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家について、純ちゃんを部屋に呼びます。
座布団に座らせて向き合うと、純ちゃんは居心地の悪そうな顔をしました。
唯「純ちゃん、お話があるんだ」
純「……はい」
純ちゃんも後ろめたいことがあるのでしょう。
私が言うと、緊張の面持ちです。
唯「率直に言うと……最近、純ちゃんはヘンというか」
唯「なにか内緒にしてること……ないかな?」
純「えぇと。……大したことじゃないんで、唯先輩は心配しないでいいですよ」
訊いてもいなされるだろうとは思っていましたが、案の定です。
だけど私には純ちゃんから聞きだす義務があります。
あまり好ましい手ではありませんが、仕方ないでしょう。
唯「……そんなこと言ってもなぁ。困るよ、純ちゃん」
純「え?」
唯「純ちゃん、私たちのナプキン勝手に持ってってるでしょ。ここのとこ減りが凄いんだよね」
純ちゃんがびくつきました。
なるべくなら、こんな言いかたはしたくありませんでした。
純「その、ちょっと……」
純ちゃんは言いよどみました。
ナプキンを使っていたのはやっぱり純ちゃんみたいです。
純「ごめんなさい、なんだか」
唯「純ちゃんって、生理ないよね? 植物だし」
純「そのはずなんですけど……」
そう尋ねると、純ちゃんも顎に手をやって不安そうに考えました。
純「自分でもよくわからないんですけど、少し前から体がムズムズして……」
純「もしかしたらと思ってナプキンをつけたら、それが楽になったんです」
唯「純ちゃんにもわかんない、か……」
純「はい……」
これは困りものです。
純ちゃんはなにやら、体に自分でも分からないような変調をきたしているようです。
私が心配した通りでした。
唯「んー。お医者さんいったほうがいいかな」
純「唯先輩? わたし木の実ですよ」
唯「あ、そっか」
すっかり忘れていました。
唯「……じゃあ、どこかで原因を調べないといけないね」
純「……黙っててすみませんでした」
唯「いーのいーの、純ちゃんも言いにくかっただろうし」
私は和ちゃんに電話をしてみることにしました。
和ちゃんは純ちゃんについて詳しいし、今回のことも知っているかもしれないと思いました。
わざわざ調べずに済むのならそれに越したことはありません。
唯「もしもし、和ちゃん?」
和『私よ。どうしたの?』
私は純ちゃんの症状について説明して、和ちゃんに解決法を訊いてみます。
唯「というわけで、純ちゃんが体がムズムズするんだって」
和『……うーん、もしかしたら、あれかしらね』
唯「お、何か知ってるの?」
和『えぇ。……おそらくは、純花粉の飛散時期だからだと思うわ』
唯「じゅんかふん?」
純「やっぱり……」
わたしがオウム返しに言ったのを聞いて、純ちゃんは呟きました。
唯「花粉が飛んでるの?」
和『ええ、今はその時期よ。それで純は花粉を受け入れる体勢になっているんじゃないかしら』
唯「ふーむ。……ともかく、どうしたら純ちゃんを治せるの?」
和『花粉を受粉して種を作ったら、症状はおさまるわよ』
唯「そのためにはどうすればいいの?」
和『まあ裸にして外に2時間はほっぽりだしておけば受粉するでしょうけど』
和『唯の純は人間の文化に触れすぎてるからね。抵抗すると思うわ』
唯「当たり前でしょ……」
和『それじゃあね、まぁとにかく受粉をすればいいわけだから……』
和ちゃんは電話の向こうで少し考えました。
純「あの、唯先輩……」
唯「純ちゃん、ちょっと待っててね」
純ちゃんの頭にふたつ咲いた、甘栗色の花を優しく撫でます。
唯「和ちゃん、どうしたらいいかな」
少し間をおいて、和ちゃんが答えました。
和『やっぱり、唯が花粉をつけてあげるのがいいと思うわ』
唯「私が?」
和『ええ。唯が育ててる以上、唯がやってあげないとね』
唯「……わかった」
私は和ちゃんに、その花粉のつけかたを教わりました。
それはちょっと恥ずかしいようなことだったけれど、
私がてれくさっていては純ちゃんを助けられないから、頑張ると和ちゃんに約束しました。
――――
私は憂が帰ってきてから、やることを憂に見てもらうことにしました。
ひとりでするには不安があったのです。
憂をお部屋に呼びつけたとき、下半身がすっぱだかになっている純ちゃんに憂は驚きましたが、
ちゃんと説明すると頬を赤らめながらも納得してくれました。
まずは、用意しておいた綿棒を純ちゃんのポンポンに差して、花粉をとります。
純「ぅ、くすぐったいです」
唯「はいはい、我慢してね」
そして私は、おまたにある純ちゃんのめしべに目を向けました。
触るのは子供のころ、お医者さんごっこと称していじったとき以来です。
純「あの、やっぱり自分で」
唯「だーめ! 私がやんなきゃだめなの!」
純「う、憂……」
憂「お姉ちゃん、純ちゃんだってもう大人なんだし」
唯「けど……」
和ちゃんが、私がやらなければいけないと言ったのです。
私のやることが、純ちゃんに対する責任だと思うのですが……
純「唯先輩、ほんとに大丈夫ですから」
涙を浮かべている純ちゃんを見ていると、そうも言いきれないような気がしました。
そして私はなんだかとても居たたまれない気分になって、綿棒を純ちゃんのお腹に置きました。
唯「……なにかあったら呼んでね」
私は立ち上がって、憂を連れて部屋をあとにします。
振り返らなかったので、純ちゃんがどんな顔をしたかはわかりません。
私も純ちゃんも、それ以上なにも言わずに、閉まった扉で隔てられました。
憂「ねえ、お姉ちゃん」
唯「ん、なに?」
廊下で待っていると、憂がおずおずと尋ねてきました。
憂「お姉ちゃんは、今でも純ちゃんのこと、自分で育ててる植物だって思ってる?」
なんだかおかしな質問でしたが、意味はわかりました。
要するに憂は、純ちゃんをペットみたいに思うなと言いたいのでしょう。
唯「……そりゃ、だって。本当にそうだもん。そう思ってるよ」
憂「あのね」
廊下の壁に背中をつけてしゃがみこんでいる私に、憂は顔を近づけました。
憂「そろそろ純ちゃんもあれだけ大きくなったんだから……人間として、見てあげようよ」
憂「特に今回のことで純ちゃんさ、自分が植物だってこと再認識させられちゃったわけだし」
言いたいことはわかります。
けれど、突然そんなことを言われても。
唯「純ちゃんは、植物なんだよ」
私は投げ棄てるように言いました。
唯「人間とは違うの。同じにしちゃいけないの」
唯「……そんな風にしたら、純ちゃんが、自分が植物だってこと忘れちゃうでしょ?」
憂「どういうこと?」
唯「だから。それを忘れちゃったら、純ちゃんが他の誰かに、たとえば恋した時……」
唯「純ちゃんはその人と子供が作れないことをまた知って、また傷つかなきゃいけないんだよ?」
唯「だったら、忘れないほうがいいでしょ……」
私はうつむき、体育座りのようになって膝に顔を埋めました。
憂「……そうかな」
唯「そうだよ」
憂は納得していないようでしたが、それ以上はなにも言ってきませんでした。
純ちゃんは言われた通り、柱頭をきっかり10度、綿棒でとんとんとしたそうです。
これで純ちゃんの子房の中にある胚珠が種になって、新しい純ちゃんの木が生まれるのでしょう。
けれど純ちゃんは、種が生まれたらそれは割っていいと言いました。
庭に植えたりして純ちゃんが増えてしまったら、困りますから、と。
唯「……純ちゃん、体調は?」
純「そうですね……おさまりつつある感じですけど、まだ少し落ちつかないです」
純「せっかく部活も休んだことですし、ちょっと寝てていいですか?」
唯「うん……おやすみ、純ちゃん」
先ほど憂に言われたことは別にしても、
いい加減、純ちゃんには一人の寝床ぐらい与えるべきではないかと思いました。
純ちゃんは、もうこれほどに大きくなったのですから。
普通であれば、純ちゃんがこれほどの大きさに育つ例は少ないです。
木に生ったままでは、秋には枯れてしまいます。
夏なんて虫が発生したり、鳥に食われたりしますし、枝から落ちれば当然腐ります。
私の育てている純ちゃんが腐ったり枯れたりしないのは、
よく体を洗い、おいしくて栄養のある(憂の)ご飯を食べさせているからです。
だけれど、純ちゃんはやっぱり植物です。
木から送られる養分でこそよく育つのであり、
ふつうに木につながっている状態なら、純ちゃんがこの大きさに育つまで1年とかからないでしょう。
それが、私と憂で育てた純ちゃんは7年でこの大きさ。
純ちゃんはやっぱり、どうしたって植物なのです。
いまさらになってこんなことを思うのは、
純ちゃんが植物であることを忘れかけていたせいでしょう。
忘れないようにしているのに、夢も見るのに、どうして忘れてしまうんでしょう。
最終更新:2011年07月14日 20:57