参・『止動方角』


律「私こそ、かの有名な軽音部の部長だぜー!
  最近の桜高は平和そのもので、どの部活でもお茶会が流行ってるんだ。
  だから、私もみんなに混ざってキャッキャウフフしたいんだけど、なにせ部費が少ないもんで、
  ティーセットや紅茶を買うお金がないんだ。
  しょうがないんで、お金持ちの友達に頼んで貸してもらおうっと。
  でも自分で取りにいくのは疲れるから、部員の唯をお使いに行かせようと思う。
  おーい、唯! 唯はいるかー!」

唯「いるよー!」

律「お、なかなか早く来たな」

唯「何か用?」

律「ああ、用というのは他でもない。
  私の親友にムギっていうお嬢様がいるから、そいつの家に行って
  お茶会用アイテムを一式借りてきてよ」

唯「えー、やだよー。めんどくさーい」

律「そこを何とか」

唯「りっちゃんが自分で行けばいいじゃーん」

律「……ムギは大金持ちだから、訪ねればきっと高級なケーキをたくさん食べさせてくれるぞ」

唯「行きます! フンス!」

律「よし。じゃあティーセットと、紅茶の葉っぱと、お菓子と、ついでに新しいドラムスティックも貰ってきて」

唯「自分のドラムスティックぐらい、自分で買いなよ」

律「へ? あ、いや、楽器屋に注文してるんだけどさー、なかなか届かなくてさー、あはは」

唯「て言うか、そんなにたくさんの荷物、ひとりじゃ持ちきれないってば! 
  やっぱ、りっちゃんも一緒に来てよー」

律「私が付いていくと、食べられるケーキの分け前が減るぞ?」

唯「ひとりで行きます!」


(30分後)


唯「と、巧妙に説得されて、ついひとりでお使いに出かけてしまいました。
  あーあ! りっちゃんってば、いつもいつも面倒なことは私に押し付けるんだから。
  しかも、何かあるとすぐに『私は部長だぜー!』って威張りまくるし……
  とか何とかグチってる間に、お嬢様の家に着いたよ!
  たのもー!」

紬「はーい、どなたー?」

唯「りっちゃんの友だちでーす」

紬「まあ! りっちゃんの友だちなら、私にとっても友だちだわ。
  さあ、入って入って。今、お茶とケーキを用意しますからね」

唯「わーい」


(30分後)


紬「まだまだお代わりはいっぱいあるわよ。遠慮しないで、どんどん食べてね」

唯「げ、げふっ……お気持ちは嬉しいんだけど、これ以上食べたら破裂する……」

紬「まあ、それは残念ね。じゃあ、またお腹が空いたらいつでも来てね」

唯「うん、ムギちゃんありがとう! きっとまた来……って、あああああ!」

紬「どうしたの?」

唯「違うっ! 私はケーキを食べに来たんじゃなくて、お茶会用アイテムを借りに来たのです!」

紬「あら、そうだったの?」

唯「かくかくしかじか、というわけで。
  ティーセットと、紅茶の葉っぱと、お菓子と、ついでに新しいドラムスティックも貸してくだせえ」

紬「え、そんなにいっぱい?」

唯「やっぱり、甘えすぎだよねー」

紬「ん? 別にいいわよ。ぜんぶ用意するから、ちょっとだけ待っててね」

唯「あっさりと!」


(5分後)


紬「しゃらんらしゃらんらー。はい、どうぞ」

唯「こ、こんなに大量の荷物を、汗ひとつかかずに運ぶなんて……」

紬「それじゃ、りっちゃんによろしくね」

唯「あ、待って!」

紬「まだ何かあるの?」

唯「えっと、これは私からのお願いなんだけど……
  荷物を背負ったまま歩いて帰るのは大変だから、何か乗り物を用意してはくれないでしょうか」

紬「ええ、いいわよ。ちょっとだけ待っててね」

唯「やったー! お金持ちの乗り物って言ったら、やっぱりベンツとかリムジンとか……むふふ」


(5分後)


紬「連れてきたわよー」

唯「はーい……って、ええええええ?」

梓「ヤッテヤルデス!」

紬「どうどう」

唯「な……猫?」

紬「ううん。この子は馬よ」

唯「いや、どっからどう見ても猫っぽいんだけど」

紬「いやいや、元ネタでも『馬』ってことになってるし、うまく話を合わせてくださいな」

唯「そっか。まあこの子のキャラソンも『じゃじゃ馬なんとか』ってタイトルだし、しょうがな……
  って、いやいやいや!
  私、馬なんて乗ったこと無いよ!」

紬「だいじょうぶよ、普段はおとなしくて賢い子だから。
  ね、梓ちゃん?」

梓「ヤッテヤルデス!」

紬「どうどう」

唯「うーん……ま、かわいいからオッケー!
  やっぱり一流のセレブとなると、車より馬なんだねえ。
  じゃ、さっそく乗ってみるよ」

紬「ひとつだけ気を付けてほしいことがあるの。その子には変な癖があってね」

唯「くせ?」

紬「近くで誰かが咳をすると、とたんに大暴れするのよ」

唯「それはまた、変すぎる癖だねえ。
  んー……私ってば最近カゼ気味だし、ちょっと怖いかも……」

紬「そうねえ、落馬してケガでもしたら大変だわ……あ、そうだ。
  ひとつ、おまじないを教えてあげる」

唯「おまじない?」

紬「その子が暴れ出したらたら、すぐにこう唱えて。
  あずにゃんペロペロあずにゃんペロペロ(^ω^)!
  鎮まりたまえ止動方角! ってね。
  そうすれば、すぐにおとなしくなるはずだから」

唯「あずにゃんペロペロあずにゃんペロペロ(^ω^)!
  しずまりたまえしどーほーがく! だね。
  ちゃんと覚えたよ! それじゃ、ムギちゃんありがとー」

紬「ええ、またいつでも遊びに来てねー」

唯「いやー、やっぱり本物のお嬢様は気前が良い上に優しくて、すごいなー。
  それに比べて、りっちゃんときたら……」


(30分後)


律「おそーい!
  唯のやつ、どこで油を売ってるんだよ。
  はっ! まさか、帰り道で迷子になって……
  ちょっと心配だな。しかたない、私みずから様子を見に行くか。
  おーい唯ー、どこ行ったー!」

唯「どうどう」

梓「ヤッテヤルデス!」

唯「はあ……このお馬さんはとってもかわいいねえ。
  啼き声は変だけど、そこがまたいい感じだねえ。」

律「あ、唯」

唯「お、りっちゃん」

律「ったく、まだこんなところをウロウロしてたのか。
  いくらなんでも遅すぎ……って、なんだこの猫みたいな馬は!」

唯「えへへ、ムギちゃんがお茶会セットと一緒に貸してくれたんだよ」

律「かわいいな」

唯「かわいいよねー」

律「唯ばっかりずるいぞー! 私も乗るー!」

唯「え、ちょ、ちょっと、ふたり乗りは道路交通法違反だよ!」

律「じゃ、お前降りろ」

唯「ええええー! やだよー!」

律「うるさーい! 部長命令だっ!」

唯「まったくもう、強引なんだから……しょうがないなあ、はい」

律「いえーい。どうどう!」

梓「ヤッテヤルデス!」

律「そうかー、お前も唯なんかより私に乗ってもっらてほうが嬉しいか!
  なんたって私は部長だからな! あはははは!」

唯「むっ、なにさ部長部長って。
  さすがの私もムカッときたよ!
  よーし、こうなったら……ごほん!」

梓「ニャッ?」

唯「ごほんごほんごほん!」

梓「コンナンジャダメデスー!」

律「わわわっ! こ、こら、暴れるな!」

律「ひっ、う、うわ、あぶな、わああああああっ!」


(律、落馬)


律「ア痛たたた……」

唯「どうどう、あずにゃんペロペロあずにゃんペロペロ(^ω^)!
  しずまりたまえしどーほーがく!」

梓「ニャッ?」

唯「しずまりたまえ、しどーほーがく!」

梓「……モウ……トクベツデスヨ……」

唯「おおっ、本当におとなしくなった。どうどう」

梓「ヤッテヤルデス!」

律「くそー、なんなんだよ一体」

唯「あれあれ、りっちゃんだいじょうぶ? くすくす」

律「全然だいじょうぶじゃねえよ!」

唯「そうですかー。いやー、心を込めて介抱してあげたいところだけど、ほら?
  こうやってお馬さんをなだめてあげるだけで、私もういっぱいいっぱいだし?」

律「……わーったよ。その馬、お前が乗ってけ。
  お茶会セットは壊れないよう、私が持って歩いていくからさ」

唯「あれあれ、りっちゃん?
  もしかして、お馬さんに乗るのが怖くていらっしゃる?」

律「ば、ばっ……バカ言うな! 怖くなんかねーよ!
  ただ、たまにはヒラ部員のお前にも、いい思いをさせてやろうと……」

唯「うふふー、それは嬉しいねえ。
  あー、こうしてりっちゃんを従えてお馬さんに乗ってると、まるで私の方が部長みたいだよねえ」

律「むう」

唯「よーし、これから『りっちゃんごっこ』を始めるよ!」

律「な、なんじゃそりゃ」

唯「どれだけりっちゃんそっくりの真似ができるか、挑戦するのです」

律「変なことばっかり思いつくヤツだな」

唯「じゃ、最初は……うわーん、澪ー! 宿題見せてー!」

律「う」

唯「ねえ、似てたー?」

律「似てねえよ! つーか、お前だって和に勉強教えてもらってばっかじゃねーか!」

唯「あ、そうそう、和ちゃんと言えば……
  うわーん、和ー! 講堂の使用届、もうちょっとだけ待ってー!
  ……どう? 今度はそっくりだったでしょ?」

律「むっかー! 頭きたっ! お前なんか、こうしてやるっ!」

唯「ア痛っ!」


(唯、馬から引きずりおろされる)


唯「何するのさー!」

律「うるさーい! やっぱり私が馬に乗るっ! 部長が馬に乗るべきなのっ!」

唯「ええい、自分勝手なりっちゃんめ! 
  こうなったら徹底的にやっつけてやる! ごほん!」

梓「ニャッ?」

唯「ごほんごほんごほん!」

梓「コンナンジャダメデスー! ダメデスー!」

律「わわわわわ、なんでまた急に暴れて、おい、こら、やめ、うわああああっ!」

梓「ダメデスー! ダメデスー!」


(律、振り落とされる)


唯「私にまかせてっ! あずにゃんペロペロあずにゃんペロペロ(^ω^)!」


(唯、勢い余って律にのしかかる。その間に馬は逃走)


律「ぐえ」

唯「しずまりたまえしどーほーがく! しどーほーがく!」

律「何するんだ唯っ! 重い重い重いっ!」

唯「あれ、なかなかおとなしくならないなあ。
  しどーほーがくしどーほーがく!」

律「バカッ! 私は馬じゃないぞっ!」

唯「あれ、りっちゃん? お馬さんはどこ?」

律「とっくに逃げたよっ! 早く追いかけないと!」

唯「わわわ、大変だ! ムギちゃんに怒られるー!
  だれかお馬さんをつかまえてー!」

律「待て待てー!」

唯「待って、逃げないでー!」

梓「ヒッカキマワスヨダッテウレシクテタノシー!」


(完)



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最終更新:2011年07月16日 21:18