純「今時タイムマシンとかタイムトラベルとかないわー」


……真っ先に、そう口にしたかった。
私のキャラとかそういうの関係なく、誰もが友人からそう話を振られたらまずはとりあえず笑い飛ばすだろう。
ただ、私は笑い飛ばせなかった。理由はたった一つ。眼前にいる友人は、そういう『意味のない嘘や冗談』とは無縁の存在だから。

憂「……本当だよ。私は、大切な人を守るために戻ってきたんだよ」

純「……まぁ、とりあえず話くらいは聞いてみてから考えるよ」

憂とは長い付き合いだ。大体のことは理解している。
決して『全く嘘をつかない』というわけでもなく、時には私や梓をからかったりするお茶目な面も見せる。
でも前述の通り、ついていい嘘とそうでない嘘はわきまえている子だ。だから結局、今の時点で私は『憂を疑いたい』だけであって、そして同時にそれが叶わぬ望みであることも既に理解している。

――楽しく生きれればいい私としては、面倒事はゴメンなんだけどなぁ。


――金曜、朝のHR前。


憂「――じゃあまず見て、これ」

そう言って憂が私の手の平に載せたのは、円筒状のライターのようなもの。
サイズはまさにそれくらいのもので、違う所といえばライターで言う着火ボタンが上部全体に大きく一つあることと、本体の部分にダイヤルの目盛りとそれを動かすらしきツマミが縦に三桁分ついてることか。

純「これが…?」

憂「うん。タイムマシン」

純「……っていうかそんな無用心に渡していいの?」

憂「まだ動かないからね。好きにいじってみていいよ。そもそも純ちゃんなら大丈夫だし」

純「……んじゃお言葉に甘えて」

おそるおそる一番上のツマミを回そうとするがなかなか回らない。

憂「誤動作防止も兼ねてるんだろうね、もっと力入れてみて」

純「よっ……と!」

カシャン、と音がしてダイヤルが回る。三桁とも0だったものが一番上だけ1になった。
しかし、少し違和感を覚える。今の回り方……

純「……かなり勢いよく回ったんだけど……なんていうか、半周くらいしたような」

憂「うん。0と1しかないみたい」

純「マジですか」

もう一度回してみると表示される数字は0に戻ってしまった。確かにその二つしかないようだ。
二段目も回してみるが同じようだ。そして三段目は……

純「……ツマミがないよ?」

憂「…うん。昨日壊れちゃって」

純「ふーん……」

よく見てみると確かに根元からポッキリと折れている。ここまで綺麗に折れてるとラジオペンチか何かで摘んで回すのも無理だろう。

純「普通に考えると、このダイヤルで戻る時間を指定するんだよね?」

憂「うん……」

純「となると、このツマミが折れたのってすっごい勿体ないんじゃ……」

憂「うん。ホントに計算外だったよ……これのせいで三日しか戻れなくなっちゃったんだ」

純「三日? どういう仕組み?」

憂「うん、まずね、これは戻る『日数』しか指定できない。24時間単位。つまり戻っても時計の針は変わってない」

純「でもカレンダーは戻ってる、と?」

憂「そうそう。それで日数の指定法がこのダイヤル」

純「って言っても0と1だけじゃ――あ、出来るね」

憂「うん。二進法」

ということは『000』はもちろん0日。
一番上を1にすれば『001』となって1日。真ん中を1にすれば『010』で2日。両方1にすれば『011』で3日、ということか。
三桁目まで回せれば最大一週間の時間を戻れる。これは確かにもったいない。

憂「そしてこれが地味に面倒なんだけど、最低三日経たないと再利用できないの」

純「えっ、それじゃ一日とか二日だけ跳ぶのって無駄じゃない?」

憂「まぁそうなんだけど、どうしてもその日に直接戻りたいって思う時もあるかもしれないじゃない」

純「まぁ、ね。あー、だから最初に『まだ動かない』って言ったワケね」

まだ三日経っていないのだろう、憂が使ってから。
しかし、聞けば聞くほど不便な機械である。
そもそも三日しか戻れないというだけで使い道が限定されすぎている。せめてもっと戻れたら……

純「……ん? ツマミが壊れる前まで時間をさかのぼれば直るんじゃない?」

憂「直らなかったよ。私と一緒に時間を跳ぶんだから、この機械だけは時間が戻ってないんじゃないかな」

まぁ確かに、タイムマシンを使ってタイムマシンの無い時代に跳んで、挙句『戻れなくなりました』では笑えないし。
時間を操る機械は、時間に縛られることはないのだろう。この場合は不都合極まりないが。

純「とりあえず、今はまだ憂が跳んでから三日経ってないわけだ」

憂「っていうか今日に跳んだんだけどね」

純「つまり使えるのは三日後かぁ。ちょっと残念」

今日は金曜。三日後は月曜。土日を繰り返せるというのはちょっと嬉しい気もするけど。
……いや、喜んではいられない。憂が最初に言った言葉を思い出す。


純「……で、戻ってきた目的は?」

憂「…大切な人を守るため」

純「もっと具体的に」

聞かなくても、深刻な話であることなんて予想できる。憂の表情を見れば尚更だ。
でも、聞かないと始まらない。聞いて後悔することになろうとも、知ってしまった以上、それは義務だ。


憂「――明後日、梓ちゃんが死ぬの」


――私の胸中は複雑だった。

大切な友人である梓が死ぬと言われて、困惑するのは当然だ。
だがそれ以外に、『梓でよかった』という思いがあったことに、我ながら驚く。そして次にそんな自分に対する嫌悪感が襲い掛かり、まさに胸の中はぐちゃぐちゃになってしまう。

――決して、梓に死んでほしいと思っているわけではない。
でも、憂や唯先輩などの私と付き合いの長い人達に比べれば、まだマシかな、と思ってしまう。

私はこうも容易く命に優劣を付ける人間だったのか。そう考え始めると、どんどん心に黒いモヤがかかっていくようで。

――あぁ、でもこの感覚、覚えがある。

唯先輩に抱きつかれている梓を見る度に。
軽音部のことを楽しく話す梓を見る度に。

私も軽音部に入っていれば良かったな、と思ってしまう。
その度に、梓を見る度に、黒いモヤを感じる。

早い話が、私は唯先輩と近しい梓に嫉妬していた。

唯先輩とは、憂つながりで昔から何度か顔を合わせている。年上でありながら私達よりも態度が幼く見える先輩は、私が置き忘れてきたモノを全て持っているようで、どことなく暖かかった。
その感覚は憂もわかるようで、憂は私に唯先輩の入っている軽音部を紹介してくれた。というか一緒に見学に行った。

実は私は中学時代から楽器を(所持してこそいないものの)少しだけ齧っていて、その流れで中学卒業の時点で私は軽音部に興味を持ってはいた。
いたのだが、そこで見た光景はあまりにも適当で、マジメさの欠片もなくて。
中学から楽器を齧っていた私は、高校から楽器に触れた唯先輩はもっとマジメにやっているだろうと思っていたから、柄にもなく失望してしまって軽音部には入らなかった。
……今考えれば、あの唯先輩だからあれくらいが丁度いいのだとは思う。それにどんな形であれ、あそこで入部していれば唯先輩とセッションできたのだ。それこそあの時まで戻れるなら戻りたい。

……それ以来、現実逃避も兼ねて澪先輩に憧れてみたりもしたけれど、高嶺の花すぎて惨めになるばかりだった。

きっと私の澪先輩に対する憧れは『その背中を追いかけたい』のようなものであって。
そして件の唯先輩に対しては『隣で支えて欲しい』のようなものなのだろう。先輩らしくない距離感も、唯先輩の魅力だと思う。

だから、唯先輩と仲良くしている梓を妬む気持ちは多々あった。
もちろん表には出さない。梓はいい奴だから、表に出してはいけない。私だってこのいい奴の友人を失いたくはない。
だから、嫉妬の気持ちはほぼ完璧に抑えつけてきた。

……けれど、こういうふとした機会に、私の中で鎌首をもたげて暴れだそうとする。

憂「――純ちゃん?」

純「……今更だけど、信じられないよ。梓が死ぬだなんて…」

梓が死ねば、私はもうこの黒いモヤに悩まされることはなくなるのだろう。
でもそれは、大切な友人を一人失ってまで得る価値のある安息なのだろうか?
……答えが出せない私は、自分の心を置き去りに、常識に縛られた反応をすることしか出来ない。憂はこういう嘘を吐かないとわかっているのに。

憂「……信じてもらわないと困るんだけど……どうすれば信じる?」

純「それこそ、実際に死ぬまでは信じられない」

憂「そっか。じゃあ二日後には答えは出てるね」

純「……随分あっさりじゃん。大切な友人とか言っておきながら」

憂「……私一人じゃ、何度やっても救えなかったから。純ちゃんに縋るしかないから、だから、信じてもらうためには…仕方ないよ」

……なんだろう、この矛盾。違和感。
梓のことを助けるために戻ってきたはずなのに、今は梓を諦めると言う。しかも、本当にあっさりと。
どういうことなんだろう?

そういえば、と、少し前にやったタイムトラベルを題材にしたゲームを思い出す。
同じ時間を何度も過ごす主人公の心は次第に壊れていき、仲間の命を慈しむ気持ちすら忘れかける。どうせまた時間を戻れば生き返るんだから、と。
……今の憂も、同じようなものなのかもしれない。

純「……わかった。明後日に梓が死んだら、ちゃんと信じる」


それから、暇を見つけては憂からタイムマシン(というには小さすぎるが)の説明を聞いた。

純「っていうかさ、要は私の力を借りたい、ってことだよね? でも憂でダメだったんなら私でも無理だと思うけど、どうなの?」

憂「ううん、そうじゃなくて、二人ならなんとかできるかも、ってこと。これに触れてれば一緒に跳べるらしいから」

純「ふーん。じゃあ別の質問だけど、タイムパラドックス的なことは起こりうるの?」

過去の自分に遭ってしまって宇宙の法則が乱れる、的なアレだ。

憂「起こらないよ。私自身に遭ったことは一度もない、っていうかその時に私がいた場所に跳ぶから…」

純「ああ、意識だけが肉体に跳んでるって考えるのが自然か。時空跳躍じゃなくて時間跳躍、みたいな」

憂「たぶん。髪とか爪とかの長さも戻ってる気がしたし、実際そんな感じの説明をされたし」

純「…そういえば、どうやって手に入れたの? それ」

憂「……怪しいオジサンから貰った」

純「ちょっ」

憂「わ、私も怪しいと思ってたんだよ!? だから今まで使わなかったの! でもさすがに…大事な人が死んじゃったら、怪しい物にも縋りたくなるよ……」

純「……大事な人、か」

梓を指すその言葉が、憂の口から出たものであることに私は安堵していた。
唯先輩のではなく、憂の口からであることに。
もし眼前にいるのが唯先輩で、その口が梓のことばかりを案じていたら……

――いたら、私はどうするのだろう。
――いっそ、私が梓を…殺してしまうのだろうか。

……馬鹿馬鹿しい。私にそんな度胸はないし、あったとしても何度も言っている通り、梓も大事な親友だ。殺せるわけがない。
でも、それでも、それは『唯先輩の気持ちは私には向いていない』のと同義なのだから……やっぱり、嫉妬に狂って何かやらかしてしまう可能性は否定できない。
……だから、今はとりあえず唯先輩のことは頭の片隅に退けておこう。唯先輩が梓をどう思っているかなんて、今は考える必要はない。

梓「――二人とも、何話してんの?」

純「乙女の秘密の話を盗み聞きするなんてシュミが悪いぞ~?」

梓「私も分類的には女だから聞いていいと思うんだけど」

純「まぁそうなんだけどね。どーでもいい話だし、無駄にハードル上げるのはやめときますか」

タイムマシン談義は、大抵こうして梓の乱入で打ち切られる。
別に焦って聞きだすような事は無いし、梓と話すのも楽しいからそれは構わない。

梓「どうでもいい話ならどうでもいいや。それより憂、唯先輩ちゃんと自主練してる?」

……構わないんだけど、やっぱり梓の口から唯先輩の話が出ると、少し気分が滅入る。
軽音部に入っていない私は梓よりも唯先輩との関わりが薄い。憂に至っては姉妹という、誰にも切り裂かれることの無い絆を持つ。
憂と二人でいた頃は、唯先輩の話題を振られても何とも思わなかったものだが。

憂「してるよー。部活でのお姉ちゃんはどう?」

梓「どうって言われても……答えにくいなぁ」

そして、軽音部の話題が出た場合は。
軽音部所属の姉を持つ憂に私が軽音部事情で勝てるはずも無く、軽音部に属している梓に対しては勝負にすらならない。

私は、唯先輩の、あるいは軽音部の話題が出る度に疎外感を感じてしまっている。そしてその話題がこの二人の口から出ない日なんて皆無なわけで。

憂「……純ちゃん? どうしたの?」

純「へ? 何が?」

梓「…なんか落ち込んでるように見えたよ? 珍しい」

純「私だって落ち込むことくらいあるよ」

梓「へぇー」

純「信じてないなー?」

梓「話してくれたら信じてあげるよ」

純「うっ」

……こいつ、部活でからかわれることが多いからってこれ見よがしに私に絡んできやがった。
まぁ、もしかしたら半分くらいは私を案じてくれているのかもしれないけど、それだったら素直に案じてくれ、と思う。
それこそ憂みたいにさ。

憂「」ニコニコ

純「……憂は何をニコニコしてるわけ」

憂「ん? 仲いいなーと思って」

梓「憂もちょっと唯先輩みたいな物の見方する時あるよね」

純「それは否定できない」

長い付き合いだし、憂にそういう一面もあると知ってはいる。勿論、それが悪いことだとは思わない。
でも。

純「…深い意味は無いよね?」

憂「深い意味って?」

純「いや…なんでも」

でも、今はちょっと事情が変わってくる。
何といっても、梓が二日後に死ぬと憂は知っている。いや、言っている。
その上でそんな笑顔を向けられると…深読みもしてしまうというものだ。

憂「あ、そういえばお姉ちゃん、学校来てるかなぁ」

梓「え、どういうこと?」

憂「朝起こしたんだけどね、なんかすごくしんどそうで」

純「置いてきたってこと?」

憂「むしろ休ませようとしたんだけど、学校には――っていうか部活には出たいから、って言ってて」

梓「ふーん……メールしてみようかな、次の休み時間でも」

憂「じゃあ、梓ちゃんに任せてみようかな」

純「憂も心配なんでしょー?」

憂「心配だけど……来るって言ったら絶対来るから大丈夫だよ、お姉ちゃんは」

……あれ? 唯先輩絡みの話をあっさり流すなんて憂らしくないなぁ。
あ、そうか、この日を何度も繰り返してる憂は唯先輩が大丈夫だということも知っているのかもしれない。
それこそ、いつごろ来るのかまで。
……休みならお見舞いとか行ってみようかと思ったけど。残念。


――結局、唯先輩は放課後に部活にだけ来る可能性が高いと梓から聞いた。
それってほとんどサボりじゃないですか、唯先輩……



――そして放課後。

憂「梓ちゃんは部活行ったよね」

純「うん。で、話って?」

憂「……明後日のことについて、だよ」

梓の死ぬ(らしい)日、か。
……まさか死ぬのを見届けろなんて言わないよね?

憂「梓ちゃんが死ぬのはね、夜の8時。20時」

まぁ日曜の夜8時といえば…ギリギリ外にいる時もあり、家で食事している時もあり、お風呂に入っている時もあり。
何が起こっても不思議の無い時間である。

純「……寸分の狂いも無く?」

憂「たぶん。それでね、私が跳んだのはそこからちょうど12時間後、月曜の朝の8時」

純「ふむふむ」

憂「だから、梓ちゃんが死ぬのに気づくまでの時間も含めて、そんなに猶予があるわけじゃないの」

まぁ確かに、下手すりゃ次の日の朝刊で気づくって場合もありうる。
そしてそうなってしまった場合、私がタイムマシンを使うかどうかを悩める時間はごく僅かとなる。
いや…まてよ?

純「……8時じゃないといけないの? それ以降ならいつでも使えるんでしょ?」

憂「そうだけど、24時間単位でしか跳べないんだよ? なるべく早く跳んだほうが対策を沢山練れるじゃない?」

純「あぁ、それもそうか」


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最終更新:2011年07月19日 02:58