壱・『附子』


憂「こんにちは、平沢憂です!
  今日はこれから、夕食の買い物に行こうと思います。
  だから、お姉ちゃんに留守番を頼もうと思うんだけど……」

唯「ういー、アイスー」

憂「……と、間食する気まんまんで困ってます。
  うーん、どうしようかな……」

唯「ういー、アイスーをおなかいっぱい食べたいよー」

憂「駄目だよお姉ちゃん、アイスは夕食の後に一本だけ! って約束でしょ!
  ゴロゴロしながらおやつばっかり食べてると、体に悪いよ?」

唯「だいじょーぶ! 私、いくら食べても太らない体質だから!」

憂「そういう問題じゃないんだけどなあ。
  もし高血圧や糖尿病になっちゃったら、すごく大変なのに……
  しょうがない、ここは心を鬼にしてウソを言おう。
  ねえ、お姉ちゃん」

唯「えへー今日のアイスは何かなー、ガリガリ君の梨味だと嬉しいなー」

憂「あのね……私が留守の間は、絶対に冷蔵庫を開けちゃいけないからね!」

唯「そういや昔、姉妹品っつーか兄弟品としてソフト君ってやつが……え? なんだって?」

憂「だーかーらっ! 冷蔵庫を開けたら、めっ! だからね!」

唯「うえええええー、どうしてさー?」

憂「そ、それは……えっと、冷蔵庫の中には毒が入っているからです」

唯「ど、毒?」

憂「うん、毒。附子、っていう名前の毒」

唯「ブス?」

憂「そうだよ。風が吹いて飛んできた粒を吸い込んだだけで死んじゃうほどの、猛毒だよ!」

唯「うわー、そりゃ大変だー!」

憂「だから、絶対冷蔵庫を開けちゃいけないの! 分かった?」

唯「はっ! 了解であります隊長!」

憂「じゃ、ちょっとスーパーまで買い物に行ってきます」

唯「行ってらっしゃーい」

憂「……ああ良かった、。お姉ちゃんが素直な人で。
  どうして毒なんて保管してるの? とか聞かれなくて、本当に良かった!」

唯「さあ、憂が帰ってくるまでゴロゴロするぞー」


(5分後)


唯「それにしても、どうして毒なんて保管してるんだろ?
  て言うか、そんな危ないモノを家の中に置いておいたら憂の身が危ないよ!
  こ、これは私がなんとかしないと……」

(30秒後)


唯「はい、台所にやって来ました!
  早速、冷蔵庫のドアを開けてみます……あれ、何にも入ってないぞ?
  なあんだ、憂の勘違いかあ……いやいや待て。
  まだ冷凍室を見ていない。
  ちょ、ちょっと怖いけど開けてみるよ。エイエイ、ヤットナ」


(冷凍室オープン)


唯「……え? これが……ブス?
  どっからどう見ても、ガリガリ君の山にしか見えないんだけど。
  とりあえず、ひとつだけ袋から出してみよう。
  ……うーん、形といい、色といい、やっぱりガリガリ君のソーダ味だよねこれ。
  あ、あ、ああああ、もうガマンできないアムッ!」


(食べる)  


唯「あああ、毒を食べちゃった、でも、これ、おいしーなあ……アム、アムアムアム。
  やめられない止まらない」


(全部食べる)


唯「ふー。本当は梨味のほうが良かったんだけど、ま、これはこれで……
  って、そんなこと言ってる場合じゃないよ!
  これ、紛うことなきガリガリ君じゃんかよ!
  憂ってば、夕食前アイスタイムが許せないばかりに毒だなんて言って……
  どどどどうしよう。
  全部食べちゃったの、バレたら怒られるかなあ……」


(しばし思案)


唯「そうだ! お手伝いをしてご機嫌をとろう!
  よーし、まずは……ここに積んである、洗ったばかりの食器!
  これをぜーんぶ棚に戻して、お姉ちゃんさすが! って、言わせちゃおう。
  よっ、ほっ、はっ……ああっ、手、手が滑って……!」


(食器、床に落ちて盛大に割れる)


唯「あわ、あわわわわわ」

憂「ただいまー」

唯「ぎゃー! すごいタイミングで帰ってきた!」


憂「お姉ちゃん、ちゃんとお留守番してくれて……」


(開けっ放しになっている冷蔵庫のドアと、散乱する食器を見て)


憂「……これは、どういうことかな?」

唯「あ、え、その、う、あ、うん、えっとね……
  たまにはお手伝いしようと思って食器を運んだらついうっかり、がしゃーん!
  それで責任を感じた私は、これはもう死をもって罪をあがなうしかないと考えて、
  噂に聞く猛毒のブスをね、ひとおもいに、こう、片っぱしから口の中に……」

憂「ふーん」

唯「……え、えへへ」

憂「めっ!」

唯「うええええー! 許してつかあさいー!」

憂「まったくもう……(でへへへへ、お姉ちゃんの泣き顔かわいいー)」


(完)



弐・『宗論』


澪「喜怒哀楽、ジャズベのボディに全部私が詰まってる!
  私は夢見るベーシストです。
  ロッカーの祭典である夏フェスに参加して、完っ全に燃え尽きました。
  この充実感を胸に、これから山を降りて家に帰ろうと思います。
  さあ、そろりそろりと出発です。
  ああ、それにしても、バンドはやっぱりベースが肝心だよなあ。
  夏フェスで出会った名ベーシストたちの演奏、また聴きたいなあ。
  ……とか何とか言ってるうちに、麓に着いた。
  夜道をひとりで帰るのは怖くて寂しいから、この辺りで誰かを待ちながら一休みしよう」


(と、澪に近づく人影)


律「語るよりも先に両手が、両足が動くドラマー!
  私は情熱のドラマーだぜ。
  やっぱロッカーの夏っつったら、夏フェスだよな!
  で、今年も全身全霊で燃え尽きたわけだ。
  すごーく疲れたんで、この充実感を胸にさっさと帰ろうと思う。
  ああ、それにしても、バンドはやっぱりビシバシ! ドコドン! だよなあ。
  夏フェスで出会った名ドラマーたちの演奏、また聴きたいなあ。
  ……とか何とか言ってるうちに、もう麓かよ!
  うーん、ひとりで帰ってもつまんないんだよなあ。
  誰か、夏フェスの感動をわかちあえる話し相手は、っと……」

(澪、律に気付く)


澪「あ、あそこに誰かいる!
  ちょっと気恥ずかしいけど、勇気を出して話しかけてみよう。
  あの、すみません、そこの人……」

律「え、私?」

澪「これからどこに行くんですか」

律「どこ、って……桜ヶ丘に帰るんだけど」

澪「桜ヶ丘! 実は、私の家もそこにあるんです。
  よければ、一緒に帰りませんか?」

律「お、そりゃすごい偶然だなあ!
  いいよいいよ、私も道連れが欲しかったところだし」

澪「わあ、嬉しいなあ。よろしくお願いします」

律「うん、袖擦り合うも羅生門、って言うしね。よろしく」

澪「……それ、他生の縁、が正解だと思います」

律「え? そうだっけ? まあ、細かいことは気にしない。あはー」

律「え? そうだっけ? まあ、細かいことは気にしない。あはー!」

澪「(大雑把な人だなあ)
  ……ええ、そ、そうですね。
  でも、もしかしたら、本当に前世からの縁で出会えたのかも……なぁんてキャー!
  ごごごごめん、恥ずかしいこと言っちゃった!」

律「(なに、このメルヘンな人)
  ……はあ、そ、そうかもしれませんね。
  ところで、あなたも夏フェスに参加してたんでしょ?
  やっぱ、バンドとか興味あるの?」

澪「うん。私自身もベース練習してるんだ」

律「え、マジ! 私もドラムやってるんだドラムー!」

澪「へえ……もしかして、キース・ムーンとか好きだったりする?」

律「キースは神(キリッ」

澪「やっぱり……なんとなく、そんな予感がしたんだ」

律「へへへー! あの演奏、いいよな。
  こう、ドガガッガアーン!ってステイックぶん回して、
  バババババーンっ! ってぶっ叩くの!」

澪「(うわ、テンション高っ)
  でも、楽器を壊すぐらい激しすぎるのは、ちょっと……」

律「何をー! あのクラッシャーっぷりがいいんじゃないか!」

澪「バンドやるなら、ただ目立つよりも曲をこそ重視しないと。
  例えばネイザン・イーストみたいに、誠実なベースラインで調和の取れたメロディを……」

律「(けっ、優等生め)
  えー? いくら上手くても、おとなしいだけの演奏なんてつまんないよ。
  大事なのは勢いだよ勢い!」

澪「いや、リズム隊はリズムが命だろ!」

律「勢いだよ!」

澪「リズムだ!」

律「勢い!」

澪「リズム!」

律「おのれー、ふざけたヤツめ」

澪「くそー、腹の立つヤツだな」

律「こうなりゃ、そっちが負けを認めるまで言い続けてやるぞ。
  勢い! 勢い! 勢い!」

澪「受けて立つ!
  リズム! リズム! リズム!」

律「勢い! 勢い! 勢い!」

澪「リズム! リズム! リズム!」

律「勢い勢い勢い勢い勢い勢い勢い勢い勢い」

澪「リズムリズムリズムリズムリズムリズム」


(お互い、睨み合って)


律・澪「勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム
    勢いリズム勢いリズム勢い勢いリズムリズムリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い
    リズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢いリズム勢い」


(お互い、息を切らせて)


澪「はあ、はあ、はあ……い、勢い! 勢い!」

律「はあ、はあ、はあ……リ、リズム! リズム!」

澪「くそーしつこいな、勢い勢……ん? 
  ちょ、ちょっと待って」

律「リズムリズ……何だよ?」

澪「いつのまにか立場が逆転してないか?」

律「……はっ! 言われてみれば!
  叫びまくっているうちに、お互い間違えちゃったみたいだな」

澪「やれやれ……うん、まあ、でも……
  時々は勢いよく突っ走るのも、アリかな……」

律「そ、そうだろ? でも勢いだけじゃなくて、リズムキープもやっぱり大事、かも……」

澪「だな! バンド組むんだったら、どっちの要素も大切なんだよきっと!」

律「そうだそうだー! もしかしたら私たち、すごく良いコンビになれるんじゃない?」

澪「え?」

律「一緒にバンドやろうよ、バンドー!」

澪「う……うんっ! やろうやろう!」

律「よーし話は決まった! じゃ、ギャラの取り分は七三で……」


(澪、律を殴る)


律「ア痛ー!」

澪「調子に乗るな」


(完)



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最終更新:2011年07月16日 21:18