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やっぱりそうだ。眼前にいるこの人は、憂じゃなくて……

純「唯先輩でしょう!? あなたは!!」

憂「な、何言ってるの純ちゃん、そんなわけないじゃん」

純「さっき一回、あずにゃんって言いましたよね!?」

憂「こ、言葉のあやだよ。お姉ちゃんのが移っちゃったんだよ!」

純「じゃあ憂、あんたはクラスメイトの遠藤さんから何て呼ばれてる!?」

憂「え、えーっと、うーちゃん?」

純「……遠藤さんなんていませんけどね、ウチのクラスに」

唯「……あはは、バレちった」

髪留めを解き、困ったように笑う。
いつもの天真爛漫な笑顔でこそないけれど、それは間違いなく唯先輩の笑顔で。

純「……なんで……こんなこと」

唯「なんでって…憂のほうが純ちゃんに近づけるからね」

そうまでして私を巻き込みたかったのだろうか、この人は。
そうまでして……梓を助けたかったのだろうか。
……それなら私じゃなくて憂を頼ればいいのに。

純「……じゃあ、憂は唯先輩の方に?」

唯「ううん、憂はいないよ」

純「………えっ?」

唯「憂は、もう死んでるよ」

………は?
何を言っているんだろう、この人は?

……いや、でも待てよ。


――私は、ここ最近ずっと。

――唯先輩と憂が一緒にいるところを、見ていない。



純「っ……いつから入れ替わってたんですか!?」

唯「……金曜から、ずっとだよ」

純「じゃあ、憂はいつ死んだんですか!?」

唯「木曜。タイムマシンのことを話したらケンカになっちゃって……」

憂が、唯先輩の意思を否定したということだろうか?
珍しいこともあるものだ、と思う反面、それは正しい、とも思う。
梓の死を何度も見てきた私は『死』に触れすぎて、おかしくなりそうで。だからこそさっきまで憂――いや、唯先輩と口論していたのだから。
そして、それ以上に『死』に触れた唯先輩は、きっともう――

唯「私が、殺した」

純「……やっぱり」

唯「……殺すつもりはなかったよ。でも、憂はタイムマシンを壊した。三日しか戻れなくしたのは憂だ…! そう思ったら止まらなくなって…!」

……あれ、でもそれはおかしいんじゃないか?
タイムマシンを使わなければ、憂とケンカになることもなかった。つまり『元々の世界』では、金曜も憂は生きていたはず。
それに、私達が梓の『死』の運命を変えられないように、唯先輩も憂の『生』の運命を変えられるはずがないのだ、普通は。

なのに、唯先輩は憂を殺した。殺せた。これはおかしい。
そして、そんなおかしいことがまかり通るなら、私達が梓を救えないのもまたおかしいことになって。

パラレルワールド…なんだろうか。そうでもしないと説明がつかない。

唯「――そういう、運命なんだよ」

私の混乱を読み取ったのか、唯先輩が自論を語る。

唯「憂は『二回目のあの日』に、私に殺される運命だったんだ。そしてそれ以降、あの日に死ぬって『定着』しちゃったんだよ、私の中に」

純「唯先輩の中、に?」

唯「そしてたった今、純ちゃんの中にも、ね」

定着って…それは私が死を『認識』してしまったから、だろうか。
梓はあの日に死ぬと知ってしまった私が、何度あの日を繰り返しても梓を救えなかったように。憂があの日に死んでいたと知ってしまえば、憂はあの日に死ぬというのか。

純「でもっ! 根本的におかしいです! なんで最初は死んでなかった憂が、二回目の世界で死んだんですか!? 死ぬ運命があるなら、死なない運命もあるはずでしょう!?」

パラレルワールドと切り捨てれば、それはありうるのかもしれない。でも、殺すことは出来ても助けることは出来ないパラレルワールドなんて認められるわけがない。それは厳密にはパラレルじゃない。

唯「運命は変えられるっていうのは、皮肉にも私達が証明しちゃってる。純ちゃんは、どこまでを運命って言うの?」

純「どこまで、って?」

唯「過去にあったこと全てを運命として、その上で運命が変えられないっていうなら、私達が喋る一言一句まで同じじゃないといけないよ?」

純「っ……」

唯「仮に『喋る言葉』は運命じゃないとして、じゃあ『生』と『死』が運命に含まれるかと言われれば、誰にも証明できない。基本的には『結果』を運命って言いたがるから、死だけは証明できそうだけどね」

確かにそうだ。言ってしまえば、私達が過去に跳んだ時点で運命なんて在って無いようなもの。
どうしても覆せないと私達が実感、認識してしまった『死』以外に対しては、運命なんて言葉は使えない。

唯「まぁ、この説にも抜け道はあるよ。例えば、私達の感じている大前提が違っていた場合」

純「…大前提?」

唯「うん。過去は変えられない、全ての運命は変えられないという前提を置けば、『コレ』は何になると思う?」

唯先輩が摘んで見せる『それ』。プラプラと揺れる、ライターみたいな形状の機械。言うまでもない、タイムマシンだ。
でも、どういうことだろう。過去を変えられないという前提を持てば、変えている私達は今『どこ』にいる?
……いや、私達がいる場所は『今』なんだ。いくら過去に跳ぼうと、私達にとっては今。
そして、過去は変えられない。その上で、私達の感じている大前提が間違っているとすれば?

純「……もしかして、大前提って…私達が『過去に跳んでいる』ということが!?」

唯「………」

それはいわば『ヘンペルのカラス』のような論法。
『過去は変えられない』のだとしたら、『変えられる過去は過去ではない』ということになる。
もちろん、この場合は後者の中に簡単な矛盾が存在している。後者が成り立つならその中で使われている『過去』とは何か、と。
だからもっと言うなら、変えられる『過去っぽい時間』は、私達がそう『認識』しているだけで実は過去ではない、ということ。

純「だとしたら……だとしたら、それはもしかして…」

もしかして、唯先輩の持つタイムマシンは、時を遡る機械なんかじゃなくて。
過去を今に『持ってくる』機械なのではないか?

この機械に触れている人だけに『認識』できる『時間を作り出す』機械。過去から持ってきた『世界』を使って、『今』と『未来』の狭間に捻じ込む機械。
本来の未来を遠ざけ、今を薄く長く引き延ばす機械。

純「私達は『過去に跳んでいる』のではなくて、タイムマシンで作られた空白の時間で『過去に跳んだ気になっていた』だけ!?」

だとすれば、『過去は変えられない』という前提の下、私達が『過去にあったはずの事』を変えてしまったことも証明できる。過去を持ってくるとは言うけれど、持って来た時点でそれは過去ではなく未来になるから。
いや、むしろ私達が勝手に過去を追体験しているだけなのかもしれない。この機械はただ『時間』を作り出しただけで。
一般的な『時』の法則を捻じ曲げるという意味では、これでも立派なタイムマシンだ。

純「でも…でも、納得いきません! 梓を、そして憂を救えない理由にはならない!!」

唯「…なるよ。簡単なことだよ。結局過去は変えられない。それだけだよ」

純「なりません! これから三日前に跳べば、いえ、跳んだつもりの時間を作り出せば、確かにその時、今、梓は生きてる!」

唯「映像が光として目に届くまでには時間差があるんだよ? そして、その映像を脳が認識するまでにまた時間差がある」

純「っ……また『認識』ですか」

唯「そう。私達の世界は、すべて私達自身の『認識』によって成り立ってる。そして私達が認識できるのは結局、時間差のせいで過去だけになっちゃう。つまり私達の『世界』には過去と未来しか存在しなくて、未来を知ることは私達には出来なくて」

純「でもっ! 私達にはそれがあります! 三日だけなら未来を知れます!」

タイムマシンで三日を作り出すということは、転じてそうなるはずだ。

唯「じゃあ、その三日で何が起こる?」

純「ッ………」

答えられない。『梓が死ぬ』としか答えられない。
梓が死ぬ過去を変えるために来ている私達は、そもそも『梓は過去に死んでいる』という『認識』を持っているんだ。
梓が生きているという『認識』を持っていたならば、タイムマシンは使わない。結局、本質から矛盾してしまっているんだ。

純「……結局、何も変えられないと?」

唯「そうだよ。時間軸とかいう難しい概念は取っ払っちゃって、純ちゃんが『認識』してきた時間でだけ考えればいいんだよ」

私の感じる世界は、時間軸なんて関係なく、私の認識だけで成り立っている、ということか。同じように唯先輩の世界は唯先輩の認識だけで。
そしてそれは巡り巡って、自分の認識できないことは自分の世界に存在しないと同義になる。
一度『死』を認識してしまえば、相反する『生』は認識できない。死んだはずの梓が次の日に生きている、なんて光景は認識できない。ただの空想だ。

……この人は、本当に唯先輩だろうか?
あの天真爛漫で明るく、そして言っちゃ悪いが物事をあまり深く考えなかった唯先輩なのだろうか?

……一体、この人は何度この三日間を繰り返したのだろう?
私からは一つ年上にしか見えなくても、唯先輩自身はもしかしたら一年くらいは繰り返している可能性もある。いや、この知識量や考え方を鑑みるに、相当な年数を重ねているかもしれない。
付き合いの長い私に全く疑われずに憂になりきるあたりも、あの子供っぽかった唯先輩では不可能な芸当だ。

――不意に、唯先輩がすごく遠い人に見えた。
私の知っている唯先輩ではないような。モノの見方や感じ方さえも異なる、唯先輩とは異質の存在に。
だって、私の知る唯先輩なら……

純「……憂を助けようとは、思わなかったんですか?」

唯「…一回だけ、試してみたけど。やっぱりダメだったよ」

純「…なんで――」

ああ、待て私、それは聞いちゃいけない。いくら唯先輩のクオリアを確かめるためとは言っても、それだけは。
……いや、でも、既に答えは出ているようなものだ。聞いても聞かなくても……もうどうにもならないか。

純「なんで、一回だけなんですか。なんで憂の死ぬ三日間を繰り返さずに、梓を選んだんですか…!?」

唯「憂は、二番目だったから」

……ホラみろ、こうなるに決まってる。

唯「もっと死んで欲しくない人がいた。それに加えて、そっちに傾倒すれば憂の死は見ずに済んだから」

梓の死ぬ日は日曜。そこから三日でギリギリ金曜。これなら確かに、憂の死は見ずに済む。

唯「憂が死ぬのを何度も見るのは辛いし、何度も私が殺すのは余計に辛いから……」

純「……だから、憂は諦めたと言うんですか」

唯「……私は、死なせたくない人のために憂を犠牲にした。一生、背負うつもりだよ」

純「どんな綺麗事で繕おうと、貴女はただの…人殺しですよ。かけがえのない家族を、大切な妹を、殺した…!」

唯「…うん…っ、わかってる。わかってるよ……ごめんね、憂…!」

……一応、唯先輩は唯先輩のままだった。憂を殺してしまったことをちゃんと悔いて、涙を流せるくらいには。

でも。
それでも。

涙を流す唯先輩を、私は冷めた目でしか見れなかった。

……先程罵倒こそしたものの、別に唯先輩が人殺しだからこんな態度を取っているわけではない。

だって、憂が唯先輩であったということは。
梓のためにと三日を繰り返す憂が、唯先輩だったということで。
その流す涙も、憂に謝罪する姿も、結局全ては梓のためだったということで。

――それは、私の最も見たくない現実であって。

純「……もう、諦めましょうよ」

唯「え……?」

純「このまま、梓の死を受け入れて生きていきましょう」

……もういいよ。
もういいよ、唯先輩に愛される妬ましい梓。そのまま死んでいて。
お前が唯先輩の中から消えるまで、私が唯先輩の隣にいてやるんだ。もうそれしかできないんだ。

純「……タイムマシン、渡してください」

唯「だ、ダメ! もうすぐ八時だもん! また使わないと、繰り返さないとダメなんだから…!」

純「……死んだ人も浮かばれませんよ、そこまで執着されてると」

唯「いいもん! 一緒に居られるならそれでいいもんっ! ほら、純ちゃんも早く、一緒に跳ぼう? ね?」

泣き笑いの表情で、手を伸ばす唯先輩。
私は――その手を――


――その手を――掴むことは出来なかった。

純「……はぁ」

……聞く耳を持たない唯先輩に、諦めたように見せかけて詰め寄り――タイムマシンを奪う。

唯「あっ!?」

純「――こんなものッ!!!!」

全力で、床に叩きつける。
円筒状の本体は接着されていたであろう場所から真っ二つに割れ、いくつもの見知らぬ部品が飛び散る。

唯「あ……ああっ……あああああああっ!!!!」

四方八方に飛び散った部品を、全て回収することは不可能だろう。
仮に出来たとしても、それがどのように内部に納まっていたのかは知る術がない。事実上、タイムマシンはこれで失われたことになる。

唯「あぁ…ああっ、ダメ、ダメなのに………こんな、ぅぁあ……!」

涙と鼻水を溢れさせ、唯先輩はただ、部品を拾い集めている。震える指先で拾い集めた先から、掌から零れ落ちていることにも気づかずに。

……そんなにも、そんなにも梓との時間が大事か。心を壊してしまうほど、アイツとの時間に執着していたのか!

純「唯先輩の……バカぁっ!!!」



――愛しの唯先輩と同じように、惨めに涙と鼻水を垂れ流しながら、どこへともなく走っていた。

純(――何だったんだろ。何の為に、こんなに繰り返したんだろ…)

私がこれまでやってきたこと全てが、唯先輩の、梓に対する愛情から来ていた物だと思い知った。陳腐な言葉だけど、私はその瞬間に全てに絶望してしまった。

私には、もう何もない。
唯先輩の心は、梓に囚われていて。私の想いも言葉も届かなくて。
私の心も言葉も、唯先輩だけに向けているのに。全てを向けても届かないなら、私は、もう。

純「……生きてる意味、あるのかな……」

問うまでもない。何もない私なんだ、生きる意味すらあるわけがない。
……せめて最期まで、私らしく面白おかしく在ろうか。梓に踊らされてきた哀れな道化らしく、奇抜で滑稽な最期を迎えてやろうか。
全裸で対向車線でも走ってやろうか。撥ねられずにどこまでいけるか。なかなか面白そうじゃ――


「――純ちゃんっ!!」


純「ッ……!!」

振り返らず、私は走る速度を上げた。

純「何で……」

何で。
なんで今更。

その声を、私に向けるんだ。

純「唯先輩……何で……!?」

唯「純ちゃんっ……待って…! せめて、せめて……!」

何を、何が、一体何が「せめて」なんだろう。その先に続く言葉は、何なんだろう。
と、それに気を取られて振り返ったのがいけなかった。足を絡ませた私は、そのまま倒れこんでしまった。

――眼前に車の迫る車道に。

あー、死ぬね、こりゃ。
まぁ別に生きていても何もないし、それはいいんだけど。

でも……ちょっと心残りが出来ちゃったじゃないですか、唯先ぱ――

唯「っ――!!」


――撥ねられる直前に私が見た唯先輩は、必死な形相でこちらに飛び込んできていた。



純(あー………寒い)

どれくらい跳ね飛ばされたのかはわからないが、もう長くないことは自分でもわかる。
痛みはないが、ひたすらに寒い。自分の身体から血も温度も引いていくのがわかりやすいほどに伝わってくる。

純(……手だけを除いて、だけど)

私の隣に横たわる、私と同じかそれ以上の傷を負った唯先輩。
きっともう、既に息はない。だから本当はその握った手も、温かいはずはない。

――あの時飛び込んできた唯先輩は、私の手を握って、一緒に車に撥ねられた。

突き飛ばして助ける、とかいうドラマ的なものにも憧れはあったけれど。それでも唯先輩はそれをしなかった。
出来なかっただけかもしれない。でも、どちらでも同じなのかもしれない。
こうなった以上、それが私の『結果』なのだから。

でも、そうだとしたら。
唯先輩が、最期に私の手を握ってくれることを選んでくれたのだとしたら。

純(……もしかして、私って最低…?)

唯先輩を泣かせて、悩ませて、苦しませて、心を壊して、あまつさえ先に逝かせたのだとしたら。
それはそれで、ものすごく恵まれていた人生だったとも言えるけど。


……けど、向こうで唯先輩に逢ったら、まずは謝らなきゃいけないなぁ……



おわり



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最終更新:2011年07月19日 03:10