律「み~お~!」

澪「どうしたんだ律?」

律「今日家に行ってもいい?」

澪「急だな…別にいいけど、ノートは見せないぞ?」

律「そ、そんなー!別に見せてくれたって減るもんじゃないだろー!」

澪「あんまり甘やかすのは良くないからな」

律「ついでにさ、今度のテストのとこも教えてほしいんだけど…」

澪「ひ、人の話を聞け!」


私がふざけて、澪は呆れながらもしっかりと私に勉強を教えてくれる。

そんな、いつも通りの澪とのやり取り。


これからも、大学に入ってもそんな日々がいつまでも続くと信じていた。


この日までは…。

 ̄ ̄ ̄

律「お邪魔しまーす!」

「あっ、律ちゃんいらっしゃい!」

緩い笑顔で玄関に立っていた澪のお母さんが出迎えてくれた。

相変わらず子供のような、可愛らしい笑顔を浮かべている。

律「こんばんわ!おばさん、今日もちょっと澪に用事があるんでお邪魔しますね?」

澪母「あら?今日も澪ちゃんにノート見せてもらうの?」

律「うぐ……ど、どうしてそれを?」

澪母「だって澪ちゃんが毎度毎度、律ちゃんが来る度に『やっぱり律は私が居ないとダメだな』って心配そうに言うから…」

澪「よ、余計な事は言わなくていいから!それより律、早く私の部屋行こう!」

悪気の全くない笑顔を見せる澪のお母さんに見送られ、私は引きずられる様にして二階の澪の部屋へとやって来た。

戸を締めて溜息をもらすと、鞄から数学のノートを取り出して澪は言った。

澪「ほ、ほら…写すなら早く写せ」

律「よっしゃ!ありがと澪!」

私は自分のノートと筆箱を取り出すと、机の上で澪のノートに書かれた小難しい公式を自分のノートに書き写す。

律「あのさー、ここなんだけど…」

澪「まったく、今日先生が熱心に説明してたじゃないか…ここは――」

私が理解できないところは、澪が私にも分かりやすいように説明してくれる。


澪は正直、本当に凄かった。

勉強や運動はもちろん、今は軽音部でも無くてはならない存在だった。

部長は一応ながら私が勤めていても、今までやってこれたのは澪のしっかりした性格があってこそだ。

本当に私の幼馴染みには勿体ないぐらい。

澪「――ここがこうで…って、聞いてるのか律!」

律「あっ!ご、ごめん!今のとこもう一回教えて!」

澪「まったく、しょうがないな…」


呆れたように溜息を吐きながらも、どこか口元を緩ませて澪は私が聞き逃した箇所を丁寧に教えてくれた。


だんだんと年をとって大人になるにつれて私の耳には必要、不必要な情報が次々と入ってくる。

その中でも、特に新鮮味のある単語の事を思い出した。


恋。


早い奴は幼稚園の頃から覚えるし、遅い奴は一生を通しても得られない感情。


今、こうして澪と向き合って勉強を教えてもらいながら感じる…この満ち足りた気持ちが恋なんだろうか?。


気が付けば、私は澪の顔をまじまじと眺めていた。

澪「ど、どうかした?…私の顔に何か付いてる?」

律「…いや、何でもないや」

バカバカしい。

そもそも私達は女同士だぞ?。


胸に浮かぶモヤモヤとした気持ちを無視して、目の前のノートを写す事に神経を集中させた。

 ̄ ̄ ̄

律「たはーっ!!な、何とか終わった…」

シャープペンシルを机に放ると、そのまま軽く伸びをする。

一時間以上机に向かっていただけでどっと疲れた気がした。
澪「暑いだろ、麦茶でも持ってこようか?」

律「あぁ、いいよいいよ…それよりさ、澪の部屋のテレビってDVD見れたよな?」

澪「?…見れるけど?」

澪の返事を聞くと、私は鞄を漁りお目当ての品を手に取った。

それは何の変哲もない一枚のディスク。

中に一時間程度の映像が収められたDVDだった。

律「息抜きに映画でも見ようぜ!」

澪「こ、怖いのはダメだぞ?…」

律「大丈夫だって、普通の映画だからさ!」

澪「ほ、ほんと…?」

不安げに私を見つめてくる澪の視線を背中に浴びながら、私はテレビの電源スイッチを押す。

そして、手に持った真っ黒なデザインのディスクに書かれたタイトルを見つめた。

百合姉妹。


タイトルからはその内容は全く想像できなかったが、普通でない内容なのは確かだ。

これはいわゆる、アダルトビデオと呼ばれるもの。

そのDVDは同じクラスの友人から借りたものだった。


この年にもなれば、当然そういう話題で盛り上がる。

私は場の盛り上がった雰囲気でこのアダルトビデオというものを友人から借りてしまった。

一人だけ置いてけぼりにされたくない、そんな感情もあったのかもしれない。


理由が何であれ私は卑怯だ、一人で見る勇気がなくてこうして澪と一緒にDVDを見ようとしてるんだから。

多分、誰かと見ないとマトモに見る事ができないと思う。

それほどに私は恋愛とか性とか、そういう話題が苦手だった。


リモコンの再生ボタンを押すと、プレイヤーが起動してテレビの画面に映像が流れ始める。

鼓動が早くなり、無意識の内に私は隣に座っていた澪の手を握ってしまっていた。

澪「り、律?…何で私の手を……」

律「えっ!?…ご、ごめんごめん!」

澪「や、やっぱり怖い映画なのか!?…そうならそうって先に言ってくれ!」

律「安心しろって!ホラー映画ではないから!」


そんな事を話している間にも、映像はちゃくちゃくと進んでいった。

画面には二人の女性が映っている。

どうやら二人は血の繋がった姉妹という設定らしかった。

まぁ、顔を見る限り全然似てないから実際は違うんだろうけどさ。

澪「よ、よかった…普通っぽい映画だな」

律「それはどうかな~…」

澪をからかいながらも、正直気が気じゃなかった。

心臓はさっきからドキドキしっぱなしだし、顔も緊張のせいか熱くなっている。


暫くは仲のいい二人の姉妹の日常風景が描かれていた。

しっかり者の姉と甘えん坊の妹、どこかの姉妹とは正反対だな。


画面の中では寝室のベッドで仲良く座る二人の姿。

そろそろ、二人の前に男性が現れる頃だろうか。

生唾を飲み込んでテレビを見つめていると、画面の中の二人は信じられない事を口走った。

『お姉様、いつもみたいにキスして…』

『ふふっ、しょうがないわねあなたは…』


おい。

ちょっと待て。

そして、更に信じられない事に二人は当たり前のようにキスをしていた。

何なんだよ…これ。


『お姉様ぁ…んっ……んぅッ……ちゅっ……』

『ふぁッ……ん……んんッ……』


待て待て待て。

こんなの、絶対に変だろ!?。


その…女同士でこんな事するなんて。

私の疑問もいざ知らず、画面の中の二人の行為は更にエスカレートしていく。

姉が優しく妹を後ろから抱きしめると、服の上から胸を触りだした。


律「う、嘘だろ……」

思わずそんな声をもらした。


これ以上見ちゃダメだ…。

私はそう思ってリモコンに手を伸ばした。


だが…その手が、横から伸びてきた別の手にガシリと掴まれる。

見ると、澪が画面に目を向けたまま私の手を掴んでいた。

律「っ……み、澪?……」

澪「もうちょっと…見よ?……」

澪が怖いと思ったのはこれが初めてだった。

掴まれた手首から痛みと一緒に震えが伝わる。


震えてるのは澪じゃない、私の方だった。

 ̄ ̄ ̄

『ンあッ!!あ、あぁぁッ!!お、お姉様…私、もう!!…』

『わ、私ももうッ!!イ、イキそうよ!!あっ、あぁぁッ!!』

再生時間を確認すると、永遠とも思える時間がようやく終わりに近づいた事を知る。

安堵のあまり溜息がもれる。


画面の中ではクライマックスを迎えた二人がベッドの上で身体を重ねて、お互いの秘部を舌で舐め合っていた。


興奮なんてしない、むしろキリキリと胃が締め付けられて今にも吐きそう…。


それぐらい、この映像は私に深刻なショックを与えた。


ベッドで重なる二人が悩ましい絶叫と共に果てる。


モザイクで覆われた秘部から透明な液体がほとばしって、お互いの顔を汚した。

切なげに息を切らす二人は、向かい合うと顔についたその液体を舌で舐め合った。


やめろよ…。

こんなのって…こんなのって絶対におかしいだろ。


女同士で、しかも姉妹でこんな事するなんて…。

律「あ、あはは…こんなのって変だよな!女同士でこんな事するなんてさ!」

なぁ、そう思うだろ澪!?。


続けようとした言葉を飲み込む。


澪は頬を赤く染めて、ボンヤリとテレビの画面を眺めていた。


何か、言いようのない嫌な予感がして私はリモコンに手を伸ばすとすぐに停止ボタンを押した。

律「じゃ、じゃあ私帰るからさ!ノート写させてくれてありがと!」

プレイヤーに入ったDVDもそのままにして、鞄にノートと筆箱を突っ込むとそのまま部屋を出ようと扉まで足を進めた。


その時だった。


澪「りつ……」

背後から、まるで別人のような甘ったるい声がした。

振り向くと、いつの間にか私に息が掛かりそうな程の距離に澪の顔があった。


やめろ…やめてくれ。


そんな目で私を見るな…。


澪「私さ……ずっと諦めてたんだ……」


瞳を潤ませた澪の顔が徐々に近づいてくる。


澪「女同士だからって……律の事ずっと諦めてた……」


やめろ…見るな。


逃げようにも、澪の両手が肩を掴んで離さなかったし、何より体に上手く力が入らない。


澪「律……好き……」


私の唇と、澪の唇が重なった。


澪の舌が私の口の中に入ってくる。


手に持った鞄が床に落ち、ドサッと音を立てた。


律「っ!!」


慌てて密着していた澪の体を突き飛ばすと、渾身の力を込めて頬に平手打ちをした。


律「何て事…してくれたんだよ……」

澪「…ごめん」

視界がどんどん、涙で滲んでいく。

鞄を手に持つと、振り返る事なく私は逃げ出すように澪の部屋を飛び出した。

澪母「り、律ちゃん!?どうしたの?…」

そんなおばさんの声にも耳を貸さずに、靴を履くと玄関の扉を乱暴に開け放って一心不乱に走った。


ひたすら走った。

やがて、足がもつれて転んで…その痛みが引き金になって私はボロボロと泣いた。


悔しかった。

少しだけとはいえ、澪と唇を重ねた瞬間に胸を高鳴らせてしまった自分が堪らなく嫌になった。



ぼーっと部屋の天井を眺めていると、いつの間にか時刻は朝を迎えていた。

窓の外に目を向けると、まるで今の私の心境みたいな淀んだ曇り空が広がっていた。

ベッドから身を起こすと、私は両手で頬を叩いて気合いを入れる。


こんな風にうじうじと考え込むなんてらしくない。

昨日までと同じ、普通に接すればいいんだよ!。


胸にはまだ不安感があったものの、私は無理矢理自分にそう言い聞かせた。

 ̄ ̄ ̄

こんなにも教室の扉が重々しいと感じたのはその日が初めてだった。


教室に入ると、すぐに澪の姿を探した。
律「や、やっほー澪!何か元気ないな!」

澪「………」

妙にハイテンションな私な言葉は盛大に澪に無視される事になった。

どれだけ虚勢を張って澪に明るく話しかけても、彼女は私に視線すら合わせようとしてくれない。


その態度が妙にイラついて、私はついカッとなって口調を荒げてしまう。

律「何だよ…こっちが話しかけてんだから返事ぐらいしろよ!!」

必死だった。

何でもいいから澪に、声をかけて欲しかった。

後から後悔しても、もう手遅れ…。

そこでようやく、澪は私に目を合わせてくれた。

澪「律」

律「な、何だよ?……」


澪「うるさい」


その目は、いつもの呆れたような感じじゃなくて、本当に相手を拒絶する時に見せる冷たい瞳で…。


まるで後頭部をハンマーで殴られたようなショックが、頭の中を真っ白にする。


放心したままつっ立っている私の目を睨みつけると、澪は吐き捨てるようにして私のヒビの入った心に止めを刺した。


澪「二度と私に話しかけるな」


 ̄ ̄ ̄ ̄

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最終更新:2011年07月09日 21:23