぁ……」

純「そうですね……そもそも隠し通すことに無理があったんですよね」

純「それで梓、雨の季節が終わったらまたいなくなっちゃうの?」

梓「うん……」

純「梓が帰ってきてさ、憂すっごく喜んでた。また梓の顔が見れる、お話できるって。こんな毎日が続けばいいなって言ってたんだよ。ねぇ、何とかならないの?このままずっとここにいられる方法とかないの?」

梓「……多分無理だと思う。私がわざわざ嘘を日記に書くなんてありえないし、そんなことする理由もないから」

純「そっか……」

梓「私あれから色々考えたんだ。私に残された時間は少ない、だから残りの時間をどう過ごそうかなって」

律「普通に考えたら唯と一緒にいる時間を一杯つくってやるって事がベストだと思うけどなぁ」

梓「確かにそれは言えてますね。あととにかく私が今こうやって存在していた証を残しておきたいんですよ」

純「何か物を残すとか?」

梓「残す物かー。純にしてはいいこと言うね」

純「一言余計だっ!」

梓「それと聞きたいんですけど、私が戻ってくる前の唯先輩って普段どうやって暮らしてたんですか?」

律「ああ、お察しの通り家事がてんでダメなのは相変わらずでさ、病気である事を差し引いても酷いもんだよ」

梓「やっぱり……」

律「だから憂ちゃんがよく世話をしに通ってるんだ」

梓「なるほど……なんとなくやるべき事が分かったような気がします」

梓「それはそうと、純は今日はお墓参り?」

純「そうだよ。あんたが死んじゃってからは、こうやってこまめに通ってるんだ」

梓「ふふっ、ありがとね純」

純「お墓参りに行ってる相手に直接お礼言われるなんて前代未聞だって……」

律「貴重な経験だぞー?」

純「まるで幽霊相手にしてるみたい」

梓「ちゃんと生きてるから!幽霊なんかじゃないもん!」

律「よし、とりあえず戻ろっか。そろそろ唯と澪が仕事上がる頃だし」

梓「そうしましょうか」


 ――翌朝

憂「ふあぁ~、よく寝たなぁ。あっ!もうこんな時間」

 昨夜は私と梓ちゃん、お姉ちゃんの3人で遅くまでお話していたせいもあってまだ眠い。
 ゆっくりと起きて、隣を見るとそこにはお姉ちゃんの姿も梓ちゃんの姿もなかった。

梓「じゃあ、やってみてください」

唯「う、うん」

梓「ゆっくりでいいですからね」

 キッチンの方から2人のやりとりが聞こえてくる、もしかして朝食作ってるのかな。

梓「ダメですよ!力入れすぎなんです。さ、もう1回やりますよ」

唯「えぇー!だって難しいよこれー」

 キッチンで私が見たのは、梓ちゃんがお姉ちゃんに目玉焼きの作り方を教えている姿だった。
 いきなりどういう風の吹き回しなんだろう。

梓「じゃあもう1回いきましょうか」

唯「うまくいかないよぉ……うーん」

梓「唯先輩!」

唯「はぁーい」

 どうやら卵の割り方を教えているようだ。
 お姉ちゃんは卵を綺麗に割れずに悪戦苦闘しているようだった。それを何度も梓ちゃんがリテイクさせている。
 何度かやっている内に、とうとうフライパンに綺麗な黄色と白の丸が2つ出来た。

梓「出来たじゃないですか!やっぱり先輩はやれば出来るんですよ!」

唯「えへへー、やっぱりあずにゃんに褒められるとうれしいなぁ」

梓「あっ!おはよう憂、起きてたんだ」

憂「おはよう、お姉ちゃん、梓ちゃん」

唯「みてみて憂ー。この目玉焼き私がやったんだよ?」

憂(どうして今になってお姉ちゃんに料理の仕方を……?梓ちゃん何を考えてるんだろ)

 ――――――

 ――――

 ――

梓「今度は洗濯物の干し方ですね」

唯「えーっ、まだやるのー!?」

梓「当たり前です!」

梓「いいですか?しわのついたまま干しちゃダメですからね。かけたらしっかり形を伸ばして整えてくださいね」

唯「おっけー」

梓「あーっ!もう、先輩、服が表裏逆ですよ!?しっかり確認してくださいよ」

唯「だってだってー」

梓「だってもヘチマもありません!」

憂(今度は洗濯!?一体どういうこと?)


 その夜、梓ちゃんが床についた後、私とお姉ちゃんは2人きりで会話をしていた。

憂「お姉ちゃん、色々と家事がんばってるんだね」

唯「うん……あのね憂」

憂「どうしたの?」

唯「前に雨の季節が終わったら、あずにゃんはいなくなっちゃうかもって言ったよね?」

憂「うん」

唯「最近になって考えたんだけど、あの話、やっぱり本当なんじゃないのかなって思えてきてるんだ」

憂「うーん、どうなのかなぁ……でもね」

唯「でも?」

憂「梓ちゃんはそんなの忘れてるかもしれないから、ひょっとしたら帰らないかもしれないよ?」

唯「それならいいんだけど……」

憂(昼間お姉ちゃんに家事を教えてたのは、もしかしたら記憶が戻っているからなのかもしれないな。自分がいなくなって1人残されたお姉ちゃんを、私が助けなくても1人だけでもしっかりやっていけるように……て意味なんだろうけど)

憂「とにかく、今は大事にしないとね。梓ちゃんと一緒にいられる時間を」

唯「うん、そうだね」

憂(お姉ちゃんも薄々勘付いてるのかもしれない……)


 翌日

梓「もしもし、ムギ先輩ですか?梓ですけど、今お時間大丈夫ですか?」

紬「あら梓ちゃん、どうしたの急に電話なんて」

 次の日、私はムギ先輩に電話をかけていた。
 どうしても頼みたい事があったから……私がここにいられる内に、やりたい事、やり残した事を全て済ませておく必要があったから。

梓「実はですね、ムギ先輩においしいケーキ屋さんを紹介してもらいたくて」

紬「ケーキ屋さん?」

梓「はい。先輩、いつも部活の時間になるとおいしいケーキを持ってきてくれたじゃないですか。どこのお店なのか聞きそびれてちゃってますし、聞いておきたいんです、今の内に」

紬「……!?部活の時間!?梓ちゃん、何であなたそれを覚えてるの?まさか……!」

梓「はい、全部思い出しちゃったんです。自分の日記を見て今までの記憶全てを」

紬「そう……じゃあ1年前の出来事も?」

梓「知ってますよ。それにもうすぐ私はいなくなってしまうことも……」

紬「いずれはこうなると思っていたけど……ああ、ケーキ屋さんだったわね」

梓「ええ」

紬「じゃあ連れて行ってあげる。今からでいいかしら?」

梓「お願いします」

 その後、ムギ先輩と待ち合わせした私は雨の中、先輩行きつけのケーキ屋さんへ案内してもらった。
 もちろん、ケーキを買うために。

ケーキ屋「いらっしゃいませ紬お嬢様」

紬「こんにちは。今日は私じゃなくて、この子にこのお店を紹介して欲しいって頼まれて来たんですよ」

ケーキ屋「そうですか。それで本日のご用件は?」

梓「すいません。クリスマスケーキはありませんか?」

紬・ケーキ屋「へ?」

ケーキ屋「ま、まあ、ウチは注文を受けてから作りますので、用意はできますけど……」

紬「梓ちゃん、今まだ7月よ?」

梓「分かってますよ。その……私、みなさんとクリスマスパーティがしたいんです。ただその……私12月までいれないので……」

紬「……あ」

 私の一言でムギ先輩の表情がみるみるうちに曇っていった。
 そう、私には次のクリスマスどころか来月すらないのだから、それを改めて思い出したせいで先輩はその表情を浮かべたんだろう。

紬「……そうね、そうだったわね。それならまたみんな呼んで盛大にパーティをやりましょうか!」

梓「はいっ!」

紬「そういう訳で、お願いできるかしら、なるべく早くに」

ケーキ屋「はい。今日は注文は入ってませんので夕方にはお渡しできると思います」

梓「よろしくお願いします。あっ、あともう1つそれとは別で来年のクリスマスの分の予約いいですか?」

ケーキ屋「大丈夫ですよ。それならこの紙のお届け先の欄に記入をお願いします」

 ケーキの注文も済んで、私はムギ先輩と時間潰しの為に街を歩いていた。
 しばらく目的もなくぶらついていたら、突然後ろから誰かに声をかけられた。

澪「やあ梓、ムギ」

紬「あら澪ちゃん、こんにちは、奇遇ね」

梓「こんにちは澪先輩」

澪「2人でいるなんて珍しいな。買い物か何かか?」

梓「ええ、ムギ先輩にお店紹介してもらいたかったんですよ」

紬「澪ちゃんもお買い物?」

澪「うん、そんなとこだよ」

紬「そうだ!こんな場所で会えたんだし、そこの喫茶店でお茶でもしながら話さない?」


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最終更新:2011年07月05日 01:46