和「よいしょっと」

季節は初夏。
新しい環境にも大分慣れ、大学生活を楽しんでいる折、ふと思い立って押し入れの整理をすることにした。
ドタバタと引っ越して来て以来、忙しくてあまり触れていなかったのだ。

和「それにしても凄い量ね……」

お母さんがあれも、これもと段ボール箱に詰めて送ってくれたため、整理するのも一苦労。
今までサボってたツケでもあるんだけど。

和「でも、こんなものまでわざわざこっちに送る必要もないでしょうに」

ふう、と一息吐いて、苦労して引っ張り出したものを見下ろす。
冬用の服が入った段ボール箱に紛れていたもの。
他と比べて妙に重かったので、一体何が入っているのかと思えば……。

和「昔のアルバム……重いはずよ、まったく」

和「……」

和「……ちょっと見てみようかな?」

片付けの最中にこういうことをするのは非常によろしくないことは分かっている。
でも、気になるものは気になるのだ。

和「幼稚園の頃のからつい最近のまで……律儀ね」

そう呟きつつ、一番古いであろう幼稚園の頃のアルバムを開く。

和「……」ペラ

和「あ……」

そこには、当たり前だが幼い頃の私と……。
ずっと一緒だった、幼なじみの姿が所狭しと写っていた。

和「ほとんどの写真に唯が写ってるわね。本当にあの子は……」

アルバムを眺めていると、懐かしい思い出が次々と思いだされる。
そしてその思い出は、あのロクでもない幼なじみが必ずと言っていいほど出てきて……。


……

ゆい「のろか、ちゃん?」

のどか「ちがうよ、の・ど・か」

ゆい「のろかちゃん!」

のどか「『ろ』じゃないってば」

ゆい「わちゃん!」

のどか「……」

出会ったばかりの唯は、少し舌足らずで『のどか』と上手く発音出来なかった。
いつもいつも『のろかちゃん』としか聞こえない名で私を呼び、私の後をついて回っていた。

人の名前もきちんと呼べないなんて、唯は本当にロクでもない。

……

ゆい「のどかちゃん♪」

のどか「なーに?」

ゆい「えへへ、なんでもない」

のどか「ふうん?」

ゆい「……」

のどか「……」

ゆい「の~どかちゃんっ♪」

のどか「どうかしたの?」

ゆい「よんだだけー♪」

のどか「もうっ」

ゆい「……」

のどか「……」

ゆい「のどかちゃ~ん♪」

のどか「……なに?ゆいちゃん」

ゆい「のどかちゃん、ぎゅ~♪」

のどか「わわっ」

唯はすぐに私の名前を呼べるようになった。
どうやら家や幼稚園で何度も『のどか』と発音する練習をしたらしい。
ただ、私の名前をきちんと発音出来るようになったのがよっぽど嬉しかったのか……。

用もないのに嬉しそうに何度も私を呼び、じゃれついて来る唯はやっぱりロクでもない。

……

ゆい「のどかちゃん、おままごとしよ~」

のどか「ええ、またぁ?」

唯は幼い頃、とてもおままごとを好んでいた。
私はいつもそれに付き合わされて……。

のどか「ただいま、ゆい」

ゆい「おかえりなさい!」

……何故か私はいつもお父さんの役だった。
唯はいつも私のお嫁さんの役。

ゆい「ご飯できてますよ~」

のどか「ありがとう、いただきます」

ゆい「えへへ、おいしい?」

のどか「うん、とっても。ゆいはご飯作るのじょうずだね」ナデナデ

ゆい「ん~……♪」

美味しいわけがない。
唯が作ってくれていたのは、歪な形の泥団子。

そんなものしか出せないくせに、私のお嫁さんの役を譲らない唯はロクでもないやつだ。

……

ゆい「わたし、おとなになったらのどかちゃんのおよめさんになるの!」

のどか「ち、ちょっとゆいちゃん……」

おままごとでの配役がいつも同じだから、ある時それはどうしてなのかと聞かれたことがある。
そして唯が堂々と言い放ったのがさっきのセリフだ。

ゆい「のどかちゃんは、わたしがおよめさんになるのイヤ……?」ウルウル

のどか「そ、そんなことないよっ」

ゆい「……わたしのことすき?」

のどか「うん、好きだよゆいちゃん」

ゆい「えへへ、わたしもだいすきっ!」ギュー

のどか「ゆ、ゆいちゃん……///」

この後、周りの子たちに思いっきりからかわれてしまった。
まったく……私にあんな恥ずかしい思いをさせるなんて、唯は本当にロクでもない。

……

ゆい「うんたん、うんたん♪」カチャカチャ

のどか「ゆいちゃん、何やってるの?」

ゆい「あ、のどかちゃん!みてみてーっ」カチャカチャ

唯が先生に上手だと褒められたカスタネット。
しばらくの間、それをいつも楽しそうに叩いていた。

ゆい「せんせー、わたしじょうずになったかな?」

「ええ、すっごく上手よ。唯ちゃんは将来ミュージシャンかもね」ナデナデ

ゆい「みゅーじしゃん!かっこいい!」フンス!

のどか「……」

いつも私と遊んでいたのに、その時はカスタネットに夢中だった唯。
私が寂しがっていることに気付かないなんて、やっぱり唯は……。

ゆい「のどかちゃんもいっしょにやろ~♪」

のどか「えっ?」

ゆい「ほら、うんたん、うんたん♪」カチャカチャ

のどか「う、うんたん……?」カチャ

ゆい「やっぱりのどかちゃんもじょうずだねっ」

のどか「そ、そうかな……うんたん、うんたん♪」

……ロクでもない子だ。

……


和「何?」

唯「算数の宿題……」

和「……自分でやらなきゃダメだよ?」

唯「分からないんだよ~!」

和「はあ……じゃあ一緒にやる?」

唯「いいの!?ありがとう和ちゃんっ」

和「どういたしまして。どこが分からないの?」

唯「えっとぉ……一問目のこれから……」

和「この問題はね、こうやって……」

小学校に上がってからというもの、唯は私に勉強で頼ることが増えた。
そのせいで私は唯にきちんとした説明をしてあげることが出来るよう、頑張って勉強するようになった。

唯「和ちゃんって教えるの上手だね!何だか先生みたい!」

和「そう、かな……?唯ちゃんもいっぱい問題解けるようになったね」

唯「えへへ、和ちゃんのおかげだよ」ニコッ

私にあんな苦労をさせておいて、でも全然苦痛に感じさせなかった唯はロクでもない子だ。

……

和「……」キョロキョロ

和「……」

和「ここ、どこ……?」

お互いの家族も合わせて、唯と一緒に初詣に行った日。
あまりにも人が多くて混雑していて、私は一人はぐれてしまった。

和「お母さ~んっ!」

和「唯ちゃ~ん!」

和「……」グスッ

どれだけ歩きまわっても、どれだけ大声を出しても一人ぼっちのままで、不安に押し潰されそうだったのをぼんやりと覚えている。
とうとう歩き疲れてしゃがみ込み、泣き出そうとした時。

唯「お~い、和ちゃ~んっ!」タタタッ

和「……え?唯ちゃん?」

唯「はあ、はあ……やっと見つけたあ……」ギュッ

和「あ……」

唯が走り寄って来て、私の手をギュッと握りしめてくれた。
不安で不安で堪らなかったのに、唯が近くにいてくれる……それだけですごく安心した。

和(あったかい……)

唯「じゃあ行こっか!」

和「うん!お母さんたちはどこにいるの?」

唯「ふぇ?」

和「え?」

……結局、唯も迷子になっていた。
それからお母さんたちと合流できたのは一時間くらい経ってから。

私を探すのに夢中になるあまり自分も迷子になってしまうなんて、唯はロクでもないヤツだ。

……

和「ゆ、唯……ちゃん」

唯「ん?な~に?」

和「な、何でもない……」

唯「ふぇ?変な和ちゃん」

和「……」

唯「次の授業は体育だよね。早く着替えなきゃ」

和「そ、そうだね」

唯「えっと、今日は外だっけ?体育館だっけ?」

和「今日は体育館でドッジボールだよ……ゆ、唯!」

唯「えっ!?」

和「い、急ぎましょう唯」

唯「……うん!そうだねっ」ニコッ

この日、私は初めて唯のことを呼び捨てにした。
理由はよく覚えていない。
クラスのみんなが呼び捨てで呼んでいたからかもしれないし、唯ともっと仲良くなりたかったからかもしれない。
ただ一つ覚えていることは、私はすごく緊張していて、何度も『唯』と呼ぼうとして失敗したことだけだ。

……私にあんなに緊張させたのに、呼び捨てにされたことに言及しなかった唯はやっぱりロクでもない。

……

唯「はむっ。ん~、美味しい~♪和ちゃんはお料理上手だね!」

和「はいはい、ありがと」

唯「私ずっと和ちゃんの料理を食べて生きていくよ!」

和「……何言ってるのよ、もう」

唯は昔から料理が出来ない子だった。
……出来ないのはみんなが唯にあまり料理をさせなかったからだけど。
何だかとんでもない失敗をやらかしそうだったし。

和「唯、何か食べたいものある?」

唯「和ちゃんが作ってくれるものなら何でも!」

和「リクエストしてくれたほうが作りがいがあるのよ?」

唯「う~ん……じゃあ甘いものが食べたい、かな?」

和「了解」

唯「えへへ、楽しみだな~♪」ニコニコ

この頃からだろうか、私が料理を勉強するようになったのは。
あんなに美味しそうに私の料理を食べて、色々な料理を作れるようにさせた唯はロクでもないヤツだ。

……

和「好きな子かあ……」

小学校の修学旅行の夜。
定番と言えば定番だけど、みんなで好きな子を言い合おう、という話になった。
私は他のみんなのように同じ年頃の男の子にそれほど興味を持っていなかったため、言い淀んでしまったことを覚えている。

和「唯は……好きな子、いるの?」

何故だか私はドキドキしながら、隣に寝ころんでいた唯に話を振っていた。
話を振られた唯は、

唯「私?私は和ちゃんが好きー♪」

和「え……」

あっけらかんとそう叫んだ。
当然好きな「男の子」を前提にしていたみんなは驚き静まり返る。

唯「だって私、和ちゃんのお嫁さんになるって決めてるもんっ!」ダキッ

和「わわ……ゆ、唯……」

「へえ~。真鍋さんは唯ちゃんのことどう思ってるの?」

和「わ、私!?」

「うん、これは唯ちゃんからの告白なんだから返事をあげないと!」

小学生は本当に切り替えが早い。
さっきまで静まり返っていたくせに、面白いものを見つけたとばかりにニヤニヤしながらみんなが私の言葉を待つ。

和「私も……唯のこと、好きよ」

唯「わ~い、両想いだ~♪」ギュウウッ

和「こ、こらっ!///」

その後は当たり前だがみんなからからかわれた。
……デジャブ。

幼稚園の頃から進歩がないなんてロクでもない子だ。


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最終更新:2011年07月05日 20:46