―― 3月1日 2年1組 放課後

梓『』ぼー

純『梓、私そろそろジャズ研いくね。先輩達に挨拶しなきゃいけないから。梓も軽音部行かなくていいの?』

憂『梓ちゃんずっとあの調子だよね』

純『心ここにあらずって奴か』

憂『梓ちゃん、お姉ちゃんの事ずっと考えてるんだよね?』

梓『なっ……!そっ、そんなんじゃないもん!!』

純『そうムキになって否定するって事は、図星だったみたいだね』

梓『わ、私は別に……っ!』

憂『私も純ちゃんもずっと気が付いてたんだよ?梓ちゃんがお姉ちゃんのこと好きなんだって。お姉ちゃんは気が付いてないみたいだったけど』

純『早くいってあげなよ唯先輩のとこへさ。今日逃したらもう当分会えないんだよ?』

憂『そうだよ。梓ちゃんとお姉ちゃんはお似合いだと思うし、お姉ちゃんもきっと梓ちゃんを受け入れてくれるから。妹の私が保証するから絶対に大丈夫、うまくいくよ!』

梓『でもさ、考えてもみてよ。私も唯先輩も女の子だよ?だからそんなのって――』

純『だーーっ!!いつまでウジウジしてんのさもう!そんなの関係ないでしょ。男と女なんて生物学上の区別でしかないんだって!唯先輩が好き、それだけの理由があれば十分なんだって』

梓『そんなもんなのかな……』

純『もしここで何もいえなかったらさ、あんたこの先ずっと後悔するよ。そんなの嫌でしょ?』

梓『うん……』

憂『梓ちゃんがお姉ちゃんを取りにいかないんなら、私がお姉ちゃんを貰っちゃおうかなぁ……』

梓『そ、そんなぁ!』

憂『ふふっ、冗談だよ冗談。私とお姉ちゃんは姉妹だもん。いくら何でもそんな関係にはならないって』

梓『もうっ!憂までそんなことをっ』

純『じゃあさ、口で言うのが苦手なら、手紙に書いて渡すってどう?これなら平気だよね』

梓『それいいね!ナイスアイディア純!』

純『へっへー。いざという時に頼りになるのがこの私、感謝しなさいよあずにゃん』

梓『全く、少し褒めるとすぐ調子に乗るんだから……』


 純のアイディアで私は先輩方に手紙を書いて部室で4人全員に直接手渡した。
 けど、唯先輩への手紙の内容、これって告白というより普通の感謝の手紙なだけなような……

 部室では先輩方がわざわざ私のために曲を披露してくれた。
 そして帰り、下駄箱で突然唯先輩が1枚の色紙を手渡してきた。


唯『実は私達からあずにゃんへもう1つプレゼントがあるのです!』

梓『え?さっき歌ってくれたあの曲だけじゃなかったんですか?』

律『あれとは別にな。ま、所謂突発企画なんだけどさ』

澪『梓も私達に手紙を書いてきてくれたんだし、お返しになるかなって』

唯『はい、どうぞ!あずにゃん』

梓『え!?これ……寄せ書きの色紙……ですよね』

紬『ええ、私達も梓ちゃんに何か形に残る物を残したくてね』

梓『ありがとうございます!私、この色紙大事にしますから!』 

 その色紙の真ん中には一際目立つ大きさで唯先輩からのメッセージが書いてあった。
 まるで他の3人の先輩達が唯先輩に場所を譲るように……そんな風にも見える。

 【ありがとう、あずにゃんの隣は居心地がよかったよ ゆい】


 放課後の帰り道、唯先輩とこうやって一緒に帰るのも今日で最後。
 そう考えるとすごく寂しい気持ちになってくる。
 結局何も進展しなかった……親身になってアドバイスしてくれた憂と純には申し訳ない気持ちで一杯だ。

唯『それじゃあずにゃん、私こっちだから』

梓『はい、さようなら唯先輩』

唯『ねえあずにゃん』

梓『はい?』

唯『私達……また、会えるよね?』

梓『え、ええ……』

唯『そうだよね!それじゃあずにゃん、また会おうね、元気でね!バイバーイ!』

梓『唯先輩もお元気で!憂がいなくてもちゃんと1人暮らしやってくださいね』

 横断歩道を渡って段々小さくなっていく唯先輩の背中を見守る私。
 ここでふと気が付く、さっき貰った色紙にペンが挟まってたんだ。
 このペンは覚えてる、前に一緒に勉強した時に唯先輩が使っていたペンだ。 

 あの時、すぐに追いかければ返せたのに……
 でも……私は行かなかった。
 だって、持っていればもう一度唯先輩に会える。
 返したいって電話をすれば、また先輩に会えるから。

 夏休み、唯先輩がこっちに帰省してると聞いて電話をしようとした。
けど、その一歩が中々でない。
 単純にペンを返しますって言うだけなのに。
 でも……その勇気が出ない。
 何でもないただの電話なら何も気にしないでかけれるのに、意識すればする程決心が鈍くなる。

 そう悩んでいるうちに、あっという間に秋になってしまった。
 そんなある日……

 prrr

唯『あっ、あずにゃん?お久しぶりぶりーっ!元気してた?』

梓『お久しぶりです唯先輩。なんか相変わらずみたいですね先輩は』

 驚いた。まさか唯先輩の方から電話をくれるなんて思わなかった。

唯『それでね、お願いなんだけど今から会えないかな?』

梓『どうしたんですか急に』

唯『えっとね、卒業式の日に渡した寄せ書きの色紙覚えてる?』

梓『ええ』

唯『実はあの寄せ書きにペン挟んだまま渡しちゃってて……突然でなんだけど返して欲しいんだ』

 唯先輩に会える、会えるんだ……
 もしかしたらこのペンは幸福を呼ぶペンなのかもしれない。

 こうしてペンを返すため、すぐに待ち合わせの為に学校の正門前に行った。
 私が来てすぐに唯先輩が現れた。

梓『すいません、大事なペンを』

唯『ううん、いや……いいんだよ別にさ。それよりありがとね?』

梓『あっ……はい……』

唯『……本当に久しぶりだよね。元気だった?』

梓『はい……』

唯『そっかー』

唯梓『……』

 久しぶりにあったからなのか、緊張して声が出ない。
 何か言いたいんだけど、頭の中が真っ白でどうしたらいいか分からない。
 高校の頃みたいに抱きついてきてくれればまだ話題を作り出せそうなんだけど、抱きついてはこなかった。
 やっぱ大学に行って大人になっちゃったのかなぁ。
 とにかく今は気まずい空気になってた、この状況をどうにかしなきゃいけない……

梓『それじゃあ……私行きますね』

 私は踵を返して帰ろうとしてしまう。
 こんなんじゃダメだ私は……!
 あんなに会いたかったくせに、このまま帰っちゃうの?
 本当にそれでいいの?

唯『あっ!ちょっ……ちょっと待って!』

唯『あ、あのね!今度の日曜空いてないかな?』

梓『え?』

唯『その……遊びに行かない?今回は2人でさ』

 びっくりした。まさか唯先輩の方から誘ってくれるだなんて。
 内心とても嬉しかった。でも唯先輩に気取られたくなかったから私は振り向く事をしないで、唯先輩に見られないようにこっそり微笑んだんだ。

梓『……勿論いいですよ』


―― 日曜日

 この日、私達は2人でお出かけをした。
 途中で喫茶店に入るとまるでダムが決壊したみたいに、唯先輩はしゃべり続けた。
 大学のこと、部活のこと、そして私の事が好きだったことも。
 私はあんまり話せなかったけど、すごく幸せだった。
 あなたの隣にいられる、それだけでいいんだから。
 ずーっとこの時間が続けばいいのに。

 途中、唯先輩が通りの隅にある雑貨屋さんに行こうって言い出した。
 中に入って最初に目に付いたのは一対の指輪。
 この時私は、この指輪を唯先輩と二人で分け合ってる姿を妄想してニヤけ顔をひたすら我慢してた。
 欲しいなあこれ。でもちょっと高い……私の今月のお小遣いじゃ買えないなぁ……

唯『ペアの指輪だねぇ。いいねーこれ!あずにゃんはこの指輪を私とおそろで付けたいのかな?』

梓『なっ!べ、別にそんなんじゃないです』

 全く、この人は人の心を読む能力でもあるんだろうか。
 私の心を見透かされたような気分がして、ついつい否定してしまう。
 だけど唯先輩はその指輪を本当に買ってきてしまった。
 指輪は綺麗に左手の薬指に収まった……ていうか何で左手の薬指!?これじゃまるで……
 でも、この指輪をつけてると、どこにいても唯先輩がいつも隣にいてくれてるような……そんな気分になる。

 そんな楽しい時間もあっという間に過ぎてしまい、とうとうお別れの時間がきてしまった。
 もう真冬かって思う位身を切るような寒い夜、でも今日が終わったらまたしばらく唯先輩に会えなくなる……その方が私には辛い。

梓『ねえ唯先輩』

唯『なあに?あずにゃん』

梓『……寒いですね』

唯『そだねぇ……あっ、そうだ!』

 唯先輩とポケットの中で繋いだ手、とても暖かくて寒い夜だというのを忘れてしまう程だ。
 本音を言えば別れたくない。「行かないで」と我侭を言いたい、けどそれはダメだ。

梓『あの、また会えますか?』

唯『ごめんね、明日の朝イチの電車で東京に戻らなきゃいけないんだ』

 明日になれば唯先輩はまた東京に戻ってしまう。
 気持ちを伝えられるのは今だけで、次はいつになるのか分からないんだ。
 だから私は考えた。指輪だけじゃなくて他にも何か先輩と繋がれそうなものを。

 そうだ、手紙だ!手紙をだせばいいんだ、メールではなく手紙を。

梓『そうですか……なら、手紙を出します!メールより手紙の方が、より唯先輩が近くにいるように感じられそうなので』

唯『うん!それなら私も手紙出すよ!』

 こうして、私達の遠距離恋愛が始まった。
 唯先輩は休みになるとよく会いに来てくれて、私も受験勉強の合間を縫ってよく東京まで会いに行ってた。


 それからしばらくして春になった。
 私は大学受験に合格して、4月からは唯先輩と同じ大学に進学が決まってた。
 そんなある日、一通の手紙が届いた。

~~~~

 あずにゃんへ

 のっぴきならない事情で、これから先、あずにゃんへ手紙を送ることが出来なくなるかもしれません。
 もう会う事も話す事も出来ないかも。
 いきなりでごめんね……さようなら、元気でね。


~~~~

 たった3行の手紙、でもその3行の文章に私はショックを受けた。
 本当にこれ唯先輩本人が書いた手紙なの!?実はイタズラで他の人が書いた手紙なんじゃないの!?
 この手紙とほぼ同時に、憂からある事実を聞かされた。
 唯先輩が大学を辞めた……と。

 何があったんだろう……私、何か先輩の気に障ることしちゃったのかな……いや、それで大学を辞めちゃうなんて考えられない。
 何かは分からないけど、今の唯先輩は他の誰にも話せない深い悩みを抱えてるんだ。
 居てもたってもいられなくなった私は、上京する前日、こっちに戻ってきている唯先輩に会いに行った。

梓『唯先輩、すいません突然押しかけて』

唯『あずにゃん、いきなりどうしたの?』

梓『この前の手紙の中身が気になって直接会って話を聞きたくて。その……迷惑でしたか?』

唯『うっ……』

 目の前にいる唯先輩は、私が知っている先輩とはまるで別人のようだった。
 目の生気は無くなっていて、髪の毛もボサボサ、顔色も悪い……明らかに普通じゃない、あのいつも明るくて元気だった先輩がこうなるなんて、一体どうしちゃったんだろう。

梓『いきなり先輩が大学辞めてこっちに戻ってきたって話聞かされてびっくりしましたよ。何かあったんですか?』

唯『その……うん、いろいろ計画があったからね。だからさ……もう会えないんだよ』

梓『どうして急にそんな……何か話しにくい事情でもあるんですか?話してくださいお願いします!私、先輩の力になりたいんです』

唯『いつかまた会えるといいね。また軽音部のみんなで集まってお茶したりとかさー。その頃にはもうお互い結婚しちゃってたりなんかしてー、えへへ』

唯『……幸せになってもらいたいんだよ、あずにゃんにはね』

梓『何で急にそんなこと――』

 どうしてそんな事言うんですか。
 私の幸せは、あなたの隣にいられる事なのに……
 ずーっとあなたの隣で一緒にいたい、ただそれだけなのに……

唯『――じゃ、私これからちょっと用事があるから!!』

梓『ちょっ!待ってください唯先輩!そんなんじゃ私……』

 何も理由も言わず、あなたは行ってしまった。
 本当に私達は、これで終わりになっちゃうのかな、こんなあっけなく終わっちゃっていいのかな。

梓『どうして何も言ってくれないですか……こんなのって……こんなの絶対おかしいよ……あんまりだよ』

梓『私、嫌ですよ……ゆい……せんぱい……どうして……ヒック……ぐすっ……』

梓『うわああぁぁぁあん!!』


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最終更新:2011年07月05日 01:53