純「紙様から世界を救い出せ!」
朝、いつも通りに目覚めるとおでこの辺りに違和感が走った。
純「んぁ? なにこれ?」
私のおでこ辺りに貼られていたそれはどうやら紙のようで何やら書かれているようだ。
『今日中に
中野梓に自分を好きだと言わせなければ地球滅亡』
純「は、こりゃ滅亡だわ」
寝ぼけ眼で見たそれを大して気にも止めず私は再び眠りについた……。
──学校
ガヤガヤ
ガヤガヤ
純「おはよー梓~憂~」
梓「あ、純、おはよ」
憂「おはよう純ちゃん」
純「あれ? なんか騒がしくない?」
純「ニュース見る暇があったらその分寝るよ」
憂「純ちゃんらしいね」
純「ははは。で、ニュースって?」
梓「なんか地球に向かって来てる隕石?」
憂「彗星だよ梓ちゃん」
梓「あんまり変わらない気がするけど」
純「へ~それがどうしたの?」
梓「だから地球に向かって来てるんだって」
純「……え?」
純「や、やばくないそれ!?」
梓「だからみんな騒いでるんでしょ?」
憂「ねー」
純「なんで二人はそんな冷静なわけっ!? 彗星がぶつかったら地球がドーンってなってバーンってなってそんでそんで……」
梓「純の頭みたいになるかも」
憂「可愛くなるね」
純「じゃなくてぇっ!」
梓「私達が騒いだって彗星の軌道が変わるわけでもないしね」
憂「それに落ちるって決まったわけでもないから。まだまだずっとずっと遠くにあるから逸れる可能性は高いって言ってたよ」
純「そっか……ま、そうだよね。こんな何のへんてつもない日に地球滅亡で世界が終わるなんて……あるわけな」
純「……い」
梓「純?」
憂「純ちゃん……?」
純「(そんなまさか……いやいやありえないって……偶然だよね?)」
あんな紙切れ一枚のことで世界が終わるなんて……まさか~……だよね?
その日、いつも通りに授業を受け、いつも通りに三人で昼ごはんを食べていた時だった。
ガヤガヤ! ガヤガヤ!
梓「なんか朝以上に騒がしくなったね」
憂「どうかしたのかな?」
純「……」
クラスメート「これマジでヤバくない? ソースNASAだよね?」
クラスメート「マジで落ちる気配なくない?」
携帯でテレビを見ていたクラスメートの声がやけに気になる。
まさかほんとにあの紙のせい……?
純「あっ、あずさぁっ」
梓「なに?」
純「……」
言えと? こんないきなり「梓~私のこと好き?」なんて言えとでも言うのかあの紙切れはっ!
純「梓の携帯ってテレビついてたよね? ちょっと見てみない?」
適当にごまかす。そもそもあんな紙切れが関係あるわけがない。
偶然だ、偶然……!
梓「んー、別にいいけど」
携帯の小さな画面に映し出されたテレビには、緊急会見生放送と銘打たれた記者会見が放送されていた。
『彗星、JYUNは速度を更に増し、この地球へと向かって来ていることがわかりました』
『NASAの想定速度を上回る速度ですよね?』
『はい。まるで何かに引き寄せられているかのような速度で向かって来ています』
『対策の方はあるんですか!?』
『現在全力で当たっております』
『地球との衝突コースなんですか!?』
『それはわかりかねます』
『はっきり答えてくださいよ!!! 国民は不安になってますよ!』
『これにて会見を終わります』
『ちょっと!! まだ質問が……』
梓「……」
憂「……」
純「……」
憂「大丈夫……だよね?」
いつもは冷静な憂までが少し表情をひきつらせて言う。
梓「た、多分なんとかしてくれるよ! バリアーみたいなのでさ」アハハ……
憂「……」
純「……」
終わりが近づいていた。この地球の、私達の。
こんなあっけない日常が、人類歴の最後の1ページになろうとしていた。
放課後────
こんな時にもはや授業もへったくれもないがそれでも日常というやつは強く、いつも通りの時間割をこなした。
まあ私達が早く帰ったところで彗星がピンポンボールのようにどこかへ跳ね返ってくれるとは考えにくい。
お偉いさん達は立場上明言は出来ないのだろうけど未だにコースが変わったいう話は聞かない。
と言うことは落ちてくるのだろう。
そして地球は滅亡する。
私が何をしようがしまいが変わらずに、多分そうなるだろう。
こうなる歴史、運命、定め、デスティニー、……運命二回言っちゃった。
ま、どうしようもないか……こればっかりは。
終わるんだ、この世界は。
こんな当たり前の毎日の中で、
純「あれ? 梓今日部活は?」
梓「ムギ先輩がお父さんと一緒に地球防壁プログラムってやつに参加するからって、そういうことならって休みになった」
純「そりゃまた、すごいね」
梓「唯先輩は憂と家でゆっくりするって。澪先輩は律先輩の家に行くって言ってたっけ」
純「……そっか」
梓「なんかこう……実感沸かないよね。もしかしたら地球が終わります~なんて言われてもさ。どうしたらいいのかわかんないよね……」
純「また落ちてくるか曖昧なとこがややこしいよね。まあ明言しちゃったら大パニックでそれこそ映画みたいに車が道路にぎゅうぎゅつ詰めでさ」
梓「そうそう。で、主人公がそこのけそこのけでバイクでヒロイン連れて……」
純「……帰ろっか」
梓「うん」
────
純「唯先輩達とお別れとかしたの?」
梓「ん~……普通にばいばいしたぐらいかな。唯先輩はいつも通りに「きっとムギちゃんとムギちゃんのお父さんがなんとかしてくれるよっ!」とか言ってた」
純「唯先輩らしいね。澪先輩とかは? やっぱり腰抜かしてた?」
梓「澪先輩は「地球って宇宙から見たら凄く小さいんだぞ? 梓。言ったらグラウンドの小さな石ころに石ころが当たるようなものなんだ。な? 大丈夫だろ?」って震えながら言ってたよ」
純「澪先輩らしいね~。律先輩は?」
梓「隕石を爆破する隊員になりきって唯先輩と遊んでたよ」
純「けいおん部はいつも通りだね~」
梓「……みんな信じてるんだよ。ムギ先輩と今まで私達が暮らしてきた日常がこんな簡単に終わるわけないって」
純「……そうだよね。終わるわけ……ないよね」
梓「あ、私こっちだから」
純「ん……じゃあね、梓」
梓「うん」
手を振りながら別れる。
二人の口からは自然と「また明日」とは言われなかった。
私は、結局梓に何も言うことが出来なかった。
怖かったんだ、最後の日に自分の気持ちが受け入れられないまま死んじゃったらって思うと……。
このまま私と梓の関係は日常の中で完結するのが一番なんじゃないかって、そう思った。
────
夜、いよいよその時が来たかと言わんばかりにテレビは全チャンネル全て彗星の激突の規模やら専門家が語る激突後の地球やら地球最後の晩御飯! 三分クッキング!
などなど、どうやらぶつかるのは確定なようだった。
『彗星は更に速度を増し今日の時刻0:00には地球に激突……』
純「」ボリボリ
そんな世紀末なニュースを、私はせんべいを食べながら眺めていた。
「純……」
「純、愛してる」
純「わっ……」
左右から両親が私を抱き締めてくる。
「純……純っ……」
泣きながら私の頭を撫でる母親を見ると、いよいよ終わりが近づいて来たんだなという実感が私にもようやく沸いてきた。
純「お父さん……お母さん……今までありがとね」
そのありがとうには色々な意味を込めたつもりだった。
産んでくれてとか、育ててくれてとか、いっぱいいっぱい。
純「ありがとう……」
気づくと私は泣いていた。
そうだ……終わるんだ、もう。
死んじゃうんだ……私。
23:00───
彗星激突予想時刻まで残り1時間。
先ほど流れたテレビの情報によるとムギ先輩の会社の地球防壁プログラムは失敗したらしい。
まさに打つ手なし。
今流れているのは高台に避難だのなんだの。
こんなギリギリまでニュースをやるんだからテレビ業界の人達はまさに命をかけてるんだなぁと感心した。
別れは粗方済ませたはずだ。
憂に電話したけど反応はなかった。きっと最後は唯先輩と居たいのだろう。
予想推定規模──
地球半壊──
それによる被害──
人類絶滅──
まさに、人類に逃げ場なし──
純「さて、と」
私は朝ゴミ箱に捨てた紙を取り出し、もう一度眺める。
『今日中に中野梓に自分を好きだと言わせなければ地球滅亡』
もしさ、もしだよ?
こんな状況をさ……この紙切れに書いていることなんかで覆すことが出来たら……。
それって最高っっっっにカッコよくない!!??
純「まさに紙頼みってね」
私は急いで梓の元へ向かった。
────
映画のように並んだ車の列とは逆に滑車を回し、中野家にたどり着くと、
梓「~~~♪」
梓「~~~~~♪」
梓「~~~~~~~♪」
純「はあ……はあ……」
梓は、歌っていた。
屋根の上にちょこんと座りながら、紅い空を見つめて歌っていた。
純「……やっほー、あーずさ」
梓「純。どうしたの? こんな夜中に」
純「ちょっとね。まだ言ってないことがあってさ」
梓「そっか。あ、そっから登れるよ」
純「ん」
梓「紅い空って初めて見た」
純「私も。綺麗だね」
梓「うん」
純「後30分ぐらいでぶつかるんだって。あのデカいのが」
梓「実感ないよね。ここまで近くに来てもさ」
純「うん。自分だけは大丈夫、なんて思っちゃうのは自分が特別だとか思ってるからかな?」
梓「私もおんなじだよ。みんなみんなそうだと思う。自分に来る終わりなんて……ないって思ってるんだと思う」
梓「そう言えばまだ言ってなかったことって?」
純「ん~もうちょっとギリギリに言う」
梓「今だってかなりギリギリじゃない?」
純「じゃあギリギリのギリギリに言う」
梓「はいはい」
…………。
梓「純、ありがとね。今まで」
純「こっちこそ。ありがと、梓」
梓「まさか自分の最後の時に隣にいるのが純だなんて思わなかったなぁ」
純「唯先輩が良かった?」
梓「そういうわけじゃないよ。ただ意外だな~って」
純「私は別にそうは思わないけど」
梓「? なんで?」
純「だってさ……」
──23:55
純「私、梓のこと好きだもん」
梓「えっ?」
純「なんていうのかな~ずっと一緒にいたい!って思う」
梓「なにそれ」フフッ
純「なんか梓といるとさ……楽しいし、嬉しい」
梓「そっか」
純「うん」
梓「もうちょっと早く言ってくれたら良かったのに」
純「言えないよ。恥ずかしいじゃん」
梓「まあね、純のキャラじゃないし」
純「こんな時までキャラとか言うなー!」
梓「ありがと、純。もう大丈夫。これで怖くないよ、私」
純「……」
梓「誰かに好きって言われると凄い嬉しいよね。それが自分がいた証みたいになるっていうかさ……」
純「じゃあさ、私も残してよ、梓」
梓「ん?」
純「梓は……私のこと……」
空が、紅い──
もう、私が私でいられる時間はほんの僅かだろう。
そんな中でも、はっきりと、聞こえた。
私の大好きな、梓の声。
0:00──
「大好きだよ、純」
────
────
純「んあ?」
起きるといつもの自分のベッド上にいた。
ああ、夢か……と意識を睡眠に向けようとする……と。
おでこに違和感が。
純「っ!!!?」
急いで剥がし、書かれている内容を見ると
『今日中に中野梓に自分を好きと言わせなければ地球滅亡』
純「またぁ~?」
そうして、また私の日常は始まる。
────
純「おはよう梓っ! 大好き!」
梓「はいはい」
憂「純ちゃん私は~?」
純「憂も大好きだよっ!」
憂「えへへ~。私も純ちゃん好きだよ」
純「梓は?」
梓「はあ~……」
ちょっとだけめんどくさそうな顔をした後、少し照れながらこう答えた。
梓「じゃあちょっと好き」
これが現実、いつも通りの日常だ。
ずっと変わらない、いつまでも一緒……。
ん~次は何がいいかな?
梓とデート?
それとも……う~ん……。
え? 何を考えるのかって?
そりゃあ次の紙様から私への指令だよ!
純「う~ん……決めたっ!」カキカキ
この変わらない日常を変えていけるのは自分次第だ。
だけど、この変わらない日常を守っていけるのも、きっと自分次第だろう。
『みんなといつまでも一緒にいなければ地球滅亡』
おしまい
最終更新:2011年07月19日 03:28